「嫌がらせ、ですか?」  
「はい、一応お知らせしておいた方がよろしいかと思いまして」  
 
 慧心学園初等部の体育館。  
 いつものように子どもたちに指導をして、何事もなく練習を終えた後、メイドさんが俺の元に現れた。  
 久井名聖さん、真帆の身の回りの世話をしている方で、俺も何度かお世話になっている。メイドの格好をしているのは本当にメイドだからで、別に真帆の趣味のせいではない。  
 
「旦那様が近々出展予定のファッションショーがあるのですが、それを妨害しようとする輩がもしかしたら現れるかもしれません」  
「妨害って、まさか」  
   
 まさか、真帆を誘拐してショーへの参加をやめろと脅迫したりとか……いや、真帆のお父さんクラスになるとそんなことも充分ありえるのかも……。  
 
「ですので、すばるんさま、身の回りに変化を感じたらお知らせください」  
「あ、はい……ん?」  
 
 どうして、真帆の周囲ではなく、俺の身の回りなんだ?  
 
「あの、俺の身の回り、ですか? 真帆のではなく?」  
「はい、真帆さまの周囲は常に警戒しております。他のご学友に関しても真帆さまと行動範囲が重なることが多いのである程度は……しかし、すばるんさまだけはどうしても、警備の範囲から漏れてしまうことが多くなってしまいます」  
 
 なるほど、というか警備とかしてたんですね。  
   
「デザイナーというものはインスピレーションの勝負です。言うなれば、良きデザインが作れなければその評判は一気に傾くことすらあります。さて、すばるんさま、旦那様のインスピレーションを常に刺激し、気力を沸き立たせてくれるのは一体誰だと思いますか」  
「は、はあ、そうですね」  
 
 あっけにとられながらも、少しだけ理解できた。  
 真帆のお父さんには、やはり真帆が元気であることが一番の活力になるのだろう。  
 そして、その真帆がいま一番執心しているのが、女子バスケットボール部。  
 もし部活が続けられなくなれば、真帆の元気も萎えてしまうかもしれない。  
 そのために一番ターゲットにされやすいのが、俺というわけか。  
 
「なんというか、すごく回りくどいですね」  
「はい、大っぴらに仕掛けてくることはない、というのが私どもの予想です。下手なことをすれば犯罪になりかねませんし、そこまでする気概もないでしょう」  
 
 だからこそ『嫌がらせ』。  
 そのレベルの嫌がらせがどんなものかはわからないが、要は俺がコーチを続けたくなくなるような類のものだろう。だとすれば問題ない。俺がみんなを放り出すなんて有り得ないんだから。  
 
「わかりました、一応気をつけておきます」  
「連絡先を御教えいたします、もしなにかればこちらに」  
 
 久井名さんから連絡先を教えもらい、着替えて戻ってきた子どもたちに挨拶をしてその日は解散した。  
 ミホ姉の車に乗せられて帰宅する頃には、嫌がらせの話はほとんど記憶の片隅にしか残っていなかった。たとえ、ロリコン疑惑が再燃されようとも、いまなら堂々と言える、何もやましいことなんてない。  
 俺自身がしっかりすれば、何の問題もない、と思っていた。  
   
 
 
 ――俺は、あなどっていたのかもしれない。  
 大人の世界の『嫌がらせ』を。  
 
 
 
####################################  
 
「は、廃部!?」  
 
 それは、突然に起きた。  
 校長室に集められたのは、俺と万里と葵と一成。バスケ同好会のメンバーだ。  
 室内に男子バスケ部の顧問がいた時点で、なにか嫌な予感がしてはいたが、まさかいきなり廃部を告げられるとは思わなかった。  
 
「ちょ、ちょっと待ってください! どうして今になって廃部なんですか!?」  
「何を言ってるんだ、本来は廃部のはずが、こうしてずるずる続いている方がおかしいんだ」  
 
 声を荒げる俺に、顧問はいかにも見下したように告げる。  
 
「うむ……と、いうわけでな、男子バスケットボール部を、廃部にするという話が、まとまりつつある」  
 
 対して、校長先生はどこか重苦しい、苦渋をなめるように言葉を吐き出していく。  
 
「だから! どうしてなんですか!? バスケ部は一年間の休部ということで決着がついたはずです!」  
「休部にしておくだけでも、無駄に金はかかるし仕事も増える。どうせ部員も集まらないのだし、早いうちに始末をつけたほうがお前たちのためにもなるだろう」  
 
 俺たちのためだって? 何を言ってるんだこいつは。  
 俺が、どんな思いで同好会を続けているか、バスケ部員がどんな思いで部を去らなければならなかったか! 跡形もなく俺たちの想いを踏み潰そうとして、それが俺たちのためだって!?  
 
