「失礼しまーす……っと、そういや今日は職員会議だっけ」
中に入ってみると、養護教諭の姿はなかった。けれども、怪我している真帆の足をそのままにしておくわけにもいかない。
「おい、真帆。そこ座れ」
「む……な、ナツヒのくせにめーれいすんな!」
「いいから座れ、あほ」
ぎゃあぎゃあと喚く真帆の肩を無理やり押して、椅子の上に座らせる。ったく、こいつは昔っから気に入らないことがあるとすぐに文句を言いやがる。丸っきり小学生の頃と同じじゃないか。
「ほれ、足出してみろ」
「別に平気だっつってんだろっ」
「血ぃ出てんじゃねーか。おとなしく言うこと聞けよ、あほあほ」
「あほあほゆーなっつってんだろっ」
言いながらも、やはり傷が痛むのか真帆はぴっちりと肌に張り付くスパッツのすそを捲り上げ、意外なほど素直に足を出してきた。
傷は擦過傷のようになっている。出ている血の量は少ないが、表面が少し焼け爛れたようになっているため、ひりひりとして後に残る。結構厄介なタイプの怪我で、放っておけば治りはするもののしばらくは風呂で苦労することになるだろう。
それにしても……綺麗な足だ。見れば見るほど、吸い込まれそうになってくる。
消毒液をつけやすいように真帆のふくらはぎを掴んで足を固定すると、指先に吸い付くような感触に埋もれた。
や、やわけえ……。ゴクリ、と唾を飲む俺。いやいや、違うだろ。今は傷の治療が優先のはずだ。
「ナツヒ、か、顔……近い」
「へあ!? い、いやあのその、すまんっ」
慌てて顔を遠ざけると、その弾みで真帆の足を思い切り引っ張ってしまった。
ガッシャアアアン、ともんどりうって二人とも倒れてしまう。当然、真帆が俺の上に伸しかかる形だ。
だから、全身でもろに女の子の身体を感じてしまう。まず感じたのは、全身がマシュマロみたいに柔らかだってこと。
特に真帆の太ももなんかは、俺の股間の辺りに押し付けられていて、なんというか……すべすべしている。
「ぁん、もう。ナツヒ、いきなりどうしたんだよ?」
もぞ、もぞと真帆が動くたびに、俺の股間が擦り上げられる。心なしか、真帆の顔も赤くなっている……ような。
慌てた俺は、顔を背けてとっさに真帆の肩を掴み押し戻そうとする。
「わ、悪ィ! お、俺の不注意で――」
ぽにゅ。
むにむにむに、むにゅ。
アレー、コノカンショクハナンダロー? おっぱいだよ!
いや、正確にはちっぱいだ。指先に触れるこの僅かに硬いものは乳首だろうし、手の平全体で感じる限り厚みは物足りない。
しかしそれでいて触れる感触はやわやわとしていて女の子のそれに違いないし、何より目を戻してみると俺の手が真帆の胸元を完全に覆っている。体操服には胸元を中心にしわがより、それがいっそうエロさと背徳感を際立たせて――って俺は何を解説してんだ!
いやこれはまずい、非常にまずい、何より真帆がぷるぷる震えているのがまずい。
「こ、これはだな真帆、不可抗力であって俺が悪いわけじゃなくてむしろ胸の薄いお前のほうが悪いんだ!」
俺自身、何を口走っているのかもはや自覚なしです。
しかしながら、真帆は無言。無言で俯き、ぽつり。
「ち、治療、まだ?」
一言だけ、言った。
まるで冷水を頭にぶっ掛けられたかのように俺は冷静になった。突然のアクシデントに、めちゃくちゃ脳ミソがヒューズ飛ばしてたぞ。
な、何はともあれ真帆をそのまま椅子に座らせる。
「よ、よし。じゃあ、いくぞ」
「う、うん」
心なしか真帆の反応が弱々しい――やっぱ俺、とんでもないことしでかしたんじゃ……?
