「…………」  
「……長谷川さん、大丈夫ですか?」  
「…………」  
 
あれからしばらくして、俺は意識を取り戻したが、  
 
「…………」  
 
真帆の強烈なキックでも、記憶は消えてくれなかった。  
 
はは……。  
ついにやってしまいましたね。  
犯罪ですね。収監ですね。間違いなく。  
 
 
つか、小学生に唾液飲まされて襲いかかるって何事よ……。  
……ああ、でもひなたちゃんの唾液のあの味、あの感覚、今思い出しても頭がくらくらする。  
 
「こらっ、ヒナ! ヌケガケは禁止って言ったろ!」  
 
「ぶー、ぬけがけじゃないもん。おにーちゃんがしてくれたんだもん」  
 
「ひなっ、あなたね、私たちが止めなかったら、どうなってたと思ってんのっ。  
 長谷川さんに襲われちゃってたのよ!」  
 
「ひな、おにーちゃんに、なにしてもいいよってゆったよ。なのにみんなじゃました。ずるい」  
 
「ああっ、だからひなにはまだわかんないでしょうけど、とにかくっ、さっきの長谷川さんはとっても危険だったの!  
 もう少しで凄く痛いことされちゃうとこだったんだから!」  
 
「ひな、いたくったって、おにーちゃんならガマンできるぞー」  
 
向こうでは何か的外れな言い合いがされている――いや、的外れじゃないのか。  
あのままみんなが止めてくれなかったら、それは多分現実になっていたこと……。  
 
ひなたちゃんはああ言ってくれているけど、紗季の言い分の方が正しいのは明白で、  
同意があったからと言って小学生に手を出していいはずがない。  
 
なによりショックなのは、なんだかんだいって、自分は大丈夫だと思っていたことだ。  
彼女たちに対して、多少ドギマギすることはあっても、まさか正気を失って襲いかかったりは絶対しないと思っていたのに……。  
 
もはや自分の言動に対して何の自信も持てなくなっていた。  
 
「……昴さん、大丈夫ですか? や、やっぱり真帆に蹴られたところ、まだ痛みますよね?」  
「……けられたところ、赤くなってますよ。濡れタオルだけじゃなくって、氷とかもってきましょうか?」  
 
心配そうに気遣ってくれる智花と愛莉の優しさが痛い。  
黙っているのは大変心苦しいが、彼女たちに声をかけることすら彼女たちを汚してしまうようで、今の自分には許されない気がする。  
正直、真帆みたいに足蹴りにしてくれた方が、まだ気持ちが楽だ。  
 
ベッドの隅で体育座りしながら、激しい罪悪感と自己嫌悪に押しつぶされそうになる。  
 
――と、顔すら上げられない俺の手に、ふわりと触れる温かな感触がふたつ。  
 
「――ダメだ!」  
 
それを鋭い声で制止する。  
ビクッと手が止まるのがわかった。  
 
「――今の俺は、君たちに何をするかわからない。だから、触っちゃ駄目だ」  
 
以前ならそんなことはないと言えた自分が、もういない。  
 
「…………昴さん」  
「…………長谷川さん」  
 
しかしそれでも、そのふたつの手は俺の手にそっと触れてきた。  
そうなると、俺にその手を振り払うことなど、もちろんできなかった。  
 
「……長谷川さん、とりあえず、顔をあげてください。そうじゃないと、お話もできません」  
 
愛莉の強い声に促されて、俺は顔を上げる。すると智花と愛莉が、真剣な表情で俺をじっと見ていた。  
そして俺の目をみて、ふっと表情を緩める。  
 
「……よかった。大丈夫ですよ、長谷川さんは、もうおかしくありません。目をみればわかります。……いつもの、長谷川さんです」  
「……昴さん、正気に戻ってくれて、良かった……」  
 
俺の両手をそれぞれがぎゅぅ…と握り、ほっとしたように言う智花と愛莉。  
その手から伝わる温かさに、思わず涙が出そうになる。  
 
……あんなことをしたというのに、それでもこの子たちは俺に触れてきてくれる……。  
それがとても嬉しくて、同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。  
 
