――通話記録(日曜日)――   
『明日まで休みだったわね。長谷川さん』  
『……うん』  
『気にならないの? 長谷川さんが突然あんな事言いだした理由』  
『……知りたくない』  
『どうして? 真帆の”溢れる魅力”に気づいたのかもしれないわよ?』  
『……んなワケ、ないじゃん』  
『まぁね。でもそれ以上に、長谷川さんが真帆を嫌いになるなんて事、絶対にないから』  
『えっ……?』  
『どうせそんな風に考えてたんでしょ? だから内心じゃ長谷川さんの事が気になってしょうがないのに、何もしなかった』  
『……………』  
『大丈夫だから、明日にでも確かめてきなさい、自分で』  
『……うん』  
   
「……あんがと、サキ」  
 本人にはテレくさくて言えなかったから、電話を切ってからお礼を言う。  
 ……すばるんのことは、ずっと前からスキだった。  
 あたし達にやさしーし、イロイロ教えてくれるし、なにより大切な場所を守ってくれた人だから。  
 でも、多分デートに行ってからかな。すばるんへの『スキ』が変わった気がした。  
 いっしょに遊んで、新しい服を褒めてもらって、オデコにチューしてもらって。  
 とっても楽しくって、嬉しくって。  
 今までの『スキ』よりずっと強い『スキ』になってた。  
   
   
 また、月曜日になる。真帆とデートをしてから一週間、女バスのコーチを休むとみんなに伝えてから四日が過ぎ去った。  
 智花もここのところ、家には来ない。日課がなくなった事が惜しくもあるけど、休みをもらった理由が理由だ。仕方ないだろう。  
 今日も本来なら部活があるが、行かない。今日までが、とりあえずの休みだと伝えている。  
 さすがにそれ以上休むのは申し訳ないし、それ以上悩み続けるわけにも、いかない。  
 つまり今週の水曜までには、どうするのかをきっちり決めないといけないんだが。  
「……くそ」  
 思わず毒づく。顔を合わせない事が、裏目に出てしまっている。  
 どんなに別の事を考えようとしてもあの子達の事を考え続けてしまう。  
『なんだすばるん、だらしないぞー!』  
『すばるんすばるん! 次あれやろあれっ!』  
『すばるんにそこまで言ってもらったら、あたし嬉しくてどうにかなっちゃうじゃんか……』  
 取り分け、こうなった発端である、真帆の事が頭から離れない。  
 距離を開けば醒めるだろうと考えていた想いは、逆にどんどん強くなってゆく。  
 会いたい。そう思ってしまう。  
 思えば思うほど、離れなきゃいけなくなってしまうのに。  
「よ……っと」  
 とにもかくにも、もう起きなきゃいけない時間だ。  
 どのみち授業中にも同じ事を考えるんだろうし、この場は切り上げよう。  
 
「……………」  
 夕方。もうじき日が落ちきる頃。  
 部屋のベッドで寝そべってる。考えてる事も、朝と同じ。  
 違うところといえば、思考の片手間に漫画を読んでるくらいだろうか。  
 内容は頭に入ってこない。何度も読んだ漫画だから、どっちかというと絵を見て話を思い出してる感じだ。  
「すばるくーん、お客さんよー」  
 そんな感じに何ともつまらない時間を過ごしていると、下から母さんが俺を呼ぶ。  
 はて。こんな時間に誰だろうか。ミホ姉や葵なら『お客さん』とは呼ばないだろうし。  
 考えながら玄関に向かうと……  
「お、おっす、すばるん」  
「真帆……」  
 予想外……いや、ある意味予想どおりかもしれない。  
 家を訪れたのはこれで三度目になるだろうか。真帆が玄関で、いつもと違う、少しぎこちない笑みを浮かべていた。  
   