とはいえ、今は治療が先決だ。よし、塗るぞ。治療薬塗るぞ。
しかしそれが災いしたのか、消毒用のスプレーを持った指に力が入りすぎてしまう。
プシューッ! とスプレーが吹き付けた先は、真帆の怪我したところだけではない。まくりあげられた太もも全体にまでかかってしまったのだ。
「ひゃうっ。この、ナツヒのヘタクソっ」
「う、うっせえ! そもそもお前が変にしおらしいのが悪いんだろ!」
「へ? あ、あたし、そんなしおらしかった?」
にへら、と笑うと、真帆はいたずらを思いついたかのような顔をした。
「じ、じゃあ、ナツヒ。しおらしいあたしの太ももにかかった、白くてちょっとどろっとしたものをふき取ってください」
何その含みある言い方――――!?
い、いや、でも真帆のことだ。どうせ大した知識もなく、ゲーム(主にエロゲ)で耳にしたようなことを口走っただけだろう。コイツのゲームフリークっぷりは今に始まったことじゃないしな。
「へ、へんだ。自分で拭いたらいいだろ」
「あたしの言うことを断るとは、ナツヒのくせに生意気だぞ!」
「そっちのが生意気だろ!」
「なにおうっ」
と、唐突に真帆が足を押し付けてきた。
「拭けったら拭け! そもそも、誰のせいでこんなんなってると思ってんだっ」
「くっ……仕っ方ねーなくそ」
悔しいことに、真帆の言うとおり消毒スプレーで太もも全体を汚してしまったのは俺だ。まさかコイツに正論で言い負かされることがあるなんて……男として恥だ。
真帆ごときの命令に従う悔しさで歯噛みしながらも、俺は仕方なく布巾を手に太ももの内側へと手を這わせる。
それにしても、どれぐらい力を入れて拭いたらいいのだろう。あまり強くして、痛がられるのも何か嫌だ。これでも真帆は女の子だしな。
そう思いながら、ピタ、と布巾を肌に当てると、
「はぅわっ」
と、真帆らしからぬ妙に甲高い声が上がった。
「い、痛かったか!?」
強く押しつけすぎたかと思って焦った俺は、不必要に大きく手を動かしてしまう。その表紙に、ふわり、と。
俺の手から離れた布巾が……真 帆 の 股 間 に 舞 い 降 り た。
ちょぉおおおおおおおおおおお!?
真帆はいつも、スパッツの下にぱんつを穿かない。すなわち今、布巾とスパッツの二枚の布を隔てた下に、いわゆる秘境があるわけで。
「な、ナツヒ……早く拭けよ」
「あ、お、おう」
言われて慌てて布巾を手に取ると、さらに重大なことに気づいてしまった。
真帆のかぐわしくも鼻奥を艶かしく刺激する汗のみならず、消毒スプレーの雨を食らったスパッツは見事にその下にある花園へとぴっちりと張り付いて……その形をくっきりと浮かび上がらせていた。
股の間になだらかな稜線を描く丘に、真っ直ぐ一本線を引いているワレメまでしっかりと見える。
見えちゃいけないものが、くっきりと見える。
………………。
妖しいものを見ずにはいられない、それが男の本能。
無垢な少女だと思っていた真帆の、女性的な場所。『オンナ』を感じさせる場所。
敢えて断言したい。これで興奮しないやつは、男じゃねえ! スパッツって最高だな! モロに見るよりもはるかにエロい(気がする)ぜ!
「し、しっかり全部セキニン取って拭かなきゃなんねーんだからな……」
「わ、わぁーってるよ!」
慌てて布巾を走らせる。むぅ、意識しないでも感触が伝わってくる。これが真帆の……お花畑。
「んぁっ」
ってお前色っぽい声出してんじゃねーよ!?
「そ、そこ……シビれる……」
「そそそそーかそーかシビれるか電気ショックでも食らったか!?」
「うん……ナツヒの電気ショック……」
だから何でそういうこと言うかな犯すぞテメェ!?
