「ひなたちゃん……」  
「おー。おにいちゃん、いつでもどうぞ」  
 まだまだあどけない少女の瞳が、俺をしっかりと見つめている。俺は自分の中の逡巡と戦いながら、女バスの教え子の1人である袴田ひなたちゃんの信頼に応えるべく1点に意識を集中させる。  
 秋風の涼しさを感じるようになった自室で、俺は思い切って勝負に出ようとしていた。任せてくれたひなたちゃんのためにも、負けるわけにはいかないよな。  
 ――少しでも力を加えてしまえば、壊れそうなほど儚いその場所。そこに俺は尖端をあてがい、突き破ろうとしている。  
「はあっ。くっ……」  
 緊張からか普段使用しない筋肉にも力が入り、力んでいるような状態になってしまう。  
 そんな俺に心配そうな視線を送ってくるひなたちゃんの頭に手をやり、安心させるためにゆっくりと撫でる。ふんわりとしたひなたちゃんのロングヘアーは驚くほど柔らかく、俺の指はいとも簡単に飲み込まれてしまうほどだ。  
「ひな、おにーちゃんになでなでしてもらうの、とっても好き」  
 まるで天使のような笑顔ではにかんでくれるひなたちゃん。この子の笑顔には、つくづく癒されるばかりである。ひなたちゃんに力を分けてもらった俺は、改めて気持ちを入れなおした。  
 
 だが、今度こそ決心して剣を突き刺そうとした瞬間、傍から控えめな声が上がる。  
「あの……、長谷川コーチ? もしかしてあまり体調がよくないのでは?」  
 挙動不審そのものであった俺の行動を、とがめることなく幼気にも気遣ってくれた声の主。それはひなたちゃんの妹である、かげつちゃんだった。  
「あはは、ごめんね。ついつい張り切りすぎちゃったよ」  
 そう言って、俺は目の前にある「なんたら危機一髪」のタル部分にある穴に小さな剣を差し込む。  
「おー。とんじゃった。かげの勝ち」  
 刺した剣に反応して飛び出してしまった人形を見て、ひなたちゃんは楽しそうに笑っている。  
 俺はひなたちゃんとチームになってこのゲームをかげつちゃんと対戦しているのだが、要所で俺が失敗してしまい、かげつちゃんの方に多く軍配が上がっている。  
 勝者のかげつちゃんはというと、まだどこか申し訳なさそうな表情をしている。  
「あの、急に押しかけてしまって、本当にごめんなさい」  
「いいって。俺だって退屈してたんだし」  
 この土日、智花は用事があって練習に来られないということを前回の部活の際に聞いている。  
 なので俺としても今日の突発的な2人の来訪は、むしろ嬉しいくらいのことなんだが。  
 
 
 ひなたちゃんとかげつちゃんがやって来たのは今朝のことだった――。  
 朝のロードワークを終えて1人庭でシュートの練習をしていると、家のインターフォンが鳴らされていることに気づく。  
「はーい。どちらさま……」  
 もしかして智花が用事がなくなって来られるようになったのかな。なんてことを思いつつ俺はドアノブを回して扉をゆっくりと開く。  
 開けてすぐ、自分の目線の先には誰もいないというなんとなく既視感のある光景を俺は目の当りにする。  
 そして顔を下に向けて見ればやはりというか、そこにはウェーブのかかったきれいな髪の小柄な女の子がいた。フリルのついたスカートが彼女の印象にマッチしていて、とても似合っていると思う。  
 
