ベッドの上、ひときわ長身の少女がその体を小さく丸め、俺の腕ににすがりつくように両手で強く握ってくる。  
 
「あ、愛莉、今なんて言ったの?」  
 
俺の声に愛莉はビクンッと強く反応したが、ふるふると小刻みに肩を震わせるだけで何も答えてはくれなかった。  
ただ手を強く握り、決して離そうしない。  
 
「も、もしかして、俺の聞き間違いだったらごめんなさいなんだけど、俺に……キスしてほしいようなこと、言わなかった?」  
 
俺の問いに、再びビクンと体を硬直させ、腕を痛いほど強く握る。  
そして、かすかに、ほんの少しだけ、コクンと首を縦に振ったのだ。  
 
愛莉が俺とキスをしたい?  
 
またまてまて。  
それはダメだ。  
 
今まで他の4人が俺に手を出してくる中、決して加わらず良い子でいた愛莉がなんでまた!?  
智花まで参戦してしまった今、彗心学園初等部女子バスケットボール部最後の良心、  
俺の唯一の心のオアシスまでも干上がってしまったら、俺は砂漠で衰弱死するも同然だ。  
 
そもそも、どー考えたって愛莉にそんなことできるわけないだろ!?  
 
「だ、ダメだよ、愛莉。愛莉はこういうこと苦手だろう? それなのにみんながしてるから、  
自分だけしていないのは仲間外れるなる…みたいな感覚でキスしちゃうのは、いけないと思うんだ」  
 
「………………」  
 
愛莉は無言のまま、ブンブンッと頭を横に振る。肩にかかるボブカットの髪の先が、その度美しく宙を舞う。  
 
何が違うんだろう? ちゃんと話してくれないとわからないのだが、今の愛莉にそれを要求するのはおそらく無理だろう。  
あの大人しくて引っ込み思案な愛莉が、俺にキスをせがむ理由なんてそれ以外に考えられない。  
 
………………いや、まて。  
本当にそうか?  
ホントにそう思っているのか、長谷川昴?  
 
目の前の少女をあらためて見る。  
 
俺の腕を、まるでそれが最後の命綱のように、必死になって掴んでいるその姿を……。  
周りがキスしているから自分もキスする。お前はこの子が本当にそんな気持ちでキスしてほしいだなんて言ったと思っているのか?  
お前は今までその程度にしかこの子のことを見ていなかったのか!?  
 
気の弱い愛莉が精いっぱいの勇気をだしていった言葉を、お前はそんな軽いものだと思っているのかっ、長谷川昴!?  
 
――違うだろ!  
 
愛莉がキスをしてほしいと言っている以上、その意味するところは――  
 
俺はすっと愛莉の顔の横に顔を近づける  
気配を感じて愛莉がビクッと震える。その瞬間俺は動きをとめ、彼女の耳元で、そっと囁いた。  
 
「……愛莉は……俺のこと、好きなの?」  
 
愛莉は一瞬大きく目をみはり、そして再びぎゅっと瞼を閉じると、……こくん……と肯いた。  
 
涙の粒がキラキラと空を舞っては光となった。  
 
俺のことが好き。  
愛莉は俺のことが好き……。  
 
「……それは……友達とか憧れている人とか、そういう意味での好きなのかな?  
 ……それとも……異性としての……好き?」  
「……お、おとこのひと……として……の……です」  
 
つっかえつっかえになりながらも、愛莉はどうにか言葉を紡ごうとする。  
 
「えっと…………どうして?」  
「え!?」  
 
俺の素朴な疑問に、驚愕の声を上げ思わず顔をあげてしまう愛莉。  
 
「だって俺、初めて会った時は泣かしちゃうし、男バスとの試合の時には嘘ついて騙しちゃったし、  
 ……愛莉には失礼なことばっかりしている気がするからさ。  
 今朝みたいに愛莉に恥ずかしい思いとかもたくさんさせちゃってるし、  
 それでも愛莉はやさしいから嫌われてはいないと思ってたけど、  
 ……正直好きでいてくれているとは思わなかったから……」  
「……そんな……」  
 
今朝の丸出し事件といい、どちらかというと避けられていないか心配していたので、  
慕ってくれていたのは素直に嬉しいが、まさか男として好かれているとは思ってもみなかった。  
 
「コーチとしても最近、愛莉にちゃんと指導できてない気がして駄目だなあって思っていたから余計にね、  
 そう感じるのかも。やっぱり男の俺じゃ、愛莉を恐がらせちゃうのかなって……」  
「――そんなことありませんっ!」  
 
