紗季は1週間後、その記者に返事をした。もちろん、YESと  
記者はニヤリと笑い、そして、紗季を近くの教会へと連れて行った  
 
紗季と記者が中に入った時、中では勉強会が行われていた  
ホワイトボードに書いてあったのは「みなしポルノをどうやって児童ポルノとして認めさせるか」だった  
彼女らが言うには、日本のマンガ、アニメ、ゲームは性犯罪を助長しているのだとか…  
 
紗季:「私たちが普段見ているようなマンガなんかも、被害者を増やす原因なんですか…?」  
記者:「そうだよ、日本のサブカルチャーは世界から嫌悪されてるんだ  
    ほら、このゲームの箱、見てごらん?」  
 
見せられたゲームは、大人向けとして売られているゲームのようだった  
見た目的にはいかにも小学生?そんな子がHなことをしているイラストだった  
紗季は思わず顔を逸らしてしまった  
 
紗季:「こんなの、酷すぎます…」  
記者:「そう、このゲーム、海外でも『児童ポルノだ!』と主張されてるようなゲームなんだよ  
    そんなゲームが、日本では当たり前のように売られているんだ  
    それに、こんなのもあるんだ…」  
 
さらに見せられたのは、バスケ部のヒロインが主人公とHな関係になっていく、というものだった  
そのイラストも、明らかに私と同じくらいの歳の子…  
 
紗季:「…」  
記者:「ごめんね、これじゃ僕がいじめてるみたいだ…だけど、キミには現実を、知ってほしいんだよ  
    こんなの、あんまりだろう?」  
紗季:「はい、これは、酷すぎです。私、こんなゲーム、この世からなくしたいです…」  
 
記者は紗季の言葉を聞き、心のなかで高笑いをした  
 
記者:「よし、みんなに紹介しよう、今日からぼくらの研究会のメンバーになる子だよ」  
紗季:「永塚紗季です。よろしくお願いします」  
 
メンバーの方々はすごく優しかった  
紗季の過去を予め知っているようで、そのねぎらい、また、自分たちの理想を熱心に語っていった  
その理想に、紗季は胸が高鳴った  
 
この理想を、叶えたい。被害者をもっと減らしたい!  
 
紗季の中学生活は、当初思っていたことよりも充実した  
週1の研究会。毎回熱心に活動計画を考え、実際にゲームブランドを追い込む活動を行ったり…  
時々やってくる衆議院議員の◯◯氏や□□氏の話もすごく参考になるものだった  
 
研究会での出来事は、何もかもが紗季にとって興味深いものだった  
 
そして、研究会は紗季にとってなくてはならないものになっていった  
それが、彼女らの狙いであり、紗季はまんまとハマっていってしまった  
 
記者:「いやー、やっぱり小さい子は純真だ。そしてバカだ」  
シスター:「ええ、教皇様の教えをすんなり受け入れてくれましたしね  
      インターネット上で宗教バッシングが強まったせいで、今の20代くらいは著しく信仰心が弱い…  
      こういう子を大事にしなければいけませんね」  
 
研究会の理想。一見すると理にかなったものであるが、自らの宗教の教えを体現しているだけであった  
紗季はそんなことも知らず、この理想が全ての真理だと思い込み、そして、  
世間的にはカルト宗教の代名詞とも言われる☆☆教の熱心な信者となっていくのであった  
 
紗季:「ふふっ。今日も教皇様の理想のために…」  
 
宗教へとのめり込んでいく紗季を、両親は止めることが出来なかった  
紗季の部屋には、得体のしれない壺、マリア様をかたどった彫刻のようなものが棚を占領し、  
また、歴代教皇の写真が彼女の部屋に並べて飾ってあった  
 
学校では秀才として名を馳せるようになり、そのルックスと相まって「女王様」と呼ばれるようになっていた  
友達はいない。言動の所々にカルト宗教の信者らしさを感じた同級生は、みな紗季を避けていたからだ  
ネットという道具を駆使する彼らは、紗季がのめり込んでいる宗教の悪質さを皆知っていた  
そして、彼女らに楯つけば命がないということもまた、彼らは知っていたのだ  
 
影では「次期教皇様(笑)」とバカにされてもいたが、それは彼女が知るよしもなかった  
 
中学を卒業する頃には、紗季はその地区でもっとも信望を集める教徒となっていた  
熱心な信者であり、それだけでなく知識も豊富で頭もいい  
既に暗に解散、廃業に追い込んだアダルトブランドもいくつかあり、とにかく実績があった  
 
そんな紗季を放っておかないのが上層部である  
高校は上層部のコネで、関西の一流私学校へと入学した  
紗季に次期教皇候補としてのエリート教育を施そうという考えだ  
 
高校には同じ宗教の信者が沢山いた  
紗季には非常に沢山の友達が出来た。中学の時以上に幸せな毎日になった  
みんな理想を叶えるために熱心で、紗季と同じくらいの実力者もいた  
そういう環境に身を置けることを、教皇様に感謝する紗季であった  
 
成績も全国模試で上位に入るくらいあった。この学力なら、東京大医学部だって容易い  
紗季はますます、周囲から尊敬の目で見られるようになっていた  
 
高校がある街は☆☆教の総本山とも言える地区でもあった  
街を歩けば「紗季様、今日も私たちに幸せをありがとうございます!」と握手を要求される  
そんな人々に紗季は一人ひとり笑顔で応じていった  
自分のお陰で幸せになれる人がいる、その事実は紗季をますます幸せにしていった  
 
そんな紗季に、次の教皇の座が転がり込んでくるのに時間はかからなかった  
現教皇が病気で急死、その後釜として、紗季が教皇として君臨することになった  
 
紗季:「ふふっ、これが教皇の椅子…素晴らしいわ!  
    私の力で、この穢れた日本を何とかしてみせる…  
    そして、長谷川昴という男を、踏みつぶしてやるわ!」  
 
紗季の目には、これまでにないほどの熱意があった  
その姿に、部下は恐れおののき、そして強い尊敬の念を抱くことになる  
 
紗季は知っていた。この教皇という椅子は、誰かに与えられたものだということを  
そして、与えた人間が誰なのかも  
 
紗季:「大きな団体ほど、内部の歪みは無視できないものになるのよね  
    …NO3!◯◯衆議院議員を、事故を装って殺しておきなさい  
    ◯◯先生には感謝してるけど、私はあなたの操り人形じゃないのよ…ふふふっ  
    代わりねぇ…××氏あたりを擁立しておきなさい。あの人は従順な操り人形だから」  
 