「……………」  
「……………」  
 とりあえず部屋に通してみたが。気まずい。とにかく気まずい。  
 俺の方は以前見た夢やらそれが理由でここ数日避けてるやらで後ろめたさで一杯だし、真帆の方も真帆の方で、俺に話しかけづらそうだ。  
「……………」  
「……………」  
 ところで、今になってようやく気づいた事なんだが。  
 真帆が今着ている白のシンプルなワンピース。俺と一緒に遊びに行った時に買ったやつだ。  
 あんなに目を奪われてたのに今頃になって気づくなんて、自分が思ってる以上に参ってるみたいだ。最近の事で。  
 それにしても真帆は、一体どういう意図でこの服をチョイスしたのか。それとも、ただ気分で着てきただけか?  
「すばるん、ベンキョーのチョーシは、どう?」  
 そんな事を考えていると。ベッドの上、隣に腰かけた真帆が、声をかけてくる。  
 バスケのとはいえ、教え子にこんな事を訊かれるのもヘンな話だ。  
「ん、まぁボチボチ、かな。コーチを休ませてもらってる手前、中途半端な成果じゃ申し訳ないし」  
 実際、この一週間ヒマを持て余す日は多かったから、勉強は結構やってる。嘘から出た真というやつか。  
 ちなみに最後の部活の時もそうだったけど、真帆の顔をちゃんと見て話す事は出来てる。  
「じゃさ、明後日からまたバスケ教えてくれる……よね?」  
 けどそんな程度じゃ一度与えてしまった寂しさ、疎外感を拭い去る事は出来ないと思い知った。  
 いつもの真帆からは想像もつかないほどに弱々しい問い。  
 それもすぐに頷く事が出来れば少しは取り除けたんだろうけど。  
「……………」  
 答えられない。まだ、頷く勇気がない。  
「すばるんは、あたしにバスケおしえるの、イヤに、なっちゃった……?」  
 質問を変えた真帆の声が、震えている。俯いた顔は見えないはずなのに、まるで見えてるかのように表情が、簡単に想像できた。  
 最悪の想像が的中していた。それを知った瞬間だった。  
 真帆は俺が自分と顔を合わせない事とコーチを休んだ事を結びつけて、嫌われたと思ってしまったんだろう。  
 因果関係自体は、正しい。ただ原因のベクトルがまるで正反対。  
「そんな事ない。真帆は俺の、大切な教え子の一人だよ」  
 だから、それだけは即答できるし、しなければならない。  
「……………」  
 けど言葉だけで、信じられるはずもない。  
 嫌われていると信じるに足る材料は幾らでもあるんだから。説得力ゼロだ。  
 信じてもらうには、避けていた理由を、真実を話すしか、ないんだろう。  
「でも、大切過ぎたから、俺にはこうするしか思いつかなかったんだ」  
 だからもう、話してしまう事にした。  
 何と思われても良い。俺がどうなるかより、これ以上俺の所為で真帆の笑顔が消えてしまう事の方がよっぽど耐えられないから。  
「え……?」  
 俯いた顔を、ようやく上げてくれる。その瞳は思ったとおり濡れていて、胸が痛くなる。  
 けど今はそれを堪えて、言うべき事を言う。  
「真帆と一緒に遊びに行って、途中で真帆が服を買っただろ? 始まりは、アレだった」  
「あ……ぅ」  
 
 あの時の俺の言葉を思い出したんだろうか。また俯いてしまう。今度は別の理由で。  
「あの時の真帆は、本当に可愛かった。それ以降俺の眼には真帆が他の女の子とは違う、特別な女の子に見えてた」  
 冷静に考えると、本人に話すにはとんでもなくハズかしい内容。  
 それでも、止めようとは思わない。  
「その夜俺は、夢を見たんだ。夢の中で俺は、真帆にひどい事をしてしまった」  
「んっ……へ?」  
 ハズかしさに身を震わせていた真帆が、突然素っ頓狂な声を上げる。  
 多分、いきなり俺が夢の話なんて始めるから戸惑ってしまったんだろう。  
「って、夢の中の話じゃん。何したかしんないけど、そんなの気にする必要ないって!」  
 ようやく、少しは元気を取り戻してくれたんだろうか。声に少しだけ、いつもの調子が戻っていた。  
 それに少し安堵を覚えつつ、真帆に言葉を返す。この、何も知らない無垢な少女に。  
「夢の中だけで済むか、心配なんだよ。現実でも俺は、真帆にそれをしてしまうかもしれない」  
「なんで? すばるんがあたしに、ヒドいことなんてするワケないじゃん! すばるん言ってくれたもんっ、あたしのこと、大切だって!」  
 そうじゃない、そうじゃないんだ。  
「大切だから、本当に好きだからこそ、その気持ちが暴走してひどい事をしちゃう事もあるんだよ!」  
 真帆が声を上げたから、俺も思わず叫んでしまった。  
 そして感情の高ぶりそのままに、つい口を滑らせてしまった。  
 ついに認めてしまったんだ。俺は。  
 良いか。遅かれ早かれ、認める事になってたんだろうから。この、真帆への気持ちは。  
 一週間近く自分の心に問い続けて、その結論がこれだった。  
「……そっか」  
 真帆の声が、震えている。  
 その震えの正体が何なのか、すぐには判らなかった。  
「だったらあたしは、すばるんにヒドいことされてもいっかな」  
 けどそれが、俺の告白を受けての、嬉しさによるものだと知った。  
 一瞬でそう確信させる、真帆の、頬を染めた笑みを見て。  
「だってさ、それってすばるんがあたしにヒドいことしたらあたしのことがスキだって証拠になるワケじゃん」  
 ……それでも、俺は恐らく繋がっているこの想いを、実らせるわけにはいけないんだ。  
「真帆はまだ、知らないんだよ。男の怖さっていうのを」  
「んー……そりゃーあたしはすばるんやあおいっちに比べたらコドモだけどさ……」  
「んっ……!?」  
 そう言って、真帆は俺の顔に自分の顔を近づけて、半ば自分の唇をぶつけるように、強く、俺の唇を奪った。  
 それとほぼ同時に両手を俺の首の後ろに回して、逃がさないようにしてくる。  
 何秒か何分か、何日か経ったようにさえ思えた時間が過ぎて、  
「――はっ! 真帆、何を――!?」  
 唇がようやく、解放される。  
「このキモチに年なんてカンケーねーって。きひひ、ファーストキス、あげちゃったかんな」  
 はにかむ真帆。けれどすぐにその表情を一変させて、真剣な面持ちになる。  
「とゆーかさ、あたしこんなにもすばるんのことスキなのに、すばるんもあたしのことスキって言ってくれたのに、  
 それなのにあたしの前からいなくなっちゃうことよりもヒドいことなんて、ゼッタイないもん」  
「真帆……」  
「――んっ……」  
 また真帆が、俺の唇に自分の唇を重ねてくる。  
 そのまま身を翻して、身体まで俺に重ねて、全体重をかけて押し倒してくる。  
 まるで唇だけでは足りなくて、身体全てを重ねようとしているように思える。  
 所詮は小学生の重み。踏ん張ろうと思えば踏ん張れる。  
 けど実際の身体の重みよりも、もっと別のところで、それはとっても重くて。到底抗えなかった。  
 そのまま押し倒されて。  
「ぅんっ、ちゅっ、すばるん……!」  
 
