「何でボクたちが真帆のチームなんかと…」
体育館の中。6年女バスの方を見ながら、椿が愚痴を零す。柊もそれに同調して言葉を漏らす。
「真帆と一緒のチームでバスケするなんて…」
「…全く…来なければ良かった…」
雅美も、竹中姉妹と同じような念を見せる。
その三人とは対照的に、かげつは上機嫌だった。
「いいじゃないですか。きっといい経験になると思いますよ。それに、姉様と一緒のチーム…」
「コンドは、トモカとオナジチームでバスケ」
ミミも、あまり否定的では無い素振りを見せている。
試合に必要な人数は十人。断るわけにはいかない試合である以上、
彼女達も慧心学園初等部女子ミニバスケットボール部として参加せざるを得なかったのだ。
その様子を、少し離れた場所から眺める万里。
「…ううむ…長谷川ならこんな時どうするんだ…?
こんな結束していないチームを…どうやって…?」
頭を抱えていた万里に、声を掛ける葵。
「落ち着いて、万里君。
もうすぐ夏陽くんも来ると思うから、それから三人で作戦を立てよ。
…でも、真帆ちゃん…遅いね」
入り口の方を見ながら、声のトーンを落として葵が言う。
いつもなら、誰よりも先に来て練習をしている様な娘だ。葵もその事は理解している。
だからこそ、今の状況に不安を隠せなかった。
そんな葵の思いとは対照的な、陽気な声が響く。
「…麻奈佳先輩!」
その声の主の名を呼び返しながら、葵が振り向いた。
遅れて万里も身体の向きを変え、その人物…野火止麻奈佳を見る。
「話聞いたよ。昴くん、酷い風邪引いちゃったんだってね…私も少し残念。久々に会ってみたかったし。
…で、君が代理コーチ?」
「…は、はい!香椎万里です!本日はよろしくお願いします、ええと…」
言葉を切って迷いを見せる万里。理由を察して、麻奈佳は再び口を開いた。
「野火止麻奈佳。硯谷女学園高等部二年で、ミニバス部の臨時コーチ。
よろしくね、万里君…って、もしかして三年生?」
そんな疑問が生まれるのも無理は無い。何せ、身長に25cm近くの差がある。
それを解くため、万里は言葉を返した。
「あ、いえ…自分はまだ一年で」
「えぇ!?そんな高いのに!?いいなぁ…」
万里の言葉に、驚愕と羨望を向ける麻奈佳。
説明を入れるように、葵が口を開く。
「万里くん、愛莉ちゃんのお兄さんなんです」
「え…香椎…ああ、なるほど!」
それを聞いて、麻奈佳が合点がいったような声を上げた。
そして、改まって万里に向き直る。
「それじゃ、代理コーチとして申し分無いね!よろしく、万里くん!」
「はい!よろしくお願いします!」
差し出された麻奈佳の手を、万里は少しの緊張と共に握り返した。
「…さて、葵ちゃんにも。よろしく!」
その後、葵にも手を差し出す。
「はい…あの、麻奈佳先輩…足が…」
それを握りながら、葵は今にも感極まりそうな声を出す。
以前出会った時、麻奈佳の印象を大きく変えていた、右足に施されていたテーピング、そして二本の松葉杖。
それらが、姿を消していた。
メールで知っていた事ではあったが、それでも葵には込み上げてくるものがあった。
「流石にまだ完全に元通り、って訳じゃないけど。
歩く走るにはもう不自由しないし、バスケもあとちょっとで完全復帰ってとこだし…
まさに順調、ってとこかな」
笑顔を見せて、近況を報告する麻奈佳。その顔に曇りはない。
そこへ、新たに飛び込んでくる声。
「お、いたいた」
美星が、険しい表情で3人の元へ歩く。
ただ事ではないと感じ取り、葵も身体を寄せ、小声で返す。
「美星ちゃん…どうしたの?」
一呼吸。美星が口を開いた。
「…3人とも・・・話がある。ちょっとこっちに」
竹中夏陽。そして、須賀竜一。
二人は今、道幅の狭い裏路地を進んでいた。
相手は誘拐という大事の最中であるため、人目につくような場所には行くまい…という考えからの行動である。
そして、広い道路に出ない道となれば、通る道は限られてくる。
それが、二人の道筋となっていた。
「…うん、そう!それじゃ!」
駆ける足を止めずに、夏陽が使用していた携帯を懐にしまう。
その様を横目で見ながら、竜一はつぶやくように問う。
「…次は誰だよ?」
「メチャクチャ頼りになる担任」
夏陽は短く切って答えると、不意に足を止め、顔の向きを変える。