理性崩壊の危機を迎えながらも、何とかその場を俺は凌ぎきるのだった。
怪我の治療が終わり、俺と真帆が高等部の体育館に戻ると、香椎愛莉が近寄ってきた。
「竹中君。あの、合宿のことで相談があって……」
「相談? 何か、問題でもあったか?」
香椎愛莉。慧心学園高等部女バスにおいて、最も高い女子生徒にして女バス部長。その身長は百八十センチに届き、男の俺と比べても遜色ない。とはいえ、今となっては俺も背が伸びたおかげで、目線自体はほとんど香椎とは変わらないが。
百八十センチもあれば、どこの女バスでも重宝される。事実、女バスではセンターとして大黒柱を務めている。しかも、香椎は事務処理能力にも長けており、なおかつ温和な性格で場を取りまとめるのが非常に上手い。部長に推薦されるのも頷ける話だ。
かくいう俺も、男バスの部長をやっている。おかげで、近頃は香椎と話す機会も多く、時にはプライベートなんかでも両バスケ部の近況報告的な形で会うこともある。いわゆる、友人な関係と言えるかもしれない。
つってもまあ、小学校の頃なんかは香椎は俺にビビってたらしいんだが。その話を聞くと、今でもいたたまれない気持ちになる。ガキだったからなあ、俺。
ちなみに二年生の俺達が部長なのは、三年生になると受験が忙しいという理由からだ。さすがに大学部にもなると、エスカレータで上がれるのはごく一部の成績上位者のみだ。
「えっとね、部屋割りなんだけど……」
「女バス十二人、男バスが十三人だから、確か女子は四人部屋を三つだろ。男子は四人部屋がふたつと五人部屋がひとつだったんじゃなかったか」
「それなんだけどね、女子のほうは四人部屋がふたつしかあいてなくて、もうひとつは三人用なんだって。男子のほうも、五人部屋が予約でいっぱいになってるらしくて、どうしても一人余っちゃうんだけど」
「あー、シングルに一人ってのも寂しいしな。二人部屋とかで分けたほうがいい感じか?」
「それが二人部屋もひとつしか残ってないらしくて、その……」
そこまで聞いて、何となくどういうことなのか予想がついた。
「もしかして、男子と女子が二人部屋を使うしかないような状況か?」
「――――――――(コクリ)」
マジかよ……。
小学生ならまだしも、さすがに高校生ともなると男女でひとつの部屋を使うのはマズい。不純異性交遊はご法度だし、合宿先で不祥事を起こしたらバスケ部の信頼にも関わる。
ったく、どうにかならないものか。
「えと、それで……なんだけど」
「何かいい案があるのか?」
「うん。竹中君と真帆ちゃんって、幼馴染で仲もいいでしょ? だから、その二人だったら一緒の部屋になっても大丈夫そうかな、って」
真帆と一緒に、か。
保健室での出来事がとっさに頭の中を過ぎる。っていやいやいや、待て待て待て。なんでここであいつを思い出す? べ、別に俺は何もやってないじゃねえかっ。
それに、冷静に考えれば真帆は兄弟みたいなもんだし、付き合いも男友達みたいなフランクな関係で――。
『シビれる……』
シャラ――――――――――ッップ!!
真帆なんて恋愛対象じゃねーし!? 緊急の措置だし!? それに俺が好きなのは、好きなのは……!
