健一が目を覚ました時、外はまだ暗かった。
視線を隣に移したが、そこにいる冴子はまだ寝ている。
(そりゃそうか……)
スズメの鳴き声が聞こえるから、多分もう朝が近いのだろう。
が、陽が昇っていないことに変わりは無い。ならば普通は寝ていて当然だ。
なのに何故自分はこんな時間に起きたのかと言えば……
「疲れてたからよく眠れたんだろうな」
我ながら情けない呟きである。
昨夜、またもや綾とシーナに襲われた。
正確に言うならばいつも通りの綾の行動にシーナが悪ノリしただけで、
初めて二人がかりで襲われた時――と言っても、冴子のおかげで未遂に終わった――に比べれば軽いものだった。
とは言え自分の性格では軽く流せるわけもなく。
結果として、健一は必死で二人の魔の手から逃れるべくエネルギーを消費するハメになった。
…………本当に情けない。
「……絹川君?」
冴子の声で我に帰る。今の呟きで目を覚ましてしまったらしい。
「あ、ごめんなさい。起こしちゃいましたね」
「……気にしないで。それより、お腹空いてる?
ちょっと早いけど、せっかく起きたんだから朝ご飯作ろうと思ってるの。……絹川君の分も作っていいかしら?」
「あ、僕がやりますよ。有馬さんまだ眠そうじゃないですか」
「いいの。このくらいだと体を動かして目を覚ました方がいいし」
言うが早いか立ち上がり、冴子はそのまま行ってしまった。
彼女の言うことはまったくだとも思ったが、顔色を見るにこちらを気遣ってくれただけだろう。
(とりあえず追いかけよう)
そして立ち上がった。全裸で。
(…………その前に、とりあえず服を着よう)
冴子は台所にはいなかった。手前のソファーでぐったりしている。
――くれぐれも言っておくが、健一と違って彼女は最初から服を着ていた。裸エプロンなんてマニアックなことは断じて無い。
コンロの火がついているところを見るに、お湯が沸騰するのを待っているのだろう。
「有馬さん、やっぱりもう少し寝た方がいいですよ」
「大丈夫よ。眠気が尾を引いてるだけだから……」
(……おかしいな?)
なんだか違和感がある。
こちらの申し出を拒否するところはいつも通りと言えばいつも通りなのだが、断り方がおかしい。
普段の冴子ならもう少し違う断り方をするはずだが、今日は何と言うか――態度があからさまだ。
「すいませんけど、調子が悪いのは見てわかりますよ。
もしかして風邪か何か引いたんじゃないですか?」
「そういうわけじゃないわ。自覚する限りでだけど、風邪なんか引いてない」
「じゃあやっぱり眠いんですか?」
「さっきそう言ったじゃない」
「あ……すいません」
昨夜といい今朝といい、どうにも情けないというか間が抜けている。
しかも今ので口を開くタイミングを失ってしまい、仕方なく冴子の発言を待つ。
「起きた時はね、大丈夫だったの。
まだ眠かったけど、起きたって言うほど覚醒してたわけでもないから寝なおせたはずなの」
「……え?」
「けど、その、絹川君が……あんなこと言うから、ね…………」
突然冴子が口篭る。
――あんなこと?
記憶の糸を辿ってみた。と言っても、起きてから口にした言葉と言えば……
『疲れてたからよく眠れたんだろうな』
――疲れてたから よく 眠れたんだろうな
――疲れてた から 眠れた
――疲れてた から
――疲れてた
――疲れて
――疲れ…………
「その……疲れてた、って言うから……」
冴子が言わんとしていることを理解するのに約5秒。
それと同時にご本人が恥ずかしそうに説明を添えてくれてしまったのでこちらとしても恥ずかしい。
(昨夜から僕は何か呪いでも受けてるんだろうか?)