 
 
…ただいま入ったニュースです、先ほど、◯◯衆議院議員の乗った車が踏切で特急と衝突しました  
 この事故で…  
 
 
紗季は色々なものを手に入れた。  
若干18歳にして、一生遊んで暮らせるだけの金、政治家を言いなりにする権力、  
そして思うがまま動かせる手下…  
紗季が欲しかったものは、全て手に入った  
 
紗季は海外の反ポルノ活動家を集め、日本で巨大なシンポジウムを行った  
世界中から記者も集まり、その中で日本のオタク文化バッシングを大々的に行ったのだ  
参加者の中には、日本でも有力なフェミニスト政治家や、海外でマンガ規制を実現させた活動家もいた  
新聞社やテレビ局のコネを使い、シンポジウムを報道させることにも成功した  
 
紗季自身の教皇としての信望、そして先人が得てきたコネを最大限に使ったこのシンポジウムは大成功  
世間からのオタク文化への激しいバッシングが起こるようになり、日本のサブカルブームは急速にしぼんでいった  
そう、2000年台初頭のオタクバッシングの時代に戻ったかのように  
 
きわどい描写の作品は児童ポルノとして全て自主規制に追い込まれていった  
特にアダルトゲームは風前の灯火と言われるまでになった  
政治家のコネを使っての法律での創作物規制も実現まであと一歩まで来ている  
残るのは健全な教育漫画や幼児向けの絵本程度だろう  
 
だが、紗季がやりたいのはこれではない  
サブカル規制はあくまでもきっかけ。目指すは「18歳未満の恋愛禁止、セックス禁止」である  
私たちみたいな被害者を出さないこと、それこそが、紗季の目指す理想の世界…  
 
シンポジウムが一段落した19歳の時、部下から待ちに待った報告がはいった  
 
部下:「教皇!長谷川昴の居場所を特定しました!」  
紗季:「そう、ご苦労さま。……ふふっ、婿入りして隠居…そりゃ普通の人には見つけきれないわね  
    だけど残念。私の手にかかればそれくらい容易いのよ…  
    ふぅ、あとは4つの駒の確保ね」  
 
………長谷川昴への復讐は、私たち5人でやらなくてはならない  
一息つくと、紗季は部下に、4人の居場所を調べてるよう指示するのであった…  
 
------  
 
智花は心身ともにおかしくなっていた  
昴に捨てられたという感情からくる絶望感が彼女を自殺へと導いた  
 
それで自殺出来ていれば、ある意味幸せだったのかもしれない  
だが、智花は昴の幻聴に狂い、道端で倒れこんでしまった  
彼女は自殺したい、という意思半ばで、眠りについてしまった  
 
眠りから覚めた時、智花を待っていたのは、誰かに常に監視されている感覚、  
誰かに心を読まれている感覚、両親に性的嫌がらせを受けているという妄想などなど…  
 
…統合失調症。それは智花をじわじわと蝕んでいった  
 
はじめは何とか通えていた中学校も、1年で不登校に  
両親が気づいたて治療を開始したのがその頃だったが、薬物療法に無反応な重症型だった  
どんなに優秀な医者を持ってしても、智花の病状は一向に良くならなかったのである  
 
薬に頼れないなら、神様仏様に頼るしか無い  
両親がそういう発想に至るのは至極当たり前であった…  
 
智花が預けられたのは、山奥にあるコテージ  
 
智花:「あの絵が私を見てる…やだ、こわい…あの絵も…なんで私の考えてること知ってるの…やめて…」  
祈祷師:「これは…悪霊が沢山…祓うのに1年はかかるわ。それも上手く祓えるか五分五分ね…」  
花織:「どうか、お金はいくらでも出すので…智花をよろしくお願いします…もうココしか頼れないんです…」  
 
両親の最後の期待を受け、智花は毎日、祈祷師の言いなりになり必死に頑張った  
だが、神様は智花を助けてはくれなかった。そもそも、神頼みは治療なのか…  
 
そもそもこの祈祷師、エセである  
眼の前にいる少女は、自我を失いつつある。どうせこのまま変わらないだろう  
あの夫婦からはら大量のお金を貰った。だけどもっと金が欲しい  
なら、この少女の体を使っておくべきだろう  
 
祈祷師のもとには、噂を聞きつけた男が毎日やってくるようになった  
14歳の少女を好き勝手出来るのだ…これとないチャンス  
 
智花は毎日、そういう男の性欲処理機として扱われた  
はじめはただ中出しするだけ、だけど客はそれでは飽きたらなくなる  
次第に普通の大人でも拒否するような特殊プレイを要求されるようになった  
穴という穴を広げられ、ピアスを通され、体中にあざが出来……  
 
それと引き換えに、祈祷師は、あっという間に今後10年遊んで暮らせるだけの金を手に入れた  
 
何一つ病状が良くなることなく、智花の精神はあっという間に荒廃してしまった  
1年の「治療期間」が終わった時、落胆する両親のもとに返されたのは、  
自我を完全になくして、虚ろな目を開いたままの智花であった  
 
智花は言葉に反応しない  
ただひとつ「長谷川昴」という言葉以外は  
 
両親はそんな智花を見るに見れない  
なぜうちの智花がこんなことになったのか  
誰も教えてくれないことを、毎日悩み続け、気づけば智花のように心を病んでしまっていた  
 
アルコール、睡眠薬…忍と花織はどんどん依存するようになった  
そんなふたりを見れば、智花が児童施設に預けられるのはごくごく自然なことだろう  
 
智花が19歳の時、忍と花織が冨士の樹海で首吊死しているのが発見された  
そのニュースを聞いても、隔離部屋の中でまゆ一つ動かさず、虚ろな目のままの智花…  
 
紗季はそんな智花の姿を遠巻きに眺めると、一瞬悲しい表情をしたのちその場を去った  
 
------  
 
ピッ…ピッ…ピッ…  
 
目覚めた愛莉を待っていたのはただ白いだけの天井だった  
体は…動かない。頭も…回らない  
体のいたるところがチクチクする…  
 
愛莉:「…ここは…?」  
 
その声を聞いたのは、たまたまおむつ交換に来た看護師だった  
 
看護師:「あ、愛莉ちゃん!目が覚めたのね!ちょっとお父さんとお母さん呼んでくるから、あ、先生!…」  
 
愛莉父:「愛莉!目が覚めたのか!本当に…良かった!」  
愛莉母:「愛莉、ここがどこだか分かる?」  
愛莉:「…びょう、いん?」  
愛莉母:「そうよ…あなたはね、かれこれ5年くらいずっと、寝てたのよ  
      もう目が覚めないかもって言われてたのよ…本当に、良かった…」  
 
