長谷川昴。15歳。
ただ今自宅の居間に額を擦りつけて土下座中――。
最近なんだかこの体制がデフォルトスタイルになりつつある気がする。
「……ひっく……ひっく……ひっく……」
俺のモノをみて泣き出してしまった愛莉にひたすら頭を下げてみたものの、
さすがにあそこまで騒ぎになれば母さんも気付くわけで。
「……つまり、すばるくんを起こしてあげようと部屋に行ったら、すばるくんが
ぱんつ1枚で……テントを張っていて、それに驚いちゃったっていうわけね」
「はい。そーゆーわけなんです」
「すばるん、すっごくでっかくなってたんだぜー。な、もっかん」
「わ、私にきかないでよっ! あわわ、わ、私は、その……」
「あいりー、いーこ、いーこ、なきやんで、ね?」
母さんの説明口調に紗季が大げさに頷く。
土下座している俺の前には、嗚咽をあげる愛莉とそれを宥めようとしているひなたちゃん、
その右隣に我が母親と今回のことを説明している紗季、
そして左隣にシャワーからあがって運動着に着替えた真帆と智花――と、
ようは囲まれて裁判中です、俺。
愛莉の悲鳴がこだましたすぐ後、いち早く部屋に飛び込んできたのは紗季であり
(愛莉を置いてきたことに気づいて慌てて戻ってきたらしい)、そしてすぐさま
「パ、パンツを履いてください!」と怒られ、さらに
「とにかく、後は私にまかせて、長谷川さんは私の話にあわせてください」
と告げられた後、泣き続ける愛莉を宥め始めたのであった。
そして、しばらくしから「どうしたの?」とおっとりと部屋にきた母さんに対し、
紗季は上気のような説明を延々とし始めたのであった。
ときおり「そうですよね、長谷川さん?」と訊いてくる紗季に俺はただ「うん」と
頷くほかなく、また慰めている最中に言い含めておいたのか、愛莉に対しても
同じような質問をしては同意を得ていたのであった。
そうこうしている間に、真帆と智花がシャワーからあがってきて、
その二人に対しても「うん。そーだったよ」と言質をとり、
人数が多くなったので居間に移動して、いま現在に至るのである。
そして判決の結果――
「そうなの、ごめんなさいね。すばるくんもお年頃の男の子だから……どうしても
朝はああいうふうになってしまうのよ。私やみほしちゃんは慣れているから
平気なのだけど、みんなにはちゃんと言っておくべきだったわね」
「いえ、私たちも、無断で長谷川さんの部屋に入ったのだがら、悪いと思いますし、
愛莉はどうもそういう面に関して人よりも敏感なので、
こちらこそ朝早くお騒がせしてしまい申し訳ございませんでした」
人を疑うことを知らない母さんは、あっさりと紗季の話を信じ、俺は無罪放免となったのであった。
「はいっ、なゆっち、しつもーん!」
「あら、なあに、真帆ちゃん?」
「すばるんって、毎朝あんなに元気になってんの?」
「ぶっ。こら、真帆! おまえ何言ってんだ!?」
「すばるんにはきーてねーもんっ。ヒコクニンはおとなしくしてろーだ」
くそー、被告人もなにも、元凶はおまえじゃないか!
つーか、お願いだから本人の目の前で母親にそんなことを聞かないでくれ……。
「そうねぇ、……朝はだいたい毎日大きくなっているわね。いつも前かがみになって、
大変そうねって思ってるわ。いやよね、親子なんだから、もっと気にせず堂々としてればいいのに……」
あなたには思春期の息子の繊細な心がわからないのかっ!
……わからないんだろーなー、この人は……。
「た、大変って、昴さん、大丈夫なんですか?」
「ううん、よくつらそうにしているわ。おしっこするときもすごく大変そうで、
でも手伝ってあげようとすると、すごく怒るのよ、すばるくん。ヒドイわよね」
酷いのはあなたです。
ああ、もう勘弁してほしい……マジで。
しかしいくら無罪になったからといって、今俺が何か言える雰囲気ではない。
「ふぇ……昴さん、私が来る前に、いつもそんなことになってたなんて……。
……言ってくれれば、私だって……」
……智花、その後に続くのは、「来るのを遠慮したのに」だよね。
間違っても「手伝ってあげたのに」じゃないよね?
