「すばるん。どうだった?」  
「大丈夫。ちゃんと戸締まりを確認してきたよ」  
 バスケの練習を終えて真帆の部屋に戻った俺たちだったが、急に風が強くなり、急いで屋敷の戸締まりに行ってきた。  
 これくらい立派な屋敷なら、当然セキュリティもしっかりしているはずだが、念には念を入れておく。なにせ、風雅さんが言っていた怪しい人物が進入してくるかもしれない。  
「よし、じゃあ今から晩ご飯にしようか。くいなさんが用意してくれてるみたいだし。真帆、早く髪乾かせよ」  
 練習の後の汗を洗い流す為にシャワーに入っていたのだが、真帆が後に入っただけあって、まだ髪を乾かしている途中だ  
。髪が長いせいか、ドライヤーの風量を最大にしてもなかなか乾かない。  
「まってよー。いま髪を整えている所なんだし。まったく、すばるんはオトメのじじょーってやつがわかってないぞ」  
 さいですか・・・・・・よくわからないが、そのじじょーってやつがあるのなら、もうしばらく待とう。  
あのデキるくいなさんのことだし、それくらいの時間は考慮済みだろうな・・・・・・  
 と、思った瞬間、ケータイが振動する。あまりにもタイムリーだったので一瞬戸惑う。  
「メールか・・・・・・なになに。『まほまほさまが髪を乾かしている事は考慮済みなので、あと15分後に食堂でお待ちしています』だって・・・・・・マジでエスパーか。くいなさん」  
「あははっ。やんばるならそれくらい分かってるぜー」  
 髪を乾かしながら俺に向かってVサインを送る真帆。有能すぎて女バスの担任に欲しくなってきた。ミホ姉の代わりに。  
いや、ミホ姉の傍若無人っぷりに助けられた事も何回かあったが・・・  
「それじゃあ、ちょっと俺の部屋に戻って荷物でも出してるよ」  
 家具はくいなさんがセット済みだったが、自分で持ってきた荷物はまだ部屋に放り投げたままだったのだ。  
 真帆の返事を聞くと、俺は豪華な装飾の付いたドアを開き、綺麗な赤絨毯の敷かれた薄暗い廊下を歩いていった。  
 
 
「そろそろ大丈夫か。湊、ひなた・・・・・・それに葵姉ちゃん」  
「うん。大丈夫だよっ」  
「おー。ひなもばっちしだよ?」  
「OK。私もイケるよ」  
 三人から威勢の良い返事が聞こえてくる。今、竹中は真帆の別荘の近くから塀の中を双眼鏡でのぞいている。  
他の三人は固唾をのんで作戦実行の時を待っている。  
「いいか・・・俺が調査した結果、ここのセキュリティは確かに厳重だ。だが、一つだけ欠点がある」  
 地面に小さな木の枝で屋敷の見取り図を描く竹中。玄関の位置、窓から裏口まで、余すことなく書き綴る。  
「それは警備員が少ない事だ。赤外線センサーや複製不能キー。システムは完璧なんだが、そのせいか警備員の配置が少ない。この四人の実力を持ってすれば、進入はたやすいはずだ」  
 細かに説明する竹中。智花と葵はその図を見てなにやら考えにふけっているが、ひなたちゃんだけは毛虫を棒でつついている。  
どうやら難しい説明でよくわかっていないみたいだ。  
 
「それで竹中君、私は何をすれば?」  
「湊はひなたとペアを組んでくれ。俺は葵ねーちゃんとペアを組む。それで・・・・・・さっき説明した通りに動いてくれ」  
「わかった」  
 こくり、と葵が首を動かす。場の空気は真剣そのものだが、相変わらずひなたちゃんは毛虫を棒に乗せている。  
「おー?ひなはなにをすればいい?」  
「ひなたは・・・・・・湊の指示に従ってくれ。悪い。それくらいしか言えねぇ」  
「わかった。たけなかの言うとおりにする」  
 いつもはひなたが話しかけてきたらデレるはずだが、全く変化の無い竹中を見て、智花はこの作戦の重大さを再確認した。  
葵は終始無言で何かをつぶやいている。  
「それじゃ・・・作戦開始だ!」  
 