「おはようございます。おにーちゃん」  
「お、おはよう。ひなたちゃん」  
 俺と顔を合わしたひなたちゃんは、礼儀ただしく挨拶をしてくれる。その時、彼女の背中に大きめのリュックが背負われていることに俺はドキッとした。  
 夏休み、三沢家の別荘に行く前日にひなたちゃんがかげつちゃんと喧嘩をして家出をしたことがある。その時も、こうして我が家に彼女はやって来たのだ。  
 まさかとは思うが、女バスコーチとしても一応確かめておかなければならないだろう。  
「ひなたちゃん。もしかして、かげつちゃんと何かあったのかい?」  
「おー? かげと?」  
 ひなたちゃんは、不思議そうに首を傾げる。どうやら姉妹喧嘩ではなかったらしい。あれほど仲の良い2人が対立しているところなど見たくはなかったので、俺は内心ほっとする。ならば、他の理由か……。  
 悩む俺をよそに、ひなたちゃんはさっきからやけにきょろきょろと辺りを見回している。なにか探し物でもあるのだろうか。  
「むー。かげ、いない」  
「え? かげつちゃんと一緒に来たの?」  
 ひなたちゃんより背丈の大きいかげつちゃんがいれば、ドアを開けた時すぐにわかるはずなのだが、俺はその姿をまだ確認してはいない。  
「は、長谷川コーチ、おはようございます……」  
 自分を探す俺たちの声が聞こえたのだろうか、遠慮がちにかげつちゃんが入口から姿を見せた。ショートヘアーを揺らしながら俺の前まで来て、律儀に礼をしてくれる。  
 彼女も同じように、荷物を入れたリュックを背負っている。これは、友達の家にでも泊まりに行く途中かなにかなのだろうか。  
「ひなたちゃん、もしかして女バスの誰かの家に泊まりに行くのかい?」  
 ようやく納得のいく答えを導き出せた俺は、かがんで彼女の目線に合わせてそう聞いた。  
「おー。おにーちゃんのおうち」  
「へーそうなんだ……、ってええ!?」  
「姉様、やっぱりちゃんと連絡しておかないとだめですよう……」  
 あまりにも急な提案に一瞬思考が追いつかなかったが、まずは話を聞かなくてはどうしようもない。いつまでも外に立たせているのも悪いので、とりあえず家にあがってもらう。  
 冷蔵庫まで飲み物を取ってくる間に、2人は荷物を下してテーブルの椅子に座っていた。  
 いつもならばここで母さんがあれこれ世話を焼いてくれるのだろうが、なにぶん今日は出かけていて夕方くらいにしか帰ってこない。  
 まあ、それはいいとして。  
「なるほど。それで、ひなたちゃんが今回の宿泊を計画したんだね」  
 話を伺って見れば理由は実に簡単なもので、本格的にバスケをやる気になったかげつちゃんのために、ひなたちゃんがそれを手助けしようとしたのである。  
「てっきり姉様から長谷川コーチに伝わっていることだと思っていたのですが……」  
「おにーちゃん、ごめんなさい……」  
 かげつちゃんにはひなたちゃんを責めるつもりなど微塵もないのだろうが、それでも責任を感じてしまうのだろう。  
 いつもにこにこ笑っているひなたちゃんの表情が、沈んでしまっている。さすがにこのままではいたたまれず、俺は彼女の頬に手を当てて、しっかりと目を合わせた。  
「ひなたちゃん、大丈夫だよ」  
 彼女の気持ちを大切にしてあげたい。そんな一心で言葉を発する。どんどんひなたちゃんがバスケを好きになってくれているんだ。こんな嬉しいことはないじゃないか。  
「かげつちゃん。泊まりに来ること、お家の人にもちゃんと言ってきてあるんだよね?」  
「は、はい。そこは問題ありません!」  
 袴田家の親御さんがかなり寛大な人たちだというのは、前回のことでわかっている。母さんはむしろ歓迎してくれるだろうし、あとは……。  
「2人ともここまで来て疲れただろうし、バスケの練習は休憩してからにしよっか。ひなたちゃん、またトランプでもして遊ぶ?」  
 ひなたちゃん笑ってくれればそれで解決だ。俺は立ち上がり、彼女に手を差し出す。  
「おー。勝負する」  
 ようやくひなたちゃんの純真そのものな瞳に元気が戻ってくる。小さな手をゆっくりと包んで、俺は2階への階段を昇る。  
 男子高校生の部屋に入ったことなどもちろんないかげつちゃんは少々戸惑い気味だったけど、その様子は普段のボーイッシュな感じとは違って別の可愛らしさがあるなんて思ってしまった。  
 とまあそんな事があって現在に至っている。  
 