「なんでおしっこするのが大変なんだ?」
「だってほら、……あんな上を向いた状態じゃ、トイレの中に入らないからじゃないの?」
「おー、なるほど。……でも座ってすればいいじゃね?」
「それだって、下に向かなきゃできないでしょ。たぶん、男の人ってそういう構造なのよ」
「ふーん、……ねーねー、すばるん。どーやっておしっこしてんの?」
「……黙秘します……」
こいつら、好き勝手いってくれちゃってもう……。
「えー、おしえてくれたっていーじゃんっ! てか今度みせて、約束なっ!」
「おー、ひなもみてみたい」
「……確かに、どうやってするのか、ちょっと興味深いことではあるわね……」
おまえら……いい加減我慢の限界だぞ……こっちも。
そんなやり取りをさておくように、母さんはようやく落ち着いてきた愛莉に向き直ると、
まだかすかに震える肩に手を置き、優しく言葉をかけた。
「愛莉ちゃん、すばるくんが驚かせちゃってごめんなさいね。
すばるくんも、悪気があったわけじゃないから、……許してあげてくれる?」
「……ひっく、……いえ、わたしこそ、いきなり大声あげちゃって、すみませんでした。
……長谷川さんも、もういいですから、顔をあげてください……」
「ああ、ありがとう。……本当にごめんね、愛莉」
他の4人はともかく、愛莉に対して俺は完全な加害者であるので、心から謝罪をした。
「すばるくんも、寝るときはちゃんとパジャマを着なきゃだめよ。
特に、女の子がいるときは注意してあげないとね」
「……はい。反省しております」
いや、着てたのに脱がされたんだけどね……。
そんなことをいっても納まりかけている話がこじれるだけなので言わないが……。
「……あら、でも真帆ちゃんと智花ちゃんは、どうしてシャワーを浴びていたのかしら?」
「そ、それは、真帆が飲んでたヨーグルトをびっくりした拍子にこぼしちゃって……」
「あら大変。それだとお洋服も汚れちゃったんじゃないの?」
「あ、はい。一応お湯にはつけておいたんですけど……」
「じゃあ、後で洗っておくわね。ちゃんとしないとシミになっちゃうから」
母さんはそう言って微笑むと、ぱん…と小さく手を合わせた。
「それじゃ、ちょっと遅くなっちゃったけど、みんなで朝ごはんにしましょうか。
すばるくんはみんなを驚かせたバツとして、食器を並べるのを手伝ってもらうわよ」
「……わかったよ……」
いまいち釈然としないが、まあ、そのくらいの罰ですむんだったら万々歳である。
ちなみに、今日は土曜日、学校は休みである。
まあだからこそ、お泊りも可能だったのであるが、もし平日だったら大遅刻であった。
そして何よりも――。
「……母さん、このことはミホ姉には……」
「わかってるわ。みほしちゃんには内緒ね」
そう、ミホ姉は週末、教職員向けの講習を受けなければならないとかで、
地方のセミナーハウスに泊り込みでいないのである。
これを僥倖といわずして何といおうか!
もしミホ姉がいたら……俺は裁判もなしに即死刑であっただろう。
ああ……生きてるって素晴らしい。
「あ、昴さんっ、私もお手伝いします!」
「しゃーねーなー、すばるんばっかに押しつけるのもカワイソーだから手伝ってやるか!」
「じゃあ私、盛り付け手伝いますね」
「おー、ひなも、おてつだいするよ」
「……ぐすっ。……あ、ごめんなさい。わたしも、お手伝いします」
「うふふ、ありがとう。みんないい子ね」
……そういえば、まだ愛莉以外の4人にも謝ってなかったな。
先に散々いたずらされたという思いはあるものの、特に真帆と智花の二人に
顔射までしてしまったのは、やはりマズ過ぎる。
見た感じ気にしてなさそうではあるが、こちらにも後で誤っておかないと……。
……あれ?
でも考えてみれば、彼女たちは俺が起きていたことを知らないんだよな。
知らないはずの人間から謝られるのは、逆に変か。
するとこの件は……このままウヤムヤにしてしまった方がいいってことなのか……?
ん? そもそもなんで彼女たちは俺を庇ってくれたんだ?
自分たちがしたことがバレないようにするため?
俺に対して? 母さんに対して?
「…………」
いくつも疑問が頭を過ったが、ガヤガヤと朝食の準備になってしまったので、
違和感を残しつつ、俺も彼女たちを手伝うことにしたのだった。
――朝食後、俺たちはバスケの練習を開始した。
もっとも今日は休日なので、本格的な練習は行わず、
軽いミニゲームをするだけだった。
しかしそれも、いつも通りとはいかなかった……。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
……ああ、みんなの視線を股間に感じる。
ちら、ちら、と動きの合間に見ては、俺がそちらを向くと
ばっと目を反らす――智花と紗季。
いや、この二人はまだいい。
「……じーーーー」
「……じーーーー」
真帆とひなたちゃんにいたってはガン見である。
そして――
「……ひっ……」
愛莉は逆に、俺と視線が合うと、すぐに顔をそむけて怯えるように後ずさってしまうのである。
正直、これはかなりショックだった。
最近はだいぶ打ち解けて、心を許してきてくれていると思ったのに。
これでは振り出しどころか、出会った時よりもマイナススタートである。
……あーあ、どうしようかな。
これでは今日はとても練習にならない。
いや、下手をすると今後の彼女たちとの関係にも影響を及ぼしかねない。
……やっぱり、一度ちゃんと謝った方がいいのか?
