最近の女バスの成長は、目を見張る物があった。  
別に、敵視してる訳じゃない。どちらかというと、応援してやらんこともない、とは思っている。  
まず、湊智花。  
認めたくは無いが、間違いなくバスケのセンスは俺の上を行く、女バスのエース。  
初対戦の時も勝てなかった。間違いなく、女バスの最高戦力。  
永塚紗季。  
俺の幼馴染。たしか、あまりバスケに興味は持ってない筈だった。  
それが今じゃよく回る頭を生かして、立派な女バスの司令塔になっている。  
袴田ひなた。  
色々と、俺を迷わせる人物。まあ…とりあえず、運動は得意じゃ無かった。  
体格もバスケ向きじゃ無い。そうだったひなたも、他人には真似できないようなトリッキーなプレーを得意とするようになった。  
香椎愛莉。  
本人の前では言えない…いや、言えなかったが、非常に背が高い。近くだと見上げないといけなくなる。  
そんな香椎が、プレーに積極的になれば…当然、女バスにとっては頼もしい戦力になる。もしかすれば、チームとしての女バスの中で、一番の成長点かもしれない。  
そして、三沢真帆。  
欠点だった飽きっぽさは完全に鳴りを潜め、真剣にバスケにうち込んでいる。  
何をやっても上達が早い。それはバスケも例外ではないようで、目に見えて腕が上がっているようだった。  
 
うかうかしてたら、俺も抜かれちまう。  
一応俺にも、キャプテンとしての、男としてのプライドがある。  
負ける訳には行かない。そう思っているはずなのに。  
 
最近、相手を抜けない。相手を止め切れない。  
そして、シュートが決められない。  
 
俺、竹中夏陽は。  
所謂スランプに陥っていた。  
 
 
「どうした、タケ?何か最近調子悪いっぽいぞ?なんかあったのか?」  
 
流石に、チームメイトにも悟られていた。  
だけど、俺はキャプテン。あまり心配は掛けられない。  
 
「…ちょっと疲れが溜まってるっぽくて。すぐ元通りになる。心配はいらねーよ」  
 
多分、こういうのはヘンな癖がついて、それが元で動きにズレがでて、上手く動けなくなるんだろう。  
だから、それを見つけられれば、これも乗り越えられる。  
 
そう軽く考えていたのだが。  
 
「…」  
視線の先には、リングの外へ落ちるボール。  
既に部活は終了し、体育館の中には俺しか居ない。  
つまり、先程のボールは俺が投げた物。  
 
「くそっ…」  
 
思わず悪態をつく。  
そういや、どっかであの真帆が大声で喋ってた事だが、  
湊は50本連続でフリースローを決めたんだっけな。それも、かなり前に。  
だが、今の俺はどうだ?  
50本と言わずにひたすらシュートして、入った回数は半分以下。  
「…くそっ!」  
再びゴールへボールを放つ。  
だが、激しい音と共にリングに衝突、そのままボールは落ちた。  
 