 トランプでしていたポーカーの決着がついたところで、俺は部屋の時計をちらりと確認する。よし。いまから始めれば、いい具合に昼になるかな。  
「それじゃあ、そろそろ練習するとしようか」  
「おにーちゃん。よろしくおねがいします」  
「頑張りましょう、姉様!」  
 だいぶ疲れも取れただろうし、なによりリラックスしてくれただろう。かげつちゃんは以前うちに来たことがあるとはいえ、あの時は無我夢中だったろうし。  
「俺は庭で待ってるから、着替えたらおいで」  
 2人にそう言って、おれはゴールのある庭に出た。屈伸などの準備体操をして、軽く身体を温めておく。今日はかげつちゃんのためということで、ひとまず基礎的な部分の練習に重点をおくことにするか。  
 などと考えていると、体操服に着替えた彼女たちが現れた。  
「なら、今日はバスケの基本をしっかり固めるための練習にしようと思う」  
 物事においては、基礎固めと反復練習が大切なこと。俺も2人の練習に付き合うことで、自分の足りない部分や見えていなかった部分がわかることも多いだろう。  
 ウォーミングアップをしてから、早速3人で練習に取り掛かる。  
「よしっ。その調子だよ」  
 かげつちゃんがひなたちゃんからの素早いパスを受け、しっかりとレイアップでシュートを決める。かなり小柄なひなたちゃんに比べて、かげつちゃんは上背もありしっかりとした体型をしている。  
 元々運動センスがあったことも幸いし、俺のつたない指導でも呑み込みが早い。  
 自主練も姉妹でしているみたいだし、彼女も有望な選手の1人であることに違いない。  
 これだけ将来が楽しみな少女たちに出会うことができているのは、俺にとって今の生活も捨てたものじゃないという気分にさせてくれる大きな要因になっている。  
 やっぱり、小学生ってさい――。  
「おー。おにーちゃん。かげにみとれてる?」  
「は、恥ずかしいです長谷川コーチ……」  
 いささか時間を忘れて物思いにふけりそうな俺の脳内が、ひなたちゃんの一言で再起動していく。  
「あ、ごめん。かげつちゃん、よかったよ。今のかたち覚えておいてね」  
「はい! つぎは私がパスを出しますから、姉様が決めてください!」  
 ゴールネットを抜けて地面に転がったボールを両手で拾い上げ、かげつちゃんは小走りにひなたちゃんのもとへ駆け寄る。  
「おー。まかせろー」  
 ひなたちゃんとかげつちゃん。2人の目が断然輝きを増していく。この瞬間が楽しくて仕方がない。言葉にするまでもなく、そんな想いが伝わってくるみたいだ。  
「ひなたちゃん、俺を抜いてみな?」  
 パスを受けた彼女の前に、俺は立ちはだかる。気持ちが高揚していくのをはっきりと感じる。  
「むー。がんばる」  
 彼女の持つ特有のトリッキーさに対応できるように、俺は自然体で待ち構える。若干オトナゲないような気もするが、ひなたちゃんは手加減など望んでいないだろう。  
 俺たちの対決を、かげつちゃんは固唾を飲んで見守っている。  
 そして――。  
 
