4月1日。
春休みまっただ中のこの日、俺は愛莉に呼び出されていた。
彼女の家の近くのランニングコース、以前一緒に走ったその道は、今や花開くのを待つ桜並木となっていた。
桜はまだ3分咲きといったところか。入学式までには満開になるかな?
そんなことを考えながら待ち合わせ場所に行くと、そのうち一本の木の下に、愛莉が立って待っていた。
その姿はなんと慧心学園中等部の制服姿。
「やあ、愛莉。ごめんね、待たせちゃったみたいで」
「いえ、わたしが早く来てただけですから」
「それで、どうしたんだい? 入学式もまだなのに制服なんか着ちゃって。
あ、もちろんとっても似合っててかわいいよ。そのまま学校案内の写真に出せるくらい」
スラリとした長身の愛莉が着るとまるで本職のモデルのようで、中等部の制服がよく似合っていた。
でもそれを身に纏う愛莉の表情は、初々しい姿とは裏腹に深く沈んでいた。
「…………これは……もう、着れなくなってしまうかもしれないから……」
「え? どうしたんだい愛莉。何か悩み事でもあるのかな? 俺でよければ相談に乗るよ」
「…………はい……あの…………その……」
愛莉はぎゅっと手を握り、意を決して答えた。
「……わたし、赤ちゃんができたみたいなんです! ……長谷川さんとの……赤ちゃんが……」
「ええっ!?」
あ、赤ちゃんって、あの赤ちゃん!?
やばい。身に覚えが有りすぎる。
でもいくらなんだって、愛莉はまだ小学生、いや中学生だぞ!?
俺は思わず制服に包まれた愛莉のおなかを見る。しかしそこには美しいくびれがあるばかりで、とても赤子がいるようには見えなかった。
いや、妊娠初期なら当たり前か。でも待て待て待て! そもそも愛莉って生理きてたってけ? きていても全くおかしくはないが……。
「――はっ」
そこで俺はある重大なことに気づいた。
今日は4月1日。エイプリールフールだ。
これは俺をひっかけるための嘘……か?
しかし、愛莉のこの真剣な表情、嘘をついているようには思えない。
そもそも愛莉は嘘をつこうとしたって、緊張してカミカミになってしまうような女の子だ。
……ということは。
俺は素早く周囲に目を向ける。すると桜の木の陰に誰かが隠れる気配が複数あった。
やっぱり……。
本人たちはうまく隠れたつもりかもしれないが、俺の目には揺れる栗色の二つ結びと長い三つ編みの髪の毛をしっかりと捉えていた。
なんのことはない。恐らく愛莉も真帆や紗季にエイプリルフールで騙されているのだ。
智花とひなたちゃんもいるんだろうけど、二人も同じように嘘をつかれているか、少なくとも積極的にはかかわっていないはずだ。
きっとみんなして俺が慌てふためくのを陰から見ていて、後から『やーい、ひっかかったひっかかった』と笑って楽しむつもりなのだろう。
あやうく騙されるところだった。
……ふふ、そういうことならここは男として毅然とした態度をとらねばなるまい。
「……あの、……長谷川さん……」
「ありがとう、愛莉。すごく嬉しいよ」
「え? きゃあっ!?」
不安そうにしていた愛莉をがばっと抱きしめる。
「え……長谷川さん……喜んで、くださるんですか?」
「もちろんだとも。俺と愛莉の赤ちゃんができたんだよ、嬉しくないわけないじゃないか」
「でもわたし、まだ子供で、これからどうしたら……」
「大丈夫だよ、愛莉」
「――あっ」
俺は愛莉の体を強く抱きしめた。そして耳元で優しく語りかける。
「愛莉は何も心配することはない。俺にすべてを任せてもらえればいいんだ」
「……長谷川……さん」
「……無論、愛莉が生みたくないっていうなら、俺は愛莉の意志を尊重する。
決して愛莉を嫌いになんかならない。すべての責任は俺にあるんだからね」
「そんな! わたし、赤ちゃんを殺したりなんかしませんっ。産みたいです!
でも不安で……もし長谷川さんに反対されたらどうしようって……」
瞳に涙をたたえて愛莉が必死に訴える。俺は髪を撫でてあげながら、優しく微笑みかけた。
「はは、そんなことあるわけないじゃないか。大丈夫。俺が愛莉を必ず守ってあげるから。おなかの子もいっしょにね」
「ああ……長谷川さんっ、わたしっ、とっても嬉しいです! ぐすっ、ふええぇぇぇん〜〜〜」
「駄目だよ、お母さんになる子がそんなに泣いたら。ほら……愛してるよ、愛莉」
「あっ……んんっ」
歓喜のあまり泣き出してしまった愛莉に、そっとキスをして慰める。
ふふ、どうだ、この完璧な対応は。パニックになるどころか俺の心意気をみんなに見せつけてやったぜ。
すると気の陰から勢いよく人影が飛び出してきた。
「やったな! アイリーン!」
「おめでとう、愛莉!」
「ちょっと悔しいけど、よかったねっ愛莉!」
「おー、あいり、おにーちゃん、おめでとうございます。ぺこりん」
「ありがとう、みんなっ。本当に、ありがとう!」
愛莉の周りに集まってきた女バスのみんなが次々にお祝いの言葉を贈る。
みんなに囲まれ、愛莉はとても嬉しそうだ。
はは、良かった良かった。これにて一件落着だな。
…………あれ?
「……ねえ、真帆、紗季。あの……オチは?」
「ほえ? オチってなーに?」
「いや、だからその……今日は4月1日だろ?」
「はい、そうですけど……ああっ、今日はエイプリルフールでしたね。愛莉のことですっかり忘れてました」
「あっ、そっかー。で、なにすばるん。あたしたちになんかウソでもつくの? あたしは簡単にはダマされないもんね!」
「なに言ってるんだか。真帆、あんた去年オバケがでるって言ったらすぐ……」
「あーーっ!? いうなサキ! あれはノーカンだ!」
……いや、だからその……ウソ……だよね?
目の前で言い合いを始める真帆と紗季を眺めながら、俺は固まるしかなかった。
……くいっくいっ。
その服の裾を誰かが引っ張る。
「……あ、……と、智花」
「……あの昴さん、実は……」
「そうだよねっ。やっぱりこれは全部う――」
「……私も……できちゃったみたいなんです……」
…………ナニガデスカ?
「……愛莉の話を聞いて……私にも思い当たるところがあって……さっき妊娠検査薬を使ったら……この通り……」
そう言って智花は体温計のようなものを俺に見せた。
……そこには『判定』と書かれた円の中に、赤い『−』がくっきりと浮かび上がっていた。
「…………」
「陽性です。ほんとにできたかどうかはお医者さんにいかないと判らないそうですが、
……あの、もし妊娠していたら……私も……昴さんの赤ちゃんを産んでもよろしいでしょうか?」
「……う」
「う? よかった。産んでもいいんですね!」
――嘘だといってえええええええ!!!!!!!!!!!!
ちゃんちゃん。