ああ、なんで俺はいつもこういう事に巻き込まれるんだろう。
俺――長谷川昴は自分の体質を呪っていた。思えば、女バスメンバーがここまで大人っぽくなるとは誰も思って居なかった。
だから、俺は間違いを犯してしまったのだ。
いや、間違いと言っても、ソッチではない。誤解を受けないように言っておくと、好かれているのだ。好かれすぎていると言っても過言では無い。
そんな小学生が二人、俺の前に立っていた。俺の横には真帆が溶けかかったソフトクリームを手に持って、唖然と口を開け前を見つめている。
「す、昴さん。お久しぶりです。前回の練習以来ですね」
その一人、永沢紗季が俺に語りかけてくる。他愛の無い世間話をする主婦のように。
「あ、ああ、そ、そうだな。確か二日前だったよね」
何とか平静を装い返す。本当はもっと聞きたいことがあるのに、なぜか口に出すことがはばかれた。出したら何か問題の本質に近づくように思えて。
なぜ真帆と智花が居るのか。それは数風前にさかのぼる。
ゲーセンで真帆と一緒に遊んでいると、わざとか無頓着なのかしらないが、胸を一生懸命俺の腕にあててきたので視線をそらしたのだ。
すると偶然、UFOキャッチャーに身を隠していた紗季と目が合ったのだ。一瞬、いや、もっと長い時間だったかもしれない。
サッと視線をそらすと、逃げ出すように走り出したのだ。
それですぐに追いかけたという訳だ。
「サキ! さては邪魔をしにきたな?」
「邪魔なんて・・・・・・そんな、ただの偶然。そう偶然」
大切なことなのか、反復して偶然を強調する。
なにか引っかかるけど、追求してもはぐらかされる可能性が大だからなぁ・・・・・・この前の事もあるし。
そして、二人組のうちのもう一人――湊智花が、ゆらりとこちらに向かって歩き出してきた。
その表情には以前のような強大なオーラは無い。あるのは穏やかなイノセント・スマイルだった。
「昴さん・・・・・・お久しぶりです」
「そうか? この前の練習で会ったばかりだと思うけど」
「ふぇ? そ、そうでしたね」
またか。紗季と同じく、何かを隠している。
智花も以前の件があるからな。あのワイルドモード(と、俺は呼んでいる)智花になったら、オーラだけで気絶させられる・・・・・・下手な事は言えない。
まったく、小学生達がここまで強くなるとは。素直にコーチ冥利に尽きる。
「それで、二人ともどうしたんだい? 俺に用事あるんじゃない?」
二人して目の前に現れたのだ。そのことに触れないわけにはいかない。意を決して言葉を紡いだ。はぐらかされる事を覚悟で。
「そ、そのですね・・・・・・長谷川さんっ! この間はすみませんでしたっ!」
深々と頭を下げる紗季と、それにつられるように智花も紗季と同じ角度に頭を下げた。
「え? そんな・・・・・・とりあえず頭を上げてよ」
公衆の面前で高校生が小学生に頭を下げさせているなんて、知り合いに見られたら・・・・・・確実にマズイことになるな。
しかも近くの人たちの視線を感じる。
姿勢を戻した二人の手を引き、とりあえずその場から離れる事を最優先させた。
「はは。そのことなら気にしていないから。ほら、うどん冷めちゃうよ?」
「は、はい・・・・・・」
なるべく優しい口調でなだめるのだが、相変わらず紗季の表情は重い。もう本当に気にしていないというのに・・・・・・
二人と真帆を連れてゲーセン内のフードコートに来た。ここで四人、昼ご飯を食べながら事情を聞こうと思ったわけだ。
昼食を食べつつ、謝った理由を聞いてみると、この前の別荘に智花達が来た事についてだという。
実はあの手際の良い進入工作は、紗季が裏で手引きをしていたということらしい。館の見取り図を提供したのも紗季で、計画をそそのかしたのも紗季だということだ。
「本っっ当にごめんなさい。昴さん・・・・・・」
ということでさっきから謝りっぱなしだ。
正直・・・・・・紗季がそこまで大胆な事をするなんて、ちょっとビックリしたけどまあ、紗季にも思うところがあるのかもしれない。
コーチの俺が信じなきゃな。
「紗季、食べた食器、返しに行こうか」
ちょうど智花と真帆が食べ終わった後だったので、そう提案してみた。
三人分の食器を両手に持つのはさすがにしんどい。普段、筋トレで鍛えているはずなんだがな。まだまだ未熟者だということか。
「それで、何か意図があったんだよね?」
智花たちに会話が聞こえない距離まで離れたところでそう切り出してみた。すると、紗季は少し戸惑ったような表情でうつむき、重い口を開き始めた。
「・・・・・・はい、昴さんが真帆と一緒に居るのが嫌で・・・・・・それなら私にもチャンスが欲しいって、そう思って・・・・・・」
そんなに俺のことを思っていてくれたのか。普段、全然そんなそぶりを見せなかった紗季が胸の内を明かすとは。数日前のつっかえが取れたような感覚に捕らわれた。
あれ? そういや紗季って、俺のこと『昴さん』って呼んでたっけ?