「おっふろー。おっふろー」  
「あはは。ご機嫌だね、ひなたちゃん」  
 結局、ひなたちゃんは俺のディフェンスを突破することができなかった。それでも、あの勝負に充実感があったというのは彼女の満足そうな表情を見ればわかる。もちろん、それは俺も同じだ。  
「先にお借りしてもよろしいんですか?」  
 かげつちゃんは俺のことを気にしてくれているが、汗にまみれた女の子を尻目にシャワーを浴びるなどできるわけがない。小学生の残り湯を堪能したいとか、決してそういったことではないのである。  
「ちょんちょん」  
「ん、どうかした?」  
 ひなたちゃんが、人差し指で俺のわき腹を可愛らしくつついてくる。  
「おにーちゃんに、お礼したい。ひなとかげで、おからだ洗ってあげる」  
「ひ――」  
「ね、姉様!?」  
 俺が驚きの声を発する前に、かげつちゃんが赤面しながら突然の提案をした姉の方を見る。非常に心臓に悪いお礼の方法なので、かげつちゃんが穏便に止めてくれるのを俺は期待したのだが。  
「かげ。いっしょにおふろはいるの、いや?」  
「い、いえ! 長谷川コーチとお風呂に入るのが嫌とかそういう問題ではないのです姉様」  
 だめだよ、かげつちゃん。その言い方じゃあ、君のお姉さんを説得することなんてできないんだ。  
「おー? ならだいじょーぶ。おにーちゃん。もしかして、ごめいわく?」  
 なんて愛らしいんだこの子は。小首をかしげて懇願するような視線をひなたちゃんは俺に送ってくる。  
 あっさりと撃破されてしまったかげつちゃんはこっちをチラチラ見てくるだけで、もう援護をしてくれるような状態ではない。  
 ここでひなたちゃんの申し入れを拒絶すれば、俺の社会的地位は守られるだろう。だが、その選択は彼女を傷つけ、悲しませてしまうだろう。  
「……迷惑なんかじゃない。ひなたちゃん、かげつちゃん。お願いしてもいいかな?」  
 そう、たかが一度背中を流してもらうために風呂に入ったところで、大した事件が起こるわけなんてないんだ。俺がおかしなことをしなければなんてことはない。きっと。  
「わーい。かげとおにーちゃんと一緒におふろ」  
 とっても嬉しそうなひなたちゃんは、まだ戸惑いを見せる妹の手を引っ張り颯爽と脱衣所に消えていった。  
「ふう……」  
 落ち着いたところで、ゆっくりと深呼吸。よし。相手は小学生なんだ。変に意識をする必要なんてない。年上の余裕を持つんだ、長谷川昴。  
 彼女たちが風呂場に入ったことを確認し、俺も汗で湿ってしまった服を脱ぎ始める。  
「なっ……」  
 ふと視界にとらえてしまった脱衣かごの縁に、動物の絵柄がプリントされたパンツが引っかかっている。  
 恐らく、ひなたちゃんのものだろう。これを放置しておくのは非常に危険だ。俺はなるべく見ないように気をつけてパンツをつかみ、洗濯機の中に投入する。  
「これで……、よし。2人とも、入るけどいいかい?」  
 タオルを腰にきつく巻きつけ、落ちないことを確認。風呂場から仲良くそろった声が返ってきたところで、俺は思い切って最後の壁となっている扉を開いた。  
「やあ、お湯加減はどうかな?」  
 内心開けた瞬間になにかハプニングでもあったらどうしようかと身構えてはいたけれど、特になにも起こらずにほっとする。  
 ひなたちゃんは長い髪をまとめて、かげつちゃんとお行儀よく肩までお湯に浸かってくれていた。俺は洗い場の小さな椅子に腰を降ろすと、2人に少しだけ顔を向ける。  
「それじゃあ、早速だけどいいかなひなたちゃん」  
「おー。まかせろー」  
 ひなたちゃんが、勢いよく立ち上がる。その瞬間、俺は見てはいけないようなものを見てしまった気がする。  
「…………っ!」  
 すぐさま反応して目を閉じ、恐る恐る質問する。  
「ひなたちゃん。変なこと聞くけど、いま裸?」  
「おー? おふろは裸ではいるもの」  
 ああ、やっぱりね。その考え方には何も間違ったところはないんだけど、できればタオルでも巻いておいてほしかったなあ。  
「かげも、はやく」  
「は、はい」  
 決めた。目を瞑っていれば大丈夫だ。さっさと洗ってもらって、この場を脱出しよう。  
 
「あわあわー」  
 ひなたちゃんの声が楽しそうに弾んでいる。ボディーソープのポンプを押す音がする。  
「そ、それでは失礼します。長谷川コーチ」  
 かげつちゃんの控えめな声が響く。そして、遠慮がちにタオルが俺の背中に当てられる。  
「強さはこれくらいで大丈夫でしょうか?」  
「うん、ありがとうかげつちゃん。気持ちいいよ」  
 ほどよく筋肉のついているかげつちゃんの加減は丁度よく、しっかりと洗えてもらえているのがよくわかる。  
「ひなもがんばる」  
 かげつちゃんに続いて、背中の感触が増える。ひなたちゃんのそれはかげつちゃんに比べると少し弱い。  
 だけど、そこからでも労わりの気持ちが伝播してくるようで、くすぐったくも安心することのできるリズムを刻んでいる。  
「ひなたちゃんも、ありがとう。そのまま続けてくれる?」  
「おー。おにーちゃんに褒められた」  
「よかったですね、姉様。長谷川コーチのお背中、大きくてとっても洗い甲斐があります」  
「はは、そーかな?」  
 それからどのくらい経ったのだろうか。俺は鼻歌交じりに行われる袴田姉妹によるお礼をすっかり堪能してしまっていた。  
 
