昴のその後―――  
 
 
「……どっ、どうしよう〜まさか長谷川さんだったなんて」  
「おっ、落ち着いて愛莉。多分、大丈夫だから」  
「す、昴さんっ、大丈夫ですか!」  
「トモも落ち着いてっ」  
「……ごりんじゅーだなっ、すばるん」  
「真帆も、余計な事言わないっ」  
「おにーちゃん、大丈夫?」  
「あーもう、とりあえずみんな静かにしなさいっ!」  
……何やら先ほどから、周りが騒がしいと思ったら、5人が何か言い合っている。  
「とりあえず、だれか先生呼びに行かないと。誰か一緒についてきて」  
「……なーサキ、みんなに落ち着けって言ったけどお前こそ落ち着け」  
「何言ってんのっ、真帆。私が一番冷静じゃないっ。」  
「……いや、でもそのままお前が手に掛けている戸を開くと、パンツ丸出したぜ。」  
「え…………、わっ、わかってるわよ!服着てからに決まってんでしょ!」  
何やら紗季が下着姿のまま部屋から出て行こうとしたらしい。何がなんやら。  
……えっ、紗季が下着姿、何かヤバイことをおもいだしそうな……  
 
「わっ、私が、確認もせず、あんな事したから」  
「だっ、大丈夫だよ、愛莉。誰だってあの状況ならしかたないよ。」  
そっ、そうだ。たしか、跳び箱ごと倉庫に運び込まれて、そこに5人が着替えに来たんだった!タイミングを読み間違えて出るに出れなくなったんだよな。  
それにしても頭がズキズキするなあ、どうしたんだろう?  
「でっ、でもだからって、五キロの鉄アレイ十個も投げ付けたなんて長谷川さんに知られたら嫌われちゃうよ……」  
……よく生きてたな、俺。そういえば、頭以外にも、腕やら腰やらも痛い。  
でも愛莉がしたことは、女の子が、自分の身を守る行動としては当たり前の事だ。むしろ、もし本物の危ない人(性的な意味で)相手なら、これくらいはしないと。中途半端にやっては、逆に喜ぶかもしれない(マゾ的な意味で)。  
よしっ、そろそろ起きてみんなを安心させてやるか!試合頑張ったことも褒めてやりた―――  
「ックチッ、おー、なんか寒くなってきた」  
「そういうば汗の処理とかまだ途中だったね。冷えて下着がひっついてる。早く着替えないと」  
―――いけど、みなさん、絶賛お着替え中でした。あぶねー、お互いの心に一生物の傷を残すとこだった。しかも、社会的に死ぬとこだった。……もうかなり危ないとこにいる気もするけど。  
 
「はっ、はぁー、いい加減にしなさいよ、真帆」  
「うっせーな、紗季。そっちがグダグタ言い訳してるだけだろ!」  
まさかあの二人、ずっと口喧嘩してたのか。  
「うるさいっ、身体冷えちゃったじゃない、この未乳!」  
「なっ、なんだと、この微乳!」  
「〜私はこれからまだまだ育つのよ!あんたみたいな将来性皆無の断崖絶壁じゃないのよっ!」  
「ふっ、ふん。あたしはまだまだ発展途上だしなっ。そっちこそ、もう成長止まってんじゃねーの?ぎゃはは」  
……紗季も真帆も一応男がいるところ(気絶してると思っていても)で、聞いちゃいけないような話をしちゃいけませんっ。  
聞いたのが俺だったからよかったものの、もし聞いてたのが、同級生の子とかだったら、変な妄想しちゃたりしゃうかもしれないしなー。  
……何考えてんだ、俺。  
 
「もうっ、二人ともケンカはやめてよ!それより他にする事があるでしょっ」  
「……まぁーそうだな。いい加減着替えっか」  
「……そうね、もしかしたら長谷川さん、おきちゃうかもしれないしね。その時こんな格好でケンカしてたら恥ずかしいもんね」  
……ごめんなさいっ。実はもう起きてます。  
智花がいてくれなかったら危なかったなぁ。  
まあ、この喧嘩の記憶は心の中に閉まっておこう。  
「でも本当に大丈夫かな?長谷川さん」  
愛莉は、本当に優しい子だな。気が弱いっていうのも、身長のことだけじゃなく元々この子が持っているこういう気持ちも関係あるのかもしれない。  
なら尚更バスケを通じて、もっと自分に自信を持たせてやりたい。  
明るくなればきっとクラスでも人気者になるだろな。  
愛莉の笑った顔は本当にかわいいし。  
 
