智花ちゃん・・・ちょっと、いいかな?」  
「どうしたの?愛莉」  
同じバスケ部の香椎愛莉に呼び止められたのは、智花が昴との朝練を終えてちょうど教室に入った時だった。  
怪訝そうな面持ちを見せながら、教室の外に連れて行かれる智花。二人の間に沈黙が流れる。  
教室から見えない場所まで来ると、愛莉はその長躯を屈め、智花の耳元でささやいた。  
「あの、ね。智花ちゃん、長谷川さんと毎朝練習・・・してるよね?  
その姿を見られてしまったらしくて・・・・・・智花ちゃんの事噂してるの」  
「ふえっ!?わ、私が昴さんと・・・・・・してるの見つかっちゃった・・・んだ」  
智花は驚いたような表情を見せるが、すぐにそれは深刻な顔に変わった。  
「どうしよう・・・このままじゃあクラス中どころか、学校中に広まっちゃうよ・・・その、智花ちゃんと、は、長谷川さんの関係」  
「う、うん・・・私と昴さんが・・・そんな風に言われているなんて。昴さんにだけは絶対迷惑かけられないし・・・・・・」  
視線を逸らす智花。愛莉の瞳は不安でいっぱいで、今にも涙が出てきそうな様子である。  
 
そのとき、廊下の奥から二人組の影が見えた。ツインテールを緑色のリボンで括った少女、三沢真帆。  
二つの三つ編みとメガネが光る、クラス委員長、長塚紗季だ。  
「あ、もっかんにアイリーン。どしたの?こんなところで」  
「じ、実はね・・・智花ちゃんが・・・」  
愛莉は事情を説明した。朝来たら既に智花と昴のウワサで持ちっきりだった事。  
そして智花がどうしようか迷っていること。  
一通り説明すると、真帆は眉をひそめたが、すぐにいつもの元気な表情になり、  
「まかせとけ!もっかん!この真帆さまが何とかしてやんよ!!」  
と、大声をだし、両手を智花の肩に手をのせた。  
「真帆・・・うん、ありがとう。私、自分一人じゃ、どうすればいいか分からなかったけど、みんなの協力があったら・・・」  
「ふふ、トモ的には昴さんと公認の仲になるチャンスだって思ってたりして」  
「違いますっ!全然思ってませんっ!」  
紗季はメガネを、くいっ、とあげながら目を細めながら智花を見つめた。  
智花は真っ赤になって否定したが、その後、ちょっとまんざらでもないな。と思った。  
 
その頃、昴は朝のホームルームを終え、授業の準備をしていた。  
 
「よし、大丈夫だ。ちゃんと持ってきてる」  
俺は再度、鞄の中をチェックした。目的のモノを見つけるとホッと安心した。  
朝、出るときも確認したのだが、安心するためなら何度でもしよう。  
今日は女バスの練習日だ。これを忘れたら元も子もない。  
 
「ん〜?。昴クンは今日やけにそわそわしてますなぁー」  
安心したのもつかの間、やっかいな奴が出てきやがった。コイツは上原一成。中学時代からの友人だ。  
いわゆる、くされ縁ってやつ。  
「な、なんでも無いよ!」  
「ははーん?そうか、彼女でも出来たか。だがな、いかんぞ、昴。葵というものがありながらだな・・・」  
「違うって!それに葵とはただの幼なじみだって言って・・・・」  
キーンコーンカーンコーン  
ちょうど始業のチャイムが鳴った。一成を席に追い返すと、チャイムに助けられたな、と思った。  
正直、あのまま言及されてアレに気づかれると非常にマズかった。あぶないあぶない。  
先生が教室に入ってきて、起立、礼を終えると、退屈な授業が始まった。  
ふと、外を見てみる。遠くの空には積乱雲が大きく鎮座していて、不吉な予感を感じさせるものだった。  
 