「真帆……んっ」  
 無抵抗の俺に、真帆はキスを繰り返す。強く、何度も。自分の想いの強さを伝えようと、必死に。  
 やがてキスの嵐が止み、代わりに雨が降ってきた。  
 一粒、二粒。雨量はそんなに多くない。温かい、雨。  
「すばるんがあたしの顔を見てくれなくなった日の夜さ、すばるんにキラわれたかもって思ったら、涙が止まんなかった」  
「真帆……」  
 けどその雨は、俺の心をひどく締めつける。不思議な力を持った、雨だった。  
「あたしもう、すばるんがいてくれないとダメなんだよぅっ……!」  
 雨量が増す。増えれば増えるほど、俺の心もどんどん苦しくなる。  
 涙を流す真帆の顔は、もうグチャグチャになっていた。  
「だからおねがい、すばるん……あたしのそばにいてよっ……」  
「――真帆ッ!」  
「ふわっ?!」  
 真帆の背中に両腕を伸ばして、一気に引き寄せる。そのまま、強く抱き締めた。  
 ……バカだな、俺。傷つけないようにって考え続けて、一体何度真帆を泣かせてるんだ。  
「ゴメンな。俺の所為でいっぱい傷ついたよな。ホント、ゴメン」  
「すば、るん……?」  
 右手を真帆の後頭部にやり、優しく撫でる。傷ついた心を、少しでも癒してあげられるように。  
「けど、もう自分の気持ちから逃げない。改めて言います。俺は、真帆の事を特別だと思ってる。好きだ、君の事が」  
「っ、すば、るんっ……!」  
 震えてるのが判る。また、泣かせちゃったかな。けど今回のは、ノーカンで良いよな、多分。  
「うわあぁぁんっ! すばるんっ、すばるんっ――!」  
 今まで少しだけ強張っていた身体。全てを、俺に委ねてくれた。  
 胸に、真帆の涙が滲んでゆく。  
 不思議だな。同じ涙なのに、今は痛みじゃなくて、どても温かい気持ちに満たされる。  
   
「いっただきまーすっ!」  
「うふふ。どうぞ、召し上がれ」  
 それからしばらくして、母さんから夕飯が完成した事を知らされた。  
 勿論量は三人前。この人が、真帆の分まで用意しないわけがなかった。  
「……………」  
「ん? どしたのなゆっち?」  
 ただ一つ気がかりなのが、母さんが目を赤く腫らした真帆を、どう思っているのか。  
「真帆ちゃん、すばるくんと仲直り、出来た?」  
 けどその言葉で、全てを察してくれてたんだと解った。  
 思えば当然かもしれない。俺やミホ姉ほどじゃないにしても、母さんだって真帆とは何度か面識があるんだ。  
 いつも元気一杯の真帆が、この家に来た時は、随分と静かだった。  
 そして夕飯を食べに降りてくると、明らかに泣いた跡が残っているとはいえ、いつものヒマワリのような笑顔。  
 詳細までは解らなくても、大よその事情を察する事は出来たみたいだ。  
「うんバッチリっ! それどころか前よりもずーっとなかよしになった! なーっすばるんっ!」  
 箸を持ったまま、満面の笑みを浮かべて俺の方を向く真帆。  
「ああ、もう大丈夫」  
 ホントは色々、考えなくちゃいけない事もあるだろう。本気になっちゃった以上。  
 けどとりあえず今は、俺の所為で失われかけていたこの輝くような笑顔が戻ってきてくれた事が、ただただ嬉しかった。  
 
 

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