「血とか出てないかな、って、きゃー」  
――ぽよん。  
なっ、なんだこの柔らかい感触は、  
「おー。あいり、だいたん」  
「やるなっ、アイリーン。その格好ですばるんに抱きつくとは」  
「あっ、あ、あ、あ、あ、愛莉!だめっ、だめ、だめ、だめ、だめ!早く昴さんからはなれてっ」  
「!しまった、その手があった。ハプニングを装ったアクションを使うべきだったっ。やるわね、愛莉」  
……どうやら愛莉がハプニングで俺に倒れてしまったらしい。怪我してないかな。  
それにしてもさっきから、なんか呼吸がしづらいな。  
「すげーな、アイリーン。ブラとパンツだけですばるんとひっついて。しかも顔がおっぱいに埋もれてるし。なぁー、写メとっていい?」  
的確な解説ありがとう真帆。しかし、写メは勘弁して下さい。もしそれが出回ったら俺はもう生きていけない……  
 
「だっ、だめっ、真帆ちゃん。撮っちゃ、だめっ。そっ、それに腰が抜けて動けないの。体に力が入らなくて」  
「あいり、いいなぁ。おにーちゃんとくっつけて」  
「そっ、そ、それでもだめっ。愛莉だけ、そんなことしちゃ」  
「……この状況で長谷川が起きたらどうなるのかしら……おもしろそう」  
……愛莉ごめんな。俺がこんなドジしたばかりに。  
この記憶は心の中の奥のほうに眠らせておくよ。  
……それにしても真帆とひたなちゃんは相変わらずマイペースだなぁ。  
それに引き替え智花と紗季がなんか変だ。智花は普段と違って、とても慌ている 。紗季に至っては、なんか別の事考えてるし。  
「やっぱりひな、おにーちゃんとくっつく。やー」  
「…やっぱ既成事実作っとくのはありだな。いろんな意味で。よしっ、そりゃー」  
――ぷにっ。  
――ぺたん。  
新たなる感触が二つ現われた。  
 
ごめんなさいっ、さっき智花と紗季のこと、変だとかいってごめんなさいっ。  
よく考えたらあの状況でマイペースなほうが変なんだよな。  
自己意識を保つために一時的に逃避という防衛規制が働いたと考えれば、多少なりとも狼狽してしまうとも考えられるし。  
それにしてもこの二人、まあ、ひたなちゃんは仕方ないが(あまり仕方なくないが)。  
真帆!お前は俺をどうする気だ!とりあえず女の子が既成事実作っちゃえ、とかいうのは、ダメッ、絶対。  
 
さあ、どうしよう……ああそういえばひなたちゃん、意外とあるんだよな。  
それにしても真帆、前抱きつかれたときにも思ったんだけど、その…なんだ…って俺はいったいなにを  
 
「そんなこと考えてちゃダメですよ (黒い笑顔で)」  
 
「どっ、どうしたの?なんかさっきまでと感じが全然ちが」  
 
「何言ってるの?紗季?(黒い笑顔で)」  
 
「なっ、なんでもありません。とっ、智花様」  
 
「うん、よろしい(天使の笑顔で)」  
 
「あ、ありがとうございますっ」  
 
……とりあえずごめんなさい。何か謝らないといけない気がするのでごめんなさい。  
で、でも智花、いや智花様。あの紗季がそこまで怯えるなんていったいどんな表情してるんだ、まあ声を聞くだけでなんとなくわかる気もするけど。  
さっきから冷や汗とまんねーし。  
 
「おにーちゃん、なんかへんな汗かいてきた」  
 
「やっ、やっぱり、どこかけがさせちゃったかな」  
 
二人とも心配ありがとう。でもそろそろ俺から離れて着替えをすませてミホ姉呼んできてほしいなあ。  
……さっきから、黒、いや天使のオーラ的なものビシビシ感じるってゆうのもあるし。  
 
「ねえみんな、いい加減着替えてみーたん呼びにいかない? 」  
 
「そうね、美星先生も昴さんのこと探してると思うし」  
 
やっぱりこういう時に頼りになるのは、この二人だな。  
やっとこの状況から解放されそう―――  
 
「で、でも真帆達なんか楽しそうだし、わ、私もやっちゃおうかな?エイッ」  
 
――ふわり。  
左腕に何ともいえない暖かな心地よさを感じる。  
ああ、紗季の悪ノリしちゃう癖がここで出てしまった。  
これでもう残る希望は、智花しかいない!頼む智花、俺にはもう君しかいないんだ!  
 
