袴田ひなた、11歳。  
身長131cm、血液型O型。  
慧心学園初等部6年C組飼育係。  
女バスの女の子の中でも一番小柄で、ふわふわと緩くウェーブのかかった長い髪に、  
淡雪のごとく白い肌、目尻の下がった柔らかい顔づくりに、いつもニコニコと笑顔を絶やさない、  
――とびきりの美少女である。  
 
性格は天真爛漫、純粋無垢。見る者の保護欲を根こそぎ奪い取ってしまう愛くるしさに、  
クラス半分以上の男子を虜にしながらも本人は全く意に介してないという純朴さ――  
『無垢なる魔性』――通称『イノセント・チャーム』の持ち主。  
 
そんな彼女が、今、俺の服の裾を掴み、ニコニコと微笑んでいる。  
 
「……ひ、ひなたちゃん、……ひなたちゃんの番って、いったいどういうことかな?  
 お、俺には、いったい何の事だかさっぱりわからないんだ……」  
 
「おー、ひなが、おにーちゃんと、ちゅーするばんだぞー」  
 
まてまてまてまてっ!  
 
それ駄目っ。絶対ダメっ!  
 
こんな小学生の中でもとびきり小さな、5人の中でも一番小学生らしい、  
THE小学生といっても過言ではない、ひなたちゃんとキスするなんて――犯罪以前に神への冒涜だ!  
 
つーか、ひなたちゃん、絶対わかってないだろ、キスの意味っ!?  
いや、そもそもだ、この智花から始まったキスターンは、キスもしていないのに俺のナニを舐めるのはイヤだ、  
というのが最初の理由だったはずだ。  
 
ひたなちゃんは、今朝、俺のモノを一度舐めているはずだ。  
ってことは、彼女が俺とキスする理由なんてないんじゃないのか!?  
俺は焦りながら急いでひなたちゃんの顔を見つめる。  
 
「……?」  
 
ひなたちゃんは相変わらず柔らかい笑みを浮かべたまま、コクン?と首をかしげる。  
 
……可愛い……じゃなくて、――いや勿論かわいいんだけど――わかってないよな、絶対わかってないよな?  
 
たぶん、みんなもしてるから、自分もするっ!っていう感覚で言っているんだろう。  
 
ならば俺なんかが彼女とキスできるわけがない。  
 
幼いひなたちゃんに、キスの意味をどれだけわかってもらえるかは不安だが、ここで俺がやらなければ、  
彼女の輝かしい未来をズタズタに引き裂いてしまうんだ。  
 
俺は不退転の決意をもってひなたちゃんの説得を試みた。  
 
「……ひなたちゃん、あのさ……」  
 
「おー、なーに、おにーちゃん?」  
 
「智花たちがさ、俺とキスしたのは、その……俺の股のモノを舐めるのに、  
 キスを先にしなきゃ嫌だってことでキスをしたんだけど、  
 ひなたちゃんは今日の朝、一度舌で舐めちゃってるだろ?   
 だから今さら俺とキスとかしなくてもいいんじゃないかな?」  
 
「おー。おにーちゃん、ひなとちゅーするのいやか?」  
 
ひなたちゃんは不思議そうな顔をして俺に訊いてくる。  
ぐぅ、その顔とセリフは卑怯だ。  
 
早々に精神的ダメージを受けつつも、俺はなんとか気を取り直して  
粘り強く説得を続ける。  
 
「いや、そんなことはまったくゼンゼンないんだけど、キスはちゃんと好きな人としなきゃダメでしょ?  
 みんながしているから、ひなたちゃんもするっていうのは間違っていると思うんだ。  
 ここで俺なんかとしちゃったら、あとあとひなたちゃんに本当に好きな人ができたときに後悔することになるよ」  
 
俺はひなたちゃんの濁りのない瞳をじっと見つめ、誠心誠意、心をこめて語りかける。  
ひなたちゃんのために、――将来、この子が俺なんかのせいで涙を流すことがないように  
――じっと、強く、その瞳に想いを伝える。  
 