急に大きな声を出して愛莉は俺の言葉を遮った。  
まるで魂からの叫びのような鋭い声に、今度は俺の方がハッと顔をあげる。  
 
「――長谷川さんはっ、わたしにバスケを教えてくれて、どんくさいわたしにも、怒らないで、やさしくしてくれて、  
 ――試合の時だって、わたしたちの居場所を守るためだったってちゃんと分かってるし、  
 それなのに……試合の後、たくさん謝ってくれて、わたしのこと、いっぱい誉めてくれ、  
 ……わたし、すごく嬉しかったです。こんなわたしでも、長谷川さんはちゃんと認めてくれるんだって」  
「……愛莉……」  
 
無意識のうちにか、愛莉は握った俺の手を自分の胸のあたりでぎゅぅっと拝むように包み込む。  
 
「それに、コーチとしてだって……、球技大会の前、長谷川さんだってお忙しいのに相談に乗ってくれて、  
 あまつさえ一緒にロードワークにも付き合って頂いて  
 ……わたし、いっつも悪い方、悪い方にしか物事を考えられないけど、  
 長谷川さんに大丈夫だよって言われると、元気が出て、やってみようって思える様になるんです」  
「………………」  
 
とつとつと語られる愛莉の心情に、俺はなにも言うことができない。  
むろん、感激のためにだ。  
 
愛莉……俺のこと、そんな風に思ってくれていただなんて……。  
うれしい。……ただ純粋に嬉しい。  
 
「……ほんとは、最初、男の人がコーチに来るって聞いて、恐い人がきたら嫌だなぁって思っていたんです。  
 でも長谷川さんはそんなことなくって、すっごい優しくて、……かっこいいし、  
 わたしのこと、ずっと見てくれていて……気が付いたら…………その……」  
 
愛莉は俺の手をかき抱いたまま、頬を紅潮させ、目を硬くつぶり、思い切り叫んだ。  
 
「――だ、大好きになっちゃいました!」  
 
「愛莉……」  
 
それにしても愛莉がこんな大きな声をだして告白するなんて驚きだ。  
それだけ自分の想いを正しく伝えたかったのだろうか……。  
 
あれ? でももしかして、これは使えるんじゃないか?  
何の意味もないと思っていたこの『お勉強会』だが、  
これを通じて愛莉が少しでも積極的になってくるのであれば、  
それだけでやる価値はあると言える。  
 
もともと愛莉の身長に対するコンプレックスだって、  
他の人と違って恥ずかしいという羞恥心からきている。  
ならば性的なことに慣れさせて羞恥心を和らげることができれば、  
高身長へのコンプレックスも薄まり、センターとして成長も期待できるし、  
愛莉の引っ込み思案な性格も少しは改善されてるんじゃ……。  
 
「――っ!?」  
 
そこで俺ははっとなる。  
 
――なにを考えているんだ、俺はっ!!??  
 
バスケを上達させるために愛莉のにエッチなことを教えていくだと!?  
それはこんなにも俺に想いを寄せてくれている愛莉の純情を踏みにじることじゃないか!?  
それだけじゃないっ。  
お前のその行為はお前の愛したバスケをも冒涜することだ。  
俺は自分の大切なモノをふたつとも汚してしまうところだった。  
 
「真帆っ、蹴れ! 俺を蹴ってくれ!」  
「えっ? なにっ、すばるん、そーゆープレイが好きなのか!?」  
「違うっ! そーじゃないっ。俺は自分を許せない。とにかくお前の一番を俺に叩きこめっ!」  
「よ、よくわかんないけど――わかった! じゃあまほまほの必殺技をおみまいしてやればいーんだなっ、  
 ――いくぞっ! もっかん!!」  
「ふぇ? ……ふぇぇぇっっ!? だ、駄目だよ真帆っ、昴さんの前でなんて!」  
「いぃぃっっっくぞぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!!!!!!!!」  
 
なにが起こるかわからないが、真帆は部屋の隅から智花に向かって思いっきり走ってきた。  
最初は止めようとした智花だが、走り込んでくる真帆をみて諦めたのか、  
両手の指を組み合わせてバレーのレシーブでもするような姿勢をとる。  
そしてそこに真帆が突っ込む!  
 
「でりゃああああーーーー!」  
「――えいっ!」  
 
――と、組み合わせた智花の手に、真帆が勢いを殺さずに足を乗せ、ピッタリのタイミングで智花がその腕を振り上げる!  
 
ウソッ!? 小学生女子じゃできんだろっ、そんな力技!?  
 
智花に持ち上げられた真帆の小躯はそのまま宙に跳び上がり――って、バカッ、天井にぶつかる!?  
 
