これは、智花が別荘に侵入する前の話・・・・・・・慧心学園初等部、体育館でのこと。  
 
 ちょうど、バスケ練習が終わった時だった。智花は女子更衣室を抜け、一人、男子更衣室へと侵入していった。  
昴は竹中とどこか行っているので、更衣室には誰も居ないはずだ。他の女バスメンバーが着替えて出てくるまで時間がある。  
素早く目的を達成して戻れば問題ない。  
「たしか、このロッカーだったっけ・・・・・・」  
 目的のロッカーの前に立ち、ゴクリと唾をのんだ。頬には一筋の汗が流れていった。  
 ガチャ  
 意を決して、ロッカーを開ける。そこには制服一式とカバンなどが置いてあった。  
「よかった・・・・・・昴さんのロッカーで」  
 どうやら、ロッカーは正しかったようだ。ほっ、と一安心する智花。  
「さて、昴さんたちが戻ってこないうちに・・・・・・」  
 素早くロッカーにかけてあったシャツを手に取る。  
「これが、昴さんが今日来ていたシャツ」  
 襟に指先を当てた。ほんのり湿っている事を確認すると、智花は少し頬を赤らめ、吐息のリズムが早まる。  
 そして、意を決して、智花は鼻をその襟に当てた。  
「昴さんの汗のニオイ・・・・・・昴さんを感じますぅ」  
 スーハースーハー  
 襟越しに呼吸を繰り返す智花。襟がフィルターのようにして、昴の汗のニオイを智花の鼻腔へと運んでいく。酸っぱいニオイが奥に広がっていった。  
「う・・・・・・ん。最近、ずっと昴さんの家に行ってなかったから・・・・・・昴さん成分が足りていなくて」  
 ニオイだけでは飽き足らないのか、唇を近づける。そして、舌を出して、その味を確かめる。  
「昴・・・ふぁん。美味しいです。昴さんの味・・・・・・」  
 恍惚とした表情で舐める。何度も何度も、その味を確かめるように。  
「懐かしいです。昴さん・・・・・・練習していたときのニオイです」  
 そして30秒程舐めて、その唇を離す。シャツと唇の間を一本の糸が垂れていき、真ん中から切れた。  
「そろそろ帰らないと、昴さん達が戻ってきてしまう。それに真帆達に怪しまれる」  
 すばやく昴のシャツを元通りに戻すと、来た道を引き返していく。ちょうど更衣室を出ようとした、そのとき、  
「それでさ、ひなたちゃん、かなり上手くなったぞ」  
「マジか?俺がシュート教えたからだな」  
 
!声が聞こえる。どこかに隠れないと」  
 ドアの向こうから、竹中と昴の声が聞こえてきたのだ。驚いて身を隠そうとする智花。辺りを見回しても隠れるような物陰は見つからない。  
「それなら、いっそっ・・・・・・」  
 ガラッ  
 勢いよく更衣室のドアが開かれ、昴と竹中の二人が入ってくる。水飲み場に行っていたらしく、少し体操服の襟の辺りが濡れている。  
「しっかし、あいつら、ホント上手くなったよな」  
「ああ、毎回ビックリさせられるよ。あの子達の成長っぷりには」  
 ロッカーを開け、着替えながら会話する二人。一方、智花は入り口近くのロッカーの中に隠れていた。  
丁度、近くにドアが開きっぱなしのロッカーがあったので、素早くそこに飛び込んだのだ。  
(ふぁう・・・・・・昴さんが、今全裸で・・・・・・)  
 一人、赤くなる智花。実際は全裸ではなく、単に着替えているだけなのだが、智花にとってそんなことは問題ではないらしい。  
「あれ?このシャツ・・・・・・心なしか湿ってるような」  
(ぎくっ!)  
 怪訝そうにシャツの襟を眺める昴。  
「気のせいじゃねえの?この季節だし、湿気とか」  
「それもそうだな」  
 特に気にすることもなく、昴はそのシャツを着た。ズボンを脱ぎ、昴がパンツ一枚になったとき、竹中が昴の一点をじっと見つめた。  
「・・・・・・・お前、ホント毛、生えてないよな」  
「うるせえ」  
 ガタッ!  
「えっ?」  
(しまった!)  
 竹中の一言で動揺してしまい、思わず動いてしまった智花。智花の脳内では、昴は全裸なので、毛と言ったらひとつしかないのである。  
竹中が指摘したのはスネ毛のことだが、そんなことを智花が知る由もない。  
 不審な音が聞こえ、疑問に思う二人。怪訝そうな表情で、音のした方を見ている。  
「ちょっと、俺、見てくるわ」  
 昴がロッカーに近づいてくる。一歩一歩、確実に。  
(どうしよう!このままじゃ気づかれる・・・・・・よしっ!)  
 意を決した智花は、思いっきりロッカーをブチ開け、立てかけてあったモップを避け、ジグザグに動きながら、開けっ放しの更衣室のドアから素早く出て行った。この間約1秒。  
「・・・・・・えっ」  
 多分、昴には風が通り過ぎていったようにしか見えなかったのだろう。あっけにとられ、その場に立ち尽くした。  
 余談だが、このときのジグザグ運動は、のちの別荘進入の際、役立つ事になる。  
 
 
「ふう。何とかバレずに済んだ・・・・・・早く女子更衣室に戻らないと。真帆達が心配する頃」  
 念のため、ゆっくりと男子更衣室を離れる智花。そして何事も無かったかのように、女子更衣室に入っていった。  
 
「あ、遅いぞーもっかん。ドコ行ってたんだよー」  
「ごめん、みんな。ちょっとおトイレが長くなって」  
 入るなり真帆が智花に詰め寄ってくる。4人とも、もう着替えは終わっている。暇をもてあましたのか、ひなたちゃんはいつものように愛莉のムネを揉んで遊んでいる。  
「ははーん。トモ、アレが始まったのね。アレ」  
「アレってなんだー?」  
 紗季は目を細め、智花を見る。好奇心旺盛な真帆はそれをのぞき込んだ。  
「アレっていったら・・・・・・せい」  
「ちちち、違うよー!もう!紗季ったら!」  
 紗季が言い終わらないうちに、必死に否定する智花。顔が真っ赤で、まるでゆでタコのようである。  
相変わらず真帆は不思議そうな顔をしている。きっと、意味が分かっていないのだろう。  
 
 その後、智花も急いで着替え、帰宅する5人。  
「昴さん・・・・・・」  
 一人、つぶやく智花。今日、久しぶりに昴のニオイをかいだせいで、昴との思い出がよみがえってきたのだろう。それも鮮明に。  
「あれ・・・・・・竹中君?」  
 ふと、道の先の草陰に竹中が隠れている事に気がつく。  
「あ、湊・・・・・・」  
 竹中も智花に気づいたようだ。  
 この邂逅から、別荘侵入の計画が動き出すことになる。二人は出会ってしまったのだ。  
 昴の大きな運命の決断の一歩になるとは、このときは知る由もない―――  
 
 

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