俺の視線を真っ向から受け、ひなたちゃんを小首をかしげ、少し考えるしぐさをした。  
長い髪ふわふわとした髪が一房、ふわりと彼女の頬にかかる。  
その小さな頭の中で、俺の言葉を何度も咀嚼するように、瞼を閉じ、じっと考え込んだ後、  
ひなたちゃんは、目を開け、俺の顔をまっすぐ見て言った。  
 
 
「ひなはおにーちゃんのことが好きです」  
 
「…………」  
 
「だからひなはおにーちゃんとキスがしたいです」  
 
「…………」  
 
「……だめ?」  
 
 
本日二人目の直球ど真ん中。  
 
この子の攻撃は防御無視でくるので、モロに心臓直撃だ。  
 
俺は15年の人生で初めて、心臓を打ち抜かれるという感覚を味わった。  
 
この子にここまで真っ直ぐ気持ちをぶつけられて平然としてるような野郎は男じゃない!  
 
気付いたときには、俺はすでにひなたちゃんの小さな体を、両腕でぎゅうっと抱きしめていた。  
 
「……ふぁ……おにーちゃん?」  
「……あ、ごめん。痛かった?」  
 
勢い余って抱きしめてしまい、慌てて力を緩める俺に、ひなたちゃんはふるふると首を振ると、  
ぽてん…と俺の胸に顔を預けた。  
胸といっても、ひなたちゃんの身長では実際には俺のみぞおち辺りに顔がくるのだが……  
小さな小さな彼女の体は、俺の腕の中にすっぽりとおさまり、ただ黙って抱かれている。  
 
 
……考えてみれば、この子はずっと俺のことを『おにーちゃん』と呼んで慕ってくれていた。  
それは、小さい子が兄を慕う気持ちと同じだと思っていたが、果たして本当にそうだったのだろうか……?  
 
 
そうだ、その幼い外見のせいで誤解しがちだが、この子はとても強い子なのだ。  
 
男バス女バス対抗戦前の特訓で倒れるまで走って、愛莉に膝枕されながらみせた弱々しい微笑み。  
 
俺の背中におぶさりながら、仲間のために頑張るから、バスケを教えて下さいといったその言葉。  
 
みんなと一緒に楽しくバスケをしたいからと、竹中に頼んでシュートの特訓をしていた姿。  
 
腕の筋肉をつけるために、まったく上がらない斜めけんすいを、それでも諦めずに続けていたトレーニング風景。  
 
ただ幼いだけの子なら、そこまでしない。途中でやめて泣き出してしまうはずだ。  
 
それでもひなたちゃんは、一回も弱音や泣き言を吐かなかった。  
 
ただひたすら、自分の限界も忘れて、一生懸命、仲間のために頑張っていた。  
 
俺はひなたちゃんの幼い容姿に惑わされて、彼女の心も幼いものだと決めつけていたが……本当はずっと成熟したものではなかったのだろうか。  
 
彼女の好きが、年上の男への敬愛だけでなく、それよりももっと強い想いだったとしたら――。  
 
「……ひなたちゃん……」  
 
だが、そんなことは口にしない。  
ひなたちゃんには、そんなまわりくどい言い回しは必要ない気がした。  
直球できた以上、こちらも直球で返すのみ。  
 
俺は腕を解くと、その場にしゃがみこみ、ひなたちゃんと同じ高さに目線を合わせる。  
ひなたちゃんの瞳は……少しだけ揺れていた。  
俺はその瞳を見つめながら、透ける様に白い彼女の頬を両手で包み、言葉をつむいだ。  
 
「俺もひなたちゃんのことが好きだよ」  
 
ただその一言に、万感の想いをこめた。  
 
そしてそっと口づけをかわした。  
 
 
俺とひなたちゃんは、唇を寄せ合い、長くゆっくりとキスをしていた。  
 
「…………」  
「…………」  
 
うわっ、犯罪だ。犯罪だ。  
こんな小さな女の子の、こんな小さな唇に、自分の唇を押しつけている……。  
柔らかいとか、そういうことではなく、もう食べれます。この唇。  
温かくって、ぷにゅぷにゅで、定番だがマシュマロみたい。  
 