 
「ひなた・・・私の後ろについてきてね・・・」  
「おー。ひな、がんばる」  
 智花、ひなたペアは屋敷の裏口で待機していた。竹中の調査では、あと数分で警備員の交代の時間らしい。  
その瞬間を見計らって進入するという計画だ。  
 ガチャ  
(来たっ・・・!!)  
 ドアを開き、警備員が数歩、歩み出た刹那、一陣の風がドアの横を駆け抜ける。  
「?」  
 警備員は不思議そうに振り返るが、そこには何も異常は無く、ドアの先は暗闇に包まれていた。  
 
「何とかなったね。ひなた」  
「おー。ひな、ぜんりょくで走ったよ?」  
 二人の練習で鍛えた脚力、特に瞬発力は折り紙つきだ。警備員に怪しまれることなく、邸内に侵入することが出来た。  
「ここでしばらく竹中君達を待ちましょう」  
 しばし流れる沈黙。庭の中は、ぽつりと灯がともるばかりで、他は暗闇が支配している。  
ひなた落ち着いた様子で地面に座っている。こういった暗闇に全く動じないのがひなただ。  
 
コンコンッ  
 軽くドアをノックする音が響く。それを確認すると、智花はドアのカギを開ける。  
「ありがとう。智花ちゃん。何とか上手く行ったみたいね」  
 闇の隙間から葵と竹中が姿を現す。智花たちが先に進入し、警備員が去った所で二人が合図を送るという古典的な方法だが、何とか上手くいったようだ。  
葵は安堵のため息をはいたが、まだ目的は達成していない。緊張感が続く。  
「よし、誰も居ないみたいだ・・・・・・いくぞっ」  
 竹中が手で合図すると、一斉に茂みを目指して小走りになる。  
「にゃふっ」  
 茂みの影に三人が入ったとき、最後尾にいたひなたちゃんが、寸前の所で木の枝に足を引っかけて転んでしまった。  
「誰だ!」  
「やべっ」  
 警備員に気づかれた事で混乱する竹中。葵は落ち着き、どう切り抜けるかを考えているようだ。  
「私がっ・・・・・・!!」  
 そのとき、智花がとっさに茂みから飛び出し、左右にサイドステップを刻みながら警備員に近づいていく。  
「すげぇ・・・」  
 竹中と葵は同時に、そして無意識に言葉を発した。恐らく、一般人には智花の動きに付いてこられないであろう。それ程の速度で突進していった。  
直線ではなく、ジグザグの動きなのに、全くの減速がない。  
「ひっ!」  
 あまりの早さに警備員が小声で叫んだ。と、そのとき、  
「ひなた!今よっ!」  
「おー!、コアラアターック!」  
 智花の合図と共にひなたちゃんが警備員の頭に飛びつく。智花のステップで身を崩していた警備員は対処する間もなく、その場に倒れた。  
ひなたちゃんの無垢なる魔性(イノセントチャーム)が加わったコアラ・アタックは破壊力抜群だ。これに屈しない大人など居ないだろう。  
「・・・・・・プロだ」  
 もはや、竹中は開いた口がふさがらなかった。  
あまりの手際の良さに、本当に智花が自分と同じ小学生かと疑い、唖然とした表情で場を見つめるばかりだ。  
「ほらっ。なにやってるの。置いてくよ」  
 葵の一声で現実に戻され、四人は館の中へと進入していった。  
どうやら、早いこと目的の昴に合わなければならなくなったようだ。気絶した警備員が起きるのも時間の問題である。  
「待ってろよ・・・・・・ロリコン野郎・・・真帆は、俺が守る・・・・・・っ」  
 竹中は手を握り、再び誓いを胸に刻んだ。そしてふと、今回の経緯を振り返る。  
 
