「さて、改めて自己紹介といたしましょうか」
七芝高校を出て、俺たちは駅近くのハンバーガーショップにいた。
四角テーブルの一辺すつに俺と葵と万里と、もう1人、ビジネスマン風の男が座っている。
残念ながら、一成は塾のため先に帰宅してしまった。
「一条伊織と言います、七芝高校のOBで年齢は26、みなさんより一回り程度年上になりますね」
言いながら、手にしたハンバーガーのつつみを解いていく。
口調といい、動作といい、俺たちも同じことをしているのに、なんというか妙に落ち着きが感じられる。
なるほど、これが大人か。
「先ほどは、勝手に話を進めてしまい申し訳ありませんでした」
「い、いえ、そんな、こちらこそ助けていただいてありがとうございます」
頭を下げられて、あわててこちらも下げ返す。
強引でも、努力すればなんとかなる位置まで交渉してくれたのはこの人なのだ。
「その、一条さんは、どうして校長室にいらっしゃったんですか?」
おずおずと言った感じで葵が聞く。
そういえば、一条さんって校長室の隣にある応接室から出てきたんだよな。
「まぁ……かっこわるい話ですが、就職活動の一環で、母校を訪ねていまして」
ん? 就職って、この人もう26歳って、さっき自分で
「以前の勤め先をクビになりましてね、無職なんですよ、私」
微妙な空気が流れた。
こういう場合ってどう言えばいいんだ?
ごめんなさいって言っといた方が、でも余計にバカにした風に聞こえるんじゃ……
あ、葵から俺と万里に困り顔でアイコンタクトが飛んでる、どうしろって言うんだ。
「いえ、お気になさらず、私の無能で皆さんを困らせてしまっては、それこそ謝罪のしようがない」
石化しかけていた俺たちを、一条さんが解除してくれた。
校長室の振る舞いといい、紳士な見た目と態度といい、こんな人がなんでクビになったんだろう?
大人の世界ってやっぱり怖い。
「まぁ、結果的に母校への求職願いはふいになってしまいましたが……
けれど、あんな外道な手段を良しとするようならこちらから願い下げです。それより、未来を見据えた建設的な話をしましょうか」
穏やかな表情で一条さんが発した言葉に、逆におれたちの表情が引き締まった。
就職の可能性を棒に振ってまで、この人は見ず知らずの俺たちに加勢してくれた。
ならば、応えるしかない、その心意気に。
「すいません、本当にありがとうございます、一条さん。きっと、バスケ部を再興してみせます」
バスケ部は四月に続いての、もしくはそれ以上の危機だったのかもしれない。
ということは、一条さんは智花やミホ姉と同じくらいの恩人だ。
迷惑がられるかもしれないけれど、是非試合を見てもらいたいと思った。
あなたが救ってくれた存在は、もっと大きくなると見せ付けたかった。
それには、まず
「近いうちに、どっかで優勝でもしないとな」
万里が気合が入った表情で言った。
差し当たっての目標は、バスケ同好会がバスケ部の礎になれることを証明するための実績。
どこかで都合よくバスケ大会でもやってればいいのだけれど。
「おや、これなどちょうどいいのではないですか?」
「え? あ、ほんと、賞金まで出るんですね」
「へぇ、こいつは渡りに船ってやつだな」
……、都合よく転がってた。
たまたま一条さんの側の壁に張られていたチラシには『参加者募集!地域振興バスケットボール大会!!』とでかでかと書かれている。
「地域振興バスケ大会ですか、年齢規定もプロアマの枠もないようですね」
「つまり、無差別級のガチンコ対決ってわけか」
「男女でわけられてないなら、私も出られるし、まさにうってつけですね、これ」
「ちょ、ちょっと待って、まだこの大会がどんな規模かわからないじゃないか」
目の前の大会にやる気を見せる2人に静止をかける。
もし規模として小さすぎれば、やっぱり遊びだなどといわれかねない。
「いえ、どうやらその心配はなさそうですよ」
気づけば、一条さんが携帯電話を片手に大会の情報を集めていた。
「高校バスケのOBや学生時代にバスケ経験のある社会人などが主体のようです、このような地域大会としてはかなりの質でしょうね、逆にこれ以上にうってつけの大会は他にないのではないでしょうか?」
すっ、と切れ長の瞳が俺を見据えた。
「開催はおよそ一月後、出場枠がいっぱいになればそこで締め切りですから、出るつもりなら急いだ方がいいかもしれませんね」
「おっし、やるぜ昴!」
「うん、やってやろうよ昴!」
三者三様に、俺に了解を求めてくる。
それならば、俺も反対する必要はない。
「そうだな、よし、やってやろう!」
目的がわかりやすい形に変化したことで、自然と力が入ってきた。
おそらく強豪揃いになるだろうが、負けるわけにはいかない。
俺と葵と万里が力を合わせれば、きっと……ん?