 
「そろそろ、お湯で流してくれるかな? 充分きれいにしてもらえたと思うし」  
 あまり2人に長く洗わせているのは悪いと思い、この辺りで切り上げようと言葉をかける。  
 それに忘れてしまいそうになるが、目を開けてしまえば全裸のひなたちゃんとかげつちゃんがいるんだ。冷静に考えれば、かなり危険な領域に足を踏み込んでしまっているのである。  
「まだだめです。おにーちゃん」  
「え、それはどういう……」  
 誰かが動いた気配がする。それに、まだだめっていったい……。  
 ぴたり――。  
「ちょ、ひなたちゃん!?」  
 彼女のものであろうタオルが、俺の上半身を泡につつみ始めた。  
 頭の中では危険を知らせる警報が鳴りっぱなしなものの、今無理に動いてしまえばどのようなことが起こるかわからない。怪我などさせてしまっては、目も当てられない状況になってしまう。  
「ひなはお胸洗ってあげるから、かげはおなかあらってあげて」  
「わっ、ああ……」  
 ひなたちゃんの指名に応じて、かげつちゃんが俺の腹部を重点的攻める。やばい、人にこんなところを洗われるのってかなりくすぐったい。しかも――。  
 
「よいしょ、よいしょ」  
 こんなことでも一生懸命にしてくれるのは、ひなたちゃんのいいところだ。だが、現在はそんなひたむきさが仇となり、あろうことかその吐息が首筋やら腕やらにかかりまくっている。  
「んん、はあっ」  
 それはかげつちゃんも同じことで、散々変に意識しないようにしてきた俺の頑張りが、ぐらぐらと音を立てて揺れ動くようになってしまっている。これは絶対にやばい。  
 心臓の音が2人に聞こえていないか心配になってしまうほど、うるさく暴れまわっている気がする。  
 背中を擦ってもらっていた時には微笑ましく思えていただけの少女たちの手つきも、おかしな方向に受け取ってしまいそうなほどだ。  
 ――俺もあの人のことを笑うことなどできない、小学生に欲情してしまうような性癖のある変態だったのか。それともこんな感情が生まれているのは、彼女たちだからこそ?  
 そんな無意味な自問自答を重ねている間にも、ひなたちゃんたちは着々と作業を続けている。  
「おー。おにーちゃん。おまたもちゃんときれいにしておかないとだめなのです」  
 そこだけはだめだ! 最後の理性を振り絞って、俺はひなたちゃんの手をブロックしようとする。目を閉じながら放った一撃は、確かに誰かの手を捕らえていた。  
「ご、ごめんね、ひなたちゃん。急に動いちゃって。痛くなかった?」  
「ほへー。おにーちゃんの、おっきくなってる」  
「ええっ!?」  
 驚いて、俺はついに目を見開いてしまう。  
 なんてことだ。固く結んだはずのタオルはひなたちゃんの謎の手際のよさで外され、俺のモノは見事に露出してしまっている。  
 ひなたちゃんは不思議そうにそれを観察し、かげつちゃんはショックを受けたのか口が開きっぱなしになっている。なら一体、俺の手は何をつかんでしまったんだ?  
「あ…………」  
 自分の手の先をたどっていく。残念な事に俺の指は、間違えてかげつちゃんの柔らかな腕をがっちりとロックしてしまっていた。  
 そして焦りのために忘れていたことだけど、俺の目の前にはバッチリと2人の幼い裸がある。強烈な刺激が、俺の脳内を駆け抜ける。  
 それほどまでに、彼女たちの肢体はきれいであり、とても神聖なものであるように感じられた。  
 見てはいけないはずなのに、身体が言うことを聞いてくれない。むしろもっとよく注視したい。そんな情欲が湧きあがってきそうな自分が恐ろしい。  
「おにーちゃん。ここ、だいじょーぶ?」  
 無邪気なひなたちゃんは、心配そうな色を瞳に浮かべつつも俺の興奮気味になっているモノをひとさし指でゆっくりとなぞる。  
「くっ……、ひなたちゃん……」  
 彼女の指が触れた部分に電撃が走る。俺はもう、色々限界なのかもしれない……。  
「は、長谷川コーチ。苦しいのですか!?」  
「え……?」  
 かげつちゃんが、目を逸らしながらも剥き出しになった亀頭を優しく撫でてくれる。わずかに震える手のひらが、強い刺激となって俺を襲う。  
 こんなに2人は心配してくれているというのに、俺は欲望のままに気持ちよくなって勃起させてしまっている。そんな罪悪感と背徳感が交錯して、さらなる深みへと陥っていく。  
「ちいさくなーれ。ちいさくなーれ」  
 可愛らしい呪文を唱えながら、完全に大きくなったモノを撫でるひなたちゃん。あんなに小さな手で一生懸命にさすってくれている。  
 
