「おい・・・・・・覚悟は出来てるんだろうな」
「ああ、俺は負けるわけにはいかない。愛莉の為にもっ・・・・・・!」
昴と万里の間に、冷たい風が流れていく。万里は腕を組み、その名の通りグレートウォールとして昴の前に立ちはばかる。
例えるなら、熊とウサギくらいの差はある。
両者、一歩も動かず、タイミングを見計らっているようだ。最初の一歩を繰り出すタイミングを。
互いに手の内は知り尽くしている。勝負が決まるのは、ほんの一瞬であることはわかりきったことであろう。
part4 香椎愛莉
昴と万里が対立することになったのは、愛莉が昴の許嫁候補だということを万里が知ったからだ。
自宅で夕食をとっているとき、両親と愛莉の間ではその話題で持ちきりだったのだ。
「は、長谷川さんに美味しいお弁当食べて欲しくて、今日は早起きしちゃいました」
てへぺろ、とポーズを決めて恥ずかしさを表現する。紗季の持ちネタなのだが、それをパクるとは・・・・・・侮れない存在だ。
それを見た万里は箸を持つ手を震動させながら、
「愛莉・・・・・・それは本当か?」
と熊が獲物を捕らえるような目でギロリと愛莉を見た。
「ほ、本当だよ。お兄ちゃんには言ってなかったけど、私とお父さん、お母さんの間ではもう了承済みなんだから・・・
・・・あとは長谷川さんがいいって言ってくれるか・・・どうか・・・」
徐々にか細い声になりながら、事実を説明する愛莉。それを聞いた万里はみるみるうちに顔が赤くなっていく。もう、それは鬼のように。
「あのヤロウ・・・・・・俺の愛莉を・・・・・・ゆるさん」
ぽつりと、しかし聞いた者を恐怖に陥れるような一言を発しながら、万里は自室へと戻っていった。
それから数日後、万里が昴の下駄箱に『果たし状』を入れて河原に呼び出した。
約束通り、逃げも隠れもせず午後五時に現れた昴は、万里と対決することになったのだ。
「バスケじゃ、お前をボコボコに出来ないからな。本当に愛莉を手にしたかったら、俺を倒してから行けい!」
「もとよりそのつもりだ。万里。お前がいたから、俺はここまで強くなれた。感謝するぜ」
と、夕日を背後にクサイ台詞を吐きまくる二人。もはや数十年前のトレンディドラマにしかないようなシチュエーションだ。
ゆっくりと、力強く拳に力を込める昴。腕力では勝てそうもないと踏んだのか、スピード勝負を仕掛けるようだ
。一方の万里は、両腕をボクシングの構えのように、目の前で拳を作り出す。体格的に、その構えが一番合理的であろう。
落ち葉がゆっくりと二人の間に落ちていく。ちょうど昴と重なりあった刹那、昴が一気に間合いを詰めてきた。
「っ!」
落ち葉が死角となっていた万里はそれに対応するのが遅れ、詰めることを許してしまう。
防御の薄い首の根元を狙って、弾丸のような一撃が万里を襲う。
が、腋を締めることで、寸前の所でガードされた。間髪入れず、万里の膝が昴の腹に飛んでいった。
「ぐほっ」
流石にその体勢からはガードすることも出来ず、クリーンヒットを決められる。
強打で胃に溜まった胃酸が食道にこみ上げてくるのを感じる。
(こんな・・・・・・こんなところでっ!)