大泣きする両親を見ながら、愛莉は少しづつ意識がハッキリとしてきた  
当時を思いだす  
 
そう、急にお腹が痛くなって、病院に行って…  
 
愛莉:「あかちゃん…わたしは長谷川さんの子供を…」  
 
その時の両親の顔は、嬉しさと悔しさが入り混じったものだった  
認めたくない、という感情と、最愛の娘の血をひいた子だという事実  
 
愛莉母:「…あなたの娘なら、ここにいるわよ」  
愛莉子:「ママ!おはようママ!」  
 
愛莉そっくりで、この年にしては背は高め、顔立ちもよくて可愛い娘がそこにいた  
どことなく、あの人にも似てる…  
 
愛莉:「…やめて…わたしはあなたのママじゃない…ママじゃないの…出ていって…お願いだから」  
愛莉子:「…?ママ?どうしたの…?」  
愛莉:「いいから出ていって!!」  
 
まず出てきたのは、明確な拒否の言葉だった  
ひどく悲しそうな顔をした愛莉の娘は、愛莉の母親に連れられ病室から去っていった  
 
愛莉子:「ママどうしたの?すごく怒ってたよ」  
愛莉母:「きっとまだ体の調子が悪いのよ…」  
 
5年間も寝ていれば、体の衰えは凄まじい  
ベッドから起き上がることすらも難しいのである  
だが厳しいリハビリは、運動部だった愛莉にはさして苦痛ではなかった  
 
それ以上に苦痛だったのは、手術の後遺症で右足が動かなくなっていること、  
同じく後遺症で排泄のコントロールが出来なくなっており、  
便はコントロールできても、尿はおむつにせざる得ない状況になってしまったことだった  
 
自分の尿で重くなったおむつを毎日自分で交換する…その度に涙が止まらない  
 
5年間のブランクがあり、心はまだ小学生のまま  
そんな年頃の子に、老人とさして変わらない体というのは酷く愛莉の心に傷を負わせた  
 
それでも必死にリハビリを重ね、杖があれば日常生活を送れるまでになり、  
18歳の春、ようやく病院から退院する運びとなった  
 
自宅は愛莉のためにバリアフリーに改築されていたが、  
そこに愛莉の娘の姿はなかった  
愛莉の心情を考え、両親の祖父母の元で育てることになったようだ  
愛莉にとって、娘は昴にされたレイプを思いだすものであるから…  
 
社会復帰するため、愛莉は勉強をしなければならなかった  
小学校の時の学力で止まっている状況で、愛莉は必死に自宅学習を続け、  
何とか高卒認定まで取ろう、と躍起になっていた  
 
そんな時だった、家のチャイムが鳴る  
 
愛莉:「はい?」  
紗季:「ふふっ、こんにちは。ごきげんいかが?」  
愛莉:「え…もしかして…紗季ちゃん?紗季ちゃんなの…!?」  
 
------  
 
残りの4人のうち、まず居場所が分かったのは智花だった  
だが現状では、智花を駒として使うのは難しいかもしれない  
まだ、智花が昴に対して激しい恨みを持っていることを紗季は知らない  
 
だから、ほぼ同時に分かった愛莉にアプローチをかけることにしたのだ  
紗季は愛莉の過去を思いだす  
 
紗季:「学校で急に吐いちゃって、それから大変だったのよね…  
    あの時は風邪でも引いたのかって思ったけど、まさか妊娠してたとはね  
    その相手が、長谷川昴、いや、荻山昴だってことも」  
 
愛莉は今、後遺症と闘いながらも何とか大学へ行こうとしている  
その辺り、愛莉は変わらず真面目だと知り、紗季はとても嬉しかった  
その一方、長谷川昴への恨みを忘れていないか、不安な気持ちも拭えなかった  
 
愛莉:「はい?」  
紗季:「ふふっ、こんにちは。ごきげんいかが?」  
愛莉:「え…もしかして…紗季ちゃん?紗季ちゃんなの…!?」  
紗季:「ええ。ちょっと開けて貰えるかしら?」  
愛莉:「う、うん、ちょっと待ってて!」  
 
かれこれ8年ぶりの二人の再会  
紗季は愛莉から見て、酷く大人だった。そして、何か強いものを持っている、そんな印象すら受ける  
愛莉は紗季から見て、酷く子供だった。体は19歳でも、心はまだ12歳なんだと痛感する  
 
紗季:「突然の訪問でごめんなさい。久しぶりね」  
愛莉:「うん、久し振りだね…紗季ちゃん、変わった…」  
紗季:「愛莉も。随分と大人な体じゃない」  
愛莉:「ううっ、恥ずかしいから体のことは言わないでよ…」  
 
世間話はあんまり出来ないことで、すぐに沈黙が訪れた  
愛莉はまだまだ子供。「19歳の大人」と「12歳の子供」では合わせる話題を見つけられない  
 
長い沈黙を破ったのは、紗季だった  
 
紗季:「ねぇ愛莉、愛莉は悔しくない?…長谷川昴のこと」  
愛莉:「………悔しいよ。………恨んでるよ」  
紗季:「殺したいくらい…?」  
愛莉:「うん、わたし、あの人のせいでひどい目にあったもん…」  
 
愛莉は泣きだしてしまった。紗季はそれを慰める  
心のなかで高笑いをしながら  
 
紗季:「私もね、あの男を殺したい」  
愛莉:「でも人殺しはダメだよ…警察に捕まっちゃう」  
紗季:「大丈夫、私ね、警察に知り合いがいるの」  
愛莉:「…紗季ちゃん、すごいね」  
紗季:「それに警察はね、正義のために私たちのやることを認めてくれるよ、きっと」  
愛莉:「ほんとうに?」  
紗季:「うん。きっと。」  
 
