体育館の一角からの声。  
「中止!?どういうことですか、麻奈佳先輩!」  
しかし、藍田未有のその声は、体育館全体に響いていた。  
その声に応じたのは、対称的に静かな麻奈佳の声。  
「相手の事情よ。いつまでもこんなところに留まってるわけには行かないでしょ?」  
硯谷の女子ミニバスケットボールチームは、強豪として名を馳せているチームだ。  
一分一秒でも多く練習をこなし、力を付けなければならない。麻奈佳の言う事は最もだった。  
 
「……くっ!」  
 
それがわかっているからこそ、未有は何も言えずにいた。  
悔しさは、握られた拳に現れ、小さく震えていた。  
 
麻奈佳も、その心境を理解している。  
さらに言えば、麻奈佳も同じ心境だった。  
 
先程と対称的に、静かな空気が流れる体育館。  
破ったのは、未有の方だった。  
 
「……先輩。手洗いに行ってきます」  
 
一瞬あっけに取られるが、麻奈佳はすぐに、冷静に言葉を返した。  
 
「いいけど……すぐ出発だから、できるだけ短く済ませてきてね」  
「はい」  
 
そう返して、脇を通り抜ける未有。  
 
握られた拳が、そのあまり大きくない胸の前でガッツポーツを組んでいた事を、麻奈佳は知らなかった。  
 
「……くそっ」  
 
悪態をつきながらも、夏陽は学校へと歩みを進めた。  
その斜め後ろを、速度をあわせて歩く須賀竜一。  
口は固く閉ざされ、言葉が出る気配は無い。  
 
そして夏陽の目に、見慣れた校門に、  
見知った2人が立っている姿が映る。  
 
その中で、親しい方の人の名を呼んだ。  
 
「葵おねーさん……」  
 
「おかえり、夏陽くん。いろいろ言いたいこと、あると思うけど……  
今、美星ちゃんも探してる。被害者が増えないようにしたいらしいから……」  
 
当然ながら、美星の言葉は、夏陽の身を案じてのことだ。  
犯人探しのような真似をすれば、その身が危険に侵される事は必至。  
夏陽も、それは理解していた。だからこそ従ったのだ。  
 
悔しさを噛み殺したような表情で、夏陽は体育館へと歩みを進めていく。  
 
その途中ですれ違う、湊智花の姿。  
すれ違うということは、智花は校門に向かっていると言うこと。  
思わず夏陽は声をかけた。  
 
「おい、湊。どこ行くんだよ?」  
「葵さんと一緒に、昴さんのとこに。  
こんな結果になっちゃったけど、それでも昴さんは知りたいと思うから」  
 
その口から出る、長谷川昴の名。  
 
「…そうか」  
 
相槌を打ち、2人が再び歩き出す。  
その背中で、夏陽は考えていた。  
 
もし、あの車を見つけたのが自分ではなく、昴だったのなら。  
女バスの窮地を、あの5人の窮地を救ったあいつなら。  
 
「……ちくしょう」  
 
考えてもしかたのないことだと、夏陽も理解している。  
それでも彼は、他人に頼るしか無い自分自身の弱さが許せなかった。  
 
「しかし、こんな奇遇なこともあるもんだな、須賀?」  
校門に立っていた、もう一人の人物。  
香椎万里が、夏陽と共に来た竜一に声を掛ける。  
 
「けっ……気晴らしに適当に行く駅選んで適当にほっつき歩いてたらたまたま出会っただけだ」  
「ああ、そうかよ」  
その回答に、冷めた声で返す万里。  
互いに道を譲れぬライバルである以上、思う所があるのだろう。  
 
「でも、感謝してるよ。夏陽くんの事、ありがとう」  
 
その横から飛んできたのは、万里の言葉とは全く違う、葵の言葉。  
竜一はしばらく黙りこむと、小さく舌打ちをした。  
 
「……言っただろ。たまたまだっての」  
 
その様子に、万里が思わず吹き出した。  
「素直じゃねえ奴」  
「黙れ」  
今度の反応は早かった。  
 
「葵さん」  
そして、三人の誰とも違う声色に、全員が一斉に振り向く。  
そこには、智花が立っていた。  
「ああ……それじゃ行こっか、智花ちゃん」  
「はい」  
返事を皮切りに、2人が歩き出す。  
その背中を眺めながら、竜一は呟くように尋ねた。  
 
「あいつら、どこ行くんだ?」  
「ああ、長谷川んち。あいつ風邪引いて寝込んでるからな」  
 
流れる静寂。  
 
「……なあ、須賀。お前、今からどうする気だ?」  
口を先に開いたのは、万里だった。  
すぐには反応せず、竜一は帽子を深く被り治す。  
そして、小さく「さあな」と答えた。  
 
「……ふう」  
車から降り、美星がため息をつく。  
 
ここが、竹中の言ってた場所か。  
心の中でそうつぶやくと、その近くの公園に歩みを進めた。  
 
人気のない公園。こういう所こそ怪しいものだと踏んでいた。  
が、美星の視界には、あまり当てになりそうな物は見当たらない。  
もう証拠は残っていないか、と。再びため息をつきそうになった時。  
 
「……ええ、はい。申し訳ございません……!  
そのガキは必ず黙らせます……この計画の邪魔はさせません……!」  
 
誰かの、電話の声。美星が怪しいものだと理解するのに、時間は掛からなかった。  
 
「ちょっと、そこのお兄さん?」  
 
その年齢に見合わぬ幼い声で、小さな手で男の肩を掴む。  
声を聞いて油断した男が、苛ついた口調で言葉を返した。  
 
「あぁ?触んじゃ……」  
その声に、だんだんと力が無くなっていく。  
 
握られた肩にかけられた力は、少女のそれではなく。  
それどころか、並の男よりも強い物だった。  
 
「その話……聞かせて貰おうか?」  
 
 

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