ひなたちゃんの唇に触れている部分から、血流がすごい勢いで流れ始め、頭の中をグルグルと激しく循環させてゆく。  
さっきっから体中で危険警報がビービー鳴りまくっているのに、唇を離す気にはまったくならなかった。  
俺は魅入られたように、ひなたちゃんの唇をゆっくりと味わっていた。  
 
ひなたちゃんの髪から立ち上る、鼻腔をくすぐるミルクのような甘い匂い。  
柔らかで、すべすべで、ぷくぷくした頬の感触。  
上唇に感じるこそばゆい息遣い。  
そして何よりも、唇自体に押しつけられた、温かい、ひなたちゃんの小さな唇の感触。  
そのすべてが、俺の神経という神経をいやおうがなしに刺激してくる。  
 
それでも先ほどの真帆や紗季の失敗を踏まえ、俺はどうにか唇を動かさないよう、必死なって堪えていた。  
 
……本当は唇をむさぼるようについばんだりしたいのに、そんなことをひなたちゃんには決してできないと心の中で繰り返し、  
俺とひなたちゃんはただじっと、唇を触れ合わせたまま、長い時間を共に過ごしていた。  
 
そして……5分か、10分か、俺にとっては永劫とも思える時間が経過した後、  
全てにおいて限界がきた俺はようやく唇を離した。  
 
「…………」  
 
ひなたちゃんは頬を染めてぼぅとした表情を浮かべていた。  
ちょっといつもとは雰囲気が違う。  
 
「……ひなたちゃん?」  
 
もしかして、やっぱり嫌だった?  
 
そう言おうとしたとき、がばっと急にひなたちゃんが俺に体当たりするかのように  
勢いよく抱きついてきた。  
 
「ひ、ひなたちゃん?」  
「……えへへっ、おにーちゃん、だーいすき!」  
 
そして俺の顔にほっぺたを当てて、すりすりと頬ずりをしてくる。  
 
「な、なんだ。驚かさないでよ……」  
 
そのまま床に倒れ込んでしまうも、どうにかひなたちゃんの体を受け止めることに成功した俺は、安心してほっと息を漏らした。  
 
……なんだ、もっと成熟しているかと思ったけど、俺の思いすごしか……。  
 
俺はひなたちゃんの行為を、いつもの彼女の幼さからくる純粋無垢なものだと  
解釈したのだが、……実はこれは彼女にとって最上級に部類される  
愛情表現であるとは、この時はまだ知らなかったのであった……。  
 
「えへへ、おにーちゃん、おにーちゃん」  
「えー、ひなたちゃん。そろそろ、降りてもらえると嬉しいんだけど……」  
「だめー」  
「……そっか、だめかー」  
 
ひなたちゃんは俺の上に覆いかぶさりながら、じーーっと顔を見つめる。  
 
「ひな、まだ、おにーちゃんにしてもらってない」  
「え、……キスはしたけど」  
「ちがう。さきにしたの、ひなにもして」  
 
…………べろちゅーですか?  
ひなたちゃんはべろちゅーを御所望でしょうか?  
 
……いや、それは……俺の精神がもちそうにない……。  
カルマが2つくらい増えそうだ。  
 
「あ、あれはまだ、ひなたちゃんには早いと思うんだっ。  
 ほらっ、紗季も最初いやがって、俺の舌噛んじゃったろ?」  
 
俺の言葉にひなたちゃんは、ぶーっとほっぺたを膨らませる。  
 
「ぶー、おっぱいなら、さきよりひなの方が大人なのにー」  
 
…………はい? 今なんとおっしゃいました?  
紗季よりも、ひなたちゃんの方が、おっぱいが大きいだと?  
 
俺はさきほど体に密着した紗季の胸のふくらみの感触を思い出し、  
そして、ひなたちゃんの胸のあたりをじっと凝視した。  
 
……ぺったんこじゃ……ないの?  
 