まぁいいか。そういう野暮な事は今思い出す事ではないな。
「真帆パパが各家庭の親に言って、許嫁の件を提案することは予想できました。だから、昴さんが私を選んで欲しくて・・・・・・そんなチャンスを作ろうと思ったんです」
嘘偽りない本当の気持ち。そう確信出来るほど、澄んだ瞳で俺を見つめる。やっと、ようやく紗季の心の内が分かった気がして、こちらまで澄んだ気持ちになる。
「紗季・・・・・・ありがとう。俺のことをそんなに想ってくれてるなんて。本当にコーチ冥利に尽きるよ」
「・・・・・・・・・・・・コーチと生徒じゃなくて、昴さんの相手として見て欲しいケド・・・・・・昴さんだし、今はそれで我慢がまん・・・・・・」
「ん? 何だって?」
「な、何でも無いですよ!」
頬をほんのり紅色に染めて否定する紗季。ぼそぼそと何かを呟いたようだが、全く聞き取れ無かった。
何か重要な事のような気がするんだが・・・・・・まぁ、紗季も全て告白してくれたし、そんな重大なことじゃないだろ。
「そうか、じゃ、そろそろ戻ろうか」
「はいっ!」
少しの違和感を頭の中から消去し、真帆たちの所へと歩いて行った。
「うわー。もうお腹イッパイでここから動けないー。ねえ、もっかん。ちょっと代わりにデートしてきてくれよー」
「わ、わたしがですかっ! 私が昴さんとで、で、でーと・・・・・・はぅ」
ボンッ! という音がよく似合うように、一瞬で顔を真っ赤にした。なにやらぶつぶつ言っているようだけど・・・・・・大丈夫か?
「にはは、ジョーダンだぞ、ジョーダン」
「よ、よかったぁ・・・・・・今日は昴さんとデートする為に買った服じゃないし、一瞬どうしようかと思って・・・・・・」
そうだったのか。そういや俺と遊びに行くときは、いつもピンクの花柄ワンピースだったような気がする。女の子らしくて可愛いなと思っていたけど、まさかデート服だったとは。
ミホ姉が以前言っていた気がする。『女にはな、勝負服というものがあるんだ。それをきた女が目の前に現れたらな、幸せにしてやれよ』と。
つまり、俺が選択すべき相手は・・・・・・智花ということか。そうだな、俺と女バスの絆は智花がいたから。だからみんなでここまで来ることが出来たんだ。
始まりは智花だった。きっと俺の中で特別な存在なのかもしれない。
「ねえ、すばるん。どうする? これから」
一人で考え事をしていると、真帆が退屈そうにしていた。いかんいかん。完全に無視していた。
「ん? そうだな・・・・・・それじゃみんなで一緒にデザート食べにいかないか? 近くに美味しい店があるんだけど」
「わーい。ひなもいくー」
俺は一瞬耳と頭を疑った。許嫁選びで悩むあまり、幻聴が聞こえたのかと。
そしてゆっくりと視線を下げ、声の方を向くと・・・・・・
「って、ひなたちゃん。どうしてここに?」
そこには天使、ひなたちゃんの姿があった。今日は長い髪を後ろで一つに結んでいる。イメチェンだろうか。
いつもと違う雰囲気がとてもかわいらいく、ついつい見とれてしまう。
「おー? ぐうぜんとおりかかったら、おにーちゃんたちを見かけた」
そうだったのか。ひなたちゃんがこんなところに来るとは意外だけど、ゲームとかするのかな。
「ひなたちゃんはゲーム好きなの?」
「ひな、UFOきゃっちゃーがとくい。かげにお人形とってあげる」
にこりと微笑むひなたちゃん。なんて妹思いのやさしい天使なんだ。
「よーし。それじゃUFOキャッチャーの腕前みせてもらおうぜー。店はその後でいいだろ? すばるん」
「ああ、それじゃそうしようか。俺もひなたの腕前とやらが気になるし」