 ――もし、このまま射精してしまったらどうなるんだろう?  
「かげも、てつだって?」  
 ひなたちゃんの可愛らしいほっぺに?  
「が、頑張ります!」  
 それとも、かげつちゃんの凛々しい横顔に?  
 2人が自分の精液にまみれている姿が脳裏によぎる。わけもわからずに汚されていくひなたちゃん。かげつちゃんは異常事態に、涙を浮かべている。そして俺は――。  
「だ、だめだ!」  
 このままでは俺たちの関係が、この一度の過ちで全て崩壊してしまう。背中にぞくりとした悪寒が走る。こんなことで、彼女たちと……。  
「きゃっ」  
「そんな………………」  
 俺の欲望は、持ち主に決して従順ではなかった。真っ赤に充血した亀頭の先から、精液が弾け飛ぶ。  
 ひなたちゃんの頬や手のひらに、べったりと白く濁った粘液が付着する。  
「長谷川コーチ、これって……」  
 かげつちゃんは手にまとわりつく精液を、わけが分からないといった表情で見つめていた。  
 ――終わったんだ、何もかも。俺の軽率さで、大切なもの全て。足元が崩れ落ちていく感覚。何をどう言ったらいいのか、正直頭の中が真っ白で考えられない。  
「おにーちゃん。泣いてる」  
 どうやら、涙を流してしまっているのは俺のほうだったようだ。なんて、情けないんだろう。いつも偉そうにコーチぶってるくせに、肝心な時に何をやっているんだ、俺は。  
「姉様……」  
 頭に温かい感触。ひなたちゃんが、こんな俺をあやすように撫でてくれている。姉の行動に触発されたのか、かげつちゃんまで同じようにしてくれる。  
「ひなたちゃん、かげつちゃん……」  
「おー。げんきになった?」  
 ひなたちゃんの屈託のない笑顔。今は眩しすぎるくらいに感じてしまう。俺は、この子たちのために何をすればいいんだろう。  
「俺は君たちに……」  
 魂の抜け殻のようになった俺を見て何を思ったのだろうか。ひなたちゃんは、かげつちゃんの耳元でなにやらささやいている。  
「こんなことで大丈夫なのでしょうか……」  
「おー。ばっちり」  
 相談を終えた2人が、顔を見合わせて俺の前へ。そして、ゆっくりと近づいてくる。  
 ――ちゅ。  
「え、ええっ!?」  
 両頬への、2人の柔らかなくちびるを感じるキス。奇襲ともいえるその動きに、俺はびっくりしてひなたちゃんとかげつちゃんの顔を交互に見る。  
「さすがです、姉様!」  
「おー。まかせとけー」  
 じわりと、熱い感覚が胸に広がっていく。いつだって俺は、この子たちに助けられてばかりなんだな。本当に。だから今は、少々無理をしてでも笑おう。  
「ありがとう、2人とも。とっても元気出たよ」  
 何があっても逃げたらだめだ。俺のできる精一杯の責任の取り方を探していこう。もっとちゃんと彼女たちと向き合って。  
 
 

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