「……でも、俺がしてしまったことに変わりはない。結局俺は、コーチだとか言いながら、  
 君たちのことをいやらしい目でみていた、ただの変態だったんだ」  
 
「そんなことありませんっ。わたしは……わたしたちは、長谷川さんがそんな人じゃないって、ちゃんとわかってます!」  
 
「そうですっ! 昴さんは、やさしくて、頼りがいがあって、わたしたちが困っているときには必ず助けに来てくれる、  
 とっても強くて、良い人です。……たとえそういう目でみていたって……いえ、むしろその方が私的には嬉しいんですけど……、  
 それこそ昴さんが今まで私たちにしてくださったことには変わりはありません」  
 
途中、智花の声がすごく小さくなって聞き取れなかったけど、ふたりは俺に変わらぬ信頼を寄せてくれている。  
……そのことに、ただただ感謝だ。  
 
 
「おー、すばるん。復活したかー」  
「ったく、ひなは へんなところで頑固なんだから……」  
 
俺が感動にむせび泣いていると、言い合いを終えた他の三人がこちらに近づいてくる。  
そうだ。なにはともあれ、ひなたちゃんにちゃんと謝らないと!  
 
「ひなたちゃんっ! さっきは……」  
「おーっ、おにーちゃん! とおっ」  
 
げっ!?  
 
謝罪の言葉を発する間もなく、ひなたちゃんがベッドの上の俺目がけてダイブしてくる!  
ちなみに両腕は智花と愛莉に掴まれたままだ。  
 
どすんっ!  
 
「ぐぇ……」  
 
みぞおちにひなたちゃんの体がモロぶつかる。  
いくら小柄なひなたちゃんといえ、勢いをつけて跳びかかられたら、かなりの衝撃が体を襲う。  
しかも両手を拘束されていれば衝撃を逃がすこともできない。  
 
「おにーちゃんおにーちゃんおにーちゃんおにーちゃん」  
 
幸いひなたちゃんの方は全く平気で、嬉しそうに俺の胸に頬ずりしてくる。  
 
「……昴さん、少しの間に随分ひなたと仲良くなったんですね……」  
「……ひなちゃんがそういう風にほっぺたスリスリするのって、わたしたちとか、大好きな動物さんとか、  
 本当に気に入った相手だけなんですよ。まして男の人なんて……」  
 
……へー、……そ、そーなんだ。  
なんかふたりが握っている手の力が、さっきよりも強くなっている気がするんですけど……。  
 
「あーーーっ、すばるん、ずっけーっ! なにヒナばっかしヒイキしてんだよっ!  
 さっきだってヒナとすっげーエロいキスしやがって。あたしにはあんなのしてないじゃんかっ!」  
「いや、別に贔屓ってわけじゃ…………って、そこか? そこなのか! お前の怒っているポイントは!?」  
「え? だってしょーがないじゃん、すばるんだってケンコーなオトコノコなんだからさ。  
 あたしらの魅力にメロメロになって襲っちゃうことなんて、あるある!」  
 
いやっ、ないないって!  
……ってつい数時間前なら胸張って言えたのにぃぃーーっ!  
 
「……あのねえ、真帆もひなも危機感なさすぎっ。いくらこっちから言い出したこととはいえ、  
 ホントに襲われちゃったら、すっごい痛い思いをするのは自分たちなんだから……」  
 
俺が苦悩する中、まともなことを言ってくれるのは常識人の紗季だ。  
そうだ。その通りだっ、紗季。だからこんなことはもうやめよう!  
 
「……ちゃんと前戯をして、しっかり体をほぐしてもらってから、やさしく、ゆっくり挿れてもらって、  
ようやく『痛いけど、大好きだら我慢できる』ってレベルになるのに……ほんと、わかってないわ……」  
 
……前言撤回。  
 
紗季さん、あなた、まだ処女だよね? なにそんな悟った物言いしてるの?  
だめだっ、この子も真帆とは別のベクトルでぶっとんだ子だったんだ……。  
 
「そーですっ、昴さん! さっきの、ひなたとしてた……あれはなんなんですかっ!?」  
「……あ、あれと申しますと……?」  
「口と口あわせたまま、なんかモゴモゴさせてたヤツ! すっごくエロかったぞっ」  
 
真帆と智花がすごい勢いで俺を問い詰めてくる。  
って、智花、痛い、痛い、手、力入れ過ぎ!  
 