「た、竹中君?」
「へ?」
「顔、赤いけど大丈夫?」
ハッと気がつくと、香椎の顔が物凄い近いところにまで迫ってきた。グラマーで高身長なくせに、顔だけなら物凄く童顔で、下手すれば小学生ぐらいに見える。何かすげー顔小さいし、美人すぎるし――はっきり言って、寄られると胸がドキィ! ってする。
あんまりびっくりしたものだから、思わず後ずさってしまった。そして自分の顔が超赤くなっていることにようやく気づき、必死で香椎から顔を背けた。
「だっだだだだだいじょーぶだ! ええと、部屋割りの件な。オッケー、真帆と俺と二人でいいわ。全然オッケーノープログラム」
「プログラム?」
「じゃー練習に戻ろーぜ! ほら、お前らちんたらすんなー!」
ゲームセットにはまだ早い。俺はその場からそそくさと立ち去りつつ、部員目掛けて声援を送るのだった。
☆シャワールーム☆ ――がぁるずとぉく・うぃず・こいばなじじょう――
愛莉「真帆ちゃんと竹中君の部屋、何とか一緒にすることできたよ」
真帆「はあ!? い、いつの間にそんな話になってんだ!?」
紗希「だってあんた、夏陽のこと好きでしょ?」
真帆「は、ははははあぁ!!?? そっそんなわけねーし!」
ひなた「まほ、ばればれ」
かげつ「わたしも……ずっと真帆先輩は竹中先輩のことが好きなんだと思ってました」
智花「あはは……真帆ちゃん。上手く行くといいね」
真帆「(赤面)」
紗希「ところでトモは、長谷川さんとは順調なの?」
智花「ふぇ!? な、何のこと!?」
紗希「あら。てっきりわたしは、長谷川さんともうお付き合いしてるものと思ったけど」
真帆&かげつ&智花「お付き――!?」
ミミ「そういえば、以前スバルから智花と婚姻関係になったとワタシ聞きました。バカップルだとギンガも言ってる、デス」
智花「ミミちゃん!?」
椿「ってか、あほあほがうちのにーたんに手ぇ出そうとしてるのが気に食わないんだけど」
柊「そーそー。にーたんはボク達のものなんだから、手出し無用だよ!」
智花「あ、あの……婚姻っていうのは……」
真帆「あほあほゆーな! あ、あと、別に竹中のことなんか全然好きなんかじゃないんだからなっ」
智花「だからその……昴さんと婚姻……ふわあ……じゃなくて、それはまだ……」
紗希「ふ〜ん。で、真帆。竹中のどこに惚れたの?」
真帆「そ、それはっその、背伸びてなんかすっげーかっこよくなったし頼れるしその……って、さぁ〜きぃいいい!!」
紗希「へぇ〜。熱いこと言ってくれるじゃない。あーカユイカユイ」
雅美「そういう人を食ったようなところ、ずっと変わらないのね」
紗希「何よ雅美。何か文句でもあるの?」
雅美「別にそういうわけじゃ……。ただ、紗希のほうこそ好きな人とかいないの?」
紗希「ふっ。三次元など生ぬるいわ。二次元でさえ、まだまだ甘いッ! 私が恋焦がれているのは……二次元でも三次元でもない、文次元よ! 嘘八百(フィクションライター)の二つ名は伊達じゃないわっ」
ひなた「おー、さき、かっこいい」
雅美「痛々しさが増してない……!?」
愛莉「あはは。まあ、紗希ちゃんはずっとこうだから……」
紗希「今私諦められた!? ……(まさか長谷川さんが好きだなんていえないじゃない)」
愛莉「そういえばだけど、ひなたちゃんの浮いた話とか聞いたことないよね?」
真帆「あ、そーいえばそうだ! ヒナも好きな人いるんだったら言えー!」
ひなた「ひな? ひなはばんりと、つきあってる」
一同「は!?」
愛莉「……やっぱりそうだったんだ」
ひなた「ばんり、おっきくてあったかくてきもちよくて、すき」
紗希「気持ちいいって、何が?」
つば&ひー「あ、へ、へえぇ〜(万里って人まさかロリコン!?)」
かげつ「お姉さまが……お姉さまが遠くなってしまいました」
智花「あの、えっと、婚姻って誤解……うぅ、誰もわたしの話聞いてないよぉ」
真帆(ひ、ひなた、もしかして万里ってでっかいにーちゃんとエッチぃことしたの!? あ、あたしも竹中と……って、何変なこと考えてんのあたしのバカバカバカ!)