その日、私――湊智花は毎日の日課になっていた昴さんとの朝練を休んだ。  
別に体調が悪かったわけではない。かといって昴さんのことが嫌いになった、なんてことはもっとありえない。  
原因は昨日の練習のときだった。  
昴さんと葵さんが何か話していたのでつい気になってこっそり話を聞いていた。  
その話は昴さんのバスケ部が休部になった理由。  
昴さんの先輩でバスケ部の部長さんが顧問の先生の娘さん――小学生と付き合っていることがばれて  
昴さんの高校のバスケ部は休部に、その部長さんも退学することになってしまったのだと。  
 
ショックだった。  
昴さんの高校のバスケ部がそんなことになっていたことが、ではない。  
小学生が高校生と恋仲になることがそんな不幸を招いてしまった、ということに。  
もし私が昴さんに思いを伝えてしまったら――  
考えたくない。  
次の日、私は昴さんと顔をあわせるのが怖くなってしまった。  
顔をあわせるたびに私の昴さんへの思いが強くなってしまう気がして。  
自分の気持ちが抑えられなくなってしまって昨日の話のようなことになってしまうんじゃないかと。  
やはり私が昴さんと一緒に居たいなんてことはおこがましいのでしょうか。  
そう思えば思うほど悲しみがこみ上げてくる。  
「うう……ヒック……昴……さん…」  
いつの間にか私は泣いていた。あふれてくる涙をとめることができない。  
でもこればかりはどうしようもないこと。どうにもならないこと。  
そう思っていた。  
 
「その悩み、私がなんとかしてあげましょうか?」  
 
突然後ろから声がした。振り向くとそこには見たこともない女性が立っていた。  
その女性は女の私が見ても思わず見惚れてしまうほど美しかった。  
だがその女性には普通と大きく違うところがあった。  
それは頭に生えた角のようなもの。背中に生えたコウモリのような羽。悪魔の尻尾のようなもの。  
「あなた、サキュバスを見るのは初めて?」  
サキュバス。  
以前真帆が見せてくれたマンガに出てきていた淫魔のこと。  
男の人を誘惑して、え、えっちなことをしちゃう魔物だったはず。  
そんな魔物が私に何をしようというのだろう。そう考えただけで怖くなってしまった。  
「あらあら、そんなに怖がらなくても大丈夫よ。別にとって食おうっていうんじゃないから。  
 言ったでしょ?あなたの悩みを何とかしてあげるって。恋の悩み、なんでしょ?」  
「ふ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」  
自分の気持ちを見抜かれて私は顔を真っ赤にしてしまう。  
「大丈夫よ。私はあなたの味方。あなたの恋の手伝いをしてあげられるわ…♪」  
そう言って易しく微笑むサキュバスさん。その様子に少し安心した私は話だけでも聞いてみようと思った。  
「恋のお手伝い…?どんなことをするんですか?」  
「そんな難しいことじゃないわ……この薬を一粒飲めばいいだけ。  
 そうすればあなたはすb…ゲフンゲフン、自分の望みを叶えるのに相応しい姿になれるわ。」  
そう言って取り出したのは一本の小瓶だった。彼女はそれを私に手渡した。  
 
「あの……一つ聞いてもいいですか?」  
「なぁに?」  
「どうして私の為にこんなことをしてくれるんですか?」  
正直このサキュバスさんは悪い人(というか魔物)には見えない。  
だが何の理由もなく協力してくれる、と言うのは少し不安なものを感じる。  
「確かに、私たちサキュバスの中には自分の都合で人間を利用しようと考えてる輩も多いわね。  
 でも私の場合――いえ、なんでもないわ。」  
結局はっきりとは答えてくれなかった。でも彼女は何か安心する――そんな何かを感じさせた。  
だから私は彼女のことを信じることにした。  
そして私は薬を一粒取り出すと一気に飲み込んだ。  
次の瞬間、私の全身に電流が走ったように感じた。  
「ひゃぅんっ!!」  
さらに体が熱くなってきた。体の一部もムズムズしてきた。  
「あ、あつい、よぉ……ひゃんっ、なに、これぇ…っ!」  
それだけではおさまらず、私に強烈な快感が与えられる。  
「やだ……わたしっ!へんに…へんになっちゃうよぉっ!!」  
全身から何かが生えてくる感覚にビクビクッと震えながら私は絶頂に達した。  
 
「ふふ……どうやら上手くいったみたいね……見て御覧なさい?」  
そう言ってサキュバスさんは等身大の鏡を取り出すと(たぶん魔法の力なのかな?)私の目の前に置いた。  
その姿を見て私は言葉を失った。  
「何……これ……どうなっちゃったの…私……?」  
今の私の姿は頭には湾曲した角、背中に黒い羽、お尻には尻尾が生えていた。  
それはサキュバスさんと全く同じものだった。  
「私……サキュバスになっちゃったの……?」  
どうしよう。  
こんな姿になってしまったらもう学校に行けない。  
「安心して。その姿は一眠りすれば元の姿に戻れるから。  
 それにこんな魅力あふれる姿になれたのよ?何も嫌がることなんてないわ。  
 あとはその姿であなたの好きな人を誘惑して、一緒に気持ちよくなればいい。それだけよ?」  
そう言われて私はもう一度鏡に映った自分の姿を覗き込む。  
私の姿をしているサキュバスの姿。だけど今の私にはその姿に嫌悪感を感じなくなっていた。  
それどころか彼女の言うとおり、この姿がとても魅力的に思えて仕方がない。  
ずっとコンプレックスだった小さな胸も、今の自分にとっては昴さんを誘惑する最高の武器になる気がした。  
今の自分に出来ないことなんてない。そんなことを考えてしまうくらいに。  
昴さんに会いたい。昴さんに私の姿を見て欲しい。昴さんにいっぱい愛してもらいたい。  
自分の中の思いを止められなくなった私は、窓を開け、外へ飛び出した。  
「昴さん、待っててくださいね…今から会いに行きますから…えへへ」  
 
 

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