思わず視線を落とす。  
「…なんで…入らないんだよっ…!」  
我慢できずに、弱音が零れる。  
それでもやめる訳には行かない。  
 
転がるボールを拾おうとして視線を動かす。  
その先に、立つ人物が一人。  
 
「…ナツヒ…まだ居たのか?もう部活は終わったんだろ?」  
 
ボールを拾い上げ、俺に声を掛ける女子。  
ああ、顔を見ずとも分かる。小さい頃から聞きなれた声だった。  
 
三沢真帆が、体操服姿で体育館の入口に立っていた。  
 
「お前こそ、なんで来たんだよ」  
「え!?あ、えっと…アレだ、アレ!練習しに来たんだよ!まだ明るいし!」  
 
なぜか凄くあたふたしている様子だった。  
練習しに来たのなら普通にすればいいだろ。ゴールは一つじゃないし。  
 
「…返せよ、ボール」  
 
当初の目的を果たすために、真帆に要求を送るも、  
真帆はそれを投げることなく、俺に近づいてくる。一体何のようだよ…ほんとに。  
 
「…ナツヒ!勝負だ!リベンジだコノヤロー!」  
 
何かとおもったら、それか。  
まあ、シュート練習するよりかはいいかもしれない。  
そう思い、  
 
「来いよ。オフェンスとディフェンス一回ずつ、最初は俺がディフェンスでいい」  
「おう!あたしを前と同じだと思うなよー!」  
 
定位置に移動して、真帆と視線をあわせる。  
流石に付き合いが長いからな。声に出さなくても、試合開始の合図は分かった。  
 
俺が動くのと同時に、真帆が一歩を踏み出す。  
その一瞬で、以前との違いに気づいた。  
 
真帆のドリブルが、速い!  
初速だけなら、湊にも迫るレベルだ。  
 
それでも、俺はこいつにだけは…真帆にだけは負けたくない!  
ボールをスティールしてやろうと、手を伸ばした。  
 
だけど、その手がボールに触れることは無く。  
あっさりと俺は、真帆に抜かれてしまった。  
 
焦って振り向いた時は既に、ボールがリングの中心へ入っていた。  
 
「へっへん!どーだナツヒ!」  
俺の前で誇る真帆。昔の真帆が綺麗に重なる。  
俺はまた、こいつに負けるのか?  
「…今度は、俺がオフェンスだろ?」  
 
気分が少し悪くなっていた所為で、きつい口調になってしまう。  
失敗したか、と思っていたが、幸い真帆には聞こえていないようだった。  
深呼吸して、再び真帆を、今度は反対の位置から見つめる。  
再び合図無しで、同時にスタートを切った。  
 
真帆も大きく成長している。前までは、適当にやっても抜ける程、ボロい動きだったのに。  
覚悟を決めて、真帆へ大きく一歩を詰めた。  
「うぉっ!」  
真帆の変な声が耳に入る。  
抜ける!更にもう一歩…  
 
「…なんてなっ!」  
既に、俺の手からボールは消え、真帆の手の中へと移動していた。  
 
負けた。完全に負けた。  
 
「…笑えよ。あれだけお前らを馬鹿にしてたような奴が、今じゃこのザマだ」  
 
不思議と、そんな声が出た。  
 
「結局俺は、大好きなバスケでも、お前に勝てなかったんだ」  
「ナツヒ…」  
 
もういい。このへんが俺の限界なのかもしれない。  
 
「仕方ないか。そもそも俺、バスケ向きじゃ無いしな。  
香椎みたいに背が高い訳じゃないし、湊みたいな超天才でも…」  
 
「ざけんなっ!」  
 
自棄になろうとしていた心が、一喝で引き戻される。  
視線を合わせた真帆の目は、いつになく真剣だった。  
 
「昔からやり続けてきてたろ!?大好きなんだろ、バスケが!  
なんであたしに負けたぐらいで弱音吐くんだよ!」  
 
「うるせぇ!お前に何が分かるんだよ!  
確かにずっとやり続けてきた!お前なんかよりもな!  
それでも…勝てなかったんだ!またお前に!スタート地点も違うのに!  
こんなザマでどうしろってんだよ!」  
 
叫ぶうちに、目頭が熱くなるのを感じる。  
それでも構わなかった。今は、全て吐き出してしまいたかった  
 
暫く黙っていた、真帆の口が開く。  
「…ナツヒ。お前が泣いたの、初めて見た。  
ずっと、溜まってたんだな。いろいろ」  
 
途端に似合わない優しい口調で話しかけられて、返事が考えられなくなる。  
 
「男バスのみんな、お前の事信頼してるっぽいしな。弱音なんて吐けなかったんだろ?  
    …ほら」  
なにが「ほら」なのか分からないが、真帆が近くまで近づいてきた。  
 
「…何…だよ…」  
「みーたん直伝「ほら、この豊満な胸で泣くが良い」だっ!」  
 
何が豊満だ。殆ど男と変わらないぐらいの胸の癖に。  
呆れて涙も引っ込んできた。  
「だーもー!」  
と思ってた所で、真帆の腕が俺の頭へと回りこみ、そのまま引き寄せられる。  
 
つまり…この状況は、抱きしめられ…  
「ななななななな…何すんだよ!」  
「泣かせてやるってことだよ!言わせんなはずかしい!…てのは冗談で。  
…小1ぐらいの時の話だけど、覚えてるか?  
確かサキが家の仕事で来れなくて、神社のあたりで、二人であそんでたら迷子になって。  
そのまま空も暗くなって、あたしは凄く怖がってたけど。  
 ナツヒが手を引いてくれたおかげで、あたしは帰る事ができたんだ。…結局、こっぴどく怒られたけどなっ」  
 