ひなたちゃんはゆったりとしたフワフワ系のお洋服を好んで着ているので、外見ではよく分からない。  
 
「おー、おにーちゃん、ひなの、みたい?」  
「ぶるぶるぶるぶる!」  
 
俺は首を思いっきり振った。  
むろん、横にだ。  
 
「……ぶー。おにーちゃんになら、ひなのおっぱい、みせてあげるのにー」  
 
ひなたちゃんはなんだか不満そうに唇を尖らせる。  
 
そ、そんな、ひなたちゃんの、紗季よりも大きいというおっぱいなんぞ見た日には、  
自分がどーなってしまうかなんて火を見るよりも明らかだ。  
 
 
――獣ですね。野獣ですね。狼ですね。間違いなく。  
 
 
「おー。じゃーねー、ひなが、おにーちゃんに、してあげるね」  
 
そういうと俺に馬乗りになったまま、ひなたちゃんは俺の頭をガシッと両手で掴み、その小さなお顔を近づけてくる。  
 
……え?  
……え?  
――ええっ!?  
 
だめだめっ、そんなのダメ!  
 
はっきり言うが、べろちゅーなんて紗季だからできたんだ。  
普段から大人びていて、ついさっきまで女王様気質を見せていた彼女だからこそ  
『小学生』という意識が薄れて、あんなことができたわけで……。  
 
それが見たまんま『小学生』の、『小学生』を強く意識させるひなたちゃんにべろちゅーなんてされたら……!  
 
しかしそんな俺の恐怖をよそに、ひなたちゃんの顔はすぐそこまで迫っていた!  
 
俺は慌てて両手で自分の口をガードする!  
 
――と。  
 
「……ちゅっ――」  
 
…………。  
……。  
 
「……え?」  
 
ひなたちゃんは俺のおでこにキスをした。  
 
……でこちゅー?  
……べろちゅー……じゃなくて、……でこちゅーですか?  
 
「……ちゅっ……ちゅっ……ちゅっ……ちゅっ……んッ……れろっ……。  
 おー。どーお、おにーちゃん、きもちいーい?」  
 
おでこに数度キスし、最後にぺろりと舌でひと舐めした後、ひなたちゃんはニッコリと俺に訊いてくる。  
 
「……はは、……はは……」  
 
そ、そーだよね。小学生が、いきなりべろちゅーなんて要求してくるわけないよね。  
小学生だったら、でこちゅーだよね。でこちゅー……。  
 
…………。  
……。  
 
俺はがばっと手で自分の顔を覆った。  
 
「? おー、おにーちゃん、どーした?」  
 
やめてっ、見ないで!  
そんな純粋無垢な澄んだ瞳で、こんなよこしまな考えに毒された俺を見ないでくれーーーーっ!!  
 
 
ああ、俺、もう駄目だ。もうとっくの昔に汚れてしまってたんだ……。  
 
……そうだ。たしかに、紗季にはべろちゅーだけでなく、でこちゅーもしてたんだ。  
 
それなのに、紗季と同じことしてとお願いされて、真っ先にべろちゅーだと思い込むなんて……。  
ああ、なんて恥ずかしいヤツなんだ、俺はっ!  
てことは何か? 俺は本心ではひなたちゃんとべろちゅーすることを期待していたのか?  
そーなのか、だからそんな恥ずかしい勘違いをおこしたのか!?  
 
――ちゅっ――  
 
「……え……?」  
 
自己嫌悪の無限ループに突入しようとする俺の手に、温かくて、柔らかなものが触れた。  
 
――ちゅっ――ちゅっ――ちゅっ――  
 
その柔らかいものは何度も、何度も、俺の手の甲に押し付けられてくる。  
 
「…………」  
 
俺が顔から手をどけると、目の前にひなたちゃんの顔があった。  
真面目な表情で心配していたひなたちゃんは、俺の顔が見えると、いつも通り、ニッコリと笑い、  
 
「おー、おにーちゃん、よくわかんないけど、元気だせー」  
 
そう言って、ちゅっと、俺の頬にキスをした。  
 
そしてそのまま、その柔らかい唇を、何度も、何度も俺の頬に押し付けてくる。  
 
「……ちゅっ……ちゅっ……ちゅっ……ちゅっ……」  
「……ひなたちゃん……」  
 
さっき手に感じた感触は、ひなたちゃんの唇だったのか……。  
彼女は俺を慰めようと、顔を覆った俺の手に、一生懸命キスをしてくれていたのだ。  
 
胸の奥が、誰かの手でぎゅぅっと掴まれるような感じがした。  
 
 

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