気合い。という言葉は昴は嫌いだが、このときばかりはそれに頼るしかなかった。
必死で体が崩れていくのをこらえ、再度、渾身の一撃を万里の顎に入れようとする。
が、それは叶わず、足に力が入らなくてよろめいたせいで、もっと下の部分――みぞおちにヒットする。
「がふっ!」
幸いにも急所にヒットし、それが効いたのか、万里は一歩後ずさり、体勢を整えようとする。
が、それを昴見逃すはずもなく、更に攻撃を加えようと、間合いを詰める。
「これで・・・・・・最後だ!」
最初の一撃が効いているのか、もはや拳を振り上げる気力もない昴は、そのまま肩から体当たりをした。
その勢いで、二人とも河原に倒れていった。
・・・・・・・・・・・・
「お前の本気、しかと見届けたぜ」
「! それじゃあ、愛莉は・・・・・・」
「ああ、愛莉を幸せにしてやってくれ。兄からも頼む」
決闘終了後、河原に大の字になって倒れる二人。もう立ち上がる気力のないのでそのまま会話しているのだ。
最後の追撃が効いたのか、昴の勝利で幕を閉じた。妹を、可愛い愛莉をやる男にふさわしいと判断した万里は、笑顔で昴を見ていた。
冷たい秋の風が二人に吹き付けるが、それをものとせず、ただ、友情を確かめ合っているのであった。
part5 三沢真帆
万里との激闘を終えた翌日、俺は風雅さんに呼び出されて駅前まで来ていた。
恐らく許嫁の事なんだろうけど・・・・・・正直、まだ心は決まっていない。
どの子も可愛くて、将来を一緒に過ごしても幸せな未来しか浮かんでこないのだ。
ははっ、やっぱダメだよな。俺みたいな優柔不断。葵がイライラするのも仕方ない・・・・・・か。
あれっ。そういや葵の奴。何か俺に言いたそうな事あったみたいだけど・・・・・・まぁいいか。後日聞けばいいだろ。
「やあ、昴くん。なんだかやつれてるように見えるけど?」
「ちょっと昨日いざこざがあって・・・・・・それより、やっぱ許嫁の件ですか?」
駅前から数分の所にあるカフェに到着すると、風雅さんが既にテラスのところに座って雑誌を読んでいた。
正直、殴られた腹が痛くて、それどころじゃないのだが、何とか平静を装う。
「うん。そのことなんだけどね。明日、急で申し訳ないんだけど、真帆とデートしてくれないかい?」
「ああ、やっぱりそうでしたか・・・・・・って真帆とデート!?」
「そうだよ。何か不満かね?」
「いや・・・・・・不満って訳じゃないんですけど・・・・・・」
意外な言葉を口にする風雅さんに、思わず周囲に聞こえる位の声で驚いてしまった。
デートって、俺まだ決めていないんですけど・・・・・・やっぱアレはナシってオチですか?
「・・・・・・最近判明したことなんだけどね。実は、ウチのネットワークに不正アクセスした形跡があったんだ。
それもあの別荘のセキュリティにね。君のパーソナル情報も盗まれている可能性がある。
だから、ちょっと私に考えがあるんだ。今回はそれに協力して欲しいというわけなんだけど、いいかい?」
なんだ、そういうワケがあったのか。強制的に真帆に決めさせられたのかと思った。そうだったらどうしようと思ったところだ。
「わかりました。そういう理由でしたら、協力します」
「ふふ、ものわかりがいいね。昴くんは。さすが、私が見込んだ男だ」
褒められているけど、その瞳は決意に満ちた、険しいものだった。おそらく、その不正アクセスの件と関係があるのだろうか。
だとしたら・・・・・・俺はもっと重大な事に巻き込まれているのではないだろうか。
そんな予感が、脳裏をよぎった。
翌日、真帆とは駅前でデートをすることになった。どうやら、そのほうがやりやすいらしい。何がやりやすいのかは教えてくれなかったけど。
デートのプランは、あまり遠くに行かないのなら俺の自由だと言われた。うーん。自由にしてもいいと言われても困るんだよな。
「おーい。すばるん。こっちこっち」
待ち合わせ場所に行くと、真帆がすでに俺を待っていた。って、まだ約束の時間まで二十分あるぞ!?いったいどれくらい前に来たんだ?
