「よう、遅かったな。で、お土産は持ってきたか−?」  
「持ってきたよ。ほれ」  
 手に持ったタッパをひょいと放り投げる。放物線を描き、ちょうどミホ姉の手のひらに入る。  
「ナイッシュー」  
 早速、手に取ったタッパを開き、シチューを口に運ぶ。走ってきたので、まだ湯気がでているほど温かい。  
「これこれ、美味しいんだよなー」  
 目的のブツにありつけて大層ご満悦のようだ。ってことで、本題に入るとしますか。  
「で、相談って?」  
「あ、ああ。実はさ・・・・・・明日から真帆と同棲することになった」  
ブブーー!!  
「うわっ!汚ねぇ。なにするんだよ」  
 思いっきりシチューが俺のパーカーに付いてますが!わざわざ90度首を曲げて俺の方を向いて吹き出すとは・・・わざとですか!  
「にゃはは、いやーここは驚いておくべきかなと」  
 悪びれる様子もなく、八重歯を見せ笑うミホ姉を横に、付着したシチューの処理にかかる。まったく・・・とれなかったらどうするんだ。  
「ったく・・・・・・そういうことなんだけど、真帆の担任として、叔母として、ミホ姉には早めに言っておかないといけないと思ってさ」  
 ミホ姉はゆっくりと手に持ったタッパを置き、窓の外に視線を向けた。そとは雲一つない星空だ。  
「ああ、多分、そうなるんじゃないかなって思ってたぞ。私は。お前が真帆とそういう関係になったときからな。まったく、この幸せ者が・・・・・・全国のロリコンが羨ましがるぞ」  
「なんだよそれ」  
 ぷっ、と笑い出す俺とミホ姉。そうだよな。ミホ姉はいつも教師である以前に、子供たちの味方だ。小学生と高校生が付き合うなんて、教師的にはアウトだけど、学校内では取りはからってくれているらしく、今のところ問題は起きていない。  
 本当に、こういうところは頼りになるんだよな。普段はアレだけど。  
「それで、荷物、持って行っちゃったから、今日はここに泊めて欲しいんだけど。いい?」  
「おう。構わんよ私は。むふふ・・・・・・覚悟の上で、なら・・・・・・」  
 ・・・・・・なんか最後、さらりと怖いこと言ってたぞ。でも背に腹は代えられないからな。無事でいられる事を祈って、明日を迎えよう。  
 
 
 そして、次の日。  
 朝、ミホ姉の部屋を出ると、学校に向かって歩き出した。が、足取りは重い。葵が何というか・・・・・・そればかりが心配だ。  
 ちなみに今朝は床にうつぶせになったまま窒息しそうになり目が覚めた。  
 夜中、無防備に寝ている俺にミホ姉が最近覚えた技を試したのが原因だ。つまり実験台にされたのだ。俺は。  
 でもまぁ、泊めてくれたので、言及はしなかったが・・・次やったら全力で返り討ちにしよう。俺も以前の俺ではない。できるはずさ。たぶん。  
 などと考えているうちに校門に到着。始業開始ギリギリだったせいか、周りに歩いている生徒はまばらだ。  
 俺も急いで上履きを履き替え、廊下を早足で歩いていった。校舎の窓から差し込む朝日が眩いばかりに少し目を瞑る。  
 
「ふぅ、何とか間に合ったな」  
 教室のドアを開けると、いつもの始業開始前の光景がそこにはあった事に安堵すると、自分の席にカバンを置く。  
以前ならこれくらい走ると息がきれたはずなのに、ちょっと体力上がったかな・・・・・・それとも今日という重大な日に興奮しているのだろうか。  
 そんな高まりを胸にしたとき、始業開始のチャイムが響き渡った。  
 
「もー、そんなんじゃないって」  
「真帆ちゃん、長谷川さんと遂に・・・・・・きゃあっ」  
「ふふっ、隠してもムダよ。真帆。こっちは全部お見通しなんだから」  
 昼休み、真帆と愛莉、紗季は教室でお昼ご飯を食べていた。  
智花とひなたちゃんは昼休みになるとどこかに行ってしまった。だから今日は3人で昼ご飯だ。  
「真帆、今日の放課後、長谷川さんとデートでしょ?アンタが私たちの誘いを断るなんて珍しいし。ましてや巨大パフェを食べに行こうなんて誘い、ちょっとやそっとの事じゃ・・・・・・つまり長谷川さんしかない。と」  
 見事な推理である。正にその通りで、今日は放課後、駅前で昴と待ち合わせをしているのだ。もちろん、別荘に二人で行く為に。  
ちなみに紗季が誘ったのは最近商店街に出来た、巨大パフェをウリにしている喫茶店だ。リサーチも兼ねて、行ってみたかったらしい。  
「な・・・・・・あんだよーサキ。いいじゃんか・・・・・・すばるんとは・・・い、いいなずけ、なんだし」  
 徐々に語尾を弱めていく真帆の様子を仕方ないな、といった表情で見つめる紗季。  
一方愛莉の方は、ずっと顔を赤らめたままだ。どうやら脳内妄想に浸ってるらしい。  
「まぁ、仕方ないわねー。なんていったってい・い・な・ず・・・・・・」  
「うわー!やめろよサキー!!恥ずかしいじゃんかー」  
 