「! はっ、昴さんが呼んでる気がする」  
 
「さすがだなーもっかん。すばるんとテレパシーで会話できるなんて」  
 
……テレパシーはともかく、智花にはなにかしら伝わったのかな?  
ならさすがにもう安心かな。  
 
「さあ、ならもっかんも、すばるんと合体だ!」  
 
「な、な、な、なにを〜」  
 
「大丈夫、昔から言うじゃん。青信号、みんなで渡って元気百倍って。  
右手まだ空いてるしそこにギューっといっちゃえ」  
 
「えっ、ギューっとって?あっ!そ、そうだよね。合体とか言うからびっくりしちゃった」  
 
「ん?びっくりって何を?」  
 
「な、なんでもないっ!も、もう。……ごめんなさい、昴さん。でも少しだけ」  
 
――ぴたん。  
あっ、いつの間にか智花まで。  
なんか真帆が喋ってたから、調子に乗ってそそのかしたんだな、多分。  
 
たしか、青信号、みんなでなんたらかんたらとか言ってたのは聞こえたけど、  
それって、赤信号が正しいよな。でも赤信号は何があっても渡ったらだめ。特に今回の赤信号だけは、渡ってほしくなかった。まじで。  
二人が話してる間、ひなたちゃんが、俺の耳をはむはむしたり、頬をつんつんしたりして、意識がそっちにいってたから、ほかに何話してたかはわかんねーし。  
こうなったら、みんながこの状況に飽きるのをまつしかないかー、はぁー  
 
 
―――30分後  
 
「ね、ねえみんな。さすがにそろそろ離れない?」  
 
「ふっ、一番最初の脱落者は紗季か。だから、あまり目立たなくて地味なんだな?」  
 
「な、何よ真帆!あんたこそ、その乱暴なしゃべり方直したら?その絶壁と合わさって長谷川さんに好かれる確率0%よ!」  
 
「なあ、紗季?それケンカ売ってるよな?ちょっと決着つけようか」  
 
「ううー、ド、ドキドキして恥ずかしいよー」  
 
「へへー、おにーちゃん。 (スリスリ)」  
 
「ふぁ……昴さんのが……私のところに……ふぁ……」  
 
……いつまでこうしてればいいんだろう?  
 
とりあえず今の状況をもう一度整理してみよう。  
 
俺は手違いで倉庫に運ばれた。  
↓  
そこに5人が着替えるために入ってきた。  
↓  
愛莉が俺に気付く。鉄アレイにより俺気絶。  
↓  
意識は無事戻ったが、まだ着替えが終わっていない。気絶したふり開始。  
↓  
なんやかんやあって5人俺に引っ付く。意識戻った時に起きなかったことを心底後悔。 ←今ココ  
 
……みんな時間がたつにつれどんどん引っ付く面積が広がってるのはなんでだろう。  
ちなみに俺は仰向けに寝ていて、五人はそれぞれ、紗季は左腕、真帆が左わき腹、愛莉が胸から腹部、ひたなちゃんが右わき腹、智花が右腕の位置にいる。  
 
紗季と真帆は、口ゲンカがヒートアップするにつれ、手に力をこめるので少し痛い。  
しかも強く引っ付くのでなんな柔らかくて気持ち……よくなんてないんだからね!  
ふう、落ち着こう。冷静さをなくしちゃダメだ。  
次に愛莉は、腰の辺りに跨り、両手を猫の手のように丸めて、ほっぺたを胸に押しつけている。  
……もう少し下のほうに動いてくれるとまるで騎乗……イー、リャン、サン、スー、ウー、ロー、チー、パー、キュー!邪念よ消え去れ!  
ひなたちゃんは身体を丸めて、顔を肩に乗せ、俺の顔をいじっている。  
ひゃっ、ま、また耳を……だめだ……おかしくなりそう……い、いやまだ倒れるわけにはいかないんだ!  
そして智花は、その、えーと、俺の腕を強く抱き締めている。さらに付け加えると、ふとも……大腿部らしきものに挟まれてる感触がある。  
……うん。この状況言い訳出来ない。あとはお迎えが来るのを待つだけだ。  
出来れば、慈悲深い天使に迎えにきてほしいなあ……  
 
 
「みんなー、どうしたの?遅いから様子見に来たんだけど?」  
 
ああ、願いもむなしくお迎えが来てしまった。確かに、見た目は慈愛に満ちた天使のような顔している。  
けれど中身は、この世のどの悪魔より凶悪で、自分に害を為す者相手なら平気でノートに名前を書き込むことができる(対象が俺の場合当社比で約五倍以上)  
そんな神を気取った魔王みたいな奴が。  
 
 

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