「……ですから、……だからっ、私はっ、――昴さんにキスをして欲しいって言ってるんです!」  
 
もう真っ赤うえに湯気まで出そうな勢いで、智花は叫んだ。  
 
「…………え?」  
「はぅぅぅぅぅぅ、いっちゃった、いっちゃったよぉ〜〜〜」  
「おおっ、もっかん、いった!」  
「ここまで鈍感だと、もう直球勝負しかないわよね」  
「智花ちゃん、すごい、がんばったね!」  
「おー、ともかー、がんばったー」  
 
智花は真っ赤になった両のほっぺたに手を当てて、しゃがみこんでしまった。  
その周りで他の4人が祝福している。  
 
……俺が、智花に、キスをする?  
 
一瞬、その光景を想像してしまい、――すぐに首を振る。  
 
「それは駄目だ」  
 
キッパリと言い放った。  
 
ちょっと涙目の智花が、俺の方に体を向かせ、ごもごもと口ごもるように呟く。  
 
「そ、それは、昴さんからしたら、私みたいな子供はお断りかもしれませんが……」  
「違う! そんなことじゃないっ」  
「ふぇ……?」  
 
俺は智花の肩をガシッと掴み、真剣な顔で彼女の瞳を見つめた。  
 
「いいか、智花。キスなんて、それも初めてのキスなんて、本当に好きな人としかしちゃいけないんだ。  
 こんなお遊びみたいな戯れ事のために、していいことじゃない」  
「……お遊び?」  
「そうだ。俺もちょっと調子に乗って変なこと言っちゃったけど、――キスは駄目だ。  
 そんなことしたら、智花が一生後悔することになるぞ」  
 
見つめていた智花の瞳が、考え込むかのようにふっと伏せられる。  
 
「……後悔なんて、しませんよ……」  
「今はそう思うかもしれない。でも、後で、絶対する。  
 将来、智花に本当に好きな人ができたとき、こんなところで、俺なんかとキスを  
 してしまったことを、絶対に後悔することになる。  
 好きな人に初めてのキスをあげられなかったことが、一生心に残ってしまう。  
 俺は君にそんな思いをさせたくないんだっ! だから、やめよう。な?」  
 
最初は強めに、そして最後は優しく、俺は智花に語りかけた。  
確かに俺はそういうことを彼女たちに教えると約束してしまった。  
だが、彼女たちを傷つけることは、絶対にしてはならない。  
だから俺は、自分からは決して彼女たちに触れない。  
それが俺が自分に課した絶対の枷だ。  
 
俺の心のこもった真摯な言葉に、智花は、顔を伏せ、……小刻みに肩を震わせていた。  
どうしたんだろう。ちょっときつい口調だったから、恐がらせちゃったかな?  
 
サラサラとした髪の毛に隠れた智花の唇から、くぐもった声が漏れた。  
 
「……ほんとうに、……本当に好きな人としか、……キスをしちゃいけないんですか?」  
「ああ、そうだ」  
「……なら、キスをしてしまえば、……その人は、本当に好きな人の証になるんですね」  
「え?」  
 
がばっと智花の顔があがった。  
突然のことで、俺は反応できなかった。  
智花が俺に飛び付き、そして、彼女の小さな唇が――俺の口に押し当てられた。  
 
――キス。  
 
唇に触れた彼女の彼女の感触は、柔らかく、そして――ひどく震えたものだった。  
 
押し当てられた唇がゆっくりと離される。  
智花は、俺の目をじっと見つめて、静かに宣言する。  
 
「……これが、私の……本当の気持ちです……」  
「……と、ともか……」  
「……私は、昴さんが、……好きです。本当に、好きです。……いけませんか?」  
 
二の口を継げないでいる俺を、智花の真剣な瞳が射る。  
……と、突然、その顔がくしゃっとゆがむ。  
 
「……うぅ、うっ、うぅぅぅ〜〜〜」  
「と、智花! 大丈夫!?」  
 
再び顔を伏せ、俺の胸のあたりをぎゅうっと握ったまま、彼女の嗚咽をこらえる声が聞こえる。  
 
「……うぅっ、は、初めてだったのにっ、大切な、ファーストキスだったのにっ、  
 自分からしちゃうなんてっ、……ひっく、私ってば、最低……」  
 
涙をこらえる彼女の体は大きく震えていた。  
 
「あーあー、なーかしたー、なーかしたー、いーけないんだー、いーけないんだー」  
「なっ、何言うんだ真帆っ! これは…………俺が……悪いのか?」  
「あたしちゃんとゆったよー。みんなすばるん大好きって」  
「いや、でもそれは……」  
 
