『真帆、どうだった?』  
『すっごく、キモチよかったぁ。すばるん、は?』  
 本当はわかってた。認めるのがイヤだったから、気づかないフリをしていた。  
 最近の昴さんと、真帆の間に起きた変化。きっかけは二人で一緒に遊びに行ったこと。  
 答えなんて、簡単すぎるくらいにわかりきってた。  
 だって今真帆が持ってる気持ちと私の気持ちは、同じなんだから。  
 だから二人の仲がそんな風に進展してたのは、ある意味予想どおりでもある。  
『俺も、すごく気持ち良かったぞ』  
『そっか。くふふー……まぁあたしのミワク的なカラダでしたんだから、トーゼンだけどさー……』  
 けれど、それを思い知らされたきっかけが、よりにもよってあんなことだったなんて。  
 もし神様がいるんだとしたら、ものすごくイジワルなんだと思った。  
 それくらい、ショッキングな光景。昴さんと、真帆が……。  
『真帆、真帆ぉっ! ――くぅッ!』  
『や、んんんんーっ!』  
 アレって、セックスっていうの、だよね。  
 あの二人は、もうそんなことまでしてるんだ。  
 いつの間にかそうなってて、私はずっとこのままで。  
 昴さんと真帆が恋人同士になったからって、私のこの気持ちが消えてくれるわけじゃなくて。  
「どうしよう、私……」  
 でも、持ったままでいようとしたら、胸がとってもイタくて。  
 帰り道、泣いてるのが周りの人たちに知られないようにするのが大変だった。  
 もしかしたら、何人かには気づかれたかもしれない。  
 隠しきるには、抑え込むには今の悲しみは大きすぎたから。  
「すばる、さん……」  
 明日の朝、どうしよう。私、昴さんの家に行けるのかな。  
 こわい、なぁ。  
 いつも歩いてる道がすごく長い。  
 たとえ家に早く帰りついてもいつもより時間がかかっても、頭の中はきっと同じことしか考えない。  
 だから別に、関係ないといえば関係ないんだけど。  
 それでも、悩むことは同じでも家の自分の部屋の方が少しは気が楽になる。  
「はやく、着かないかなぁ……」  
 また足を、前に動かす。心は止まったまま。  
 