「あの、すいません、その大会って3on3じゃ、ないですよね?」
「いいえ? 通常のバスケットボールルール、と書いてありますね?」
ぴたっと、俺たちの動きがとまった。
「あと1人、どこかから補充しなくてはいけませんね」
違います、あと2人です、一成はまず戦力にならない。
「公式大会ではありませんから、同じ高校である必要はありません。ただし学校側に実績として認めさせるには助っ人と受け取られる人員は薦められません。できれば、数合わせの足手まといと思わせるくらいがいいでしょうね」
いきなりハードルが上がった気がする。
それはつまり、同年代にチームに入ってもらった場合、それが助っ人と受け取られて約束を保護にされる可能性もあるということか。
高校生以上は駄目。できれば中学生、もしくは、さらにその下……
「ねぇ、昴、それしかないんじゃない?」
同じ結論に至ったらしい葵が、こちらを見てにやっと笑った。
「あの子たちの力を、貸してもらいましょう」
小学生。それも、女子。
どう考えても、足手まといにしか思われない助っ人。
「そう、だな」
慧心学園初等部、女子バスケットボール部。
戦力として以上に、彼女たちが加われば何よりも心強い。
力が入る、負けられない理由がもう一つ増えた。
「よし、やるぞ!」
「「おーー!」」
こうして、七芝高校バスケットボール同好会の初陣が決まった。
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「ふーん、なるほどねぇ」
「そういう、わけなんだ、ミホ姉」
葵たちと分けれて、俺がまず向かったのはミホ姉のところだった。
実戦に飢えている子どもたちのことだ、おそらく試合と聞けばすぐに首を縦にふるだろう。
けれど、学校外の活動にバスケ部を参加させるのであれば、誰よりも顧問であるミホ姉への説明と承諾が不可欠だった。
「まぁいいさ、他ならぬ昴の頼みとあらば、顧問として了解してやるよ」
「え、いいの、か?」
「もちろん、試合の時は私も同席させてもらうよ、危険があればなにがあろうとコートから引きずり出す」
それに、とミホ姉が付け加える。
「あんたのために戦える機会があるのに私が反対した、なんてあの子たちに知れたら、一生恨まれそうだしね」
「ミホ姉……」
その言葉が、ジンと胸に響いた。
子どもたちの信頼に応えたいという気持ちがさらに大きくなる。
負けられない、終れない。バスケへの情熱を取り戻させてくれた智花のために。
そして廃部の危機を救ってくれた一条さんのためにも。
「そういえば、その一条って人はどこ行ったの?」
「ああ、学校に戻ったよ、バスケ同好会が参加する大会が決まったから、いっそ正式な書類でも作ってもらうとか言ってた」
「……わざわざ大見得切って出てきたとこに戻ったの?」
訝しげなミホ姉の視線に、隠すのを諦める。
いや、別に隠す必要はなかったんだけど、なんというか、一条さんのかっこ悪いところをあまりいいたくなかったので、意図的に省いていた部分。
「うーん、実は一条さん求職中で、七芝高校へも就職活動で来てたらしいんだ。それで途中で出てきちゃったもんだから、履歴書とか置いてきたみたいで、それを取りにどちらにしても一回戻らなきゃいけなかったみたいで」
「……ふーん」
ミホ姉が怪しんでいる。
おかしい、もう何も隠し事はないはず……。
「あ、あの、ミホ姉?」
「んにゃ、まぁ言っても仕方ないしな、頑張れよ昴」
「? あ、ああ」
その日は、さらにできる範囲での対戦相手のデータ集めなどをミホ姉に協力をお願いして帰った。
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そして翌日。
慧心学園初等部女子バスケットボール部の練習日。
智花にだけは朝練の際に試合のことは伝えてあったが、改めて全員に聞いてみる。
「みんな、練習前に聞いてもらいたいことがあるんだ――」
事の詳細と、みんなへのお願い。
「やります!」「もちろんでますよ」「やっるぞー!」「おー、がんばるー」「が、がんばります」
全員、快く返事してくれた。
本当に、俺にはもったいないくらいにいい子達だ。
その日の練習は、いつにもまして気合が入った。
正直、不安は大きい。
こちらの戦力は3人。あと2人を小学生で補わなければならない。
それに対して、敵は俺たちよりも年上がほとんどだろう。
勝ち目は薄い。
でも、その無理をひっくり返すことが楽しいんじゃないか。
「頑張ろうな、智花」
「ふぇ!? は、はい!」
練習の仕上げに行った、3対3でのミニバスケ。
ゲーム開始のパス交換をしながら智花と言葉をかわして、俺はボールをつきはじめる。
大丈夫、負けやしない、絶対に。
□視点変更 〜 一条伊織
「長谷川昴は、強いですよ」
一枚の紙っぺらを手に、私は抑揚なく言葉を紡ぐ。
「身体や技術の問題ではありません、言うなれば精神や存在としての強さ、もっと単純にいえば『そういう星の元に産まれてきた』とでもいいべきでしょうか」
やはり抑揚なく淡々と。
感情など込められない、込められるわけがない。
冷静に、冷徹に行わなければ、この仕事は勤まらない。
「はい、ですから、勝つ可能性があります、その大会にも」
上原一成は戦力にならないことはわかっている。
実質3人で戦わなければならない圧倒的に不利な状況でも、あの少年ならばなんとかしてしまうのではないのかと思えてくる。
運命の女神に微笑まれていると思えない者は、確かに存在する。
理不尽とすら思える強運と、それを手繰り寄せるだけの努力。
それらを兼ね備えた者だけが、さらなる高い舞台へと登ることができる。
嫌というほど見てきた、それらの表現不可能な天性の持ち主達を。
ずっと見てきた、何人も見てきた、焦がれて見続けてきた。
だからこそわかる、あの少年は、長谷川昴は運命の女神に微笑まれるタイプだ。
「ですので、その可能性を、より高い確率で潰しておこうと思います」
その天性を、力でねじ伏せる。
いまならばまだ、あの未成熟な状態ならば、まだ可能だ。
「かまいませんよ、交換条件ですので、しっかりとこなしてみせますよ」
冷徹に、心を殺して、淡々と吐く息に音を乗せる。
「バスケットボール部は、来月には潰れているでしょう」