「で、俺はいったいどーしたらいいんだ!?」  
「それをわたしが言っちゃったら、紗季ちゃんがあんまりにも可哀想です。  
 長谷川さんが自分で考えなきゃダメですっ」  
 
くそっ、やっぱりそーなるのか!?  
なんか智花の時と似たようなパターンになってないか?  
 
それにしても、俺、よくよく小学生泣かせるよな。  
愛莉、真帆、智花、紗季……。  
あとひとり泣かせたらコンプリートだぞ。  
……あと一人……ひなたちゃんか。  
……ひなたちゃんを泣かす?  
それは七つの大罪をも凌駕する罪だぞ。  
 
「ひっく……ひっく……ひっく……」  
 
と、とにかく、今は、紗季を落ち着かせることが最優先だ。  
さんざん小学生の女の子を泣かせてきた経験を最大限に活かすんだ!  
 
……俺の目の前で、女の子が泣いている。  
……しかも第三者(愛莉)の目からすると、どうも俺が100%悪いらしい。  
しかし俺には、その理由がわからない。  
ならば俺にできることは、ただひとつしかない――!  
 
「……紗季」  
 
俺は、泣いてる彼女を抱きしめた。  
馬鹿のひとつ憶えと言われようが、たとえ間違っていて殴られようが、今の俺にできることなど、これくらいしかないのだ。  
 
ああ、でも、眼鏡をかけた女の子を抱きしめるって緊張する。  
眼鏡が当たって痛かったりしないのかな?  
 
「ひっく……ひっく……」  
 
幸いというか、紗季は特に怒るわけでもなく、黙って俺の胸に抱かれ、しゃっくりを繰り返していた。  
俺はそんな彼女の耳元で優しく語りかける。  
 
「ごめんな、紗季。俺、見ての通りの鈍感野郎だから、紗季がちゃんと言ってくれないと、  
 なんで君が泣いているのかわからないんだ。……でも、俺が悪いんだよな、ごめん、本当に」  
「……ひっく……ひっく…………なにが悪いかわからないのに……謝るなんて……無責任です」  
「うん……そうだな。でも、俺が紗季を泣かせている事実に変わりはない。だから……ゴメン」  
 
彼女の長い髪の中に顔をうずめる。  
むせ返るような女の子の匂いが鼻腔に充満する。やばっ、今、あたまクラッてきた。  
 
「紗季はさ、結局、俺のこと、どう思ってるだ? すっごくキスをしてほしそうだったのに、  
俺のことはそんなに好きじゃないようなこと言ってたし、紗季の本心は、一体どこにあるんだ?」  
 
そう。紗季はキスにこだわっていた。  
それなのに、俺のことは好きじゃないと言った。ただの興味本位だと。  
でも良く考えてみると、好きでもない男とキスするのに、動画をネタにして脅したりするだろうか?  
普通、逆だろ?  
 
「……そういう長谷川さんこそ、私のこと、どう思っているんですか?  
 トモや真帆には好きって言っておいて、私には何にも言ってません。  
 私は、長谷川さんにとって、どーでもいい人間なんですか?」  
 
俺はその時になって初めて、泣いている紗季の顔を見た。  
眼鏡越しに見える、涙でうるんだ瞳、頬を伝わる涙の跡、いつもの気の強い彼女の姿からは  
想像もできない、儚い彼女の表情。  
俺は無意識のうちに、紗季の頬を、両手で覆っていた。  
 
「……あれ、言わなかったっけ?」  
「言ってません。……多大なるお褒めの言葉は頂きましたが……」  
 
頬を手で包んで、上を向かせる。紗季は――抵抗しなった。  
 
「そっか。……ごめんね。じゃあ、言うよ。紗季、俺はね、君ことが」  
 
俺は、そっと、彼女の顔に唇を近づけた。  
紗季は、涙に濡れた目を、そっと閉じた。  
 
「――好きだ。とても」  
 
俺は紗季に、キスをした。  
 
 
 