その先には、小さなアパートがあった。止めてある車に、夏陽は既視感を覚えていた。
「なぁ…あれ」
目を細め、竜一もそれを確認する。
「間違いねえな。ナンバーもさっき見た奴と同じだ」
そして、それが間違いでないことを口に出した。
同時に腕が伸び、今にも飛び出そうとしている夏陽の背中を掴む。
「…離せよ!」
「アホかお前。飛び出していった所で何になるんだよ?」
夏陽の抗弁に軽く返し、鋭いその目をアパートへ向ける。
そして、動きが止まった。
こぼれる夏陽の言葉。
「…だったら、どうすんだよ」
その言葉が、そのまま竜一の心中だった。
せめて、なにか有利になるものでもあれば。
そう思って、竜一がアパートの周囲に目を向けた時。
メイド服を着た女性が、アパートの一室へ駆け込む姿が見えた。
思考が停止している竜一の横、夏陽は言う。
「あれ…真帆の…なんだっけ、メイドってやつやってる人だ!」
それから程なくして、男性が3人、その部屋から飛び出す。
そのうち一人が抱えている物を目にして、夏陽は走りだした。
「真帆っ!おい、待てお前ら!」
しかし、まだ距離を半分ほど詰めた程度の距離で、男たちは車へと乗り込む。
それでも足を止めない夏陽。
そして、車が走りだす。
夏陽を真正面に捉え、曲がる気配は一切無い。
「…マジかよっ…!?」
「おい!」
声と共に竜一が飛び込み、夏陽を抱えて自分ごと逸れた。
横倒しになる世界の中で、夏陽は車がそのまま走り去っていくのを見る。
「…真帆っ…真帆っ!くそっ!」
大声で、悔しさと腹立たしさを吐き出した。
「…ったくよ。ボサッとすんじゃねぇ」
立ち上がる竜一。その足取りは、先程男達が出てきたアパートの一室へと向かう。
「そんなとこ行ったって…どうするんだよ?アイツらは…」
「どうせ追いつけねえ。それなら行き先の手がかりを探したほうがマシだろうが。」
本心では、立ち止まることすら許したくない。直ぐにも真帆を助けるために走り出したい。
そんな夏陽も、竜一の行動が正しいことは分かっていた。
大きな物を狙って全てを無駄にするよりは、小さな可能性を積み上げていくべきだ、と。
「…くそっ」
もう一度悪態をついて、悔しさを抑えこみ、夏陽も竜一の後に続いた。
竜一がドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。
抵抗が無い。鍵が開いている、ということだった。
「…あいつら、よっぽど焦ってたっぽいな…それとも」
「中にまだ仲間がいるのか…ってことか」
竜一に続くように、夏陽も小さくつぶやくように言う。
そして、一呼吸。
竜一が一気にドアを開け、夏陽と共にそのまま部屋の中へ飛び込んだ。
そこで、眠っている女性の姿が二人の目に飛び込む。
その手には家具と繋がっている手錠が掛けられており、どのような状況であるかは、二人にも容易に想像できた。
「久井奈さん!」
横目で竜一が携帯を取り出しているのを確認すると、夏陽は真帆のメイドである久井奈聖の下へ駆ける。
「久井奈さん!どうしたんだよ!」
その肩を掴んで激しく揺さぶるも、その瞳が開く様子は無い。
「くそっ…」
目を落とす夏陽。その先に、久井奈の握っている紙が映る。
直ぐ様それを手に取り、開いて内容を確認する。
[追手の為、睡眠薬を利用しました。
そのため、本地は三沢真帆の隠匿場所としては不適当であると判断。
集会所へと移動します]
おそらく、真帆を誘拐した人物が、格上の相手がここに来ることを想定して書いたであろう手紙。
つまり、「集会所」が先ほどの男達が向かった先である。夏陽はそう解釈した。
でも、「集会所」ってどこだ?
それを探す為、部屋を捜索しようとした夏陽を、ポケットのバイブレーションが引き止める。
なんだよ、くそ。夏陽はポケットに手を入れ、人物すら確認せずに携帯に話しかけた。
「もしもし?」
[もしもし、竹中]
声の主は美星だった。
今夏陽が持っている情報を伝えるに相応しい人物。
「今、真帆がどこに連れていかれたか分かりそうなんだ!
なんか、「集会所」とかいう場所らしくて…今それを…」
「…そうか。それでな竹中、一つお願いがあるんだよ」
激しい夏陽とは対照的に、美星の声は落ち着いていた。
いつもの、夏陽の知っている美星からは想像できない声に、夏陽の熱気も落ち着く。
「…なんだよ?」
「戻って来い」