「おー、ひな、きたいにこたえられるよう、がんばる」
胸の前でガッツポーズをする。心なしか、少し胸が揺れたような気がした。
・・・・・・なんだろう。紗季に告白されたせいか、今日の俺はちょっとおかしいようだ。そういうところに目がいってしまう。
煩悩を消し去る為に頭をぶるぶると振ると、元来た道を戻っていった。
「しっかしすごかったなー。店の人もサービスしてくれたし」
「・・・・・・ひなのイノセントチャームが最も効果を発揮する相手だったわ」
「おにーちゃん。ひな、がんばった?」
「ああ、ひなたちゃんはすごいね」
頭をなでなですると、満足そうに満面の笑みを見せる。
お世辞でも誇張でもない。本当に凄い腕前なのだ。
一度目でかなり遠い位置にあるぬいぐるみを穴手前まで持ってきたのだ。
ギリギリのところで落としてしまったが、これはサービスしてくれると主張した紗季が店員を呼んだのだ。
中年のおじさんが来て、『本当はこんなサービスしないんだけどな』とか言って商品をくれたのだ。
あまりにも大出血サービスだったので、完全にイノセントチャームの餌食になっていたのだと推測する。
まあでも、イノセントチャームもひなたちゃんの固有スキルだからな。実力のうちだ。
その後店まで行って俺のオススメケーキを食べた。四人とも満足してくれたようで、おいしいを連呼していた。てか、それしか言わなかった。
「こんなに美味しい店をご存じなんて、流石昴さんですっ!」
「そんな流石なんて・・・・・・単に雑誌で知っただけだよ」
それ以来気になったので、一度だけ、葵たち同好会メンバーと一緒に来たのだ。そのときも全員おいしいと言っていたので、ここの味は本物だと思ったのだ。
ただ、ちょっと大人向けな感じはするので、小学生の口に合うかどうかは分からなかった。が、それは杞憂に終わったようだ。
「あれ? 真帆パパ?」
紗季が外を指さすと、そこには風雅さんが颯爽と歩いていた。店の中に入り、俺たちに近づいてくる。
「やあ、みんな元気かい? デートも順調なようでなにより」
「ふ、風雅さん。どうしてここに?」
高そうな白スーツを身に纏い、高貴なオーラを振りまく風雅さんを、店内客や店員が凝視していた。
俺は何度も会っているから分からないが、やっぱ初めて見る人にとってはオーラ感じるんだろうな。
「昴くん・・・・・・ちょっと話があるんだけど、こっち来てくれないかな」
真帆たちには聞こえたくない話なのか店の端のテーブルに風雅さんと二人で座った。
「そろそろ許嫁を誰にするか決めたかい?」
「・・・・・・はい。まだ最終的にではないですけど、大体は」
本当は全然決めていなかったけど、かなり時間が経つし、これ以上先延ばしにして迷惑をかける訳にはいかないと思った。だからそう言わざるを得なかった。
「そうか! それは良かった。実は明後日、女バスの親御さんと担任の美星先生の面談があってね。そのときに昴くんが来て、許嫁宣言して欲しいんだ」
・・・・・・なんですと。俺の聞き間違いじゃなければ、明後日までって・・・・・・あと二日しかない!
「わ、分かりました」
「おお、了承してくれるか。それでは明後日を楽しみに待っているからな。昴くん、そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ。私に気を使わず、好きな子を選びなさい」
あの、そういう意味ではなくてですね・・・・・・
風雅さんは満足そうにしながら店をあとにした。嬉しそうな足取りで。もう引き返すことは出来ないのだ。
口は災いの元という言葉を、この日ほど感じたことはない。