慧心学園初等部の1時間目が終わり、休み時間になった。  
朝の一件以来、教室に戻ったものの、すぐに授業が始まってしまった。  
授業中はクラスメイトの視線が智花に集中しており、その視線を受けて困惑の表情を見せていた。  
「ねーねー智花ちゃん。あのお兄さん誰なのー?」  
「もしかしてカレシ?ともちゃんやるねー」  
「あの、その・・・・・・ふぇぇ」  
授業が終わった瞬間。クラスの女子たちが一斉に智花の周りを囲った。  
それはもう、外からは智花の姿が見えないくらいに。そして、その光景を外から眺める男子。  
そんな構図がわずか休み時間の間に出来上がっていた。  
「す、昴さんは・・・・・・か、カレシなんてっ」  
「昴さんっていうんだー」  
「トモカも隅に置いておけないねー」  
質問ラッシュである。ちょうどこの頃の年代の女の子は色恋沙汰に敏感なものであるが、それにしても凄い勢いである。  
 
「こらー!もっかん困ってるだろー!」  
と、そこに颯爽と現れる真帆。女子の視線が一点に集中する。  
「すばるんは私たち女バスのコーチだ!もっかんはその朝練で一緒に居るんだよ!それだけだよ!」  
真帆は女子軍団を指さし、ビシッとキメた。  
「ふーん、それだけ。かしらねぇ」  
真帆の後ろから現れた紗季がボソッと答えるが真帆は無視する。  
「でも、そのコーチの人カッコイイんでしょ?私も一回みてみたいなー」  
「ねー」  
クラスの女子たちは既に昴に興味津々だ。このままでは事態を収拾できそうにないのは誰の目にも一目瞭然だった。  
「うわー、どうするよサキ!」  
後ろを振り返り紗季に助けを求める。勢いよく登場したものの、真帆には事態の収拾を図れそうもない。  
「ふふっ、じゃあ、こういうのはどう?要するに長谷川さんを・・・・・・」  
紗季が提案を終える。女子たちは、きゃあきゃあと音を立てて喜んでいた。  
「ふえっ、そ、そんな。昴さんがご迷惑じゃ・・・・・・」  
「すばるんの嬉しそうな姿が目に浮かぶぞ!ふひひ」  
紗季の提案に智花が驚き心配し、真帆が面白がる。二人の反応に温度差があるものの、  
女子たちを納得させるためにはこれしかないと思い、智花は了承した。  
「勝負は放課後、部活のときね。ふふっ、楽しみだわ」  
ニヤリと紗季が笑った瞬間、授業開始のチャイムが鳴った。  
 
「ふう、やっと授業終わったか。さて今日も女バスの練習に行くとしますか」  
今日は練習日だ。小学生の白い柔肌からほどばしる汗。柔らかい吐息。そして成長。  
全てが俺を慧心学園に向かわせるのに十分な理由だった。  
ああ、今日は空が青い、まるであの子たちの澄み切った心のようだ。  
そんなことを考えながら慧心学園行きのバスに乗り込む。  
バスに揺れながら、今日の練習メニューの確認をしていた。  
非常に楽しみなのは、毎朝智花に教えていたパスの練習成果を確認出来る事だ。  
自分が指導したエースの成長を見る事が出来ると思うと感慨深い。  
そんな事を考えていると慧心学園前に到着した。顔なじみの守衛さんに挨拶を交わし、子供たちが待つ体育館へと向かう。  
初等部の敷地に入り、通い慣れた道を曲がった、そのとき  
「すばるー!」  
後ろから俺を呼ぶ声がした。あの声は・・・・・・振り返らなくても分かる。真帆だ。  
まったく、相変わらず元気だな。と思いながら振り返えると  
「どうした。まほ・・・・・・って、えええええ!!」  
 
振り返った俺を待ち受けていたのは女子小学生の大群。ざっと10人以上は居る。  
みんな智花たちと同じ制服を着ていた。  
小学生たちは俺を見つけるなり、近づき、周りを囲った。・・・逃げ場のないくらいに。  
 