キスをした。  
紗季の――ちょっと広めのおでこに。  
 
「えぇっ!?」  
 
ビックリした様子の紗季の声をあえて無視して、俺は紗季のおでこに、何度もキスを繰り返す。  
 
「……ちょっとっ、長谷川さんっ、なにを……ひゃんっ!」  
 
しまいには、ぺろぺろと紗季のおでこを舐め出してしまった。  
ん、ちょっと汗でしょっぱい気がするけど、……とっても美味しい。  
 
でこちゅーが終わると、今度は、紗季の濡れた瞳に唇を寄せ、その目元に溜まった涙を、  
ちゅっとキスで吸い取る。  
 
「きゃんっ……」  
 
そのまま涙の跡をたどるように、目元から頬に沿って、何度もキスの雨を降らせる。  
 
俺は、紗季が「やめて」とか「駄目」とか少しでも否定の意を唱えたのならば、  
即座に止めるつもりだったのだが、結局彼女は最後まで、その言葉を発しなかった。  
俺のなすがままに、キスの嵐を受け入れていた。  
 
一度、右側の頬を制覇し、左に移る時、自然に唇にいきそうになった顔を、  
慌てて止めた時、紗季の瞳に浮かんだ、不安と――期待。  
 
その瞳を見てしまえば、さすがに鈍感な俺にも、ことの次第がなんとなく理解できた。  
――それでも『なんとなく』なのは、それなら最初の時に何故あれほど強く否定したのか  
など、いろいろ疑問に思う点もあるからで――。  
 
そして、俺が紗季の顔に、まんべんなくキスをし終わったころには、そこにいたのは『氷の絶対女王政』などと  
畏怖される存在ではなく、ふにゃっとすっかり力の抜けてしまった、ただの小学6年生の少女の姿だった。  
 
「……ひどいです。……女の子の顔に、こんなにたくさんキスしておいて、……口には一回もしてくれないなんて……本当に、ヒドイ人です」  
 
「……うん。紗季は、……本当に大切な女の子だからね。本人が『好き』っていうまでは、  
 絶対に唇にキスしないって、決めたんだ…………たったいま」  
 
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」  
 
顔を真帆に負けないくらい真っ赤にして怒る紗季を、俺は苦笑しながらも、とても愛おしく見つめていた。  
 
「言わなくったって、……ゾウリムシレベルに鈍感な長谷川さんが、  
 そんな意地悪な言い回しをするってことは、私の気持ちくらい、もうわかっているんでしょう……」  
 
ほっぺたを真っ赤にして、俺とは視線を合わせられずに、ゴニョゴニョと小さく呟くように言う紗季。  
時折、ちらっちらっと俺に視線を向けては、目が合うと慌てて反らす姿は、  
先ほどまでの高圧的な姿勢とは正反対で、見てて少し可笑しかった。  
 
……でも、せめて多細胞生物にしてもらえないか。単細胞生物と同列に扱われるのはあんまりだ。  
コウガイビルの方がまだマシ……じゃないな。同じだ、うん。  
 
「ん〜、でもさ、俺は紗季に『好きとかありえないから勘違いするなっ』って言われてる身だからさ、  
 実際、勘違いしている可能性が高いんだよなー。  
 ……だから、そこははっきり言ってもらわないと解らないなー」  
 
わざとはぐらかして言う俺に、紗季がむーっと怒った視線を向ける。  
まあ、別にお返しというだけじゃない。  
 
『小学生が自分のことを好きだと思ったので、キスしました』と  
『小学生が自分のことを好きだと言ったので、キスしました』では、  
一文字違うだけで、意味合いが全然違ってくる。  
……どちらも結果としては社会的に抹殺されること間違いないが……。  
 
「紗季は頭が良いからさ、他人からどう見られるとか、いろいろ気にしちゃって、  
 自分の本音を言うことなんてなかなかできないと思うんだ。でも、それじゃあ、大事なことは伝わらないよ」  
 
瞳を右へ左へと揺れ動かしていた紗季は、俺の言葉に覚悟を決めたように、うんっと大きくひとつ頷いた。  
そしてキッと壁際を見ると、愛莉とひなたちゃんの二人が耳をふさぐポーズをする。  
 
それでも不安なのか、紗季は俺に首に両手をまわしてぎゅっと抱きつき、  
耳元で、俺にだけ聞こえるような小さな声で囁くように言った。  
 
「……私は、長谷川さんが好きです。大好きに、決まってるじゃないですか……」  
 
「……ありがとう、紗季。とても嬉しいよ……」  
 
首筋にすがりついてくる少女の体を優しく抱きとめて、俺は応える。  
鼻をくすぐる彼女の髪から溢れる匂いと、体全身にピッタリと密着している少女特有の、細く、  
なだらかなライン――わずかに隆起する胸の感触までもが、俺に凶悪的にまで伝わってきて、  
頭の辺りの血管を、ふつふつと沸騰させていく。  
 