本当の好きじゃない。  
そんな言葉を、今の智花にかけることなどできなかった。  
 
彼女は俺のことが好きだという。  
本当に好きだと言った。  
 
そしてキスをした。  
自分から、大事な、女の子には大切な、ファーストキスを。  
 
それでも、俺は、それはホントの好きじゃないと、一蹴できるのだろうか。  
小学生が、高校生に憧れているだけの、幼稚な感情だと、この震える肩を突き放てるのだろうか。  
 
俺は――  
 
智花を――  
 
「……智花」  
「……ふぁ」  
 
その震える体を、そっと抱きしめた。  
 
「……ごめん。ホント、ごめん。……俺、バカだから、どーしよーもない馬鹿だから  
 智花のこと、傷つけちゃって……」  
「……ひっく……昴……さん」  
 
智花は俺の胸に顔をうずめて、ひっくとしゃっくりを上げる。その両手はぎゅうっと俺の服を掴んだままで……。  
 
抱きしめた智花の体は、本当に小さかった。  
ほっそりとした体がすっぽりと俺の腕の中におさまってしまう。  
背も低いから、俺の胸にちょうど智花の顔がきて、頭のつむじがよく見えた。  
 
その小さな体が、俺のせいで震えている。  
俺は少しだけ、痛くしないように、智花を抱く腕に力をこめた……。  
 
「ふぁ……すばる……さん……」  
「ごめん。痛かった?」  
「いえ、……もっと強く……力をいれて頂いて構いません……」  
「……うん」  
 
ぎゅうっ……。  
 
強く……智花を抱きしめる。その震えが、とまるように……ぎゅっと。  
 
頭の中に、智花の姿が浮かぶ。  
はじめて会った時の、ロングスカートのメイド服を、嫌々そうにしながらも姿勢よくキチンと着こなしていた姿。  
ゴールをまっすぐ射貫くための無駄ひとつない機能美と少女の可憐さが同居したシュートフォーム。  
俺にコーチを断られたときに見せた、寂しさを隠した儚い笑顔。  
男の俺に真っ向勝負を挑んできたときの、ムキになった姿。  
コーチを引き受けると決めたときに感極まってみせた泣き顔。  
男子バスケ部との試合でみせた、スリーポイントと見まがうほどの、高く、柔らかく、美しいジャンプシュート。  
そして――俺をもう一度コーチに復帰させるために、雨の中、フリースローを打ち続けた後ろ姿と、  
毎朝見せてくれていた、その笑顔――。  
 
智花との、大切な、思い出。  
俺にとって智花は――。  
 
「…………」  
 
そんな彼女にさせてしまったことに、自責の念が募る。  
だから俺は、自分に課せた枷をひとつ、外すことにした。  
 
「……智花、やり直し、させてくれる?」  
「ふぇ……?」  
「智花の、大切な、ファーストキス。このままじゃ可哀想だから、ちゃんとしたいんだ、俺から……」  
「昴さん……」  
 
顔をあげた智花をじっと見つめる。  
瞳は涙で濡れていた。赤く染まった頬に涙の筋がくっきりと残っていた。  
俺は指で優しくそれを拭ってやった。  
 
「……ん」  
 
指先に触れた彼女の頬と涙はとても熱く感じられた。  
俺は、その頬を、両手で包みこむ。  
 
「……智花。君は俺にバスケの情熱を取り戻させてくれた。  
 君が、君たちがいなければ、俺はもうバスケを辞めていただろう。  
 だから君は、俺の恩人であり、大事な教え子であり、そして――」  
 
ごくり…と唾を飲み込む。  
 
「女の子として好きかどうかなんて、まだわからない。でもね、これだけは言える。  
 俺にとって、君は、とても大切な存在だよ。もう欠くことのできない……。だから――」  
 
