「うぅ……、メールが気になるよう」  
 
しかし、それで携帯関越(無許可)をしていた智花にしては堪ったものでは無い。  
あのメールの送り主が、……葵だったのだから。  
 
「うー、うー」  
 
そして、何秒か葛藤した後、自分の好奇心に素直に従う事に決めたらしい。  
もう一度昴の携帯を開き、メールを関越する。  
 
だが、数秒後には其れを後悔することとなった。  
其れは、土日に遊びに行こうというお誘いのメール。  
友人としてだろうか?其れとも……?  
しかし、生憎智花には、其れを判断するだけの目は持っていなかった。  
しかし、其れとは無関係に不安は膨れ上がっていく。  
 
「昴、さん……」  
 
そして、その不安の矛先は昴へと向けられた。  
相変わらず、静かに吐息を立てる昴。  
その顔に、今一度、顔を近づけていく。  
そして……、  
 
「ん……」  
 
口付けた。  
何時もの智花ならば、絶対にしないであろう暴挙、  
しかし、目の前に憧れの人が眠っているという高揚感と、自分の想い人の心情への不安。  
そして、とどめに葵のメールと来た。  
これだけが重なってしまえば、智花とてそれだけの事をしてしまうのも無理の無いことに思えた。  
 
「ぃ……」  
 
しかし、其れとて長持ちするものでは無い。  
直に襲い来る今日何度目かの背徳感に負け、唇と離す智花。  
 
その目には、悪いことをしてしまった事に耐えられず涙が溜まっていた。  
が、そのとき、昴が智花を抱きしめる力を強めて、体制を変え始めた。  
なんと言おうか、……その、アレだ。『抱き枕』状態である。  
 
「ひゃあ!」  
 
状況を書いてみれば、まず、智花の顔のすぐそばに昴の髪の毛があり、  
智花の細い腰に昴が手をまわし、  
足は図らずして組み合っている。  
そんな……、恋仲の朝でもなかなか無いような状況だ。  
 
何時もなら、ここで赤面して何とか脱出しようとするのが智花だろう。  
だが、ここには邪魔をする人も、その可能性も無く、  
彼女を冷やかすことに全身全霊(?)を賭けている少女達も勿論居ない。  
そして、昴への、不安、期待。  
それら全てがグチャグチャになって、智花は、切れた。  
 
……いや、狂ったとか、そう言う事ではなく、単純に、『吹っ切れた』のだ。  
 
「ん……ッ!」  
 
再び、口付け。  
其れは、先ほどよりも長く、深い。  
智花は自分の持ちえる知識を総動員して、昴との『でぃーぷきす』足るものを実行しようと更に動き出す。  
 
「ん……!んぅ!」  
 
懸命に唇を重ね合わせ、  
どこかの漫画であった―――すぐに恥ずかしくなって読むのは止めたが―――舌を入れるキスを実行する為に舌を昴の唇に当てる。  
そして、滑り込ませるように自分の舌を昴の舌に潜り込ませた所で……、  
 
―――目の前の存在が絶叫を上げて、飛びずさった。  
 
 
「うわあああぁい!?」  
 
同情したくなる。誰に?勿論昴にだ。  
可愛い(何度も言うがやましい気持ちは無い)教え子の頼みごとを聞いて、  
どぎまぎしながら(本当に無いのだ、本当に)一緒のベットで眠って、  
……起きたら、キスして、しかも舌を入れられそうになっている。  
……つまり、無意識に犯罪を起こそうとしている。  
 
―――本当に同情せざるを得ない状況となっている。  
 
「ひゃい!?」  
「ひゃい!?……じゃないよ!何してるの!?智花ッ!?」  
 
もはや、これは悲鳴である。  
全く訳がさっぱりわからない。……いや、分かったら其れは其れで嫌だが。  
 
「うぅ……うわああああああああん!」  
 
……そして、更に酷いことに、泣かれた。  
うむ、こうとしか言い様が無いだろう。  
 
 
 
―――――昴、南無。  
 
 
 
では無くて、現状把握へと話を戻そう。  
 
「昴さん!昴さん!昴……さん!」  
「いや、だからどうしたの!?」  
 
智花は、想い人に『イケナイコト』を見られたショックで、自分を完全に見失って昴に抱きついて泣きじゃくっている。  
其れを何とかしようをする昴だが、こちらもこちらで収拾が付いていない。  
 
「と、とにかく落ち着いて!大丈夫だからッ!!」  
「……はい、あ、あの」  
 
と、何とかこんな展開に成ったのは10分後だったりするのはご愛嬌だろう。……たぶん。  
その後、智花は全力で昴に『寝惚けていた』と言い張り、困惑する昴を残して長谷川家を後にした。  
 
 
――――『賭け』の約束を取り付けて。  
 
 
『賭け』其れは、何時かのように智花から持ちかけたどこか懐かしみのある其れ。  
内容は、1on1の真っ向勝負。……ハンデは無し。  
これだけを見れば、智花に勝ち目は無いように見える。いや、実際無い。  
……だが、智花には秘策があったのだ。非策(?)が。  
 
