・あらすじ
クラスメイトに昴が智花に指輪を渡しているシーンを目撃されてしまった!ウワサは大きくなるばかり。
遂には湊家、長谷川家、果てには学校側を巻き込んだ問題に発展するとはこの時は知る由も無かった・・・・・・
「智花っ!こっちだ!」
「っ!昴さん!」
智花を俺の背後に居るよう指示し、物陰に隠れる。遠くで話し声が聞こえる。どうやら行ったようだ・・・・・・
「危ないところだったな。智花」
「はい・・・・・・すみません。私・・・足手まといで」
智花は俺のシャツの裾をぎゅっと握りながら、うつむきながら、答える。その顔色からは焦燥感がにじみ出ている。
「智花が責任を感じる事ないんだよ。全部、俺のせいだ」
「でもっ!私っ!!」
いつもは見せない、弱さをむき出しにした智花がそこにいた。
でも、こんな事になったのは、俺が発端なのは疑いのない事実だ。
そう。3日前のあの日。智花に指輪をプレゼントした日。あのときは、どうしてこんな事になろうと予測できたろうか。
3日前。湊家にて。
「ふふっ。昴さんから指輪・・・・・・もらっちゃった」
智花は自室の椅子に座り、ご機嫌な様子で昴から貰った指輪を手に取り眺めていた。
赤い、プラスチックの石が綺麗な光を放っている。
「確か・・・・・・ここにはめるのが・・・」
おもむろに手に持った指輪をはめてみる。智花の指にはめられた指輪はサイズぴったりである。
「左手の薬指って、夫婦がする・・・・・・って紗季に聞いたけど・・・私と昴さんが、夫婦・・・・・・・はうぅぅ」
左手の薬指にはめられた指輪を見つめ、顔を赤らめる智花。
脳内はすでに昴との結婚式を行っている事は、容易に想像できる。
「智花ー、ご飯よー」
と、そのとき智花の母――花織が呼ぶ声が聞こえた。夕食の準備が出来たらしい。
「はーい。お母さん。今行きます」
智花はよほど嬉しかったのか、つけていた指輪を外すことなく、そのまま部屋を後にした。
同時刻。長谷川家。
俺は学校から帰ると、すぐに自室で宿題に取りかかった。
最近はプレゼントを選ぶのに毎日、ショッピンクモールへ出かけてたからなぁ・・・・・・溜まってるし、
そろそろ本腰入れてやらないとヤバい状況だった。
それにしても、本当にプレゼントを渡せて良かったな。智花も喜んでたみたいだし。
なにより普段のお礼が出来た事が大きかった。俺にとって智花はかけがえのない女の子だ。あれほどのエースは他には居まい。
「ふぅ・・・・・・こんなところかな」
キレの良い所まで進めると、俺は一息つきにリビングに行こうとドアを開いた。
階段を下りると、バターとクリームの混ざったの臭いが鼻腔を刺激する。今日の献立はシチューのようだ。
「あら、昴くん。お勉強はもういいの?」
「ああ、ちょうど一息つこうと思ったところだよ。それより、今日はシチュー。かな」
「そうよー、昴くんに栄養つけてもらおうと思ってー、野菜タップリの」
ありがたいな、と思った。正直ここのところ、ずっとバスケ部の練習メニューや宿題に追われていたので、母さんの気遣いには感謝する。
「ありがとう」
そう一言、そして暖かい香りに包まれ、夕食の時を過ごした。
3日後の朝。
「よーもっかん!この前のプレゼントはつけたかー。うしし」
「も、もう真帆・・・・・・つ、つけたけど・・・」
「トモと長谷川さんも秒読み段階かしらね。ふふっ」