その言葉に嘘はなかった。警察の上層部には熱心な信者が沢山いる  
世間からは忌み嫌われても、日本という国の実効支配は順調に進んでいる  
簡単に言えば、荻山昴を殺した所で、私の指示さえあればそれを揉み消せる  
つまり、荻山昴を消すことに、特に障壁はないのだ  
 
愛莉:「じゃあ殺そう。わたし、…殺したい」  
紗季:「ふふっ。ありがとう。愛莉」  
 
まずはカードが1枚揃った  
 
------  
 
医者の余命通告を聞いた真帆は、医者を強い目で睨みつける  
 
真帆:「なんで、なんでなんだよ!なんでアタシがこんな目に合わないといけないんだよ!」  
 
医者の口は開かない…真帆は強烈な絶望と主に、病院を後にした  
 
人生を壊したのはすばるん、長谷川昴という男  
昴と親しくなってしまったせいで、裏社会にのめり込むきっかけを作ってしまい、  
小学生でアルコールと覚せい剤にのめり込む日常。今思えば馬鹿馬鹿しい  
 
でも、警察に捕まり少年院へ行き、クスリから必死に逃げる生活を続け、  
何とか社会復帰出来る所まで来た。  
自分を助けてくれた人たちには本当に感謝している…恩返しをしたい  
その時に余命宣告。本当にあんまりだという想いに、真帆は押しつぶされていった  
 
真帆:「だけど、アタシはまだ死ねない。どうせ死ぬならアイツを…」  
 
まずは長谷川昴を探さなければならない  
そう思って、真帆は彼の家を訪ねることにした  
 
結果は…大外れ  
長谷川家の表札は既になく、そこに住んでいたのは何も知らない老夫婦だった  
その老夫婦曰く、ここには昨年から住み始めたらしい  
もちろん、長谷川家の行方など知らなかった  
 
次に行ったのはみーたん…美星先生の家  
先生に会うのは、何年ぶりなのだろうか…期待と不安とともにインターホンを鳴らす  
出てきた美星先生は、酷くやつれているように見えた  
 
美星:「…あなたは?」  
真帆:「三沢…三沢、真帆」  
美星:「…え…まさか………そう、こんなところで立ち話もあれだし、入りなさい」  
 
美星:「なにを聞きに来たの」  
真帆:「…すばるん、長谷川昴は何処に行ったんだ?」  
美星:「知らないわ。知った所でどうするの」  
真帆:「ひどい目に遭わせるに決まってる」  
美星:「そう…他には」  
真帆:「出来れば…アタシがいなくなってから、どんなことがあったのか教えて欲しい」  
美星:「………いいわ」  
 
真帆は、美星がなぜここまでやつれてしまったのかを知ることになる  
昴は結局警察に逮捕こそされなかったが、ありもしない噂で酷い嫌がらせを何年も受けたらしい  
疑問を持って調べてみると、大手ネット掲示板に、昴やその自宅などの情報が調べられ、  
そして「ここに突撃しよう」と書かれていたのだとか  
 
自分の責務を果たすため、美星はそのような嫌がらせに耐え続けた  
クラスの教え子、保護者、見知らぬ他人…色んな所からの嫌がらせに耐えた  
事件から5年以上経ち、事件が風化し、ようやく元の生活に戻れた頃には、  
もはや美星にかつての熱意は残っていなかったのだ…  
 
美星:「私もね、あの子のせいで何もかも壊されたの………もういい?もう帰りなさい…」  
真帆:「みーたん…ありがとう…そして、さようなら…」  
 
美星からの返事はなかった  
 
真帆:「結局、今はもう散り散りになっちゃってんのか…  
    あーあ、全く無駄足だったぜ」  
??:「ううん、無駄足じゃなかったはずよ  
    だって今の真帆、長谷川昴への恨みの塊ですもの」  
真帆:「…誰だよアンタ…って、もしかして…サキ?」  
紗季:「ふふっ、お久しぶり。真帆  
    ここじゃあれね、私のお気に入りの喫茶店にでも入りましょうか。ちょっと電話していいかしら」  
 
紗季のお気に入りの喫茶店は、入り組んだ路地の奥にある、まるで隠れ家のような店だった  
ドアを開けると、その古臭い見た目とは裏腹に、木のぬくもりが感じられる雰囲気に  
 
店員:「いらっしゃい…、おお、教皇様!!!お久しぶりでございます!!!」  
紗季:「あら、今日はプライベートで来てるから、そんな礼儀なんて要らないわよ」  
店員:「これは恐れ多い…では。ごほん、いらっしゃいませ。お二人様ですか?」  
紗季:「ええと…ええ、そうね。禁煙席でお願いね」  
 
一瞬「教皇様」という言葉に違和感を持ったが、真帆は特に考えないことにした  
 
紗季:「真帆、色々とあったのは知ってるわ。本当に…大変だったのね…」  
真帆:「…ああ。ホントにな。アタシの人生、なんでこうなったんかなーって」  
紗季:「私は結局あの男の毒牙にはかからなかったわ  
    それでも私はあの人の与えた苦しみ、よくわかってるつもり」  
真帆:「…紗季、アタシは今、昴を探してるんだ」  
紗季:「どうして?」  
真帆:「もちろん、アイツの人生、滅茶苦茶にしてやるんだよ  
    アタシはアイツのせいで色々と悪いことしちまった  
    そのせいで、アタシの体はもう、あと1年ももたないって医者に言われた  
    アタシの体が動くうちに、アイツを何とかしたいんだ」  
紗季:「そう。あ、長谷川昴、今はN県の山奥に住んでるわよ」  
真帆:「そうなんだ…って、なんでサキが知ってるんだ?」  
紗季:「だって、私も同じ事考えてたからね  
    あ、名前も変えてて、今は荻山昴って名前よ」  
 
荻山…どこかで聞いたことあるような印象を持つ苗字  
真帆の記憶の中、どこかで聞いたことがあったはず、なのに思い出せない  
 
チリンチリン  
 
紗季:「あと今は…あら、来たみたいね」  
 
店に入ってきたのは、女性としてはかなり大柄で…松葉杖を使っている…  
どこか、誰かの名残があるような、そんな女性  
 
愛莉:「…真帆ちゃん、久し振りだね…」  
真帆:「もしかして、アイリーン…?」  
愛莉:「うん、そうだよ…真帆ちゃんがここに居るってことは、もしかして…」  
紗季:「ええ、そのとおり」  
真帆:「なんなんだ?」  
紗季:「私たち3人で、長谷川昴、いや、荻山昴を殺しちゃいましょう」  
真帆:「…本気で?」  
紗季:「ええ、本気よ  
    本当はトモもこの場に入れば良かったけど、ちょっとね…」  
愛莉:「うん…」  
真帆:「もっかんがどうかしたのか?」  
紗季:「…見たほうが早いわ。今週末、◯◯駅の前に朝10時ね」  
 
