「…なぁ。いつになったらヤらせてくれんの?トーコちゃん…?」
半分ヤケになって、俺は目の前で幸せそうにぐーすか寝てる塔子につぶやいた。
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遠くから鐘の音が一定のテンポで聴こえてくる。
バカ騒ぎしてるTVのノリにいい加減飽きて、俺は派手なあくびを一発かましつつ、
こたつから這い出て窓辺に寄って外を眺めた。
大晦日の今日、ここ二子玉川では見事な雪化粧と相成っている。
…とは言っても、せいぜい2、3cmといったところだが。しかも塵に近い粉雪。
それでも東京で生まれ育った俺にしてみれば、雪が「降って」「積もってる」ってことには変わりないワケで。
しんしんと降り続く白い物体を延々と観察するのが楽しくて、しばらくぼーっと空を仰いでいた。
きゃあっ!
(…?)
その時、眼下で明らかに雪とは違う何かが蠢いたような気がして、思わず家の前の道路に目を凝らした。
あと1時間程で新年とはいえ、さすがにこの天候ゆえか、普段よりも人通りの少ない路上。
なにかいる。
ダークグレーのアスファルトの上に敷き詰められた白い絨毯の上で、うずくまっている物体。
ギョッとしつつ、薄暗い電灯に照らされるその物体によくよく目を凝らす。
もしかして…
(…まさか)
ガタン!
それが確信に変わった瞬間、俺はためらいもなく窓を勢いよく開け放った。
その音に気が付いて、その物体は弾かれたようにこちらに顔を向け、ぱあっと笑顔を見せ叫んだ。
「こんばんは恵ちゃん!あのね、あたしね… はっ…!」
相変わらず降り続く小雪に彩られながら、その物体の主は、
夜中に外で大声を出してしまったことに途中でようやく気が付き、慌てて口元を押さえる。
あっけにとられてる俺に向かって、身振り手振りで、
(とりあえず家に入れてもらえる?)
開け放った外気の気温が、外の闇に慣れ始めた目が、だんだんと俺を現実に呼び戻していく。
さすがに物体Xがまったく似合ってねぇ振袖姿で我が家にやって来るとは、
玄関開けるまでまったく気が付かなかったわけなんだけど。
「まぁぁ!塔子ちゃんキレイねえええ!ちょっとあなたぁ!」
慌てて玄関先へ向かうと、一足先に妙に興奮したババアが塔子を迎え入れていた。
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それからが一騒動だった。
「大掃除してたらね、お母さんのお古が出てきて」
そう言いながら視線を着物に移し、袖を軽く持ち上げてゆらゆらさせた。
それを見て、さらにババアが歓喜の声を上げる。
見慣れたその光景に半ば呆れつつ、改めて明るい場所でそのナリを観察する。
淡いクリーム色に描かれた色とりどりの花模様。
俺はこーいうのよく知らねぇけど、素人目にもなんだかお高そーな感じだ。
ていうか、おまえのその普段おっかねーのとは真逆なその態度は一体なんなんだ!?
この世の春か、と錯覚するほど嬉しそうにニコニコ笑ってる。
それだけじゃない。なんか違和感漂って気色悪く感じるのは、
コイツがこれまたご丁寧に薄化粧まで施してやがるからだ、とようやく気が付いた。
(こいつも一応オンナらしいことすんのな…)
と、壁にもたれながらやり取りを傍観していた俺の視線と、
やっと着物から顔を上げた塔子の瞳が重なる。
「どう?恵ちゃん。お正月ぽいでしょ?」
「…!」
まるで罠を仕掛けたいたずらっ子のような好奇心丸出しの表情で、じっと俺の答えを待つ塔子の姿に、
何故だかカラダの奥が熱くなってきて。
くそ!完全に不意打ちだ!
