「どうしよう・・・・・・長谷川さん来てくれるかなぁ・・・・・・」
わたしは今、長谷川さんと約束の場所に向かっている。
そう、今日は長谷川さんとデ、デート・・・の日なのだ。
きゃああ、言っちゃった・・・・・・男の人と二人でどこかに行くなんてこと初めてだし。
どうしていいか分からなくて・・・でも長谷川さんはいつも優しいから、きっと大丈夫。かな。
先週の練習の時、私がお魚を飼っている話が出て、ちょうどチケット余っているから水族館行かない?って長谷川さんが言ってくれたから。
始めはビックリしたけど、長谷川さん、前も私の事大切に思ってるって言ってたし・・・・・・えへへ。嬉しかったな。
そんな事を考えていると、待ち合わせ場所の駅前に到着した。えっと、目印は確か・・・時計、だったかな。
ちょうど視線の先に高く伸びる時計を捕らえると、まっすぐに進んでいった。
「やあ、愛莉。遅れてゴメンね」
「・・・っ!」
時計の下に到着した瞬間。後ろから声をかけられて振り返った。そこには普段とは少し違った長谷川さんが立っていた。
ちょっとラフな格好だったからかな。私服・・・カッコイイかも。
「いいえ!私も今来たところですし!全然大丈夫ですよっ!」
「じゃ、行こうか。愛莉!」
慌てぶりを隠せずに答えた。私は顔が熱っぽくなるのを感じながら長谷川さんの横に並んで歩き出した。
周りの人からはどう見えてるのかな・・・・・・やっぱり・・・かの、じょ?かな。えへへ。
そんな二人の後方50メートルに二つの影があった。
「きひひ、すばるんのやつ、うれしそうだなー。どうする?もっかん」
「ふえっ!?わ、わたし?」
八重歯を見せニタニタと笑うツインテールの少女、三沢真帆と、赤いリボンを髪の左で結んだ少女、湊智花だ。
「モタモタしてるとアイリーンにとられるぞー」
「そ、そんな。取られる・・・・・・なんて」
智花は心配な気持ちを隠せずにいた。昴と智花は毎日朝練する仲だ。そんな昴が簡単に愛莉になびくわけがないと。
「アイリーンはあのチチがあるからなー。あれにかかったらすばるんもイチコロってサキが言ってたぞ」
「っ!?」
鈍い衝撃が智花の後頭部を襲う。そうだった。智花になくて愛莉にあるもの。それはあの豊満な二つの・・・・・・
「そ、そんなことはないですっ!わたし、ちょっと見てきますっ!」
智花は決意を新たにすると、昴と愛莉の後ろに近づいて行った。
それも完璧に二人からは死角をキープしながら。某スネークも真っ青なステルスっぷりだ。
「あ、おい。もっかん!!」
制止したときには、もう智花は追跡を開始していた。・・・・・・プロだ。
真帆は口をぽかんと開けて立ち尽くすしかなかった。
「長谷川さんっ!アレ!あれ見てくださいっ。オオサンショウウオ。かわいいー!」
「はは、そうだね。愛莉」
俺と愛莉は水族館の中を歩いていた。今、ちょうど小型類?のゾーンに来たところだ。
入場して以来、ずっと愛莉は興奮しっぱなしで、俺はその後をついて行くのが精一杯だ。
はは、こうしてみると本当に愛莉は小学生なんだな。と再確認させられる。
いつもはチームのセンターとして、その類い希無い才能を発揮しているが、いまは可憐なただの女の子だ。
「愛莉、そろそろお腹空かないか?ほら、時間も丁度12時だしさ。昼ご飯にしない?」
「そうですねっ。私は長谷川さんの好きなものでいいですよっ」
満面の笑みをたたえながら答えた。うん。本当に可愛いな。
ちなみに今日の愛莉の私服は赤いチェックのワンピースにニーハイソックスを組み合わせたシンプルなものだ。
だが、特筆すべきポイントである長躯も手伝って、愛莉の可愛さがいっそう引き立っている。
「じゃあ、あそこのレストランに入るか!」
「はいっ!」
とりあえず近くに何でもありそうなレストランがあったので入ってみる。まぁ、館内だとあまり選択肢は無いのだが。ここなら愛莉の嫌いなものも無いだろう。
