―交換日記(SNS)21― ◆Log Date ○/○○◆  
 
『全く。あんな約束取り付けちゃって。  
  紗季』  
『いーじゃんべつにー。あーでもしないとヤルキでないもん。それにすばるんもオーケーだしてくれたじゃん  
  まほまほ』  
『おー。ひなはいっつも漢字のテストがんばってる。だからひなも今度おにーちゃんとデートするー  
  ひなた』  
『ほら見なさい。みんなが当たり前に頑張ってる事なんだから、一人がご褒美とか言い出したらキリなくなっちゃうでしょうが。ねぇトモ。  
  紗季』  
『ふぇええええっ!? な、なんで私にふるの!?  
  智花』  
『そっか。サキなんか毎週土日わすばるんとデートになっちゃうもんな。  
  まほまほ』  
『そうよ。毎週土日に長谷川さんとデート……って何言わせるのよバカ真帆! トモ、別に私はデートとかしないから!  
  紗季』  
『だからどうして私に振るの〜っ?  
  智花』  
『でもホント、そういうご褒美があったらお勉強もガンバろうって思えるよね。  
  あいり』  
『そのとーり! これわきわめてかっきてきなベンキョーホーなのです。あたしいまもかんじのカキトリちゅーだし。  
  まほまほ』  
『ま、真帆がホントにやる気になった事はプラスだとは思うけど。ちゃんと続けるのよ? ベンキョー。  
  紗季』  
『おー。さき、テレビの中のおかーさんみたい。  
  ひなた』  
   
   
「すばるんすばるん! 次あれやろあれっ!」  
「ん……ガンシューティングか。良いよ」  
 服を買った後、俺たちはゲーセンを訪れた。  
 そしてさっきから真帆が、興味を持ったゲームに片っ端から向かってゆき、俺と対戦ないし協力プレイをせがんでくるのだ。  
 ゲーセンには家庭用とは違った趣のゲームも多いし、独特の場の雰囲気もある。  
 俺自身も、嫌いな場所じゃない。  
「けど俺、この手のヤツはあんまりやった事ないんだよなぁ」  
「ヘーキヘーキ! すばるんはサポートに徹してくれれば、あたしが全部けちらしてやんよ!」  
「そ、そっか」  
 嬉々とした真帆の笑顔に、視線を逸らしてしまう。  
 マズいな。思ったより、尾を引いてしまってる。  
 
 服屋で俺は、真帆の試着した姿を見た。  
『じゃーまずこっち! どうどうっ? すばるん!』  
 淡い青のキャミソールに白のショートパンツ。  
『うん。思った通りとっても似合ってるぞ』  
 いつでも自由奔放。元気一杯のいたずら娘。  
 そんな彼女のイメージをそのまま反映させたかのような動きやすい、いかにも活発そうな服装。  
 それも、予想通り、とてもよく真帆に似合っていた。  
『あんがとっ! じゃ次ね、すぐ着替えるから待ってろすばるん!』  
 けど俺に衝撃を与えたのは、もう片方。  
 忙しなく試着室へ戻っていった真帆。  
 もう少し今の服も見ていたかったかな、なんて思いながら待っていると。  
『はいよ! 待たせたなすばるん!』  
『お。思ったよりも早――』  
 試着室から出てきた真帆。  
 彼女の姿を見て、言おうとしていた言葉が全部、吹っ飛んでしまった。  
 多分、逃げてしまったんだと思う。  
 俺の貧弱なボキャブラリーじゃ、この真帆の美しさ、愛らしさを表す事が出来なくて。  
『ん? どしたのすばるん?』  
 黙り込んでしまった俺を怪訝に思い、真帆が上目遣いに覗きこんでくる。  
 状況はさらに悪化。心臓がバクバクいってる。  
『……ゴメン、思わず見惚れて言葉が出なかった』  
 今思うと、ホントに呆けてたんだろう。事実とはいえ、よくあんな事を本人に言えたもんだ。  
 それでもとにかく、何か返事をしないと。それだけを思って口を開いた結果だった。  
『えっ……? ちょ、すばるんそりゃいくらなんでも言いすぎだって! そんな……』  
 さすがに真帆も、あらゆる感情よりも照れが先行したらしく、頬を真っ赤にしてしまう。  
 そんな新鮮な反応を見ただけでも致命的だったのに。  
『すばるんにそこまで言ってもらったら、あたし嬉しくてどうにかなっちゃうじゃんか……』  
 いつもと違って、少し弱々しく。だけどふにゃっと擬音が聞こえてきそうな、そんな笑みを浮かべる真帆。  
 よりにもよって、こんなトドメを刺されたのである。  
   
