翌朝、朝練にやってきた智花は、いつもより多目の荷物を抱えていた。  
 いや、抱えていたという表現は少し違う。正確には、いつものスポーツバッグを肩にかけ、背中にはお泊りようと思われる、合宿でも使ったバッグを背負っているのだから。  
 いつもより少し軽めの練習をして、智花を風呂へと送り出す。お互いに遠慮して譲り合ってしまい、強情な智花にいつも俺が根負けしてしまうのが常だったので、交代制を提案して半ば無理やりに承諾させている。  
 智花がシャワーを浴びている間に、俺は荷物を二階へと運ぶ。お、俺の部屋に泊まるって言ってたから、荷物は俺の部屋でいいんだよなっ?  
 荷物を置くと、なんだかそわそわして落ち着かない気持ちになってきた。  
 こう、恋人を初めて家に呼んでいるような、なんともむず痒い、でも嬉しい、そんな感覚のような違うような……。  
 いや、違う、違うぞ俺! 智花は不安を抱えているんだから、コーチの俺がその辺りもちゃんとマネジメントケアしてやらなければならないだろう……決してやましい気持ちなんかないし、持っちゃいけないんだ!  
 しかし、意識し始めると緊張がとまらない。深呼吸を何回やっても何回やっても、エアーが俺を落ち着かせない。さらに段々パニくってきた、どうしよう。  
 待て、待つんだ俺、先生落ち着きたいんです! そうだ、俺は智花の先生だからちゃんと先生をやって先生にならないと教授としての責務が果たせなくてそうなると研究室から追い出されてしまう社会的に!  
 吸って〜、はいて〜、吸って〜…………ふぅ。  
 なんとか、気分は収まってきたような気がする。平常心を取り戻すことが出来て、本当によかった。いや、もう本当に。  
 俺がそんな風に、変な煩悩……もとい苦悩に頭を悩ませている時、控えめに扉をノックする音が聞こえてきた。  
「智花、開いてるよ」  
「そ、その……昴さん」  
 おずおずとした様子で、智花が扉越しに聞いてくる。  
「私のバッグ――、どこにあるかご存知でしょうか?」  
「バッグ? 中にあるけど」  
「と、取ってもらえないでしょうか……」  
 いつもならすぐ部屋に入ってくるのに、今日はちょっと様子が変だな。まあ、荷物を取ってくれと頼まれた手前、断る理由もないし持っていってやろう。  
 そう思い、バッグを拾い上げて扉を大きく拾い上げると、そこにはバスタオルを一枚巻いただけの智花が、佇んでいた。  
 胸元は少し物足りないけれど、腰のくびれた感じや、つんと上向きで形のいいお尻は俺好みだ。手足は長く、美しい肢体は上気しているせいか、艶かしく思えた。  
 頬は赤らんでおり、バスタオルの結び目に添えた左手が、色気を増している。形のいい瞳が上目遣いで俺を見て、その様子はとても歳相応で可愛らしい。  
 そこまで理解して、俺は扉をぱたりと閉める。今度は後ろ手に扉を開き、智花を見ないようにしてバッグを手渡した。  
 智花も無言でバッグを受け取る。立ち去る足音がしないので怪訝に思っていると、衣擦れの音が扉越しに聞こえてきた。  
 ま、まさか、廊下で着替えているのだろうか……そうとしか思えない状況だ。  
「と、智花……?」  
 情けないくらいに掠れた声が出た。  
「なんですか?」  
「その……廊下は着替えるところじゃないだろ?」  
 暗に脱衣所で着替えてくれと示唆しながら、俺は言う。小学生とはいえ、女性の裸がすぐ近くにあることを意識すると、俺の理性とテポドンが崩壊しかねない。  
 ありがたいことに、衣擦れの音が止んだようだ。ところが、ホッと一息ついている俺の視界が、いきなり反転した。  
 そして、そのまま仰向けに倒れると、俺の頭は智花の両足に挟まれる形となった。智花は今、下着すらも纏っていない。当然、俺の真上に見えるのは、小さくも白く、美しい美丘で――。  
 