「……ええっと、……それは、べろちゅー……かな?」  
 
『べっ!??? べろ……ちゅー……!?』  
 
見事にハモるふたりの驚愕の声。  
 
「べろちゅーって、あのっ、……舌と舌とを絡め合う、あれですか!?」  
「すばるんっ、ヒナのベロ舐めてたのかっ! なにそれっ、気持ちいーのか!?」  
 
ああ、言うんじゃなかった……。  
ふたりの追及はおさまるどころか、ますます激しくなるばかりだ。  
 
「そ、そんな……私には唇を軽く触れるだけだったのに……舌を入れるなんて……絡めるだなんて……」  
「ずるいずるいずるいずるいっ! あたしだって口ちょっと動かしたくらいなのにっ、ヒナばっかりずるいっ!!!」  
「おー、ひなだけじゃないよ。いちばん最初にべろちゅーしたの、さきだよ」  
「!?」  
「ぬぁにーっ、サキッ、おまえもか!?」  
 
ぶんっ、とこれまた凄い勢いで振り返り、紗季を睨みつける真帆と智花。  
 
「ちょっ、待ってよ! 別に私からしたんじゃないんだからっ、長谷川さんの方からしてきたんだからっ!?」  
「――昴さんっ!?」  
「――すばるん!?」  
 
そして再び振り向けられる糾弾のまなざし。  
うぅ、その件に関しては弁解のしようがない……。  
 
「おー。でも最後は、さきがおにーちゃんのこと、おそったんだよな―。ねー、あいりー?」  
「……え、……あ、うん。たしかに最後は紗季ちゃんの方から、長谷川さんに、……べ、べろちゅーをしていったように……みえた」  
「サキーーーッ!!! やっぱりおまえじゃねーかっ!!!???」  
「そっ、そんな、紗季から襲っていったなんて……それじゃ、昴さんのこと、責められないよっ!」  
「ひなっ、愛莉っ、なんてこと言うのよっ!? ……えっ、嘘っ、でも私、そんなこと、したっけ!?」  
 
方向転換をしまくった真帆と智花の矛先は、自分のしたあやふやな行為に慌てふためく紗季に  
たまりまくった鬱憤をはらすかのように撃ち込まれた。  
 
……まあ、紗季もあの時は正気を失ってたから、俺と同じといえば同じかぁ。  
それにしても……なんかもう……すごいドロ沼と化してきたな。  
 
「たっ、たしかに私が長谷川さんにキスしようとしたかもしれないけどっ、  
 それは長谷川さんが私に激しくキスしたからちょっと舞い上がっちゃっただけでっ、  
 決して私の方から長谷川さんを襲ったとかそういうことじゃないのっ!」  
 
どっかの政治家のようにしどろもどろになって弁明する紗季。  
それに対する反論は意外なところからなされた。  
 
「……でもそれなら、みんなにお願いされて、智花ちゃん、真帆ちゃん、紗季ちゃん、ひなちゃんの4人にキスしてくれた長谷川さんは、  
 紗季ちゃん以上に舞い上がっちゃったはずだから、……ちょっと変になっちゃっても仕方ないんじゃないかな?」  
「そ、それはそうかもしれないけど……」  
 
いつも紗季に言い返しはしないだろう愛莉が、なんと俺を弁護してくれる。  
 
「それに、わたしも途中からしか見てないけど……長谷川さん、ひなちゃんが苦しそうにするとすぐ止めてくれたよ。  
 キスしている時も、嫌だったら背中をたたいてって言ってたし、すごく気をつかってくれてた」  
「うんっ。おにーちゃん、とってもやさしくしてくれたよ」  
 
……あれ、俺ってそんなに優しくしてたっけ?  
どちらかというと自分の衝動を抑えつけるのに精いっぱいだったような……。  
 
「ああっ、もー、わかったわよっ! 長谷川さんがひなに襲いかかった件は不問とします。  
 たしかに、イノセント・チャームの恐ろしさは私も実感したら、もうこのことで長谷川さんを責めたりしません!」  
「わーい。よかったね。おにーちゃん」  
「良かった……紗季ちゃん、許してくれて……」  
「……もしかして二人とも、俺のために紗季を説得しようとしてくれたの?」  
 
俺の問いかけに、愛莉とひなたちゃんはえへへっと微笑むだけで答えてはくれなかった。  
でもその微笑みだけで充分だった。  
 
「ありがとう、ひなたちゃん、愛莉。俺のこと、庇ってくれて……」  
「えへへーっ」  
「そんな、これくらいいつも長谷川さんにお世話になっていることに比べたら大したことありません。  
 ……それに、紗希ちゃんにはごめんなさいですけど、一応、本当のことですし……」  
 