そして週末になった。  
紗季は真帆を連れて、智花が入っている施設へとやってきた  
何食わぬ顔で玄関から中に入って行くと、一番奥の鉄格子に囲まれた部屋の前に立った  
 
表札に「199 湊智花」と書いてある、無機質な部屋の前で  
 
布団のみが敷いてあるその部屋で、服を一枚もまとわず、ただ紙おむつ姿でだらしなく座った智花はそこにいた  
 
真帆:「なんなんだよこれ…これ、本当にもっかんなのか?」  
紗季:「ええ、トモよ。あのあと精神病になってしまって、もう意思の疎通すら出来ない状態」  
真帆:「くそっ…アイツ…もっかん、アイツにベタ惚れだったのにこんな仕打ちあんまりだ…」  
紗季:「そうね…この子のせいで、トモの両親は自殺。身寄りが他にはいるけど、  
    その中でトモはアンタッチャブルな存在なのよ」  
真帆:「酷いよ…それに、トモだって19歳だよね、なのにこんな格好させて…」  
紗季:「ううん、これで正しいのよ。万が一着てる服で自殺でもしようものならね…  
    よく見て、布団も床に強く固定されてたり、おむつにも鍵がついてて勝手に外せないようになってる  
    施設で自殺しようものなら、このご時世大変なの。だから無理矢理でもこうするしかない」  
真帆:「そんな…」  
紗季:「だけどね、一つだけ分かったことがあるの  
    看護師さんも来たしちょうどいいわ。…トモ、聞こえる?『はせがわすばる』!」  
 
その言葉を聞いて、智花の虚ろな目は急に力を取り戻し、強烈な視線で紗季を睨んだ  
 
智花:「すばる…すばる…」  
紗季:「そう、『はせがわすばる』」  
智花:「うううう…ああああああああああああああああああ!!!」  
 
智花は叫びだすと、鉄格子に掴みかかり、紗季に対して咆哮を上げ続けた  
 
紗季:「トモ、『はせがわすばる』殺したい?」  
智花:「あああああああああああああああああああああああころすころすころすころす!!!」  
紗季:「…もういいわ。看護師さん、鎮静剤よろしくね」  
 
そういうと、看護師はなれた手つきでトモの体に注射をした  
一瞬で智花はその場に崩れ眠り込んでしまった  
 
紗季:「トモは自我を失ったように見えて、荻山昴を殺すという願望だけは残っているの  
    決行するときはトモも連れて行くわ。だけど、今は難しい…」  
真帆:「うん…」  
 
二人は施設を後にした  
 
------  
 
おにーちゃんだけは、ゆるさない…  
それだけを思いながら、ひな、いいえ、私は生きてきた  
 
無気力に生きたって、長谷川昴という男へ復讐することは叶わない  
だからやることやって、機が熟するのを待つしか無かった  
 
アメリカってのは自由な国で、私は適当に名前を変え、別の州の学校に通い、  
今年何とか日本で言う高卒認定を取ることが出来た  
 
でもね、もう、子供だった頃の私はいないの………  
 
 
ひなたは、午後の閑散とした街を歩いていた  
日本以上に就職難、貧富の格差の拡大が叫ばれるこのアメリカという国で、ひなたはしぶとく生きていた  
広告代理店の下働き。収入はお世辞にも良くない  
明日には仕事をクビになるかもしれない恐怖と戦うことが、この国では基本なのだ  
 
ひなたはお得意先へのプレゼンを終えた足で、とある施設へと入っていった  
 
ひなた:「はーい!今日も手伝いに来たわ!」  
シスター:「あら、ヒナタ!いつもありがとう!」  
 
そう、ひなたのもう一つの顔、それは、恵まれない子供たちへの奉仕活動だった  
ひなたは、何よりも自分の産んだ子のことが気がかりだった  
確かに、長谷川昴の血をひいた子。ひなたにとって、忌むべき存在である。いや、存在であった  
 
だが、実質的な中学生時代に実習で仕方なく行った孤児院で、ひなたは現実を知ることになった  
そう、ひなたが「捨てた」我が子のように親に捨てられた子が、健気に生きていた  
望まない子供…当時の心が病んでいた自分とはいえ、己の恥ずかしさを知るには十分すぎた  
 
自分の子供は、もう戻ってこない  
今、誰の子として生きているのか、はたまた、孤児院で過ごしているのか…  
ひなたは考えるだけで胸が痛くなった  
だから、罪滅ぼしのためにこの裏通りの古い孤児院の手伝いをしていた  
僅かな給料から維持費を出すこともためらわなかった  
 
それに、もしかしたら、ひなたの子供と、再開できるかもしれない…そんな淡い期待もあった  
 
長谷川昴という男は嫌いだ。だけど、これ以上不幸な人間を増やしたくない  
ひなたは、既に復讐を誓った熱意を失いかけていた  
恨みを恨みで返すんじゃなく、ちょっとでもその恨みが起きないように…  
 
ひなたがいつもの奉仕活動を終え、これから帰宅しようという頃…  
 
ひなた:「?どちら様?」  
紗季:「やっと見つけた…全く、まさかアメリカで社会人やってるなんて思わなかったわ」  
ひなた:「さき、なの?」  
紗季:「ええ、そうよ…随分と、幸せそうね…」  
ひなた:「うん、幸せ。アメリカに行ってから色々とあったけど、  
     今はね。これ以上不幸な人を増やしたくない  
     少しでも、私の助けで幸せになれる人が増えたらいい」  
紗季:「長谷川昴のことも?」  
ひなた:「うん、もういいの。それよりも、未来を見ていたいから」  
紗季:「そう………ひな、それがあなたの答えなのね」  
ひなた:「ご期待に添えず、ごめんなさい」  
 
紗季はひなたのこの具合に激しく落胆した  
復讐は5人でやりたい。なのに、そのうちの一人がこの腰抜け具合…  
せっかくアメリカまで飛んできたのに、全くの無駄足だ  
 
だが、紗季にこれ以上の手はないように見えた  
ここで「一緒に荻山昴を殺しましょう」と言っても、墓穴を掘るだけ  
 
紗季:「分かったわ。ひな、幸せに生きなさい…  
    あら、あそこで施設の子たちが喧嘩してるわよ」  
ひなた:「あーもう、またJohnとKennyね…ってあの大柄な男は…またなにかやらかしたのね」  
 
ひなたは急いで走って行くと、子供二人と大柄な男の間に割って入っていった  
どうやら、子供二人が大柄な男の機嫌を損ねることをやったようだ  
 
紗季:「全く、アメリカは本当に物騒ね…」  
 
紗季はそんな光景をただ漠然と眺めると、興味をなくしホテルへの帰路についt  
 
パン!!!パン!!!パン!!!  
 