 と、三者三様の昼休みが過ぎていった頃、残りの二人、智花とひなたちゃんは屋上に居た。本来、屋上は生徒立ち入り禁止で、ドアも閉まっているはずだが、持ち前の身体能力を生かし、窓から外にでて屋上へと出たらしい。  
「ここなら大丈夫・・・誰もいないし」  
「おー、ちょっとどきどきした」  
 流石に窓から出る所を誰かに見つかるとヤバイので、心臓が高鳴るのを抑えきれないようだ。ひなたちゃんは楽しんでいるみたいだが。  
「よう。遅かったな。湊、それに・・・・・・ひなた」  
屋上の影から現れた人影は、男バスキャプテンの竹中だった。少しやつれたかのように思える顔を上げ、二人の前に立つ。  
「おー、たけなか。はやい」  
「お、おう。ったりめーだ。なんていったって大事な話だからな。俺にとっても・・・・・・湊にとっても」  
 真剣な面持ちになる竹中。なにやら重大な話があることを示唆する。  
「竹中君・・・それで、私たちは何をすれば?」  
 三人の間を強い風が吹き抜ける。秋風は智花の結い髪をゆらし、その強い表情を竹中に向ける。  
普段の穏和な彼女からは考えられないくらいの何かが・・・後光を伴い、放たれていた・・・・・・  
 
 
「あれ、今日は葵は休みか・・・どうしたんだろ。あいつ」  
 葵が学校を休むのは珍しい。元気のカタマリのようなやつだからな。でも一応、あとから連絡いれておくか。  
大事だったら心配だし。今日は同好会の練習もないから、ゆっくり休んで欲しい。  
 そして、放課後、チャイムが鳴ると同時にカバンを持ってすぐに教室を飛び出した。真帆との約束の時間はもうすぐだ。  
 ちょっと小走りで駅前を目指す。そんなに急がなくても間に合う距離だったが、はやる気持ちを抑えられなかった。俺も子供だな。  
 
 
「すばるーん。遅いぞ!」  
 駅前に到着すると、すでに真帆が俺を待っていた。早いな、真帆。俺より早いなんてかなり急いできたんだろう。きっと俺以上にはやる気持ちを抑えられないのかもしれないな。  
「悪い。って、真帆が早すぎるんだぞ」  
「えへへ、実は楽しみ過ぎてさー。超スピードで来たんだよっ」  
 真帆も俺と同じようだ。そうだよな。小学生と高校生が同棲なんて、風雅さん、ミホ姉、それにみんなの協力がなければ実現できなかったことだ。  
「じゃ、早速いこうか」  
 真帆の細くて力強い腕を握り、別荘に向かって歩き出した。夕方なので、駅前は街交う人々でいっぱいだ。周りからはどうみえているのだろうか。  
多分、恋人には見えないんだろうな。などと思いながら、整備された並木道を歩いていった。  
 
 
「こ、ここか・・・・・・別荘」  
「うん。そだよー」  
 ・・・・・・なんと形容したらよいのだろう。適切な言葉が見つからないので一言だけ言わせて貰うと、デカい。  
 ヘタすると、俺らの家族全員でも問題ない広さだぞ・・・・・・それを俺ら二人の為に用意してくれるなんて・・・・・・風雅さんの偉大さに改めて頭が下がる思いだ。  
「お待ちしておりました」  
 と、俺が別荘を見上げて口を開けていると、正面からくいなさんが出てきて、軽くお辞儀をした。  
「おー、やんばる。荷物とかはセットずみ?」  
「はい、本邸の荷物はすべてこちらに・・・それに、昴さまの荷物も部屋に置いてありますので」  
「くいなさん・・・・・・何からなにまでありがとうございます」  
 くいなさんが有能すぎて、俺は何もすることなく、この別荘に引っ越すことができた。昨日の今日で完了とか・・・・・・早すぎて何をしているのか聞きたいくらいだ。  
「では、こちらです・・・・・・」  
 門をくぐると、大きな庭があり、その先に館がそびえ立っている。庭は綺麗に整備されており、隅々まで手が行き届いていることが伺える。  
 中に入り、二階へ上がったところのすぐ横の部屋が俺の部屋らしい。中に入ると、実家の部屋のままのレイアウトが再現されていた。  
もはや、凄いという言葉しか出てこない。恐らく、1cmの狂いもなく家具や本の位置が合わされている。  
「はは・・・・・・一瞬俺の部屋に戻ってきたのかと思ったよ」  
「お褒めいただき光栄です」  
 くいなさんはまたしても少しお辞儀をすると、  
「では、次はまほまほ様の部屋のほうに・・・」  
と、更に奥に進んでいった。俺は荷物を適当に放り投げると、くいなさんの後についていった。  
 