「そんなことぉぉぉわぁぁぁっ、おみとぉーしだぁぁぁ!!!」  
「なっ!? 手ぇぇぇだとぉぉぉ!?」  
 
天井に激突しようかとする瞬間、真帆は両手を天井につき、スプリングのように己の体を跳ね返すと、  
そのまま俺の顔面向かって蹴りを繰り出した。  
 
「でぇぇぇぇいぃぃぃぃっっっっっ、必殺っ、ミサイルまほまほキィィィクッッッ!!!!!!」  
 
めきょっ!!!と音がして、真帆の右足が俺にめり込む。  
 
……が。  
 
「なっ!? 倒れないっ、だと!!??」  
 
真帆の足が突き刺さったまま、俺は平然とその場に留まっていた。  
重力に引かれてすちゃっと着地する真帆は驚きの色を隠そうとしない。  
 
「そんなっ、夏陽だって一撃で沈めた真帆のキックを受けて平然としてるなんて……!?」  
「……ふっ、なかなか良いキックだが、――軽い、軽すぎるぜ、真帆、お前の蹴りは!」  
 
こんなもん、常日頃ミホ姉と葵の虐待に耐えている俺にしてみれば、まさしく子供のお遊びだ。  
見た目は派手だが、威力はそれほどでもない。特にこんな狭い室内じゃ助走も天井からの反動もほとんど意味をなさない。  
今の俺は、こんなことで倒れるわけにはいかないのだ!  
それにしても――。  
 
「だから真帆、この技はもう使用禁止な」  
「えー、なんでだよっ!?」  
「一度敗れた技はもう二度と使用してはいかんのだ。それにこの技には――致命的な欠陥がある」  
「そ、そんなっ、あたしのまほまほキックは完璧のはずっ!? ねーねー、ケッカンてなになに、教えてよっ、すばるん!?」  
 
ふふ、それはな…………いま真帆のめくれ上がったスカートを必死に直そうとしている智花に訊くんだな……。  
……いや、一瞬だよ、一瞬。気付いたときにはもう足の裏しか見えなかったから。  
 
 
「さてと……」  
 
とりあえず自分の中ではケジメもつけて、改めて愛莉に向き直ろうとして……。  
 
「あ、長谷川さん、ちょっと待ってください」  
 
横から突然紗季が声をかける。  
 
「愛莉を口説くんでしたら、その前に、いいかげんコバンザメみたいにひっついている  
 ひなを剥がした方が何かとやりやすいと思うんですけど……」  
「え……?」  
 
よく自分の姿を見てみると、相変わらず俺の腰にひなたちゃんが抱きついたままだった。  
 
「ひーなーたーちゃーん!」  
「おー?」  
 
いや気付かない俺も俺だけどさ……。  
なんだろう。決してひなたちゃんの存在を無視していたというわけではなく、  
むしろひなたちゃんに抱きつかれているのが自然で気にならなかったような……。  
 
……もしかして俺の精神汚染、かなり進行してる?  
 
 
とりあえずひなたちゃんには丁重にお引き取り願い、俺は再び愛莉と向き合う。  
愛莉は目の前で起こった出来事がいまいち理解できていないようで、呆然としている。  
 
「愛莉……ごめん。横道にそれちゃったみたいで」  
「……はっ、はひぃ。……い、いえ、とんでもございません。……その、わたし、なんてことを……」  
 
そしてハッと正気に戻ると、自分が言ったセリフを思い出したのか、かぁーっと急速沸騰する。  
 
そんな愛莉の姿をかわいいなと思いつつ、その純真な想いを利用しようとした自分を深く恥じるのだった。  
 
愛莉にエッチなことをするのならば、精神的成長だとかそんなことは関係ない。  
愛莉のとこを好きだという想い、ただそれだけをもって愛莉に接するんだ。  
それがなければ、彼女に触れてはならないっ。  
 
どうなんだ、俺は愛莉のことをどう思っているんだ?  
 
「……んー、……あれ?」  
 
よくよく思い返してみると、俺は愛莉の身長のこととか精神的に成長させることばかりに目が向いていて、  
純粋にひとりの女の子として愛莉のことを見ていなかった気がする。  
 
なにせ初対面で背のことでいきなり泣かせちゃったからな。やっぱりバスケをしている人間としては  
どうしても愛莉の身長に関心がいってしまい、それがコンプレックスであることを知ってからは  
いかにそれを克服させるかばかり考えてしまう。  
 