紗季が反対側へ歩き始めると同時だったか。乾いた音が3発、夕闇深まる街に響き渡った  
紗季が振り返る。さっきの大柄な男が向こうへと走り去っていく  
 
そして、ひなたが、その場に倒れ込んでいるのが、嫌でも紗季の目に入った…  
腰が抜け、何もできないでいる子供二人  
異常を察知して、施設の中や周りの住宅から飛び出してくる人々  
 
紗季:「え…そんな…ひな…?」  
 
急いで駆け寄る  
 
ひなたは、アスファルトに大量の血を垂れ流していた  
 
紗季:「ひな!大丈夫!?今すぐ救急車を呼ぶから!  
    Hey you! call 911! and you! bring AED set here! Hurry Up!!!」  
ひなた:「さき…ひなはもうだめだよ…さき…ありがとう…」  
紗季:「余計なことは喋らないで!」  
ひなた:「…さk…ふくs…だ…m………」  
紗季:「ひな…ダメよ…あなた、みんなを幸せにしたいんでしょ…  
    こんな終わり方…ダメよ!頑張りなさいよ!!」  
ひなた:「………」  
 
ひなたは最後に微笑むと、口から大量の血を吐き、そして目を閉じた  
 
紗季:「ひな!…お願いよ…目をあけて…おねがいだから…」  
 
AEDと救急車が来たのは、既にひなたがこの世を去った後だった…  
 
------  
 
揃った駒は3/4  
全員を揃えることが出来なかった事実が何よりも痛かった。だが、  
 
紗季:「今の荻山家の家族構成は3人家族ね。一人一人ずつ殺せばちょうどいいわ  
    保険がないのが残念だけど、なんとかなるでしょう」  
 
実行犯に智花、真帆、愛莉の三人、誰かが殺しそこねた時に備えてひなた  
だがその保険としてのひなたは、もうこの世にいない  
さらに言えば、一番実行犯として使えそうだった智花があの具合だ…  
 
かといって、紗季は自らの手を汚すような自体だけは避ける気でいた  
この教皇という座を、そう易々と失うつもりもなかったからだった  
 
今日はこれから、計画会議を3人で行う…  
 
紗季:「ふふっ、みんな来てくれてありがとう」  
真帆:「ああ…」  
愛莉:「うん…」  
紗季:「それと…残念なお知らせだけど、ひな、袴田ひなたは死んだわ」  
 
部屋の空気は一瞬にして凍りついた  
 
愛莉:「え…どういうことなの?ひなちゃん、死んだって…」  
真帆:「…」  
紗季:「ひなはアメリカで社会人をやっていたわ  
    そして、もうあの男への’’自分で’’復讐しようとは思ってなかったわ  
    だから私はひなを連れてくるのは諦めた  
    …私が帰ろうとしたとき、ひなは何者かに銃で至近距離から撃たれて死んだの…」  
真帆:「撃たれた…」  
紗季:「ええ。街のギャングみたいな組織と、ひなの知り合いがトラブルになっていたみたい  
    救急車が来た時にはもう助かる見込みはなかった  
    …もうこの話はいいわ。本題に入りましょう」  
愛莉:「ひとつだけ…ひなちゃん、最期になんて言ってたの?」  
紗季:「…復讐、頑張って、って」  
 
’’…さk…ふくs…だ…m………’’  
紗季はひなたが最期に言おうとしていたことを、何となく理解していた  
’’さき、ふくしゅう、だめ’’  
 
だけどもう戻れない。復讐は達成されなければ、ひなたはあの世で満足できても、  
紗季を含めた他の4人が満たされることはない  
紗季はそう思うと、二人に対して嘘をつかざる得なかった  
 
真帆:「ヒナ…」  
紗季:「あの子のためにも、私たちはきちんと荻山昴を葬り去らないといけないわ  
    頑張りましょう…」  
 
愛莉と真帆は、静かに頷いた  
 
今荻山昴が住んでいるのは、N県AA村のBB集落という場所  
集落には10世帯ほど住んでるけど、荻山昴の家は他の家とは50m程離れている  
 
昴とその嫁は、もうすぐ2歳になる娘と一緒に畑仕事をしたりしていて、  
昼間に攻撃することはまず困難  
夜も、近くの人達と一緒に御飯を食べたりするようだから、狙うなら夜10時以降…  
 
その時間帯なら、集落の他の人達にも気付かれずに犯行を実行できる  
 
紗季:「まず役割ね。私は家のそばの山から、あなた達や集落の他の人の動きを見張る係をやるわ  
    この集落から荻山家に向かう道は1本しかない。万が一誰かが来たら、  
    その時は裏の山へ逃げること。そのために懐中電灯を各自、持っておいてね  
    バックアップは私がきちんとこなしておくわ  
    そして実行犯はトモ、真帆愛莉の2ペアで行きましょう  
    トモは荻山昴という男に異常な殺意を持ってるけど、妻や子に対する反応は分からない  
    きっと殺してくれると思うけどね…  
    真帆と愛莉は絶対にペアで動きなさい  
    愛莉は足が不自由だから…」  
愛莉:「ありがとう…」  
真帆:「なぁ、アイツは今幸せに過ごしてるのか?」  
紗季:「ええ、まるで私たちにやったことを忘れているかのようにね  
    だから、妻も子ももろとも、地獄に送ってあげましょう」  
 
