【長谷川さんのシャツ】  
 
「やっ、やったぁーーーー!」  
 
愛莉がこれ以上ないくらい飛び上がって喜ぶ。  
遊び半分で始めた俺と女バスメンバーとの1on1。  
俺に勝ったら何でも言うことを聞いてあげるというものだった。  
普通ならまず負けないが、ハンデ付きのため万が一はありえた。  
しかしそれは智花相手の話くらいで、それ以外のメンバーなら負けるはずはなかった。  
なかったはずだった…。  
 
「アイリーンすっげー!!!」  
「おー!、あいりおめでとー!」  
「なんていうか、奇跡ね…」  
「お、おめでとう…、さ、先越されちゃったよー」  
女バスメンバーに囲まれ満面の笑みを浮かべる愛莉。  
「ありがとう!えへへー!」  
 
色々と油断しすぎた、といってしまえばそれまでなのだが、  
本当に愛莉の背の高さというものを甘く見てはいけなかったと痛感した一戦でした…。  
「あ、あの…、長谷川さん大丈夫でしょうか…」  
俺の落ち込みを見て、心配そうに声をかけてきてくれる。  
やっぱり愛莉はいい子だなぁ…。  
 
「ああ、ごめんな、あまりにも愛莉が凄かったからびっくりしちゃってさ」  
ま、俺自身の反省は後でいくらでもするとして。  
ここまで愛莉が喜んでくれるというのもそうは見れない光景だし、  
これをきっかけに、さらに自信つけてくれれば万々歳、これはこれでよかったと思うことにしておこう。  
 
「そ、それでその…、お願いなんですが…、よろしいでしょうか?」  
おどおどと、ちょっと顔を赤らめる。  
「ああ、俺でできる範囲内ならなんでも言ってくれ」  
何でもってあたりがちょっと怖いが、愛莉ならそう無茶な事は言ってこないだろう。  
 
「そ、その…、長谷川さんのしゃ………」  
「しゃ…?」  
そこで愛莉の言葉が詰まる。  
しゃ…、写真とかかな?、取られるのはあまり得意でもないがそのくらいなら全然。  
他には…、写生とか、って別に俺とする意味ないよな…。  
とか考えてもしょうがないな、言ってくれるまで待てばいいだけだ。  
 
そのうち愛莉は意を決したか、はっきりと  
「長谷川さんの、しゃ…シャツを下さいっ!」  
「「おおおおお!」」  
「え…?」  
周りの歓声とはうらはらに、数秒間、俺は身動きができなくなった…。  
 
「えーと…、俺のシャツ?」  
なんつーか、マジですか?  
「はっ…、はいっ」  
帰ってきたのは肯定、マジらしい。  
 
えっと…、サイズ的に見ても愛莉なら俺のシャツでも普通に着れそうだが…。  
でも胸のサイズ的にそれはないよなぁ…。  
ならお守り的な意味でってことかな?  
智花もプレゼントしたリストバンドをお守りっぽく扱ってたから、そんな感じなのかもな。  
俺の持ち物がそんな扱いされるのは、こっ恥ずかしいところではあるが。  
しかし、それなら別にシャツじゃなくてもよさそうだが…。  
いやいや愛莉がシャツでいいと言っている以上、それでいいんだろう。  
 
「うん、わかったよ、じゃあ今度適当に見繕って―――」  
と言いかけた所で、  
「いえ…、それじゃなくって…」  
愛莉は再び顔を赤くして、もじもじし始める。  
「???」  
 
まったくもってさっぱりわからない…。  
とりあえず愛莉の次の言葉を待つ。  
ちなみに他の周りのメンバーは無言で成り行きを見守っている状態。  
「…ま………ツを…」  
声が小さくてよく聞こえない。  
よほど言い難いことなのだろうか、下手な催促は控えてさらに待つ。  
 
そうして、愛莉は再び意を決して、  
「今…、着ているシャツが欲しいんですっ!」  
「「おおおおおおお!!!」」  
その言葉に周りからはさらなる歓声が上がる。  
「……………、へっ?」  
お父さん、お母さん、最近の小学生はまったくもってわからないことばかりです…。  
俺は遠い目をすることしかできなかった…。  
 
とまあ、軽いトリップから戻ってきたところで、、  
「えっと…、これ?」  
今着ているランニングシャツの襟を軽く引っ張って見せる。  
「はい!」  
愛莉はもう吹っ切れたのか堂々と頷く。  
 
正直…、正直言って拒否したい所ではあったが、  
「長谷川さん言いましたよね、できることなら何でもするって」  
「でもシャツもただじゃないだろうからな〜、代金が必要ならわたくしがいくらでもだしますよ〜ん」  
紗季と真帆がニヤニヤしながら言ってくる。  
「真帆ちゃん、そこまでしてくれなくても…」  
「いやいや、アイリーンのせんしょー祝いだから気にしない気にしない」  
「い、いや、お金とかは別にいいんだが…」  
まったくもってそういう問題じゃない…。  
「おにーちゃん、おにーちゃんはうそつきじゃないよね?」  
「うう…、すっごく羨ましいけど…、昴さん、約束は守るべきかと…」  
うわ、完全アウェー、これどーしよーもなくね?  
っていうか羨ましいってなんですか?、智花さん。  
 
「あ、あの…本当に嫌でしたら、諦めますから…」  
ちょっと悲しげな瞳で見つめてくる。  
これを断れる男がこの世にどれだけいるのかと世界に問うてみたい、そんな顔だ。  
「ああ…、わかった…」  
流石にこの状況、拒否は不可能と悟った。  
「あ、ありがとうございますっ!」  
満面の笑みで深々とお辞儀をする愛莉。  
「おー、よかったなアイリーン」  
「大事にしなさいよ」  
「おー、あいりおめでとー」  
「昴さんのシャツ…、昴さんの匂い付きのシャツ…」  
なんで俺のシャツなんかでこんな盛り上がるんだ、本当にわからない…。  
 
とりあえず思ったのは、愛莉ですらこれだけ高難度のお願いということは、  
他のメンバーがどうなるかなんて全くもって想像できないということだった。  
『みんなには悪いけど、今後同じことがあっても絶対に負けられないな…』  
固い決意を胸に秘める俺であった…。  
 
ー了ー  
 

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