「そう。トモに……」  
 真帆からの電話。内容を聴いて、思わず溜め息が出る。  
 今日の放課後、事前に頼まれたとおりに真帆と長谷川さんが二人きりになれる状況を作った。  
 けど結局、トモに見つかって二人の関係がバレてしまったらしい。  
「それはそうと、長谷川さんとなにをやってるところを見られたの? 私も放課後に何をやったのかは知らないんだけど」  
 とりあえず細かい状況を把握するところから始める。正確に理解しないと、ちゃんとしたアドバイスなんて出来ないから。  
『…………』  
 黙り込む真帆。正直、この時点でイヤな予感がした。  
「真帆? 黙ってちゃなにも解らないじゃない」  
 けど訊き出さない事には始まらない。真帆もそれがわかったのか、  
『その、体育倉庫にすばるんを誘い出して……』  
 私にその、トンデモない話をしてくれた。  
「えっ!? そんな大胆な事を学校の体育倉庫で!?」  
 …………。  
「そ、それで長谷川さんも……あ、あわわ……!」  
 …………。  
「す、スパッツ履いたまま……? は、長谷川さん、スパッツが好きなのかしら……?」  
 真帆から聴いた話は、あまりにも刺激が強すぎた。  
 頬がアツい。手が汗で湿ってる。心臓もバクバクいってる。  
 長谷川さんと真帆、いつの間にそんなオトナな関係に……。  
「……コホン。ゴメンなさい、少し取り乱してしまったわ」  
 けど、私はまだそのくらいの衝撃で済むけど……  
『うぅーいきなりレイセーにもどるなぁー。あたしだってスッゲーハズかしかったんだぞ』  
「アンタがハズかしいのは自業自得。それにしても……なんていうか最悪なバレ方をしたわね」  
『……うん』  
 長谷川さんと真帆が恋人同士になった事は、二人以外には真帆の相談に乗った私しか知らなかった。  
 すぐに打ち明けるにはいろいろ問題があったから、話す機会をうかがう事にしていた。  
 けどその理由の一つ、トモに知られてしまった。  
 それも二人がエッチをしている最中っていう、最悪の場面を見た事によって。  
『ゴメンサキ。あたしがガッコーなんかであんなコトしたから……』  
「そうね。それがそもそもの原因なのは間違いないわ」  
『あぅ……』  
 言うべき事はハッキリ言う。そうしないと真帆は反省しないし、そうすれば反省するから。  
「けど、私ももう少しトモを疑わせないように気を配る事が出来たかもしれない。それに単に運が悪かったって言う事も出来るわ」  
 今までの事が全部裏目に出たみたいで、精神的にちょっとキツいものはあるけど。  
「なにより、過ぎた事を言っても仕方ないわ。そんな落ち込んでちゃ真帆らしくないわよ?」  
 とりあえず元気づける。まずは少しでも良いから立ち直ってもらわないとどうしようもない。  
『ありがと……サキ』  
「お礼なんていいわよ。それよりも……そうね、まずは明日辺りに一度、三人だけで話をした方が良いと思うわ。  
 なるべくなら当人同士で解決させた方が良いし、一日おけばトモも少しは落ち着くだろうから」  
『……わかった。ガンバってみる』  
「うん……頑張って」  
 最後に言おうか迷った言葉。『頑張って』  
 プレッシャーになっちゃうかもしれないけど、結局言う事にした。  
 真帆ならきっと、励ましとして受け取ってくれると思ったから。  
 電話越しに聞こえた真帆の声に少しだけ元気が戻ったのが、気のせいじゃないと思いたいから。  
 
 真帆と体育倉庫で情事に及んだ、智花に俺と真帆の関係を知られてしまった次の日。  
 俺達は真帆の部屋に集まっていた。  
「やんばるには、誰もこの部屋に入ってこないようにおねがいしてるから」  
「ああ、ありがとう」  
 これから話すのは、他の人に聞かれたらまた話が拗れてしまうものだ。  
 外で話すのは不用心極まりないし、俺や智花の家も危うい。  
 真帆の家ならこうして人払いを徹底する事も出来るから却って安全だろうという紗季の提案だ。  
「それであの……昴さん」  
「わかってる。昨日は結局、何も話せなくてゴメン。あの場じゃ上手く説明出来ないと思ったから」  
 逃げた事の言い訳にしか聞こえないけど、実際あの時は頭がゴチャゴチャになっていたから説明なんて出来なかっただろう。  
 ウソは言ってないと、また言い訳する。  
 どうあれ、もう逃げる事は出来ないし、するつもりはない。  
「まず、智花やみんなには黙ってたけど、俺と真帆は今恋人として付き合ってる」  
「ゴメンもっかん……なんていうか、言い出しづらくって」  
 話す事を躊躇いながらも仲間に秘密を作っている事に対して常に後ろめたさを感じていたんだろう。  
 本当に心底申し訳なさそうな声で、真帆が謝る。  
「ううん、ホント言うとなんとなくわかってたから。最近の二人、仲よかったし」  
 それに対しての智花の言葉。声からは感情が全く判らない。色が、見えない。  
「でも、昨日のアレはさすがにビックリしました。その……」  
 言葉を濁す。さすがにハッキリと口に出すのは躊躇いがあるらしい。  
 少しだけ、感情が戻ったような気がした。  
「あうぅ……」  
 真帆の方も、顔を真っ赤にしてる。  
 冷静に考えてみると、あんなハズかしいところを見られてしまったワケなんだよな。  
 見られたという事実自体があまりにもショックで、今になってようやく気づいた。  
 途端に俺も気恥ずかしくなってくる。  
「あ、アレはその、どちらの方から……?」  
 どっちの方から持ちかけたのか。多分智花が訊きたいのはそこだろう。  
 どうしたものだろうか。事実を教えるなら、今回は真帆の方から誘ってきたという事になる。  
 けど今話してる内容にさえ耳まで真っ赤にしてハズかしがってる真帆だ。  
 自分から誘った事が知られたら今以上にハズかしい思いをする事になるだろう。  
 それに、エッチな女の子だって思われて軽蔑されるかもしれないという不安もあると思う。  
「俺の、方からだ。本当にゴメン。学校の体育倉庫でなんて、浅はかな考えだった」  
 だから俺は敢えてウソを吐く事にした。  
「そうなの、真帆?」  
 当然、真帆の方にも確認する。俺は必死にアイコンタクトを飛ばした。  
「う、うん……」  
 俺の意図を察してくれたのか、真帆はちゃんと頷いてくれた。  
 智花は、そんな真帆を見ても特に表情に変化はない。とりあえず疑ったりはしてないみたいだ。  
 けどその変化のなさが逆に不安を駆り立てたんだろう。  
「で、でもさ! やったのはエッチでイケナイことだったかもしんないけど、すばるんはずっと優しかったよ」  
 非難の矛先が俺に向くのを恐れたのか必死な声で智花に訴えた。  
 だけど智花は真帆の方を向いて一度頷いただけで、言葉は何も返さないまま、俺の方を見た。  
「昴さんがいい加減な理由で真帆と、その、エッチなコトをするとは思ってません。そう、ですよね?」  
 縋るような智花の声。今までで一番、感情のこもった声だった。  
「ああ。本気で真帆の事が好きだから、そうした」  
「そう、ですよね……」  
 俺の答えに苦笑いを浮かべながら頷く智花。開き直ったように思われたのかもしれない。  
 それにしても、やっぱりコーチが教え子に、友達に手を出したっていうのはよほどショックな事なんだろう。  
 智花の声が、やけに悲痛に、胸に響いた。  
   