俺はそういった垣根なしに、愛莉を見てみることにした。  
 
「……? あの、長谷川さん、どうされました?」  
「し……ごめん、ちょっと動かないでいて」  
「???」  
 
……うん。敬語はしっかり使える、礼儀正しい子だな。  
おとなしくて控え目、でも意外と芯は強くて友達のためだったら何だってやろうとするタイプ(できるかどうかはさておいて)。  
真帆にメイド服のスカートをめくられて放心状態になったり、紗季の発案でスク水エプロン姿になったりと、  
結構ひどい目にあっているのに少しも怒ったり、友達の悪口を言ったりしない(泣いちゃうけど)本当に優しい子だ。  
 
とにかく優しすぎるんだよな。  
誰に対しても優しくしようとするから、必要以上に自分を卑下してしまっているように感じられる。  
真帆の傍若無人さを少しは見習った方がいいかもしれない……いや、やっぱりそれは勘弁してくれ。  
 
でもそれだって少しずつではあるけど、前向きになろうと努力している。  
いくら俺の口車にのったとはいえ、男バスとの試合に勝利できたのは愛莉の頑張りがあったからであり、  
球技大会の前だって、自分が役に立たないと相談に来たり、いま自分には走ることしかできないと  
転んでも黙々とロードワークをこなしていた……。  
 
俺がどうこう言わなくたって、愛莉は少しずつではあるが着実に成長している……。  
 
……なんだ。答えなんかもう出てるじゃないか。  
俺が愛莉を好きかどうかだって? そんなの決まっている――。  
 
「……愛莉、」  
 
俺は愛莉の頬にそっと手を伸ばす。  
 
……が。  
 
「ひゆぅ……!?」  
俺の手がその柔らかなほっぺに触れる寸前で、愛莉がビクッと震えて顔をそむけてしまう。  
 
「……愛莉?」  
「――あっ、ご、ごめんなさい! わたし、長谷川さんに触れるのが嫌なんかじゃなくて、……体が、どうしても……」  
 
……恐いのだろう。  
そりゃそーだ。さっきまで親友4人とキスしまくって、べろちゅーもして、  
最後には襲おうとまでした男に触れられようとしているのだ。  
 
愛莉がどんなに俺のことを好きでいてくれたとしても、臆病な彼女の体は勝手に防衛本能を働かせてしまうのだろう。  
 
しかし咄嗟に握ってしまった俺のもう一方の手は、いまだ愛莉の掌の中にある。  
ならば本気で嫌がっているわけではない。  
 
……さて、どうしたものか……。  
強引に触れても、事態を悪化させるのは目に見えているからなぁ。  
俺は思案しながら再度顔を伏せてしまった愛莉の頭に視線を落とす。  
 
「……ん?」  
 
俺と愛莉の身長はほとんど変わらないが、ベッドの上にあひる座りをして顔を落としている今、愛莉のつむじが良く見える状態だ。  
 
「……………………」  
 
……なでなで……。  
 
「……え? は、長谷川さん?」  
 
俺はぽんっ…とその頭に手を乗せると、幼い子供にするようになでなでとやさしく撫で始めた。  
 
……なでなで……。  
 
「あの……長谷川さん……何を……」  
 
……なでなで……なでなで……。  
 
「……………………はぅっ」  
 
頬に触れるときとは違い、愛莉は怯えた様子もなく、静かに俺に髪を撫でられ続ける。  
そう――俺と変わらないくらい高身長の愛莉だと、頭を撫でられる機会なんて、なかなか無いのではないのかと思ったのだ。  
そしてそれとは正反対に、年相応の純真な心を持ち、身長にコンプレックスを抱いている愛莉は、  
そういった行為に憧れのようなものを持っているのではないかと考えたのだ。  
どうやらそれは当たりらしい。  
 
愛莉はうっとりとした表情で、俺の手を受け入れている。  
俺は愛莉の頭を撫でつつ、まるで魚の掛った網を引くように膝立ちでジリジリと彼女に近づいていく。  
 
「……ふぁっ!?」  
 
そして愛莉が気付いた時には、俺はすでに彼女の体をその腕の中にすっぽりとおさめることに成功していたのだった……。  
 
片手は愛莉に握られたまま、彼女と自分の体の間に挟まっている。  
もう片方は愛莉の頭を後ろからかき抱くようにして、サラサラとした髪の毛を梳くように撫でる。  
 
「ひゆうっ、は、長谷川さん!?」  
 
泡を食ったような愛莉の声が、下から聞こえる。  
俺はあえて膝立ちのまま愛莉に身を寄せているので、彼女の顔はちょうど俺の胸あたりにくる。  
そう――まだ抱きしめたりはしない。体を軽く触れ合う程度の身体的接触。  
それでも愛莉はひどく戸惑った声を上げる。  
俺はそんな彼女の髪に指を絡め、愛おしげに撫で続ける。  
 