確かに、うっすらとそんな記憶がある。  
だが。  
 
「…それと、これとどんな関係があるんだよ」  
 
「そ…そんときの借りを返すためだよ!  
それとへたれてる時のナツヒに勝っても意味ない!さっさと泣いて、元通りになりやがればかやろー!」  
 
ばかやろーはどっちだ、あほまほ。  
 
「…あほか。泣くような胸もない癖に」  
 
俺にも意地があった。  
捨て台詞を吐きながら、身を真帆から離す。  
 
「んなっ!?こっちが心配してやってるのに!」  
 
「大体、さっきも鉄板に当たってるみたいな感触だったしな。  
 どこで泣けっていうんだよ?」  
 
「んだとこの…!」  
「だけどよ」  
 
だけど。  
俺の弱音を聞いてくれるのも、多分昔からぶつかり合ってきたこいつしか居ない。  
 
 
「…シュートが決まらない、相手を抜けない、止められない?」  
「そうだ。なんか…調子が悪くてな」  
 
体育館のステージに、二人で並んで腰掛ける。  
そんな形で、俺は初めて他人にスランプの事を話した。  
 
「…きっとアレだな。もっかんが高すぎるから、それに追いつこうとして上ばかり見て、  
だから目の前の段差が超えられなくなった!とか」  
 
真帆の口から出たのも、湊智花の名。  
 
あまり考えないようにしていたのに、ここまできてようやく分かった。  
認めたくはないが、真帆が言った言葉が、そのまま正解であると。  
 
「…みんな、俺を信頼してくれてるからな。裏切りたくはないけど…勝てねえんだ、湊には。  
何やっても、一人じゃあそこまで行けねえ。…情けないっては、思ってるけどな」  
 
「…へー…もっかんがな…そうだ、良い事考えた!  
よしナツヒ!目つぶれ!」  
 
「良い事」は至極簡単な物だった。目瞑るぐらい、幼稚園児でもできる。  
今は拒否しても意味がないしな。軽い気持ちで目を瞑る。  
 
「…これでどうす…」  
 
そこまで聞きかけた所で、口が塞がれる。  
広がる、暖かい感触。  
 
驚いて目を開くと、至近距離に真帆の顔が。  
 
「目開くなー!」  
 
その刹那、一瞬で顔を離した真帆からのストレートが俺を襲う。  
まあ、小さい頃から受けてきた攻撃なので、軽く受け止めた。  
 
「目つぶれって言っただろ!」  
「やること言ってからしろよ!誰だって目開くだろ!…」  
「…」  
 
次の言葉が、恥ずかしさにせき止められて出てこない。  
恐ろしく顔が熱い。まあ真帆も顔真っ赤なのだから、お互い様だ。  
目さえも合わせられない状況で、真帆の声が飛び込んできた。  
 
「…な…ナツヒ!  
お前はお前でいいんだよ!お前の事、こんなふうに思っている奴もいるから!  
だから、えとっ…別に…!  
別に、もっかんを追わなくてもいいんだよ!」  
 
心のおもりが外れていくような感覚。  
上せた頭じゃ、その言葉の意味を理解する事が出来なかった。  
それでも。とても嬉しい言葉だった。  
 
が、対する真帆は赤い顔を更に真っ赤にして動揺していた。  
 
「…っ!別にそんなんじゃないからな!  
ただ、その…ライバルがへたれてたらいろいろ駄目だろ!?  
あたしのライバルとして、そんなの許さないっていってるんだよ!  
…だから、えと…ああもうカユイ!もう一戦だ!もう一戦!」  
 
その理由は分からないが。  
「…ああ」  
 
追求する必要も無かった。  
 
結果は逆転して、俺の完勝。  
あたりまえだ。本調子で真帆なんかに負けるか。  
 
「ち…チキショー…」  
「当然だろ。経験が違う、どれだけ俺がバスケやってきたと思ってるんだ?  
お前じゃあと二年ぐらいしねーと、勝負にすらならねぇよ」  
「なんだとコノヤロー!」  
 
そんなことを繰り返す内に、外は既に暗くなっていた。  
 
「げっ…」  
「…あほ」  
 
そうして、俺たちは体育館を後にする。  
 
 
「真っ暗じゃないかよー!太陽のばかやろー!」  
「知るかよ。お前が早く帰ればよかったんだろ」  
 
最も、真帆が居なければスランプの解消は出来なかった…わけじゃない、という事もない。  
しかし、ここまで暗いと変なのが出てもおかしくないな…あのロリコンとか。  
 
「…一緒に帰ってやるよ。お前が家に帰れなくて、後で面倒な事になるのは嫌だしな」  
「ん…なんだよ、お前なんか居なくても一人で…!」  
 
嘘つくな。無理なくせに。  
 
「…そっか、ナツヒ!怖いのはお前なんだろ!  
それじゃあ一緒に帰ってやらないとなー!…っておい!待てよー!」  
 
このまま続けても、話が終わらない。無理やり中断することを選んだ。  
 
街灯と、家の窓から漏れる光で照らされた通学路。  
 
「なあナツヒ」  
 
そこで、真帆の話が切りだされた。  
 
「なんだよ?」  
「お前に教えてやろうと思ったんだ。あたしが、バスケに興味を持った理由」  
 
そんなの知っている。  
 
「…湊だろ?」  
「いや。もっかんはきっかけ。  
飽き性があるじゃん、あたし。どうすればいいのか考えたら、物凄く高い目標になる人の下で始めよう、って思ったんだ」  
 
返った答えは俺の予想を裏切る物だった。  
湊じゃないとしたら、何がきっかけになる?  
 