「このっ、しぶといなー! あー! また盾でガードしやがった! すばるんシューチューホーカだ! ガードくずすぞー」  
「任せろ! ……あっ、弾切れ!?」  
「わあーっ! こんな時に何やってんだよすばるん! 早くリロード!」  
 幸い、今いるのはゲーセン。  
 こうやってバカ騒ぎしてる時は、冷静になる事も出来る。  
 ……相手は小学生の女の子、それも自分の教え子だぞ。  
 そんな相手にトキめいてしまうワケがない。  
 アレは多分、アレだ。自分の讃辞にあそこまで照れてくれた教え子が微笑ましかった。ただそれだけ。  
 そう、言い聞かせるんだが。  
「よっしゃーたおしたー!」  
「うわっ!? ちょっ、真帆――!」  
 ボスを倒した瞬間、勢いよく俺に抱きついてくる真帆。  
 頬までグリグリと擦りつけてくる。かなりご機嫌のようだ。  
 ……そう。元々スキンシップの激しい子なんだ。  
 だけどやっぱり、どんなに言い聞かせても、否定しきれないのだ。  
 さっきの笑顔を見て、生まれてしまった疑問。  
 ――俺は真帆に、ドキドキしてる。  
 意識しているんじゃないか? ……女の子として。  
 そんなバカな、というかもしそうだとしたら大問題だって。  
 そんな事、あるはずない。そうやって否定してみても。  
「あたしたち多分、最強タッグだよ! さっきのゲームだって息ピッタリだったし!」  
 まるで頑なな俺の心を削るように頬を胸に擦りつけ続け、急に顔を上げて嬉々とした瞳を向ける。  
 だから反則だろう、その瞳は。  
 心が折れそうになる。だって、すごく可愛いだもん。  
 少なくとも、それだけは紛う事なき事実なのだ。  
 ただ、可愛いっていうのも、好きっていうのも、そういう意味じゃなくて。  
 誰に言ってるんだろう、俺。  
 
「もうこんな時間か。そろそろ帰んないとかな」  
 頭の中はグチャグチャで考えなんて全くまとまらないが、別の場所ではまともに思考が出来てる。  
 そんな少し奇妙な状態で、徐々に暗くなり始めた空を見上げながら、真帆に今日の終わりを告げる。  
 ただ今の時刻、十八時ちょっと前。  
 部活などの明確な理由があるならまだしも、これ以上小学生の女の子と一緒に遊んでるわけにはいかないだろう。  
「えー、いーじゃん! あたしまだすばるんと行きたいトコロたくさんあるんだからさーっ!」  
 ハハハ、真帆ならそう言うと思った。まだ遊び足りなさそうだし。  
 けどこっちの身も色んな意味で保たないんで、カンベンして下さい。  
「ダメだよ。暗くなっても帰らなかったら親御さんや久井奈さんだって心配するだろうし。  
 それに行きたい所があるなら、今度また一緒に行ってやるから」  
「んー、なら後一か所だけ! そこなら、お母さんややんばるにも心配かけないし!」  
「まぁ後一か所なら大丈夫かな。何処?」  
「あたしんち!」  
 ……頷いてしまった事を、心底後悔した。  
「そっそれはダメ!」  
「えーなんでー! 明日までずっといっしょにいれるじゃんっ!」  
 そう。恐らくは泊まりという事だろうと思った。だから、問題なのだ。  
 言うまでもなく、高校生の男が小学生の女の子の家にお泊りなど、大問題だ。  
 けどそれを真帆に説明しても、この娘はきちんと理解出来ないだろう。  
 それこそ、まだ無垢な小学生なんだから。  
「えっと、さ。実は夜からミホ姉が遊びに来るんだよ。だから今日は、家にいないといけないんだ」  
 だからそう言って誤魔化す事にする。  
 あながちウソってわけでもない。あの叔母は恐らく今夜も、飯をたかりに訪ねてくるだろう。  
 まぁ別に、その時に俺が家にいる必要はないわけだが。  
「みーたんが? そっかーじゃーしょーがないな」  
 一応納得はしてくれたみたいだけど、何か言いたそうな視線を向けてくる。  
 そしてこの娘が『何か言いたそうに』で留めるハズもない。  
 すぐに、その口は再び開かれ、  
「そんかしすばるん! あたしにおわかれのチューをするんだ!」  
 代わりの要求を突きつけてきた。  
 それにしてもおわかれのチューか。またムリを言ってくれるなぁ。  
 まぁお泊りよりは遥かにマシ……って、んなワケねぇえええ!!  
「いや真帆、それはちょっと……!」  
「これ以上はダキョーしないもん! ほらすばるん、ばっちこーいっ!」  
 お嬢様は既に聞く耳持たず。そして威勢の良いセリフとは裏腹に、眼を閉じて少しだけ上を向く。  
「……………」  
 ど、どうする!?  
 真帆の事だ。そう簡単に退いてはくれないだろう。  
 かといってもし小学生にキスをしたなんて事が誰かに知れてしまったら俺は死ぬ。社会的に。  
「すばるん? はやくはやくっ」  
「……………」  
 真帆の顔を見てみる。穏やかな微笑み。勿論眼は瞑ってる。  
 俺の事を信用して、ただただ優しい口付けを待っている。  
 でもだからって、信頼されてるからって小学生の教え子にキスなんて……  
 ……ん? キス? 口付け? チュー?  
 キスという言葉の重み。そして真帆の口にした”チュー”という言葉。  
 その違いで、俺はようやく気付く。  
 そうか。何も唇にしろっていうわけじゃない。  
 だってこれは単なるお別れのチューなんだ。おデコなりほっぺたなり、そういう場所で良いんだ。  
「じゃ、いくよ」  
「うん」  
 それなら、問題ない。  
 その時俺は、そう思ってしまった。  
「……ちゅっ」  
「あ……」  
   
 かくして俺、長谷川昴は。  
 本日夕方、小学生の女の子の額に、キスをしたのだ。  
 
 
 

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