情けなくなったり間抜けな立場に立つのは今に始まったことではないが、ここまで密度が高いのは久々だ。
「…………」
首を伸ばして覗き見た冴子の頬は赤かった。
完璧に誤解なのだが、今はそれを口にすべきではないと思った。
冴子が寝足りないことに変わりはないしそれを解消する方法が増えるわけでもなし。
というか言ったところで何も解決にならないと判断した。
判断して――とりあえずこれが最良と判断して――まともじゃなくなった。
後ろから冴子を抱きしめてこちらを向かせる。
「あ……」
ほんのわずかの間冴子の体が硬くなるが、こうなることを望んでいたのか予想していたのかそのまま身を委ねてきた。
軽いキス。
赤くてやわらかく、それでいて冷たい唇を味わった後、舌を滑り込ませる。
「んン……ちゅ…………」
「っ、はぁ……れぅ」
少しだけ荒くなってきた息遣いのまま互いに舌を絡めあい、そのままの体勢で冴子が右腕を首に絡めてくる。
それが固定されると同時に今度はこちらの両腕を離し、冴子の服の中に潜り込ませる。
「ん……あ、はぅっ」
ぴくぴくと身体を震わせる冴子の頬は高揚し、眼はすっかり潤んでいた。
それを見てどうしようもない興奮を覚え、愛撫を強くする。
「あふっ!?んぁっ、ひゃ、ちょっ……!
絹があぅっ!絹川く……ンッ」
何か言おうとする冴子の口を唇と舌で封じ、彼女の弱いところをより重点的にかつ激しく愛撫する。
強く瞑った両目から溢れる涙がさらなる興奮を呼び、片手を下の方へ動かそうとして――やめた。
(今日は舌と胸だけで徹底的にやろう)
冴子の表情を見るうちにそんな決定を自分に下す。
ここまでそれで通してきたので、他の攻めを使うのはなんとなくもったいない気がしたのだ。
それに少ない箇所を重点的に攻めた方が、行為が終わった後の冴子が眠りやすいんじゃないかと思った。
平時ならこういう時だけ変に冷静になる自分に情けなくなるのだろうが、今の自分はまともじゃない。
よって知ったこっちゃない。
「――っ!はっ、んぅ――っ!!」
そうして攻め続けているうちに、冴子が軽く達した。けどまだ休ませない。
一度愛撫を止め、冴子が呼吸を整えようとしたところで再び舌と指を動かす。
「っ!?ゃふっ……ふぁ――はあんっ……!!」
「やっぱり間抜けだな僕……」
冴子を布団に寝かせた後、げんなりした表情で呟く。
視線は自分の股間に向いており、ソレは見事なまでに自己主張……というかもはやSOSを主張していた。
冴子をイかせることにばかり集中し過ぎたせいで、自分の方の処理を完全に忘れていたのである。
気付いた時には冴子は熟睡しており、おかげで健一は一回も射精出来ず、脈打つたびに鈍痛に襲われていた。
行為に熱中し過ぎてテンションが昂りすぎたせいか自慰行為程度ではおさまらず、先ほどからずっと悶え続けている。
「そりゃ確かに主目的は有馬さんを眠らせることで、それは果たせたわけだけど……これはきついよな…………」
呪いというのはあながちはずれてもいないのではないだろうか?
綾とシーナに追いかけられ、それが理由で早起きして、それに関する呟きで冴子が勘違いして、
そのため冴子の目が冴えて、眠らせるために行為に及び、そして今ではS・O・S。
すべては昨夜の騒動で繋がっていた。
「考えてみたらこれってかなりまずい状況なんじゃないか?」
自分ひとりではどうしようもないのだが、助けを求められそうな13階の住人は……
綾:論外
シーナ:無理
冴子:熟睡中
刻也:この上なく相談しにくいし、したところでどうにかなるとは思えない
誰もアテに出来ない。
しかも股間の救難者は興奮状態が鎮まりそうにない。
とは言え、いくらなんでも熟睡している冴子を叩き起こして襲ったり、眠らせたまま挿入するなどということが出来るはずもない。
もしも今、綾やシーナに襲われたら間違いなく屈してしまうだろう。
というかこんな状態じゃ欲望に耐えれたとしても逃げられない。
「どうしよう……」
昇ってきた朝日が慰めるように健一を照らした。
哀愁を引き立てただけだったが文句を言う気にもなれなかった。