朝、教室に到着すると、智花は早速待ってましたとばかりに、真帆と紗季から質問攻めにされた。
智花はあの夜、薬指につけてみて、よっぽど気に入ったのかその後毎日寝るときもつけていた。
そのせいで、智花の左手の薬指に赤いリング状の跡がついている。
それにしても・・・・・・何かヘンだと思った。昨日、あれほど昴と智花の関係に興味津々だったクラスメイト達がヤケに今日は静かなのだ。寧ろ、智花と微妙に距離を取ろうとしているようにも思える。
「?どうしたんだろ。みんな」
智花が不思議そうに首をかしげる。その隣で真帆と紗季が、
「きっとすばるんともっかんの関係を知って距離おいたんだよー。邪魔したらマズイし」
「そうね。長谷川さんはまんざらでも無かったけど。智花にアレ渡しちゃあ、公認ってことになるわね」
と、智花の勝利を称えていた。
「あの・・・・・・ちょっといい?」
そのとき、一人の女子が智花に話しかけてきた。その子は眉をひそめ、ちょっと怪訝そうな声で言った。
「うん。何かな?」
「この前の・・・・・・男の人って、ともかちゃんの婚約者・・・・・・だよね?」
「へ?・・・・・・ふえぇぇぇぇぇっっっ!!!!」
智花は目を回している。もはや気絶寸前だ。恐らくフィアンセという言葉に反応して、頭がパンクしてしまったのであろう。無理もない。クラスメイトから不意打ちのような台詞を言われたのだ。しかも婚約者という断定付きで。
「ちちち、ちがうよぅ・・・昴さんはコーチで。確かに毎朝一緒にお家で練習してるけど・・・・・・でもでも、それだけ・・・だしぃ」
最後は言葉になっていなかった。
「でも指輪って普通、婚約者か恋人にしか渡さないものよ。ってことは、カレシ?」
「うんうん、そうそう。すばるんはもっかんのカレシなのだ!」
「きっと指輪を渡したのは結婚しようという長谷川さんなりの暗喩・・・・・・メタファーだったのよっ!」
代わりに何故か真帆と紗季が答える。紗季は大事なことなので2回言ったようだ。
もはや、場を面白くしようという意図しか二人から感じられない。当の智花はと言うと、
「ふぇ・・・・・・私と昴さんが・・・・・・恋人」
完全に魂が口から抜けて空の上である。こちらもこちらで問題だが・・・主に脳内が。
智花の話題で騒いでいると、ちょうど授業開始のチャイムが鳴った。
と、それと同時に担任の美星先生が教室に入ってくる。
「おーし。授業始めるぞー」
「きりーつ。れい!」
委員長の紗季の一声でクラス全員が挨拶し、授業が始まった。
「ねえねえ。美星先生。昴さんって知ってる?」
「おっ。昴か?私の甥だけど。どうした?てか何故昴の事を知っている?」
最前列に座っている女子が美星に質問する。さすがの美星も不思議に思ったのか、生徒に聞き返してみた。
「えっとねえ・・・・・・実は私のお母さんが、ともかちゃんと美星先生。それに昴さんが家から出てくる所を見ちゃったんだ・・・
・・・それで、そういう関係なんだーって、お母さんがカンカンで・・・・・・なんていうんだっけフジュンイセイ・・・」
「うわ・・・・・・・・・・・・どうしよ」
美星は徐々に顔色が悪くなっていき、しまいには蒼白い筋が出来たようになっていった。よくマンガとかであるような。
「せ、先生・・・・・・」
智花が何かを訴えるように美星を見つめた、そのとき、
ガラッ!