「…やっぱやめた」  
 
が、続く声はまたもや期待を裏切る物。  
 
「ふざけんなお前!そこまで言ったら気になるだろ!」  
「うるせー!やっぱやめたんだからやっぱやめたんだ!文句言うな!」  
 
 
そうこうする内に、既に真帆の家の門までたどり着いていた。  
ここで真帆を見送るのは久しぶりかもしれない。  
 
「…じゃあな」  
「…ナツヒ。今日のこと、ぜったい誰にも話すなよ!はずいから!」  
「分かってるって」  
 
一気に玄関まで駆けていく真帆の背中を見届けてから、俺も家路につくため振り返る。  
「ナツヒー!また一緒にバスケやろうなー!」  
 
走りだそうとしてたのに。くそ。空気読め。  
白けたので、やはり歩いて帰ることにした。  
 
浮かんでくるのは、放課後の事。  
 
真帆の言葉を思い出していく中で、ひとつの疑問符が浮かび上がる。  
 
「へたれてる時のナツヒに勝っても意味無い!」  
 
へたれてる…要するに、不調だと言うこと。  
あの時、俺はまだ俺が不調だなんて話してないはず。  
あいつも最近は部活に首突っ込む事が無かったから、俺が不調だという事を知らないはず。  
 
 
…ってそんなことよりも。  
 
冷めた頭で考えなおしてみれば…  
 
 
「こんなふうに思っている奴」ってどんなふうに思ってるんだよ!?  
 
まさか、告白ととっていいのか、これ?  
待て。真帆だぞ?そんなことあるわけ…  
でも…好きでもなんでもない奴に、キスなんてするか?  
 
 
くそ、真帆め。こんなところまで、俺を振り回しやがって。  
 
 
でもかなり重大な問題かもしれない。  
 
もういい。寝てから考えよう。  
 
 
…やっちまった?  
やっちまった。  
 
脳裏に浮かぶのは、体育館に入る前、  
丁度飼育の仕事も終わって、帰ろうとしていた時だった。  
 
 
「おーい、三沢!」  
「ん?たしか男バスのやつだよな?どうしたんだよ?」  
「いや…最近、タケになにか無かったか?」  
「へ?なんで?」  
 
「…あいつ自身に、俺から聞いたって事言うなよ。  
あいつ、最近不調っぽいんだよ。でもあいつも何も話さないんだ。  
三沢は確かタケと仲いいんだろ?なんか知ってるんじゃ無いかと…」  
 
「べっ…別に仲がいいわけじゃねーよ!あんなヤツ!」  
 
「はいはい…でも、できれば励ましてやってくれないか?  
…お前にとっては、敵に塩を送るようなもんかもしれないけど」  
「は?なんで塩?」  
「…悪い。分かるわけが無いな。  
でも、行ってやってくれ。あいつさ…  
確か…袴田の事が好きな筈なのに、暇さえあればいつもお前の話してくるんだぜ。  
不調を治すまでは出来ないかもしれないけど、お前にならあいつも理由を話すかもしれない」  
 
あんときは、「せっかくだから、あたしはこの体育館で練習していくついでにナツヒいじりをするぜ!」  
とかなんとか思ってたはずなのに。  
 
その結果が、これ。  
ナツヒはこの事、どう思ってるだろう?  
結局はっきりさせてないし。てか、あいつ気づいてなさそうだったし。  
 
「あのこと」も、伝えられなかったし。  
 
ナツヒ。  
あたしがバスケに興味を持ったのは。  
お前が、楽しそうにバスケしてたからだぜ?  
 
久々に、この事を思い出したような気がする。  
明日、もう一度もっかんに「ありがとう」って伝えよう。  
ナツヒと同じ事が好きになれたのは、もっかんのおかげだから。  
 
でも・・・・本当に、ナツヒはどうしよう。  
あいつがすばるん並に鈍感なら、こんなに気を使うことも無いのに。  
 
「へっへん!キスの1つや2つでパニクるなんてナツヒも子供だな!」  
こんな感じで行けば…  
 
ま、いいや。寝てから考えよ。  
 

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