ガタッ
「ん?」
今、後ろからなんか聞こえなかったか・・・。と思って振り返ったが誰もいない。来館客が数名あるいているだけだ。
(気のせい。か)
俺は気にとめることなく、レストランへと向かっていった。
レストランは休日ということもあってか、家族連れでかなり混雑していた。
幸い、二人が座れる席はあったので俺たちはすぐに案内された。
着席すると、さっそくメニューを広げてみる。水族館ということもあってか、メニューにシーフードが多い。
本物の魚を見た後に魚料理とは・・・・・・ちょっとリアルな現実を見てしまった気分だ。
「私は・・・・・・これに決めました。長谷川さんはどれにするか決めましたか?」
魚好きの愛莉の事だからシーフードは大丈夫なのかと思ったが、どうやら決まったようだ。愛莉が指さしたのはシーフードミックスカレーだった。
イカやエビ、ホタテなどが入っているカレーで、とても美味しそうだった。
「そうだな。じゃあ俺はこの白身魚フライ定食にするよ。」
と、一番無難な選択をした。揚げ物だしハズレは無いだろうと。
とりあえず店員を呼んで注文した。その時に出された水を飲んでいると、愛莉がやけにそわそわしている事に気がついた。どうしたんだろ。顔を赤らめて。
「あのっ・・・長谷川さんは・・・・・・私と居て楽しいですか?」
「そりゃあ。もちろん楽しいよ。愛莉みたいな素敵な女の子と一緒に過ごせるなんて。ね」
「ふえぇぇ・・・・・・ありがとうございますぅ・・・・・・」
愛莉は頬を赤らめ頭を垂れてしまった。って、いかんいかん。この前も愛莉に勘違いさせるような事いって迷惑かけたじゃないか。
それに智花にも同じような事を言った気がする。
「あの・・・」
「私。長谷川さんをずっと見てたんです。私と長谷川さん、身長が同じくらい・・・・・・ですから。だから、長谷川さんのパートナーとしてバスケがしたいなって。ずっと」
訂正しようと口を開いた瞬間、愛莉が言葉を紡いだ。
愛莉の口から自分の身長の事が出てきた事が驚きだが、それ以上に成長している事に感激した。
迷いのない瞳でこちらを見つめる愛莉の頭にそっと手をのせ、サラサラの髪を撫でる。
「ありがとう。愛莉。俺、愛莉の期待に応えられるようなプレーヤーになるよ」
「えへへ・・・くすぐったいです」
いかん。ちょっと長く手を置きすぎたか。愛莉がこんな事言ってくれるなんて・・・ホントに感激だよ。俺。
実際、愛莉の成長速度には目を見張るものがある。うかうかしてると俺なんて簡単に追いつかれそうだ。だから俺も、もっと上手くなるようにならなくては。
「長谷川さんはいつだって私の目標ですよっ」
屈託のない笑みを見せる。嬉しいな。そんなに慕ってくれるなんて。・・・・あれ。でもこんな事、前にも誰かに言われたような・・・・まぁいいか。
ちょうど注文した料理が運ばれてきた。フライは揚げたてで美味しそうだ。
愛莉はいただきますをすると、一口、シーフードとカレーを口に含んだ。
「おいしいですっ」
興奮した様子で言った。ココを選んで本当に正解だったな。愛莉に満足してもらえて。
俺の白身魚フライ定食も美味しいし。
「ありがとうございましたー」
食事を済ませ、会計を終えると、店員のお姉さんが笑顔で送り出してくれた。なかなかサービスの良い所だったな。
「さて、これからどこに行こうか」
「そうですね・・・まだ、まわっていないところは・・・・・・」
パンフレットを取り出して、しばし逡巡。そして決まったようで、行きたい所を指さす。
「じゃあ行こうか。愛莉・・・・・・・・・・・・えっ!」
俺は硬直した。そして自分の目を疑った。愛莉の向こうに居た子。髪を左で結んだ女の子――智花。
「智花。どうしてここに?」
「えっ?智花ちゃん?」
愛莉も慌てて振り返る。そこには一人佇む智花が数メートル先に居た。