悔しさとなんだか分からない不思議な感情がごちゃまぜになって、
とりあえずあさっての方向を向いてコメントしておいた。
「…まァ、孫にも衣装ってゆーヤツじゃね?」
「……恵ちゃん。”馬子”にも衣装だよ…」
塔子を見るなりだらしなく鼻の下伸ばしたオヤジ交えて何故か宴会が始まって。
既に出来上がってるオヤジにしつこく酒を勧められ、
俺は(一応)ケンゼンたる高校球児!と主張はしつつ、しっかりとしこたま胃に収めてしまった。
ホントにこの親たちは息子の輝ける将来を一体なんだと思ってやがるんだ!
塔子はと言うと、普段なら鬼の形相で俺やオヤジを叱るくせに、
今日に限っては気持ち悪いくらいニコニコしたままなにも言及しない。
それどころか、俺らと一緒になって、
好物のイチゴショートケーキをパクつきながら日本酒をあおっている…
「おい、もうそれくらいにしとけよ。飲めねーくせに無理すんなオコサマ。」
なんで都合よくケーキがあるのだろう、と酔いの抜けきらない頭でぼんやり考えながら、
3本目の徳利に手を伸ばしかけていた塔子の左手首を寸前で引き止めると、
「ちょっとぉー!オコサマってどゆことよぉーー!」
やだっ!と俺の手を振りほどきながら怒り爆発な反応が返ってくる始末。
舌足らずな、明らかにろれつの回っていない口調と、潤んだ瞳。
(こいつ…完全に酔っ払ってやがる)
完全に自身の酔いは冷め、とにかくこの場から塔子を遠ざけねばならないととっさに判断した俺は、
「いちごまだ食べてなーいー!」とぐずって暴れている塔子の腰を引っ掴んで、
なんとか居間から脱出することに成功したのだった。
薄暗い玄関から俺の部屋へと続く階段のあるこの空間は、酔い覚ましには絶好だ。
酒で火照った体が一気にクールダウンしていくのがよくわかる。
だけど、エースでピッチャーな俺の体にとって、深酒も相当ヤバいが、この場所に長居するのは明らかに不利益だ。
脳裏に、御子柴の眉根を寄せて俺を睨む顔や、若菜たちの怒号が次々と過ぎっていく。
さっさと部屋に戻るのが一番なのだが…問題は目の前の、やけに乱れた腐れ縁だ。
引っ掴んで出てきたはよいものの、その後は顔をひざに押し付け、着物姿のまま器用にも体育座りして押し黙ったまま。
不審に思い、俺は塔子と対する形でうんこ座りで問いかけた。
「おい、どーしたんだよ?優等生のおまえが珍しいじゃん、酒飲んで暴れるたぁ…」
いつもならここで一発何かしら抵抗してくるはずだ。
昔からの法則に則って自然に身構えてみたが、やはり黙ったまま。
沈黙が続くのは気まずいので、矢継ぎ早に挑発してみる。
「ていうか、なにしに来たんだよ、こんな年の瀬に。んな七五三みてーなカッコしてよー…」
「…」
「…なに?もしかしてやっとその気になったとか?姫はじめがお代官様と姫様プレイかよっ!
おまえーそりゃマニアック過ぎ…」
「ちがうもん」
「あー、じゃあ芸者ごっこ…って、あ??」
思考もボキャブラリーもすべてエロしか浮かばねーけど、俺なりに頑張って話を繋げていると、
ようやく塔子がボソッと薄暗闇の中つぶやいた。
「そんなんじゃないもん…」
「じゃーなんだよ。こなーーゆきーーぃの舞い散る中での青姦プレイかぁ?
おまえなぁ、人のこと凍死させる気かよ。そんなのさすがに俺だってまだ経験ねーよいくらなんで…」
「…恵ちゃんのバカっ!!だいっキライっっ!!!」
「おわっ!おまっバカ!!」
勢いよく叫んで立ち上がった拍子に、着物の裾を踏んづけて俺に覆いかぶさってきた。
「きゃあっ!」
ったく、この俺様の動体視力をナメんなよ?つーか、まずは対面座位からか?
「ほんとおまえ、昔からドジだよなぁ…」
「…ふっ」
あ。やべ…
「ふ…っく、うっ…」
俺の胸元で顔を覆って泣き出した塔子に、俺は完全に白旗を上げて降参するほかなかった。
つづく。