「待たせてゴメン、真帆。結構待った?」
「ううん。全然待ってないよ。むしろ早く来すぎちゃった?みたいな。実は昨日寝れなくてさー。きょ、今日のデートが楽しみで・・・・・・」
徐々に語尾が小さくなっていく。デートという単語が恥ずかしいようだ。
「あ、ああ、そうだな。俺も楽しみだよ。真帆とのデート」
「う、うん・・・・・・」
まぁ、俺も人のこと言えないほど恥ずかしいんですけどね。デートっていう単語。なんだか特別な意味のように感じて・・・・・・
「それじゃ、行こうか。真帆」
最初に行くところは苦心の末、ゲーセンと決まった。
ここなら真帆の好きなゲームも楽しめるだろうし、バスケのゲームで練習も出来ると思う。一石二鳥ってやつだ。
「うっわー。人いっぱいいるなー」
「ホントだな。予想以上だ」
今日は土曜日ということもあってか、本当に人が多かった。二人で出来るゲームが空いているか心配だが・・・・・・
「あ、あそこのゲームが空いてるよ!すばるん」
真帆が指さした先は、機械の前に垂れ幕がさがっていた。プリクラみたいなものだろうか。
よく見てみると、それは『恋人相性判断メーカー』だった。なんちゅうこっ恥ずかしいものを・・・・・・
それに気がついたのは目の前に来た後なので、いまさら引くわけにはいかない。
「そ、それじゃやってみようか・・・・・・」
「イヤ!」
突然、真帆が全力で否定し始める。一瞬周りの人間がこっちに注目したくらいだ。
「ど、どうしてかな?真帆」
理由を聞いてみると、真帆は少し俯きながら、頬を赤らめ言った。
「だって・・・・・・だってさ、もし、すばるんとの相性がサイアクだったら・・・・・・って思って。ショックで来週から練習できないよぉ・・・・・・」
なんだ・・・・・・そういうことだったのか。ははっ、可愛いやつだな真帆は。
「ふえっ」
思わず頭をナデナデしてしまう。この前かげつちゃんにしたとき、この癖は直そうとおもったのだが、こんな可愛い小学生が目の前に居たら・・・・・・するしかないだろ。
「そんなこと、気にする必要ないよ。真帆。そんな占いくらいで、俺たちの仲を判断できるわけないだろ」
そう言って諭してみると、真帆の表情が次第に明るくなっていく。
「うんっ!」
と、首肯すると、もう普段の元気な真帆の表情に戻っていた。
「それじゃ、他のゲームやってみようか。そうだな・・・・・・あれなんかどう?」
俺が指さしたのは、どこのゲーセンにでもあるようなクイズゲームだった。あれならいくつかのブースが空いている。
「いいよー。でも分からないのは全部すばるんに解いてもらうからなー」
「分かった。俺の力でどこまで解けるか分からないけど、精一杯やってみるよ」
クイズゲームの前に座りコインを入れる。どうやら、魔法学校の生徒を一人選んで、全国トーナメントで勝ち進んでいく内容のようだ。
クラス分けとかもあって、本格的なクイズゲームになっている。
「よし、それじゃキャラは・・・・・・こいつで」
俺が選んだのは、低身長で、リボンを後ろで結んだ女の子キャラだった。直感で選んだだけで、深い意味はないです。
キャラを選ぶと、早速ゲームが始まっていく、最初は予選でその後オンラインで勝ち抜きをするという構成だ。
「うはっ、またミスたー。どうしよー」
「今のは惜しかったなー。正解はCだったみたいだ」
何回か勝ち進んで、遂に準決勝だ。流石人数が絞られているだけあって、手強い相手ばかりだ。
その頃、クイズゲームを楽しむ数メートル先の影に、一人の黒服にサングラスをかけた――くいなさんが居た。
「・・・・・・はい、大丈夫です。今のところ問題ないです。まだ現れていません」
「分かった。それじゃ、引き続き宜しく頼むよ」
手に持った携帯で連絡をすると、その声の相手、風雅さんは通信を切った。傍受されるとマズいからであろう。
そう、今回のデートはハッカーを呼び出す為の作戦、いわば偽装デートだ。
三沢家の威信をかけて、なんとしてもヤツを捕まえなければならない。
改めて胸に誓う、くいなさんであった。