「……紗季、ありがとう……本当に。だから、ちょっと離れてね」  
「?」  
 
この状態のままキスをすると、いろんなところの抑えがきかなくなりそうなので、とりあえずブレイク。  
紗季をぽすん…と再びベッドの上に座らせると、その姿をじっと見つめる。  
 
紗季は当然のことながら顔を真っ赤にさせて俯いている。やはり自分から告白するというのは  
この自尊心の強い少女にとってかなり恥ずかしいことだったのだろう。  
 
大きな罪悪感と……ほんの少しの嗜虐心を抱きつつ、俺は紗季の頬を手に取り、その可憐な唇を、つっ…と、親指でなぞった。  
 
「……それじゃ、キス、するよ……ここに」  
「…………はい…………おねがいします…………」  
 
そしてふと思い出して問う。  
 
「えーと、……愛の囁きとか、しなくていいの?」  
「や、やめてくださいっ。これ以上長谷川さんに何か言われたら  
 ……私、本気になってしまいます」  
「へ? ほ、本気?」  
「真帆だけじゃなくって、と、トモにも、愛莉にも、ひなにも、誰にもっ  
 長谷川さんを取られたくないって……思ってしまうようになっちゃうから  
 ……お願いだから、それ以上、なにも言わないでください……」  
「あ……、うん、……わかった」  
 
それは、そんなに想われていると喜ぶべきなのか、それともここに至ってまだ本気じゃないんだと悲しむべきなのか  
……どっちなんだろう?  
 
俺がキスをしようと顔を近づけると、紗季が慌てたように声をかけてきた。  
 
「あの、め、眼鏡は取った方がいいですか?」  
「え……いや、別につけたままでいいと思うけど、どうして?」  
「だって、……するときに当たって邪魔になるかなって思って……。  
 ……さっきもちょっと、しづらそうにしてたし……」  
 
消え入りそうな声で答える紗季。  
そりゃ、目元にするときなんかは邪魔になるけど……。  
でもこうして、キス本番になって、そんな小さなことを気にして不安になってしまう紗季の姿は  
普段のしっかりした彼女の姿と違って新鮮だった。  
 
俺は眼鏡のつるにそっと指を這わすと、そのレンズごしに紗季の瞳をしっかりと見た。  
 
「俺は気にしないし、眼鏡姿の紗季は似合ってて可愛いから、そのままでいいと思うよ」  
 
実際には素顔の紗季ってあんまり見たことなかったから比べようがなかったのだが、  
今のままの紗季を受け入れてあげたいという思いが、俺にそう言わせた。  
 
紗季は俺の言葉に、ちょっと安心したようにはにかむと、……ゆっくりと目を閉じた。  
 
そして俺はようやく、彼女の震える唇に、己の唇を押し当てることに成功したのだった……。  
 
「……んっ……」  
「……ぅん……」  
 
凍えるように震えるその唇に、唇を押し当て、吸う。  
 
「……ふぅんっ……」  
 
初めての口付けに、長い髪の少女はなすがままになっていた。  
俺も本日3人目の小学生の唇の感触に、脳がとろけそうになっていた。  
ふにふにと柔らかく、智花とも、真帆とも違う、紗季だけの唇の感触。  
その感触をもっと味わおうと、より深く、唇を重ねていく。  
 
「――んぅ――」  
 
それに、あの紗季が――さっきまで俺の息子をなぶって楽しんでいた、あの紗季が、  
今は俺のなすがままに、唇を吸われて震えている。  
そのことが俺の興奮を一気に高めていった。  
 
「……ぷふぁっ……」  
 
俺は一度、唇を離す。  
 
紗季はとろけきった瞳と顔で、俺をぼーっと見つめてくる。  
 
そのいつもとはかけ離れた愉悦を帯びた表情に、俺はゾクゾクと嗜虐心が高まってくるのを抑えられなかった。  
 
そう、さっきあれだけいたぶられたことへの、ちょっとした仕返し。ちょっとした悪戯。  
そして思い出される、彼女の挑発的な言葉。  
 
「……そういえば紗季、……たしか真帆よりもスゴイこと……してほしいんだったよな」  
「……ふぇ…………え、あ、あれは、ちょっとした勢いというか、言葉の綾というか……」  
「紗季にそこまで言われちゃ、してあげないわけにはいかないから、……するよ、凄いこと」  
「……ちょ、ちょッと待ってください。そんな……無理にしなくても……」  
 
