「俺の居場所なんかねぇよ」  
 
そう吐き捨てた彼の顔には「やっぱり」とでも言うような笑みが張り付いていて  
その中に、ほんの少しだけ、寂しさが滲んでいたと思うのは勘違いだろうか?  
気のせいだと割りきる事が出来ないままグランドに向かって  
野球部の試合経過を見守る。  
口角を上げ続け、川藤先生と会話をして、時には声援を上げて  
でも胸の奥には鈍い痛みがあって  
 
 
9回裏  
若菜君が悲痛な怒声を上げた時、背後のギャラリーのざわめきが一瞬で静かになった。  
その静寂に引き寄せられたように皆の視線がギャラリーへ向く。  
つられて振り返ると、頭一つ分低い人混みの中に彼がいた。  
人混みが2つに割れてできた道を、真っ直ぐこちらへ歩いてくる彼がいた。  
野球部の真新しいユニフォームを着て、しっかりとした足取りで  
その姿を見たとたん、胸の奥の鈍い痛みが疼いた。  
 
だけどその痛みは、  
若菜君がバットを差し出した時に  
桧山君がおどけながら話しかけた時に  
安仁屋君が笑いながらいった言葉に  
そして彼が仲間に囲まれた時に  
氷が溶けるように消えてしまった。  
 
ただ口角を上げていたのが、本当の笑顔になって  
胸の奥には痛みの代わりに暖かいものが生まれた。  
 
何故かと訊かれると、なんとなくとしか答えられないのだけど  
試合終了後、夜になってしまったけれど、部室の前で彼を待っていた。  
しばらくすると、制服に着替えた彼と野球部の皆が一緒に部室から出てきた。  
御子柴君が一番最初に気が付いて、その後彼も気が付いた。  
私が「新庄君に話がある」というと、皆冷やかしながらも「先に行く」と行ってしまった。  
 
野球部の部室の前で2人きり。  
彼がきまずそうなので、少し後悔してしまう。  
でももうこの状況なんだからしょうがないと開き直って、彼の眼を見て微笑む。「よかったわね」  
彼が不思議そうな顔になったので、付け加える。  
「居場所、あったじゃない」  
「・・・・あぁ」  
「川藤先生、ずっと気にしてたのよ?『ここに新庄がいれば最高なんですけどね』って」  
「・・・・・・」  
彼が眉をしかめるのが分かった。  
やはり引き止めない方が良かったみたいだと後悔し  
「ごめんね、用事これだけなの。引き止めてごめんね!」  
少し慌てながら謝って、校舎に戻ろうとすると  
「まっ・・・!!」  
慌てたような彼の声がして、手首が強い力で掴まれた。  
「いった・・・っ」  
そんなに痛くもなかったけれど、思わず言ってしまった。  
そのとたん、手首が離された。  
振り返ると、すぐ後ろで彼が泣き出しそうな顔で私の手首を見つめていた。  
「大丈夫よ、思わず言っちゃっただけなの。痛くないわ。」  
手を振りながら弁解すると、「ならいい」と彼は消え入りそうな声で呟いた。  
「えっと・・・何?」  
何故かは分からないが、引き止められたらしいので彼と向き合う。  
彼は黙ったまま顔をそむける。  
そのまま待っていると、彼はおずおずと手を伸ばして私の手首を掴んだ。  
さっきとは違い、薄いガラス細工をさわるような弱く優しい力で包まれて、内心驚く。  
顔を上げると彼の視線と私の視線がぶつかり、思わず息を飲む。  
彼の眼に浮かんでいたのは怒りでも悲しみでもなく  
しかし目を逸らすことが出来なくなる程の強い力を持った何かだった。  
「もう一つだけ、ある。したかったこと・・・」  
そう呟くと、彼は私の肩に優しく手を置いた。  
肩に手を置かれても、私の目は彼の眼に釘付けになっていて  
身体に力が入らなくて彼の手を振り払う事も避ける事も出来ないで  
ただ彼に捕まれた手首と肩が暖かいと感じれるだけだった。  
 
「何・・・?」  
辛うじて動いた私の口から零れた言葉を聞くと  
彼は私の視線を捉えたまま顔を近づけてきた。  
だんだん彼の目が近づいてきて、ふと、唇に柔らかいものがあたった。  
その唇から甘い痺れが身体中に広がっていく感覚の後、自分の思考が停止したのが分かった。  
 
思考が回復したのは、唇から柔らかいものが離れ彼が去っていく後ろ姿を見た時だった。  
ぼぉっとしていて混乱していたけれど、去っていく彼の耳が真っ赤なのが見えると  
教師と生徒だの問題を起こした不良だのなんでだのの混乱が消えて1つ  
「私で良いのかしら・・・?」  
という疑問だけが残っていた。  
 
 
 
 
おまけ  
 
「おーっ新庄戻ってきたにゃー!」  
「何やってきたんだてめぇはよぉ!?」  
冷やかし1/3からかい1/3本気怒り1/3の手荒い歓迎を受けた新庄は力が抜けたように座りこんでしまう。  
「ど、どうしたんだよ、新庄?」  
「やられたか!?やられたのか!??」  
「おまっ顔真っ赤じゃねぇか!」  
「何があった!?」  
「風邪!?」  
「ストリップでもしたのか、あいつ!?」  
「うおー―――!!!羨ましいー――――!!!」  
真っ赤な顔を周りから隠すように腕にうずめて、いつの間にか三角座りしている新庄は一言  
「俺、もう・・・学校これねぇ・・・・」  
と呟いた。  
「はぁっ!?」  
「なんでだ!?」  
「おい新庄!?」  
「やったのか!?」  
「おい新庄ー――!!?」  
 

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