そして…と紗季が二人に手渡したのは、刃渡り20cmはありそうなサバイバルナイフだった  
 
紗季:「凶器は私が用意しておいたわ  
    ナイフは突き刺すんじゃなくて、上から下に斬りつけること  
    まずは相手の抵抗を抑えるために、腕を狙いなさい  
    相手が反撃して来なくなったら、好きなように殺しなさい  
    あと、あんまり時間をかけないで。叫び声で気づかれたら大変だから…」  
愛莉:「…ちょっと怖い…」  
真帆:「大丈夫、二人でなら、きっとやれるって」  
紗季:「決行は1週間後。それまで、荻山昴への恨み、好きなだけ思い出しなさい」  
 
 
………そしてその日はやってきた  
 
夜10時。荻山家の戸を叩く  
出てきたのは、20代半ばくらいの男…荻山昴  
 
愛莉:「智花ちゃん…『はせがわすばる』だよ…好きなだけ、暴れていいよ」  
智花:「すばる…はせがわすばる…」  
 
昴はその異様な空気を感じ取った  
戸の影から出てきたのは、強烈な眼光で昴を睨む、おむつ一枚だけ付けた女性…  
 
智花:「はせがわすばる…ころすころすころす殺す!!!」  
昴:「な、なんなんだお前!くそっ、葵!警察だ、警察を呼ぶんだ!!!」  
 
真帆:「やらせないよ!」  
 
智花が昴に襲いかかると同時に、真帆は家へ入り込んでいく  
愛莉が松葉杖を突きながらそれに続く  
 
智花は獰猛な動きで、昴に襲いかかった  
昴はその動きに為す術がなかった…  
 
葵:「ええと、110番、110番…え…繋がらない…?」  
 
電話線は紗季によって切られたあとだった  
 
真帆:「ラッキー」  
葵:「あ、アンタ誰?勝手に家に上がり込んで…」  
真帆:「なんかどこかで見たことあるなこいつ…」  
葵:「…え、もしかして真帆ちゃん…?」  
真帆:「もしかして葵…?ふーん、そうか、てかなに犯罪者と幸せに過ごしてんのさ?  
    …昴と一緒に、大人しく死んでくれよな…」  
 
真帆は手に持ったナイフを葵に向け…  
 
愛莉:「私が殺すの!」  
 
先に動いたのは真帆ではなく愛莉だった。松葉杖を突きながら、必死に葵へ斬りかかる  
 
葵:「やっ、やめてっ!!!」  
 
葵は思わずしゃがみこむ。愛莉は刺さるはずのナイフが刺さらず、バランスを崩した  
そのまま、家の柱に頭からぶつかっていってしまう…  
 
愛莉:「ぐっ…かはっ…」  
葵:「こっ、殺さないで!!」  
真帆:「おい、大丈夫かアイリーン!…えっ、そんな…!!」  
 
愛莉は倒れた衝撃で自らの胸にナイフを突き刺してしまっていた…  
 
愛莉:「真帆ちゃん…おねがい…」  
葵:「…違う…」  
真帆:「お前、よくもアイリーンを…絶対に殺してやる…!!」  
葵:「違うの、私じゃない…!誰か、誰か助けて!昴…昴!!」  
 
だが、昴はやってこなかった  
何かを突き刺す鈍い音だけが、葵のいる部屋へと響いてくる…  
 
その事実は、葵を絶望へと追いやった。もう、誰も助けてくれない  
 
そんな葵に、真帆はナイフを深々と突き立てた  
愛莉を傷つけた恨み、自分を地獄へと追いやった男を幸せにした恨み…  
 
 
 
気づいた時には、葵は無残な姿になっていた  
 
真帆:「はははっ…ざまあみろ…はははははははははっはははははは!!!  
    …あとはこいつらの子供か…」  
愛莉:「真帆ちゃ、n、ありが…と…う……」  
 
残る獲物はあと一人だ。だが、時間が来てしまったようだった  
 
紗季:「あなた達、逃げるわよ。トモが昴を殺すときに騒ぎすぎたせいで、他の人に気づかれたわ」  
真帆:「サキ、アイリーンが!!」  
紗季:「…ダメ、もう死んでるわ…トモも使い物にならない  
    これからのことは逃げてから考えましょう。さぁ!」  
 
紗季と真帆は急いで部屋を出ると、裏の山へと入っていった  
玄関には、原型をとどめていない昴の死体と、馬乗りになりにやけた顔のままでいる智花がいた  
 
真帆:「もっかん、きちんと殺してくれたんだな…」  
紗季:「ええ、トモ、本当にありがとう。愛莉も…」  
 
復讐は達成された  
だが、失ったものも大きすぎたようだった…  
 
 
 
…昨晩10時頃、N県AA村の集落において殺人事件が発生しました  
現場の□□さん、お願いします。  
 
…こちら現場です。昨晩10時頃、この家で殺人事件が発生しました  
殺害されたのは、農業を営む荻山昴さん24歳と、妻の葵さん24歳の二人です  
加えて、身元不明の女性の遺体が発見され、同じく身元不明の裸の女性が家の中で保護されています  
この家は三人家族で、事件当時は2歳になる娘は別の部屋で寝ており無事だったとのことです  
 
…□□さん、犯人などについての情報は出ているのでしょうか?  
 
…はい、身元不明の二人の女性が鍵を握っていると思われます  
遺体として発見された女性の胸に突き刺さっていたナイフと、保護された女性が手に持っていたナイフが、  
同じものであることが確認されており、何かしらの関連性があると思われています  
ただ、保護した女性は保護された後も一口も喋っておらず、事情聴取は難航しています  
 
…あ、はい!たった今情報が入りました  
女性の遺体は神奈川県在住の家事手伝い、香椎愛莉さん20歳で、保護された女性は、  
精神疾患の保護施設に入所していた湊智花さん20歳と確認されました  
 
…この二人の関係はどうでしょう?  
 