「昴さん?偶然ですねっ。私もお魚見たいなって思って来たんです」
智花はやけに嬉しそうな声だ。どうしたんだろう。
そんなに水族館に興味があったなんて・・・早く言ってくれれば智花も誘ったのに。
「智花も好きなんだ。水族館。それなら・・・・・・・どう?一緒にまわらないか?」
「はいっ!いきますっ!」
即答だった。何故か胸の前でガッツポーズをしている。なぜだか分からないけど。
まぁ、いいか。とりあえず智花に行きたい所を聞いてみるかな。
「智花。どこか見たい所とか、ある?」
「ふえっ・・・・・・あの、その・・・・・・海底トンネルに行きたいですっ」
海底トンネルか・・・・・・確かトンネルの上を魚が泳いでいるという、この水族館の名スポットだったはず。
智花らしい、ロマンチックな場所だな。
「よし、じゃあ行こうか!智花!愛莉!」
二人の威勢の良い返事が聞こえると、目的地に向かって歩き出した。なぜか智花が愛莉の斜め後ろの位置をキープしながら歩いていったけど。
「わぁー綺麗ですー」
「本当に・・・・・・幻想的な光景だ」
海底トンネルは本当に海底トンネルだった。と、言ってしまえば訳ないが、上を大小さまざまな海洋類が泳いでいく様は幻想的で、しばし言葉を忘れる。
「・・・・・・」
ふと、智花の方に目をやる。智花も上を向いている・・・・・・が、その視線がちょっと斜めを見ている・・・というか、何故か愛莉の方を向いている。
ような気がする。
気になる・・・だけど、俺は頭上の幻想に心を奪われていたので、そんな疑問は簡単に頭の中から霧散した。
しばらく、言葉も無く歩く3人。言葉はなかったけど、皆、感じていることは同じに違いない。来て良かった。
愛莉も喜んでくれた見たいだし、智花とも意外な所で会えた。
再度、智花の方を見る。・・・・・・・また愛莉を見ている。どうしたんだろう。
愛莉の体に何か変なものでも付いているのか。と、愛莉を見てもいつもと同じだ。
海底トンネルに入って、ずっと愛莉の方を見ているのかな。
「あぅ・・・もう出口に着いちゃいました・・・」
残念そうに愛莉が前方を向く。結局、何度も考えを巡らしても、答えが見つからないまま出口に着いてしまった。
・・・・・・まぁ、今度、練習の時にでも聞いてみるか。
「おーい!もっかん!すばるん、アイリーン!」
一通り見たし、時間も時間なので水族館を出ると、出口に居たのは慧心女バス一の元気娘、真帆だった。
「真帆も来てたのか。一緒にまわれば良かったのに・・・・・・」
「いいやー。もっかんを迎えに来ただけだしー。それにすばるんはアイリーンとデートだしなっ!」
なぁ・・・その誤解を招くような発言。公衆の面前ではやめてくれないか。愛莉は既に赤くなっている。まるでゆでダコだ。
そんなこんなで、俺たちは解散して帰路についた。
智花と真帆はなんか用事があるみたいで、二人でどこかに消えた。仕方ない・・・俺が愛莉を家まで送っていくか。
「で、どうだった?もっかん!?ミッションコンプリート?」
「う、うんっ!すごかった!愛莉のムネ。前より成長してたよっ!」
歩きながら、智花は興奮した様子で答える。
「それに・・・・・・昴さん、入場してから34回も愛莉の胸見てた・・・・・・やっぱり、大きい方が好み・・・なのかなぁ・・・・・・」
しかしすぐに自分の胸を見て項垂れる智花。真帆はそんな智花の肩を組み、笑いながら言った。
「心配するな!もっかん!うちのザイリョクをもって世界中から”ムネの大きくなる薬”を探してくる!うしし、これですばるんもイチコロさっ!!」
「ありがとう・・・・・・真帆。真帆にはいつも世話になりっぱなしで・・・本当に何てお礼をしたらいいか・・・・・・」
真帆が気にするなとばかりにガッツポーズをした。
道の先には夕日。オレンジ色の光が二人の顔を照らしだし、彼女たちの明日を染めていくようだった・・・・・・