ドアが開いた。3人組の女性がそこに立っていた。思いっきり鬼のような形相をして。
「あなたが担任の美星先生ですか?」
「は・・・はい。私が篁美星ですが」
不穏な空気が教室を支配する。誰もがその突然の乱入者に釘付けであった。もはや授業どころではない。
そして先頭に立っていた女性から一言目が放たれた。固唾をのんで口元を凝視する美星。
「先生。不純異性交遊って知ってます?――」
その刹那。凍えるような視線が美星を襲った。
昼休みになった。俺は昼食を取ろうと中庭に出た。
なぜ中庭に出たかというと、昨日見たマンガに中庭で昼食を食べているとバスケしている少女と邂逅するという展開があったからだ。
・・・・・・俺って本当に感化されやすいな。バスケの事になると。
それもあるのだが、今後の女バスの練習方針について考えておきたいというのも理由として挙げられる。
もっとも、昨日、自室でも考えていたのだが、どうも上手くまとまらなかった。
などと考えながら中庭にたどり着く。結構この学校の中庭は広く、植林がぽつぽつ並んでいて整備されている。落ち着いて考え事をするにはもってこいの場所だ。
俺はおもむろに袋からヤキソバパンを取り出すと、ゆっくりと口に含めようとして・・・
ブルルルル
携帯のバイブが着信を知らせてきた。めんどくさそうに片手で開くと、ディスプレイも確認せずに電話に出てみた。
「昴っ!今すぐ慧心学園に来てっ!いい?今すぐにだからなっ!」
「ちょ、み、ミホ姉っ!・・・・・・・・切りやがった」
何なんだ・・・・・・全く。こっちはまだ昼休みだぞ。ミホ姉の無茶ぶりは今に始まったことではないが、今回は無茶すぎる。
でも、普段は絶対聞かない、焦ったような声だった「な。何か重大な事があったに違いない。甥のカンがそう告げている。
「仕方ない。午後の授業はサボるか」
俺は適当な理由をつけて(叔母が危ないと言っておいた)慧心学園へと向かった。
ミホ姉・・・大変な事になってなければいいが・・・・・・
慧心学園に到着すると、いつもの警備員の方に会釈し、ミホ姉の待つ職員室へと向かった。
「失礼します・・・・・・・うっ!」
職員室のドアを開いた、その瞬間だった。すざましいオーラが俺を襲う。中に居たのはミホ姉と智花。
それに見慣れない女性が3人・・・・・・おそらく生徒の保護者だろうか。その3人からだ。オーラを感じたのは。
「あなたが長谷川昴さん?あなたが諸悪の根源ね」
諸悪の根源って・・・・・・初対面でいきなりそんな事を言われると流石にムッとくるぞ。流石に。
「うちの娘がね。あなたと湊さんが・・・お、お付き合いをしている仲だって、指輪を渡している所を目撃しているの。
いったいどういうこと?コーチが仮にも小学生と不純異性交遊なんて・・・ああっ、そんな野蛮な人間がこの学園に出入りしていると思うと、娘が心配でしんぱいで・・・」
その保護者は額に甲を当てて崩れ去るように、地面に座り込んだ。智花はおろおろとした様子で俺とミホ姉の方を交互に見ている。
すまん。智花。俺のせいでこんな事になって。
「そんな・・・・・・誤解です!俺と智花はコーチと教え子という関係で、やましい事はなにもありません!神に誓っても!」
渾身の力を込めて反論する。あれは単なるプレゼントなんだと。智花が頑張っているから・・・そんな智花へのご褒美なんだと。
しかし保護者達はこちらを睨んだままだ。聞き入れてもらえそうにはない。
「昴・・・・・・すまん。私の力じゃあどうにも出来なくて・・・」
ミホ姉はうつむいて唇を噛んだ。おそらく弁明をしてくれていたのだろう。ありがたいことに。しかしそれは保護者を説得するまでにはならなかったようだ。
「こうなったら、警察に突き出すしかないようねぇ・・・篁先生」
刹那、俺の体が凍り付いた。警察・・・・・・だと。そんなことをしたら女バスは・・・俺と子供達との絆はどうなる!
「・・・こうなったらっ」
「昴さんっ!?」
俺は誰にも聞こえない声でつぶやくと智花の腕を握り、職員室を飛び出した。後ろから俺を呼び止める声が聞こえるが、そんなことは構うものか。
智花の手を握り全力で廊下を走る。リノリウムの床が激しく音を立てて響き渡る。
「昴さん・・・私・・・」
「何も言うな。智花。俺が絶対智花を守る!」
かくして俺たちは、あてもなく逃げた。ただひたすらに。智花の事だけを考えながら。