…はい、現状ではまだ分かっていません  
 
…なるほど、事件は謎に包まれているようです。  
スタジオには犯罪心理学に詳しい※※大の某教授をお呼びしました…  
 
 
紗季:「想定の範囲内ね」  
真帆:「…」  
紗季:「ふふっ、大丈夫よ。警察は私たちに手を出せない  
    既に長野県警には圧力をかけてありますから」  
真帆:「…うん。まぁ、その前にアタシの命が終わりそうけどね」  
 
 
それから半年が経った  
真帆の病状は日に日に悪くなっていった  
先日の検査結果は予想以上に悪く、1ヶ月もつかどうかと医者には宣告されている  
 
ガンの痛みを取る治療も徐々に効果が薄くなっていき、  
意識も次第に遠のく日が増えていった  
 
紗季:「真帆、今日は気分はどう?」  
真帆:「…ふつう」  
紗季:「そうそう、あの事だけどね…」  
 
事件は結局、愛莉と智花の二人がやったことになっていた  
愛莉の過去も調べられていたようで、小学生時代に長谷川昴にレイプされた恨みから、  
智花とともに犯行を決行したと結論付けられたようだった  
 
裁判は被疑者(愛莉)死亡、被疑者(智花)の判断能力欠如でまともに行われなかった  
 
ネット上ではこの結論の不可解な点、犯行現場に潜入した人間による検証が行われていて、  
明らかに他に犯人が少なくとも一人はいたはずだ、と大々的に広まっていた  
そのうちの検証内容の一つが、紗季らが決行したものと瓜二つということは、  
紗季を少なからず驚かせた  
 
紗季:「ネットって怖いわね。私たちもネット対策を始めないといけない頃かしら?」  
真帆:「…?」  
紗季:「あ、こっちの話よ」  
 
3週間後、真帆は静かに息を引き取った  
看取ったのは紗季一人だけ。家族親戚は、誰一人として来なかった  
 
 
紗季は☆☆教教皇として、実質的な日本支配を強めつつあった  
念願も叶って、日本は紗季の望む世界となった  
サブカル規制、青少年の恋愛禁止、そして何より、強固なインターネット規制がトドメだったか  
ネット上に蔓延っていた☆☆教バッシングは瞬く間に消えていったのだから  
違う。押しつぶし消していった、の間違いだ  
 
議長:「それでは、『国教制定法』の採決を取ります!」  
 
今日は紗季が名実ともに日本のトップとなることが決まる日だ  
天皇を皇居から追い出し、そこに私たちの教会を立てる。世界最大規模の教会を  
そのために、☆☆教を日本の国教にするのだ  
 
喧騒に包まれる衆議院会議場。そして出てきたのは、賛成9割という数字…  
 
紗季:「決まった…これで日本は完璧に私のもの…!」  
 
この日、紗季は日本のトップに立つことに成功した  
 
 
日本のトップとして、紗季はあらゆることに尽力した  
国のトップとして責務をきちんと果たすことが、  
☆☆教支配国の増加という次の目標において大事だからだ  
まるで戦争のような日々。気づいたら、紗季は50歳になっていた  
 
紗季:「ふふっ、気づいたらもうこの年ね…結婚出来なかったけど、  
    私はすごく充実してるわ」  
部下A:「はい、あなたの偉業は、後世永遠に語り継がれることでしょう」  
紗季:「褒めても何も出ないわよ。全く、上手なんだから…」  
部下B:「教皇、報告があります。先ほどコリアン国で国教制定法が成立しました  
    もちろん、☆☆教が国教として定められています  
    また、これに反発していた他宗教信者らの取り締まりが同時に始まっています」  
紗季:「それは良かったわ」  
部下B:「裏では日本コリアン合併のための議論がかなり進んでいます  
    かつてはいがみ合っていた国同士ですが、今は同じ教えの元、運命を共にする仲間ですからね」  
紗季:「ええ、それはいい。私たちは世界平和にも貢献できる。素晴らしいことね」  
部下C:「はい…」  
紗季:「今日はここまでね。皆さん、祈りを捧げましょう。ではまた明日…」  
 
これが、紗季が公の場で発した最後の言葉だった  
 
紗季:「ふぅ、今日も全治の神に感謝を…あら、部下C、どうしたのかしら」  
部下C:「…やっと、チャンスが回って来ました」  
 
部下Cはそう言って紗季に近づくと、隠し持っていたナイフで紗季を切りつけた  
 
紗季:「くっ…かはっ…な、何をするの…ぐっ…」  
部下C:「あなたが何をやったのか、私は知ってるんですよ  
    30年前、N県AA村での事件…」  
紗季:「何を…言うのかしら…随分と…へらz…ね…」  
 
部下Cは倒れた紗季に馬乗りになった  
 
部下C:「あの時犯人は4人いた。香椎愛莉、湊智花はそのうちの二人にすぎない  
    おそらく、三沢真帆、そして永塚紗季の四人。うち実行犯は永塚紗季を除く三人」  
紗季:「なにを…うっ…」  
 
刺す。  
 
部下C:「汚い血、いいや、穢れた血ね…  
    あなたと三沢真帆は、山を超えた道に置いてあった車で逃げた  
    三沢真帆は血だらけだったから、その前に近くの沢で血を洗い流してるみたいね  
    その場所からルミノール反応がバッチリ出たし  
    あと香椎愛莉は、あの足だから滑って自分で胸刺して死んだんでしょう」  
紗季:「…だから、…なんなの…よ…しょう、…こは…?」  
部下C:「証拠?今でもN県警本部の機密文書の中にありますが?  
    あ、私の本名、教えましょうか?」  
紗季:「…」  
部下C:「私の本名はね、荻山…。N県AA村出身。つまり、あなた達が殺した夫婦の一人娘なんですよ」  
紗季:「…!!」  
荻山:「ここまで来るのに苦労しました  
    まずはN県警で機密情報を触れる事ができる地位にならないといけない  
    そしてその情報を見て驚きましたよ。若干17歳で教皇になったのは伊達じゃない」  
紗季:「それを知った所で…かはっ!…もう変わらない…でしょ…」  
荻山:「はい、だから、せめて私の手で、この事件を終わらせるんです」  
紗季:「…くそっ…こんな…ところで…私は…まだ…」  
 
 
荻山:「さ、よ、う、な、ら。地獄に堕ちなさい…」  
 
 
紗季は最後の一撃を受けて息絶えた  
直後に部屋に入ってきたSPにより、荻山は射殺された  
負の連鎖は、ここで終止符が打たれた…  
 
 
この事件は国を揺るがすものだった  
絶対的な権力を振りかざしていた教皇永塚紗季の死亡は、  
それまで燻っていた反宗教派を奮い立たせるには十分だった  
日本は再び紛争の時代へと突入しつつある…  
 
 
 
おわり  
 

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