「ふ、ふざ……っ!」  
「そ、それは横暴です! それに、部員なら、集まってきてます!」  
 
 爆発しそうになる寸前、辛うじて葵が割って入ってくれた。  
 
「嘘をつけ、同好会はこれで全員だろう? バスケットは5人でやるものだ、1人足りないぞ。おまけに男子バスケットでは萩山は勘定には入らないから実質3人か、試合にすら出られないとは、なんの意味もない同好会だな」  
 
 顧問の冷静な切り返しに、葵が言葉につまった。  
 七芝高校に男子バスケ部は存在しない、それがもう生徒の間では当たり前になってしまっていた。  
 ああ、そうだよ、他の元バスケ部も、もう他の部活に入っていて満足に勧誘すらできていない。  
 
「確かに、部活動なら人数不足は問題でしょう、けれど同好会は別なはずです。ちゃんと活動していますよ」  
 
 思わぬ方向からの援護、一成が教師の言い分に反抗してくれた。  
 あまり期待していなかったぶん、驚きと同時にすこし嬉しさがこみ上げてきた。  
 そう、俺たちはまだバスケを諦めてただ遊んでたたわけじゃない。  
 
「ま、まぁ同好会としては意味があるのかもしれんが、な。だが部活としては……」  
「新入生が入ってくるかもしれないだろ!? なんでそんな無理やり廃部にしようとするんだ!」  
 
 万里のでかい声が顧問の言い分をさえぎる。  
 でも、そのとおりだ。どうして今になって急に――  
 
「まさか、これが、嫌がらせ、なのか?」  
 
 まさか、とは思う。けれど、有り得ない話ではなかった。  
 
 
「と、とにかく、バスケ部は廃部に――」  
「校長先生! どうしてなんですか!? おかしいですよこんなの!」  
 
 葵が、泣きながら抗議してくれている。  
 万里も、一成でさえ憤りを感じている。  
 でも、もしこれが、大人の世界の嫌がらせなら、元から校長先生に拒否権はない。  
 おそらく、もっと上の、理事長とかその辺りが、休部中の部活動を廃部にしてくれと頼まれてなにか見返りを渡されていたら、もう俺たちがどれだけ現場で叫んでも、声は届かない。  
 
「ちょっと、昴! あんたなんで黙ってるのよ!」  
 
 ふっと、冷静になって見れば、校長先生も随分苦しい表情をしている。おそらく、この人もこんな理不尽なやり方に内心では納得できていないのだろう。  
 
「お、おい、昴! どうした、しっかりしろ! 遠い目をするな!」  
 
 ならば、俺たちがいくらここでわめいても決定は変わらない。もっと何か、別な方法を――  
 
 
 
 
 
「校長先生、その決定はいささか強引が過ぎますね」  
 
 
 
 
 
 不意に、まったく別の方向から声がした。  
 校長室と扉一枚を隔てた応接室。  
 その男の人は、そこから現れた。  
 
「い、一条、お前」  
「失礼いたしました、聞こえてしまったもので」  
 
 顧問が慌てた様子でたしなめるが、まるで相手にしない。  
 
「さて、その廃部に関する案件ですが、彼らが言うようにせめて来年の新入生の時期まで待って、部員が揃わない時点ではじめて議題に上るべき案件です。  
 しかも休部という措置を学校側で決めておきながら、その決定を自ら覆すのですか? 教育の面からいっても、あまりよろしくないですね」  
 
 その男の人は、年はたぶんミホ姉の実年齢よりも少し上くらい、万里ほどではないが背は高く、スラッとしたアスリート型の体型にスーツがよく似合っていた。オールバック気味の髪型もあわせて、どこかやり手の営業マンといった雰囲気だ。  
 まったく予想もしなかった人物の登場に、しかも擁護に俺たちは誰もついていけなかった。  
 
「ああ、それでも廃部にしたいのであれば廃部が是か非かアンケートでも採りましょうか? OBOGにも結構顔が効きますから、まとめ役もやりますよ?」  
 
 いつの間にか、場を支配しているのは、一条と呼ばれたビジネスマン風の男だった。  
 冷静になればわかる、校長先生の言っていたことは、実はまったくの理不尽だ。けれど、高校生の俺たちではその理不尽に飲み込まれそうになった。  
 だから、この人は、同じ立場の……大人の立場から話せるように割って入ってくれたんだ。  
 
「それとも、一度問題を起こしたバスケ部は信用できない、だから彼らも信じられない、そして彼らが作ったバスケ同好会も信じられない、そういうことですか?」  
「い、いや、そういうわけでは、ないのだが」  
「ならば簡単です、バスケ同好会が問題なく活動できており、来年再開するバスケ部の礎であることを証明できればよいのでは、ないでしょうか?」  
「それは、まぁ……」  
   
 段々と、話の着地点が見えてきた。  
 
「では、バスケ同好会には実績を作っていただきましょう、バスケ部として活動しても恥じぬような実績を、そうですね、一月程で」  
 
 そして、なんでもない風に、さらっと最後の一言を付け加えた。  
 
「元々無理はそちらにあるのです、ぐずる相手に不利な条件で勝負して負ければ廃部という約束を取り付けた、報告としてはそれで成り立つのではないでしょうか?」  
 
 そのまま、校長室から出て行ってしまう。  
 最早、話なんてできる雰囲気でもなく、俺たちもそのまま後を追って退出した。  
 
   
 これがその人との最初の出会い。  
 俺の高校バスケ二度目の危機に現れた、智花とは対極の人物。  
 一条伊織との出会いだった。  
 

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