でもそうすると、俺が実は起きていたということを白状することになるわけで。
それそこ彼女たちに完璧に嫌われてしまうことになるんじゃないのか?
「……うーん」
「とぉーっ! なーにすばるん、落ち込んでんだよっ!」
「うわっ!? ま、真帆! やめろ、お前!」
突然、真帆が俺の背中に飛び付くと、がしがしと体を登っていく。
そして俺の顔の後ろからにょきっと顔をだして、文句を言う。
「あたしたちだけでゲームしてもつまんないんだからさ。
はやくすばるんもゲームにまざろーよっ!」
「だからって! こらっ、ひっつくな!」
なんで今朝あんなことがあったばかりなのに、平気で触ってこれるんだ、お前は!
真帆の体が触れている部分から、熱い体温が伝わってくる。
それは俺が過剰に意識してしまっているせいかもしれないが、
とにかく今は、彼女たちとの接触は極力さけたい。
「……くっ」
なぜなら俺自身、いまだ熱い劣情を体の奥にたぎらせているからであった。
今朝、彼女たちから受けた刺激はあまりに強く、容易に頭の中から離れてくれない。
彼女たちの視線を意識しただけで、そのことを思い出してしまい、股間がうずいてしまうのである。
だからゲームにも参加せず、声の指導だけに留めていたのに……。
「今日のすばるん、なんかヨソヨソシーぞっ。朝のことなんか誰も気にしてないんだから、
みんなで楽しくバスケしよーぜっ!」
いや、明らかにみんな気にしてるだろ、特に愛莉!
……でも確かに、この劣情を発散するには体を動かすのが一番かもしれない。
ちょっと動きは制限されるが、小学生相手ならちょうどいいハンデだし、なにより
――バスケだ。
俺は今、バスケができるんだ。
ならば、バスケに集中しよう。
そう。余計なことは考えない。ただ、バスケを楽しめばいいんだ。
「……真帆、ありがとな。……やっぱお前は、いいやつだよ」
「へ!? な、いきなり、なに言ってんだよ、すばるんはっ!?」
俺の上に乗っかったまま、あたふたする真帆をゆっくりと下ろしてやり、
俺は集まってくる仲間に向かって高らかに宣言した。
「さあ、みんな、バスケをしよう!」
そしてお昼――
昼ごはんをみんなで囲みながら食べていると、
よそ行きの服に着替えた母さんが声をかけてきた。
「すばるくん、お母さん、これから出かけなきゃいけないの。
悪いんだけど、みんなのこと、よろしくね」
「んー、あー、そう。いってらっしゃーい」
「帰りにお夕飯の材料も買ってくるから、ちょっと遅くなると思うの。
6時ごろには帰ると思うわ」
その言葉にびくんっと小学生5人が反応した。
「わかった。じゃあ、俺はそれまでにみんなを家まで送って行くよ。
いくら昼間だからって最近はなにかと物騒だからね」
当然のごとく言う俺に、母さんはなぜか不思議そうな顔をした。
「え……? みんな今日も泊っていくんじゃないの?
お母さん、親御さんからも、そう伺っているけど……」
「…………は?」
俺の目が点になるのをよそに、真帆が元気に手をあげる。
「そーでーすっ! 今夜もお世話になりまーすっ!」
「ちょっと待て! 俺、聞いてないぞっ、そんなこと!」
「あれ? サキ、すばるんに言ってないの?」
「ちょっと、長谷川さんには自分が伝えるって真帆が言ったんじゃない!」
「あれ? そだっけ? ……わりーわりー、すばるん、ゆーの忘れてた!」
そんな大事なこと、忘れるな!
そもそも昨日だって、ただ遊びにきたはずが、イレギュラーでお泊りになったはずだろ。
なんでさも当然のように今日も泊っていくんだよ!? だいたい着替えだって……。
そこで俺ははっと気付いた。
昨日の彼女たちの荷物、……いやにでかくなかったか?
まるで最初から2日分の着替えでも入っているかのように……。
そして謀ったかのようにいないミホ姉……。
今朝の行為……。
…………き、気のせいだよな。
……まさか小学生が、そこまで考えて行動しているわけないよな。
「ふふふ、今夜もお夕飯、美味しいもの作るからね。あ、でも荷物が多くなっちゃうから
悪いけどすばるくん、電話したら迎えにきてもらえるかな?」
それはいいですけど……。
つまり、電話があるまでは、家には俺と女バスのみんなだけになって、
決して邪魔が入らないということですか?
……なんだろう、すごく、身の危険を感じる。
不穏な予感を抱きつつも、母さんが出かけた後、俺はみんなと昼食の後片付けをして、
ひとまず自室に戻った。そして――