彼女の瞳をまっすぐ見つめ、  
 
「好きだよ、智花。……ひとりの人間として…ね」  
 
そう言って、まだ微かに震える、淡い桃色の唇に、そっとキスをした。  
 
 
唇に感じる智花の感触は、柔らかで、鼻先に香る彼女の濃厚な女の子の匂いが、  
胸の奥を熱くさせる。  
 
ああ、やばい。  
女の子として好きかどうかなんてわからないと言ったのに、  
こうしていると智花への愛しさがどんどん増してくる。  
 
俺は智花の体の震えが止まるの待ってから、ゆっくりと唇を離した。  
 
智花はまだ瞼を閉じたままで、唇は僅かに開き、濡れていた。  
その唇にもう一度吸い寄せられそうになるのをどうにか押しとどめ、  
俺は優しく彼女に囁きかけた。  
 
「……どう? 智花」  
「ふぁい、すてきでした……一生の、宝物にします……」  
 
とろん…とした瞳で智花は答える。  
 
よかった。どうやら満足してもらえたみたいだ。  
 
俺が智花の体を離そうとしたその時、やたら元気な声が部屋に轟いた。  
 
「じゃあ、次、あたしーっ!」  
「……は?」  
「次はまほまほにキスする番だよ、すばるんっ!」  
 
って、いつの間にか、他の4人はベッドから降りて、壁際に一列になって見学していた。  
 
「お前らいつから……って、それよりも、真帆の番って、なんだよ!」  
「へ? だって、すばるんは舌で舐めてもらいたいから、もっかんとキスしたんでしょ?  
 だったらトーゼンあたしともしなきゃダメじゃんかっ」  
 
……えーと。  
……たしかに、その理論からいくと、そーかもしれないが……。  
……あれ? そもそもなんでフェラチオしてもらうことが既定路線になっているんだ?  
 
 
「って、ことは、……真帆、お前も、……キス、初めてなのか?」  
 
言い終わってから、しまった、女の子に訊くとこじゃねぇ! と後悔。  
しかし真帆はそんなことは意に介した風もなく元気に頷く。  
 
「うん! 男の人はねっ」  
「え?」  
「女とはサキとした!」  
「バカッ! やめろっ思い出させるなっ、あの黒歴史!」  
 
ふたりともそーゆー関係……なわけないか。ふざけてやったって感じか。  
 
「……でもな、真帆、だったら……」  
「あー、本当に好きな人とか、そーゆーことは、さっき全部きいたから。もーOK  
 あたしもすばるん好きだし、それでいーじゃん、ね!」  
 
……かるい……軽すぎるぞ、お前の好きは。  
 
「……真帆、お前な、あとで絶対後悔するぞ」  
「あ、それはナイナイ」  
 
パタパタと手を振って、高らかに宣言する。  
 
「あたし、今まで一度もコーカイしたことないもん!」  
 
……うわ、言い切りやがった。  
しかも、妙に説得力がありやがる。  
ほんとに後悔したことがないのか、それとも後悔したことすら忘れるような  
超前向き志向なのか……とにかく紗季の例をみるように、キスのひとつやふたつで  
落ち込むような子には見えない。  
 
「……えーと、智花は、それでいいの?」  
「……ふぁい……どーぞー……」  
 
腕の中でいまだ抱きしめたままの智花を見ると、  
……いかん、完全に惚けてしまっている。  
 
「と、智花ちゃん、こっちこよっ」  
「……ふぁーい……」  
 
顔を真っ赤にして、なぜか俺の方を見ないようにしながら、  
愛莉が智花の手を引いて連れていく。  
 
「だいじょーぶ、ちゃんと5人全員ヌケガケなしってジョーヤクがあるんだから、  
 もっかんだって、おこんないって!」  
 
なにその条約。聞いてないぞ。  
でもまあ、本人が良いって言ってるんだし、これ以上話しても真帆が納得するとは  
到底思えないわけだから、ここはさっさとしまった方が楽なのかな?  
そうだ。キスなんて外国じゃ挨拶なんだから、深く考えない深く考えない。  
 
「……じゃあ、真帆がそれでいいってゆーんなら……」  
「あ、その前に」  
「?」  
「ぱんつとずぼんはいて」  
 
俺は自分の下半身を見た。  
げっ、そーいえば、丸出しだったんだ。  
 
「長谷川さんもトモも、二人の世界作ってたから気付かなかったでしょうけど、  
 外からみてると結構滑稽でしたよ」  
 
って、脱がしたのは君たちだろーがっ!  
 
……まあ、幸い智花は惚けて気付いてないようで良かったけど……。  
ごめん、やっぱり俺に素敵なファーストキスなんて無理だったみたい。  
 
 
そんなわけで選手交代。  
ベッドの上で真帆がぺたんと女の子座りして、智花は愛莉たちと一緒に  
壁際に移動。……智花、まだぽぉ〜〜〜としてるし……。  
 
「……さてと」  
 
しかし、さっきは智花が泣き出してそれどころじゃなかったけど、  
女の子5人に見られながらキスをするというのは……非常に恥ずかしい。  
――もちろん、見ないでくれとお願いしたが、当然のごとく却下された。  
 