いまだ握ったままの手に、愛莉がぎゅぅっと力を込める。俺はその手を、同じくぎゅぅっと握り返した。  
 
「……ところで愛莉、みんな、いつから目が覚めてたわけ?」  
 
俺は愛莉の耳元に顔を近づけ、実は結構気になっていたことを訊いてみた。  
いったいどこまで、あのひなたちゃんとの濃厚キスシーンを見られていたんだろう。  
 
「わ、わたしが気が付いたら……長谷川さんとひなちゃんがお互いの顔をちゅっちゅって……してて、  
 そのあと……べろちゅーしているときにみんな起き出してきたんです」  
 
そういえば愛莉は別に何かされたわけじゃなく、単に気が動転してただけだから、他の子よりも回復が早かったんだろうな。  
 
「……じゃあ、愛莉。とりあえず真帆たちが起きる前のことは秘密ね……」  
「……はい」  
 
べろちゅーだけでもこの騒ぎなのに、でこちゅーとか顔じゅうキスの嵐とか知れたら、  
とんでもないことになりそうだ。  
 
「そんなことよりすばるんっ、キス、べろちゅー、あたしにもして!」  
「昴さんの無実が証明されたのは喜ばしいですが、私もちゃんとして頂かないと納得できません!」  
 
そーらきた。  
反対側から真帆と智花が二人して興奮した様子で俺の服を引っ張って、俺の体をゆっさゆっさと揺らす。  
 
しかし……あれをもう1ターンやるのか?   
それって結局真帆と智花だけじゃ終わらず、紗季とひなたちゃんもすることになって、  
……さらにとんでもないことになりそうな予感がひしひしとする。  
 
「いや、内容の差はあれど、一応全員にキスはしたんだしさ、もうこれでおしまいにしないか?」  
「なにいってんだよっ。そもそもすばるんのを舐めるためにキスしたのに、かんじんのべろがみしよーだったら意味ないじゃん」  
 
そーいや最初はそんなお題目があったな。……もーすっかり記憶のかなただったが……。  
 
「それにっ、私まだ1回しか昴さんにキスして頂いてません。……ひなたには、私が数えただけでも10回はしてました!」  
 
……言えない。実際はでこちゅーとかも含めると100回以上キスしてるなんて……。  
 
「とにかくっ、サキとヒナにしたこと、全部してっ!」  
 
真帆と智花は真剣な表情で俺に訴えてくる。  
全部はともかく……べろちゅーくらいはしてやらないと、二人とも到底おさまりそうもない。  
ちなみに俺が及び腰なのは、むろん二人とそういうことをするのが嫌というわけではなく、さっきのように自分がまた暴走するのが恐いからである。  
とはいえ、これはもう仕方ないか……。  
 
「……わかったわかった。ちゃんと二人ともするから、そんな引っ張んないで……」  
「よーしっ、やったー……って、あたしたち、もう引っ張ってないよ?」  
「え……? だってこんなに揺れてる……」  
 
たしかに真帆と智花はすでに手を離しているが、俺の体はぐいっぐいっと引っ張られている。  
 
……あれ? これって反対側だ。  
 
そちらを振りかえると、そこには俺の腕を握ったまま、顔を伏せ、ぐいぐいと引っ張る愛莉の姿があった。  
 
「……愛莉、どーしたの?」  
「……ません……」  
 
伏せられた顔から、途切れ途切れに何か言葉が聞こえる。  
 
「どーした、愛莉? もしかして、どこか具合が悪いのか?」  
 
考えてみれば、普通のキスに加えてでこちゅーやらべろちゅーやら愛莉にとっては  
精神的ショックの強い出来事ばかりだったのかもしれない。  
 
俺は慌てて愛莉に近寄り、顔色を確認しようと、髪に隠れたその顔を覗きこもうとする。  
――と。  
 
「……全員じゃ……ありません」  
 
愛莉のか細い声が耳に届いた。  
そこで俺が見たものは――  
 
「……わたし、まだ……長谷川さんに、キス……してもらってません……」  
 
目に涙をため、顔じゅうをこれ以上ないほど真っ赤に染めた、愛莉の姿だった。  
 
 
 
 
 
 

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