・・・・・・・・・  
 
思えば、今回の作戦のきっかけはあのロリコン野郎と真帆が・・・・・・許嫁だって聞いた時だった。  
俺は丁度、体育館で妹達五年組と練習していたんだ。そしたら真帆のやつ、大声で『すばるんはあたしんのだからなー』とか言ってやがる・・・  
その後、紗季に詳しい事情を聞いたら、許嫁だって。俺は絶句したね。  
ああ、真帆が、あのバカでいっつも調子に乗ってる真帆が・・・・・・あいつのモノになるって。それで頭がいっぱいになった。  
それから俺は徹底的に奴らの動向を探った。帰宅途中をつけたりして。  
途中で葵ねーちゃんに出会って事情を話したら、『昴のやつ〜いたいけな少女をたぶらかせやがって〜』とか言って協力してくれた。  
正直、俺だけじゃ心細かったから嬉しかった。  
 
数日後、紗季から興味深い話を聞いた。なんでもロリコン野郎と真帆が・・・同棲するって話を。  
俺はそれを聞いた瞬間、言いようのない怒りと悲しみが同時に襲ってきた。  
多分、真帆が本当にあいつのモノになるんだって・・・現実を突きつけてきたからだと思う。  
いてもたってもいられない。早く手を打たなければ。  
 
その後、帰宅途中をつけることが困難になった。  
どうやら誰かが俺の存在に気づいたらしく、ボディーガード?みたいなのが真帆の周りをウロつくようになったのだ。  
 
打つ手なしか・・・そう思ったとき、湊が・・・女バスのエースが、俺の前に立っていた。凍り付くようなオーラを纏って。  
一瞬、俺は本当にそれが湊なのか疑ったくらいだ。どうやら今回の作戦に協力してくれるらしい。戦力は一人でも多い方がいいので、快く受け入れる。  
 
決行前日、俺は紗季から入手したこの館の見取り図を見ながら作戦を練った。  
どっからこんなもん入手したんだ・・・と唖然とする俺に紗季は『企業秘密です』と一言放って消えていった。いくら委員長だからって・・・・・・まさかな。  
 
昼休みに屋上に二人を呼んだ。ひなたが参加するのは意外だったが、『おー?おもしろそう・・・ひなもまぜて』ということらしい。多分、詳しい事情は知らないだろうな。  
でもひなたもロリコン野郎が取られるのが嫌らしく、快く協力してくれた。くそっ・・・あいつめ、ひなたと同じベッドで寝たことはまだ許してないからなっ・・・!!  
 
今日、俺ら四人はそれぞれの目的を果たすため、なにより俺にとっては、あのロリコンと真帆の気持ちを確かめるため、ここに集った。  
 
あれ?・・・・・・そういや湊ってなんで来てるんだろ?よくわからないけど、湊は一番、あのロリコンに思い入れを持っていたからかな。  
 
・・・・・・・・・  
 
 それぞれの想いを胸に、屋敷の内部へと進入する三人・・・・・・  
「あれ?湊は?」  
 竹中が一人いないことに気がつく。智花だ。  
「あー、智花ちゃんなら、そこの木を登って二階のバルコニーに飛び乗ったよ」  
「・・・・・・」  
 俺は・・・・・・あんなやつと試合していたのか。という戦慄が竹中を襲う。次回、交戦したら勝てそうにない。対抗出来るのはミミくらいだろう。  
「よし、いくぞ!」  
 改めて、意識を鼓舞する。そして一気に二階への階段を駆け抜けようとした、そのとき、  
「何か用ですか?」  
 階段の上で待ち受けていたのは、くいなさんだった。戸惑う竹中。葵が息を吐くと、一歩前へと踏み出す。  
「あの、実は私たち・・・・・・」  
・・・・・・  
 
「昴さん・・・どうして・・・」  
 バルコニーに立ちすくむ智花。窓の向こうには、昴の部屋がそのまま、記憶のまま存在していた。  
 
 

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