「ホントはさ、智花が中学生になるまではって思ってたんだけどな……」  
 
「ふ、ふえっ?」  
 
 昴の突然の告白に驚く智花。  
 
「真帆たちに言われたよ。智花の気持ちを知ってるくせに中途半端にしておくなって。  
 でもさ、俺にしてみれば智花が大切だからこそ、そう言う風に扱わなかったんだけどね」  
 
 昴の指が、智花の髪を撫でる。  
 
「んっ……」  
 
 昴の手が智花の髪を撫でる感触が、なんともいえず心地良い。  
 二度、三度と昴の手がゆっくり往復するにつれて、気持良さに体の力が抜け、  
 反対に苦しいほど胸が高鳴って行くのが分かる。  
 
「昴さん……」  
 
「智花、いいかな?」  
 
 髪を撫でていた右手が、智花の頬に触れた。  
 
「……はい」  
 
 そっと目を閉じ、顔を上げる智花。  
 目を閉じていても、昴の顔が近づいてくるのが分かる。  
   
 いよいよ、と思うと自然と身体が震えた。  
 心臓が、破裂してしまうのではないかと思うほどドキドキする。  
 そして……  
 
「智花?もしかして怖いの?」  
 
「ふぇっ!!」  
 
 完全な不意打ち。  
   
 想い人に耳元で囁かれ、びくっ、と身体をすくめる智花。  
 それで更に勘違いしたのか、身体を退こうとする昴。  
 智花は慌てて昴の身体にすがって、引き止めた。  
 
「ち、違いますっ!」  
 
 反射的にとはいえ、自分から昴に抱きつく格好になった智花は、  
 羞恥のあまり、耳まで赤くなりながら必死になって言葉を紡ぐ。  
 
「す、昴さん、あの、その……違い、ます。その……初めてだから……」  
 
 泣きそうな顔をして、後半を消え入りそうに言う智花。  
 恥ずかしくてうつむいてしまう少女の顎を、昴の指先がそっと捉え、顔を上げさせた。  
 壊れ物を扱うように、どこまでも優しく……  
   
 その、昴の優しい視線にじっと正面から見据えられ、智花は息苦しいほどの想いに捕らわれる。  
 身体が自分のものでは無いようだ。  
 昴に縋り付かなければ、立っていられない。  
 
「そうなんだ。実はさ、この年になって恥ずかしいけど俺も初めてなんだ。」  
   
 少しはにかんだような、照れた顔をして初めてと告白する昴。  
 
「ふぇ、そ、そうなんですか?それじゃ葵さんは……?」  
 
「あいつはただの幼なじみだよ。俺が好きなのは、世界で一番大切にしたいと思ってるのは  
 智花だけだよ……」  
 
 昴がそう言うと、智花の瞳にジワッと暖かい物が溢れてくる。  
 
「え?と、智花?どうしたの?俺、なんか嫌なこと言った?」  
 
 瞳に涙を溢れさせている智花に、慌てふためく昴。  
 
「いえ、ち、違うんですごめんなさい。昴さんの言葉が嬉しくて……一番って言って貰えて嬉しくて……」  
 
「智花……そんなに喜んで貰えて俺も嬉しいよ。」  
 
 その瞳に浮かんだ涙を、昴は優しく拭った。  
 智花は、涙を溢れさせた事に照れながらも改めて告白する。  
 
「昴さん……私も昴さんの事が好きです。世界で一番大好きですっ!」  
 
「ありがとう、智花。それじゃあ、智花の初めて、俺がもらっていい?」  
 
 甘く、掠れる昴の声。  
 
「はい……」  
 
 震える声で、智花は応える。  
 昴の視線を感じながら。  
 
「私の……湊智花の初めて……もらって、ください」  
 
 やっとのことで、言うことの出来た智花ににっこりと微笑んで……  
 昴は唇を重ねた。  
 
「んっ……」  
 
 唇と唇を合わせるだけのバードキス。  
 唇が触れた瞬間、智花の瞳が大きく見開かれ……そして閉じた。  
 この時を待ち望んでいた智花。  
   
 智花の頭の中は昴への想いで溢れかえっている。  
 昴さん、昴さん、昴さん……!  
 智花はいつの間にか涙を流していた。  
 
 もちろん、悲しい訳ではない。  
 智花は、いつまでもこの時が終わらなければいいと思っていた。  
   
 だが、一瞬とも永遠とも取れるこの至福の時もやがて終わりをつげ、昴の唇が離れる。  
   
 完全に、上気した表情の智花。  
 息を詰めていた唇から吐息がもれる。  
 お互い暫くは何も言えず、じっと見つめ合ったままだ。  
 
「智花……」  
 
 やがて昴の方から口を開いた。  
 その視線はこれ以上に無い程、優しさで溢れかえっている。  
 目の前の想い人の視線に、少し惚けながらも返事をする智花。  
 
「昴さん……私……」  
 
「私、今日の事一生忘れませんっ!」  
 
 智花はそう言って昴に抱きつき、愛しい人の胸に顔を埋めた。  
 昴も慈しむように智花をそっと抱きしめ、目の前の柔らかな髪を撫でる。  
 
「智花……俺、智花の事大切にする。あらゆる事から智花を守る。決して悲しませたりしない。  
 だから……智花、俺の隣にずっと居てくれないか?」  
 
 それは望んでいた言葉。智花がずっと待ち望んでいた言葉だった。  
 
「はい……、はいっ……!側に居ます!一生離れませんっ!」  
 
 そう言ってもう離さないと言わんばかりに、昴をギュっと抱きしめる智花。  
 昴もそんな智花を優しく見つめ、智花が離れるまでずっと髪を撫で続けていた。  
 

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