「あなたが昴さんですか〜?」  
「わぁ!背が高いですー」  
「・・・・・・かっこいい・・・ぽっ」  
三者三様・・・・・・もとい、十人十色の反応を見せた小学生たちは俺に質問してきた。答える暇もないくらいに。  
「あの・・・ちょ、ちょっといいかな。君たちは?」  
「ああ、私たちは・・・ともかのクラスメイトです。  
ともかが昴さんの家で練習しているのを見て、どんな人かなって・・・・・・ウワサしてたんです」  
そのうち一人が答える。なんだ・・・・・・見られていたのか。智花との熱い練習風景を。  
まあ、それはいいとして、この年代の子って本当に興味津々なんだな。年上の男に。  
俺は少し嬉しくなった。こんな風に女子小学生にきゃいきゃい言われて嬉しくならない男がどこに居るであろうか!いや、居まい。  
「ふふ、単なるしがないコーチだよ。智花たちに教えるのがやっとの、ね」  
「でも、すごいですよ!コーチって。なんだか憧れます」  
などと小学生と会話していると、ちょっと離れたところから視線を感じ、ふと見上げてみる。  
そこには、真帆と紗季が居た。二人ともニヤニヤした表情でこちらを見ている。  
「ぐふ、すばるんうれしそうだなー」とか「ふふっ、長谷川さんもまんざらじゃなさそうね」とか考えているに違いない。  
当たり前だ。小学生に囲まれて嬉しくないわけがない。  
それはいい。問題は彼女らの隣に居る――智花だ。  
智花はその大きな目を見開き、今にも涙がこぼれそうな表情をしている。  
いつもの屈託のない笑顔はそこにはなく、焦燥と不安が混じったような表情だった。  
「昴さん・・・・・・わたし・・・」  
何かつぶやいたと思うと、智花は体育館と逆方向に向かって走り出した。  
「あっ、もっかん!」  
くそっどうしたんだ。もうあんな表情はさせないと誓ったのに!  
「ちょっとゴメン!」  
俺は小学生達をかき分けると、智花の走り去った方向へと駆けだした。  
智花は足が速い。だが追いつけないような距離じゃないはずだ。  
しばらく走ると、智花の後ろ姿が見えた。  
 
「智花!」  
思いっきり叫んだ。周囲にこだまし、何人かの生徒がこちらを注目したが、そんなことを気にしている暇はない。  
 
智花は立ち止まりこちらへ振り返った。  
「昴・・・・・・さん。どうしてでしょう。なんだか・・・つらいんです」  
「智花・・・・・・」  
智花の顔は涙で濡れていた。俺はそっと智花の頭に手を乗せ、優しくなで始めた。  
「俺は、智花のそばにいつもいるよ。智花がつらいときや悲しいときには力になってあげたいんだ。ダメかな?」  
「ふぇ・・・・・・昴、さん。さっきはゴメン・・・なさい。私、どうしていいか分からなくて。  
あんな楽しそうな昴さん見ていると・・・なんだか胸が痛くなるんです」  
 
・・・・・・俺はコーチ失格だ。あんな小さい子に囲まれて、鼻の下伸ばして・・・智花に心配かけて。  
もう二度と、智花に悲しい思いをさせたくない。  
「ごめん・・・智花。智花の事考えてあげられなくて」  
「ううん。いいんです。それに今・・・・・・こうして昴さんが目の前に居ますし。えへへ」  
智花に先ほどまでの悲しさは無く、笑顔がそこに咲き始めていた。  
俺のことこんなに考えてくれるなんて・・・本当に智花は可愛いな!  
 
「あっ・・・そうだ。はい、これ。俺から、智花へのプレゼント。日頃の感謝を込めて」  
鞄から小さい箱を取り出し、智花に手渡した。今度は驚きを含んだ表情で俺の目を見上げた。  
そら、無理もない。事前になにも言ってなかったし、サプライズだし。  
「ふぇ・・・すばる・・・さん。これは?」  
「開けてみてよ。満足するか分からないけどさ」  
「は、はいっ!あけてみます!」  
威勢の良い返事をすると、小箱を丁寧に開けた。  
そこにはプラスチック製の赤いアクセントが印象的な可愛い指輪があらわれた。  
「昴さんっ!これはっ!!」  
「はは、智花が前ショッピンクしているときに欲しいなって言ってたからさ。普段のお礼にって。  
あ、特に高いものじゃないから遠慮しなくていいよ!」  
「ありがとう・・・ございます。一生の宝にします」  
また智花の顔が涙で濡れそうになったが、それは先ほどとは違う。きれいな笑顔で包まれた涙だった。  
 
「あー!!ついにすばるんがヤったぞ!サキ!」  
「長谷川さん、ダイタン・・・トモもまんざらではなさそうだし・・・ふふっこれからの展開が楽しみね」  
 
そんなこんなで、なんとか智花にプレゼントを渡すことが出来て喜んでもらえた。  
余談だが、この時、智花のクラスメイト達に指輪を渡しているところを見られてしまい、マジでサツ行きになりそうになったのは、また別のお話――  
 
 
 

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