俺は彼女の言葉を無視して、顎に手をやり、唇数ミリのところまで顔を近づける。  
 
「……紗季、……キスするから、目を閉じて、口を半分くらい開けて、そのままにしておいて……」  
 
超至近距離から俺に見つめられ、命令されて、初めてのキスでとろけきっている紗季は、  
素直に、俺の指示に従った。  
 
「……はい……」  
 
瞼を閉じて、口を半開きにする。  
その従順な仕草に、その桜色の唇に、むしゃぶりつきたくなる衝動を必死に抑えて、  
俺はそっと、意識してゆっくりと、唇を再度重ねる。  
 
「…………っ」  
 
顔をちょっと斜めにして、口と口がより深く、密接に重なり合うようにして、  
……俺は、……ことに及んだ。  
 
「――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」  
 
紗季の細い体がビクンッと大きく跳ね上がるのがわかった。  
 
俺は、紗季の開いた口内へとゆっくり侵入し、その奥で小さく怯えて震える赤い舌を、  
自分の舌で絡め取ったのだった――。  
 
 
紗季の舌はとても熱かった。  
彼女の指が冷たかったので、舌もそうなのかと思っていた俺は  
その熱さにちょっと驚いた。  
 
そして、触れた舌を動かし、紗季のそれと絡めようとした次の瞬間――  
 
がぶっ!  
 
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」  
 
紗季が俺の舌に噛みついた。  
 
声にならない悲鳴をあげる俺!  
 
後ろに飛び跳ねるように倒れて、ベッドの上でのたうち回る。  
 
「い、いきなり何をするんですか! 人が黙っていれば調子にのって!  
初めて男の人とキスした女の子に、いきなり舌をいれるなんて、いったい何を考えているんですか!?」  
 
驚いたような紗季の声がはるか遠くから聞こえる。  
俺は紗季の非難に答えることもできず、口を押さえたまま、ピクピクとうつ伏せで痙攣する。  
 
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」  
 
まったくの不意打ちに頭が真っ白になって悶絶していたが、  
舌に感じる痛みで徐々に意識が戻ってくると、俺は今しがた自分がしでかした行為に愕然とする。  
 
俺、今何やった?  
調子こいてすごい暴走してた気がするけど、  
もしかして小学生相手に、舌絡めようとしましたか?  
しかもその上、嫌がられて舌噛まれたと……。  
 
……アウトですね。  
 
今までは相手側に好意があったからまだ言い訳ができたけど、  
今回はダメ、――完璧、アウトです。  
 
 
それにしても、やはり女王様は小さくても女王様だった。  
安易に手をだしてはいけません。  
 
「……あの、長谷川さん、もしかして、結構痛かったりします?」  
 
俺の尋常ではない様子に、さすがに心配になったのか、紗季がちょっと焦った様子で俺の顔を覗きこむ。  
 
「長谷川さん……大丈夫ですか?」  
「おー、おにーちゃん、へーきか?」  
 
愛莉とひなたちゃんも心配そうに俺を気遣ってくれる。  
 
口を押さえていた手を見ると、くっきりと赤い鮮血。  
 
「ぶぇー、ろーらっれる、ほれのふぃた?」  
「わっ、口の中真っ赤ですよ!?」  
「おー、おにーちゃん、ちーいっぱいでてるぞー」  
「…………」  
 
やばい、意識が朦朧としてきた。  
 
「ちょっと待っててくださいね」  
 
そういうと近寄ってきた紗季はポケットティッシュを取り出して、俺の舌に押し当てる。  
 
「ふぁきー、ふぁりふぁふぉー、ふぉんふぁふぉふぇのふぁふぇふぃ……」  
「いや、なに言っているかわからないから、しゃべんなくていいです。とりあえず、じっとしていてください」  
「………………」  
 
俺は言われた通り黙って、紗季のなすがままになっていた。  
 
 
 
 
 

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