俺とは対照的に、ベッドの上に座るまほまほさんは、まったく緊張しておらず、  
目をキラキラさせて、今か今かと俺を待っている。  
 
……こいつ、今からすることの意味、ホントにわかってるのか?  
あまりにリラックスした真帆の態度に、さすがに不安になってくる。  
 
「真帆、いちおー訊くけど、お前キスの意味分かってるよな」  
「うんっ。好きなひと同士が、口と口をくっつけあうんだろっ。そんくらい知ってるって!」  
 
……本当かなぁ?  
……まあ、女の子同士とはいえ、紗季としてるっていうし、そんな心配することでもないのか。  
 
俺がそう考えながら、覚悟を決めて真帆に近付き、その顎に手をやり、  
顔を寄せようとしたその時――。  
真帆が突然、びっくりしたように声を上げた。  
 
「あれ? 愛のささやきは!?」  
「……なんだそれは?」  
「えーーーっ! もっかんにしてたじゃんっ。すっげー心のこもった、  
 きいてるこっちがハズカシクなるよーな、ラブラブ全開なやつ!」  
「えっ、俺、そんな恥ずかしいこと言ったっけ!?」  
「いったよっ、な、サキ!」  
「ちなみに言われた本人は、現在こーゆー状態になってます」  
「……ふにゃ〜……すばるさん……うふふ……」  
 
紗季が指し示す方には依然惚けて何やらぶつぶつ呟いては笑みを浮かべる智花の姿が……。  
……アレ、俺のせい?  
 
「……だからって、そんなこといきなり言われてもできるわけないだろっ!」  
「えーっ、もっかんには言ったのに、あたしには言ってくれないなんて、ずるいずるい!」  
 
真帆はだだをこねるが、俺だって智花に言った後に、続けて違う女の子に同じようなことを言うなんて、  
さすがに気持ちがのらない。  
 
「それとも――」  
 
ふと、真帆の表情が陰った。  
 
「……すばるんはやっぱり、あたしよりも、もっかんの方が好きなの?」  
「え……?」  
 
真帆が答えを求めるように、俺の目をじっと見る。  
 
正直、真帆からそんなセリフが出てくるとは思いもよらなかった。  
真帆はそういう恋愛ごとには無頓着だと思ったし、なにより、親友である智花に  
対抗心など持たないだろうと思っていた。  
 
「……真帆……おまえ」  
「――あ、ゴメンゴメン! 変な意味じゃないからっ。ただやっぱりすばるんは、  
 朝とかいっつももっかんと一緒にいるからさ、もしかしてラブラブなのかなーって、思っただけだから!」  
 
見せたのは、ほんの一瞬だけ。真帆はそれがまるで冗談だったように、すぐにいつもの笑顔に戻った。  
だが、その一瞬みせた、普段の明るい真帆からは想像もできない、硬くこわばった表情が、俺の心を鷲掴みにした。  
 
……たく、ズルイのはどっちだ。  
おまえにそんな顔されて、俺が平気でいられるわけないだろっ。  
 
「――ていっ」  
「ひゃあっ!? な、なんだよぅ、すばるんっ」  
 
俺は真帆の両耳をつまんだ。そして、耳たぶを指でぐりぐりと揉んでやる。  
――うおぅ、すっげぇ柔らかい。  
 
「きゃんっ……。くすぐったいってばっ!」  
「……ばーかっ、なに言ってるんだよ。真帆」  
「ふぇ?」  
 
俺は見上げる真帆の瞳をじっと見つめた。  
 
「たしかに智花は朝一緒に練習しているし、バスケの経験者で話やすいし、  
 ……とって良い子だけどさ、だからって、真帆、お前と比較したことなんて一度もないぞ。  
 真帆だって、すっげー良い子だって、俺は知っているからな」  
   
いつも元気で、突拍子もないことばかりして、振り回されっぱなしだけど、  
この子の明るさと元気さが智花を孤独から救い、愛莉やひなたちゃんを助け、  
紗季を引き入れ、女バスを作り上げた。そして……俺をバスケに戻してくれたんだ。  
 
「な、なんだよっ、すばるん! そんなマジ顔でゆわれると、はずかしーよっ」  
「そうか? 俺はマジでそー思っているから、気にしないけどな」  
 
柔らかい耳たぶから手を放して、首筋をなでて、肩に至る。  
うなじを触った際、真帆がすごい可愛い声をあげた。  
 
「ひゃんっ! だ、だめだよっ、うなじ……よわいんだから」  
「…………」  
 
そう言われると、つい触ってしまうのが男心というものだ。  
俺は真帆の白いうなじを、指先で数度、そおっと撫でてあげた。  
 
「ひゃあんっ、だめっ、だめっ、そこっ、さわっちゃ、だめっ!」  
 
うわっ、こいつ、こんな可愛い声あげるんだ。  
 
新たに発見した真帆の一面にちょっと感動してしまう。  
 
 

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