「う、うわあっ」  
 ガバっと俺は跳ね起きる。そのまま両目を閉じて、さらに手の平で両手を覆うが、先ほど見た映像は網膜に焼き付いて簡単には忘れることなどできようはずもない。  
 むくむくと俺のテポドンが臨戦態勢へと移行する。理性よりも混乱が勝り、混乱が思考能力の低下を招く。  
 しかし、煩悩の反乱に降参することは許されないとばかりに果断の決断を俺は下し、動乱を制圧せんとばかりに理性を動員する。しかし、俺のその努力も虚しく、背中に感じる体温に俺の息子はますます元気になっていく。  
 ひなたちゃんや真帆であるならば、いつも子供扱いしているから俺の息子が反応することもない。しかし、子供染みた二人とは違い、もともと奥ゆかしい性格である智花には、思わず反応してしまった。  
 これで、智花が動揺してくれたのならばまだ冷静さを取り戻すことも出来る。しかし、頬を紅潮させてはいたものの、智花にたじろぐような様子は見られなかった。  
 俺の背中に張り付いた智花が、優しく腕を回してくる。右肩の辺りに頭を乗せて、細い腕を腰に絡ませる。右手の指が、下腹部とへその中間を撫でて、そのままさらに下へと伸びていく。  
「昴……さん」  
「智……花?」  
 様子が違う。いつもの智花とは全然違う。そのことが、俺の頭をクリアにさせていく。  
 背中に張り付いた智花を引き剥がし、廊下へと追い出す。バッグを持たせると、俺は扉を閉めた。  
「はしたないから、脱衣所でちゃんと着替えなさい」  
「す、昴さん、ごめんなさい…………」  
 萎れたような智花の返事は、いつもと同じだ。さっきの、蕩けるような甘い声もよかったが、やはり子供は子供らしくが一番だな、と俺は思った。  
 しかし、さっきの智花の様子は少しおかしかった。いつもなら、あんな大胆なことをすれば、顔面を真っ赤にしてうろたえるのが常であるはずだ。事実、この間脱衣所で遭遇した時は凄く動揺していたのだ。  
 もしかすると、今日は熱でもあって判断能力が低下しているのかもしれない。だとしたら明日の試合が心配だ、あとで体温計を渡して、熱を測らせなければ。  
 
 その後は智花とNBAスーパープレイ集を一緒に見たり、バスケ雑誌をめいめい読んだりと、いつもと変わらないことをして過ごした。  
 試してみたいシュートがあると智花が言い出したのは、正午を少し回った頃のことだ。技の研究にも余念がない智花の意欲には、本当に頭が下がる思いだ。俺も見習って、技を磨いていかなければ、そのうち智花に負けてしまうかもしれないな。  
 軽くストレッチをして、俺と智花は向き合う。智花から俺へとボールがパスされ、俺は智花にそれを返した。――試合開始だ。  
 警戒するようにドリブルをしながら、智花は俺の様子を窺っている。経験上、待ちの体勢の智花から積極的にボールを奪うことが難しいと分かっているため、俺はポスト前で重心を下げ、軽く両手を広げて仁王立ちとなる。  
 下手に動き回るよりも、観察に徹することのほうが大事な時もある。今は、観察に徹するべき時だ。  
 右手でキープしていたボールを、左手へとドリブルで智花が移す。そのまま、俺の右手、つまり智花から見て左サイドへと切り込んでくる。  
 鋭いドライブだが、簡単に読める軌道だ。俺は軌道上へと体を割り込ませ、智花の攻撃を阻みつつ右手を伸ばしてボールを叩こうとする。  
 しかし、伸ばした右手は智花の操るボールをとらえることができず、空を切る。重心が前にぶれた俺の左を抜こうと、背面から右前方へと智花はボールを落とす。  
 俺は左右の足をスイッチして、素早くその軌道へも割り込んだ。日に日に智花の技術は高まるばかりで、俺は正直舌を巻いていた。こんな状況判断が出来るまでになっていたとは……。  
 今の攻防で、智花はフリーならば十分にシュートを狙える位置に入り込んでいた。ポストの左、およそ四十五度の位置で、俺は智花と探りあいの勝負をしている。  
 そのことに、強い興奮を覚えた俺が、口元に笑みを浮かべたのだろう。智花の無意識なのだろうが、笑みを顔に浮かべている。  
 智花の右手から、背面を通って左手へとボールが渡る。今度は俺の右へと深く切り込んでくるが、それはフェイク――本命は軌道へと割り込んだ俺の左をバックハンドロールで抜いて、ジャンプシュートを決める腹だろう――。  
 その判断を一瞬で下した俺は、体の向きを入れ替えて右手だけで軌道を遮ると、左へと動き出せるよう重心を体の中心に整えた。  
 予想通り、と言うべきか。智花はバックロールで俺の脇を通過しようとする。重心を低く構えて、どっしりと割り込み、智花のドライブを再び俺は切り崩した。  
 ところが、そこで驚くべきプレイを智花が見せる。まず、智花の体が宙に跳ねた。ボールを持った左手が、高く頭上に掲げられる。  
 NBAでも見たことがある、バックロールからのジャンプシュート――とっさに手を伸ばすが、すでにボールは放たれた後。覆水盆に帰らず、時は既に遅かった。  
 
 

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