 その時は、そう思う事しかできなかった。  
 本当の意味を知った時、俺はこの瞬間の自分の鈍さを悔いる事になる。  
 
「どうすれば、いいんだろ……」  
 今日の三人での話し合いで、いろんな問題があるってわかった。  
 すばるんはタブン、まだもっかんのキモチに気づいてない。  
 今起きてるコトの、根っこの理由がわかってない。  
 まあ理由がわかってるあたしだって、今の状況を解決する方法なんてわかんないんだけど。  
 ううん、理由がわかってるから、かな。  
『そう、ですよね……』  
 たったそれだけの言葉なのに、もっかんがすばるんのコト、ホントにスキなんだってわかった。  
 スキでスキでしょーがないから、あたしとすばるんがホントに恋人どーしだって知って、すっごくショックだったんだ。  
 だから、あんな悲しそうな声だった。  
 わかってる。わかってるけど……  
「でも、どうすればいいんだよぅ……っ」  
 あたしだって、すばるんのコトがスキ、大好き。  
 だからすばるんにキラわれたかもって思った時泣いちゃったし、すばるんにキスとかエッチなコトとかしてもらったら、スゴくシアワセなキモチになる。  
 ゼッタイゼッタイ、手放したくない。  
 たとえもっかんでも、ほかの女の子とあんなコトしてほしくない。  
「も、かん……っ」  
 けどそれはタブン、もっかんも思ってるコトで。  
 しかももっかんの場合、じっさいにあたしとすばるんがエッチなコトをしてるのを見ちゃってて。  
 どんなキモチ、だったんだろ。  
 あたしだったらきっと、たえらんない、そんなの。  
「ひぅ……っ」  
 なみだが出てきた。  
 よく考えたらあたし、ヒドいオンナじゃん。  
 もっかんのコトをなんとかしてあげたいって思ってるのに、すばるんはゼッタイにわたしたくないって思ってる。  
 ホントは、もっかんよりもすばるんの方が大切だって言ってるんだ。  
 ゴメンなさい、もっかん。  
 ゴメンなさい、湊 智花さん。  
 

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