「――愛莉。大丈夫。びっくりしないで。ひどいこととか、恐いこととか、  
 愛莉の嫌がること絶対にしないから。落ち着いて……俺を、信じて」  
 
髪を撫でながら耳元で囁くと、愛莉はビクッと体を震わせつつも、とりあえず大人しくなる。  
 
「……ありがとう。愛莉」  
「……長谷川さんを、信じてますから……」  
 
まだ体の震えは止まらないけど、愛莉は俺の手をぎゅぅっと握り、こつん…とおでこを俺の胸にあてる。  
 
「……わたし、やっぱりダメですね。本当は長谷川さんのためにいろいろしてあげたいのに、怖くて、臆病で何もできない……。  
 わたしだって、もっと勇気があればみんなと同じことを長谷川さんにしてあげられるのに  
 ……抱きしめてもらうことすら、できないんですから……」  
 
淡々と寂しそうに語られる愛莉の言葉に、胸が締め付けられるような感情を覚える。  
……だが駄目だ。だからといって今、彼女を抱きしめるわけにはいかない。  
俺は愛莉の伏せた頭に頬を寄せる。髪からシャンプーと愛莉自身の匂いとか混ざった芳しい香りがした。  
 
「……いいんだよ。愛莉が俺に何もしてくれなくても、俺が愛莉を大切に思う気持ちに変わりはないから」  
「え……?」  
「たしかに、コーチとしては、もっと積極的になってほしいって思う。  
 その方が、愛莉にとっても良いことだと思うから。  
 ……でもね、だからといって、今の愛莉を否定しているわけじゃない」  
 
顔を上げる愛莉。俺はその涙に潤んだ瞳をじっと見つめる。  
 
「俺は愛莉のこと、好きだよ。やさしくて、控え目で、自分よりもまず友達のことを優先して、他人を思いやれる子って素敵だと思う」  
「は、はせがわっ、さんんっ、な、あにを、おっしゃって……っ」  
「それでも俺やミホ姉がもっと前向きになってほしいって言うのは、  
 愛莉にもっと素敵な女の子になってほしいって期待しているから。  
 そうなれるって信じているから。……でも勘違いしないで――」  
 
息がかかる距離まで、顔を近づける。でもまだ駄目。まだ、キスはしちゃいけない。  
 
「愛莉は今のままでも、十分魅力的な女の子だよ。少なくとも、俺はそう思っている。  
 俺にとって愛莉は、とても大切で、大事で、かけがえのない女の子。今までも、これからも――」  
 
そう言ってそっと頬に指を這わす。  
 
「愛莉。俺は愛莉とキスがしたい。愛莉はどう? やっぱりまだ恐い?」  
「わっ、わっ、わっ、わたしっ、は……」  
 
腕の中で顔といわず体中の肌を真っ赤にさせて、借りてきた猫のようにカチンコチンに固まっていた愛莉は、  
それでも何か思うところがあるのか、意を決したように真剣な表情で答えた。  
 
「ま、まだ恐いけど、それでも、キスはできますよ。  
 決めてたから……初めて好きになった人とするんだって、  
 ずっと昔から決めていたから……」  
 
初恋の人とキスがしたいか。  
やっぱ女の子にとってキスって特別なんだな。  
 
「……ありがとう。愛莉の初めてがもらえて、嬉しいよ」  
 
俺はそっと愛莉の頬に手を添える。  
本当は両手で包んであげたかったけど、もう片方の手はいまだお守りのように愛莉が胸元で握ったままだ。  
それで愛莉の不安や恐怖が少しでも紛れるのなら良いだろう。  
 
それでもまだカタカタと小刻みに震える彼女に、俺はやさしく諭す。  
 
「愛莉、心配しないで。これからするのは、唇と唇が触れ合うだけのキス。  
 それ以上のことは、まだしないから。時間は――そうだな、十秒間。  
 十秒だけ、愛莉の唇に俺の唇が触れるから、その間だけ我慢して」  
「が、我慢だなんてそんな……しませんよ。だって……嬉しいんですから……」  
 
消え入りそうな声で呟く愛莉の表情は、今にも泣き出しそうであった。  
その目元に溜まった涙の粒を、そっと唇ですくい取ってあげたい衝動にかられたが、  
今はそれすら無粋な行為であろう。  
 
「じゃあ……いくよ。……愛莉……」  
 
俺は頬に手を添えたまま、ことさらゆっくりと顔を近づけ、そして――  
 
「――大好きだよ」  
 
震える少女の唇に、触れるだけの、儚いキスをした。  
 

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