 
「うっわー。広いじゃん。前のへやと同じくらい!?」  
「はい、昴さまの部屋と同じよう、元の部屋を完全再現することを至上命題としているので。お気に入られましたか?」  
「うん。モチのロンだぞ」  
 真帆が嬉しそうにはしゃいでベッドにダイブした。・・・・・・うん、でもこのベッド、やけに大きいような。  
「あと、ベッドのほうは、元の大きさより大きくしておきました。・・・・・・昴さまと夜を過ごせるように・・・・・・」  
「なっ・・・・・・」  
「やったぜ、すばるん!毎日一緒に寝られるって。さっすがやんばる」  
 真帆は絶対に意味を分かってないな。ってか、そんなところまで気をつかって頂かなくて結構ですから!  
そこは俺が何とかしますって!・・・・・・男として。  
 
「どうだい?気に入って貰えたかい?」  
 俺が真帆の発言に赤面していると、入り口から現れたのは風雅さんだ。颯爽と前髪をかき上げると、俺に近づいてくる。  
「はい・・・こんなに立派な別荘を頂いて、感謝してもしきれない位です」  
「ははは、これでも一番小さい別荘なんだけどね。ともかく、喜んで貰えて何よりだよ」  
 柔和な笑みを浮かべ、俺の方をポンポンとたたく風雅さん。ホントにいい人だよな・・・真帆が天真爛漫に育ったのも、この奔放な性格の父のおかげだろうな。  
「では、昴さま。私たちはこの辺で・・・・・・」  
「おお、そうだ。若い者同士、存分に楽しんでくれ。私たちはお邪魔らしいからね」  
 くいなさんにつられるように出て行く。お邪魔なんて・・・そんなことないのだが、真帆とはいろいろ話したいこととかもあったので、有り難く気遣いを頂戴する。  
「ありがとうございます」  
 と、軽く礼をすると、ドアの閉まる音が部屋に響き渡った。  
「なー、すばるん。これからどうしようか?まだ夕方だし・・・・・・」  
 真帆はベッドに座り、足をブラブラさせている。ここまで来るのに結構早足で歩いたはずなのに、まだ元気が残っているとは・・・流石、小学生は違うな!  
 ん、そうだ、確かこの別荘の庭に・・・・・・  
「じゃあ、真帆、外でバスケでもするか!」  
 真帆はベッドから飛び降りると、満面の笑みで俺に走り寄ってきた。さて、今日の練習は久しぶりに真帆と二人で出来るぞ。  
 ・・・・・・って、あれ、俺、最近二人で練習していないな。そうか、智花が来なくなってそんなに経つのか――  
 
 
「真帆!ナイッシュー!」  
 ネットを擦る軽い音が聞こえ、ボールが地面へと落ちた。このコート大人用なのだが、それでも真帆はシュートを難なく入れている。  
全く・・・どこまで伸びるんだ。この子は。  
「じゃあ真帆、そろそろこの辺にして、シャワーでも浴びるか」  
「うえ?シャワー?す、すばるんとシャワー・・・」  
「ば、ばか・・・・・・俺は後から入るよ」  
 互いに頬を染め合う。辺りはすっかり夜だが、その赤い色はしっかりと確認できた。  
 これから・・・始まるんだな。真帆との同棲生活が。焦燥感と期待の入り交じった感情が俺の中で渦巻いている。  
きっとこれは、真帆と俺の新しい一歩なんだな。ふと、夜空の星を見上げながらそんなことを考えていた。  
 
 
 
 
(おい、そっちは大丈夫か?)  
(うん。いつでもいけるよ)  
(私も。これを逃したら・・・・・・一生後悔する。だから・・・負けられないっ)  
闇夜にうずくまる、いくつかの影があった。  
その影は約束の時を、一刻と待ち受けていた。不安と強い意志を胸に。  
 

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