ちなみに智花の願いは『自分の願望を押し通す事』で、  
昴は『やんわりと真相を聞きだす事』である。  
 
 
「ねぇー、智花、どうしちゃったのよ?」  
 
その次の日、学校で既に智花は放心状態だった。  
いつも仲のよい4人以外が見ても智花はおかしかった。  
机に向かい、紙に幾つも箇条書きで何かを書きなぐっては消していく。  
書いては消し、また書いて消す。  
そして、いつもなら仲良く話すはずの女バスのメンバーが話しかけてきても心此処に在らずといった様子で生半可な対応しかしない。  
 
そんな様子を見かねた沙希が声を掛けたのだが……、  
 
「んー、なんでも無いよ?」  
 
……やはり、効果は無かったようだ。  
そして、そんな様子のまま学校が終わり、何をしたかも覚えていない女バスの練習も終えて……、  
 
その時はやってきた。  
 
「はあ、……ハンデ無しで小学生ボコるとか」  
「よしっ!!行ける!」  
 
いつもの様に、だが、圧倒的に違う雰囲気を纏って長谷川家で2人が相対する。  
昴はやはり気が乗らないといった様子で、  
智花は、既に勝利を確信した目をしていた。  
 
「それでは……ッ!」  
 
智花が静かに昴へと切り込み始める。  
せめて攻撃は智花から、という昴の配慮からなのだが、智花はそれを最大限に利用しようと決めていた。  
 
「ふ……ッ」  
 
小学生にあるまじき加速、ボールの切れ、身体捌き。  
どれをとっても、誰が見ても、一級品だと言えるだろうその走り。  
だが、其れとて昴の前には大した脅威には成りえない。  
 
―――そして、其れが現在の昴と智花の実力差でもあった。  
 
「………」  
 
無言で智花の前に構え、腰を落す昴。  
その構えにはたとえ小学生を相手にしているといっても之といって大きな隙は見当たらなかった。  
が、そこに躊躇無く踏み込んでいく智花。……まだフェイクを掛ける仕草すら見せない。  
その様子に昴が怪訝そうな顔をしたその瞬間……、  
 
 
「昴さんは私達の着替えを覗きましたッ!!!」  
 
 
……昴が撃沈した。  
 
 
そして、その数瞬後に残されたのは、静かに揺れるゴールネットと放心状態の昴、そしてガッツポーズを決めている智花だった。  
 
 
 
 
 
ああ、なんで俺こんなことに成ってるんだろう?  
疑問を自問自答してみても之といって解決策は見つからなかった。うん、当たり前だけど。  
 
「……これで、よし!」  
 
よし!……じゃねぇよ。なんだよこの状況。  
 
「なあ、智花……?」  
「何ですか?昴さん」  
 
いや、何ですかって……、  
 
「なんで俺、椅子に縛られてるの?」  
 
この状況はマジでないって。絶対。  
智花の要求の『一日俺を好きにする』権利をあげて見たら朝っぱらから家に押しかけてきてこれなんだけど……。  
 
「そんなの、昴さんが負けたからに決まってるじゃないですか!」  
 
『何言ってるんだろう?』みたいな調子で言われても困ります。  
全力で現在の状況をレポートにまとめて提出しろ。  
……いや、取り乱しても無駄か。  
よし、落ち着け。素数をかぞえ……、  
 
「じゃ、行きますよ?」  
 
おぉおい!ちょっと待って!  
 
「行きますって何が!?」  
 
これ大事だろ!絶対見過ごしたらダメだろ!  
ていうか何だ?小学生に椅子に縛り付けられて、顔が目の前にあって『行きますよ?』って、  
……なんだこの状況ぉぉぉぉぉぉ!?  
マジで泣きてぇ!  
って、顔近づいてきてる!近い!近いです智花さん!  
てな、俺の魂の叫びは非情にも届くことなく……、  
 
「ん………」  
「う!」  
 
私こと長谷川昴は2度目の小学生相手のキスを実行しました。(一回目は気づいていない)  
目の前にある、智花の確かな質量、柔らかな香り。  
其れが俺の『男』を刺激……、  
 
 
――――するわけねぇだろおおおおおおおおおおおお!  
 
 
「んー!んー!んー!」  
「きゃ!?何ですか?昴さん?」  
「ちょ、智花今俺になに飲ませたの!?」  
 
そうです。小学生に、口移しで変な液体飲まされました。  
あれ?……視界が滲んできたよ?  
 
「真帆ちゃんにもらったお薬ですけど?」  
 
OKだいたい状況は把握した。  
ていうか、今日沙希から智花の様子がおかしかったってメール来たのに真帆だけ協力関係にあるのか!?  
……じゃないとこんなことにはならなかっただろうな。うん。  
って……、  
 
「智花、……顔、赤くないか?」  
 
 

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