「あら、日奈ちゃん。今朝は早起きなのね」
日奈の母親に掛けられた何気ない挨拶に、健一は思わず涙ぐみそうになる。
今朝、涼しい朝の空気で目を覚ました健一はまだ自分の体が元に戻っていないことに
落胆し、それでも気を取り直して階下に降りてきたのだが、その時に掛けられた第一声が
これだった。
瞳を潤ませる日奈の姿を見て彼女は欠伸かなにかと勘違いしたのだろう。「顔を洗って
らっしゃい」という言葉に従って、健一は洗面所に向かうことにした。
洗面台に備え付けの大きな鏡に上半身を映し、健一は改めて自分の境遇を思い返す。
昨晩、ストリートライブを終えた健一とシーナは十三階の階段を昇っている途中で荷物を
抱えた刻也に会い、その際に仕掛けたシーナの悪戯によって三人とも階段から転落し、
その弾みで三人の人格が一遍に入れ替わるという事態に見舞われたのだ。
普通ならちょっと信じられないような話なのだが、以前にも隣人の綾が記憶喪失というか
別人格になってしまったことがある。
鏡の中の日奈が腕組みをして頭を悩ませている。学校でも評判の双子の美少女、
窪塚日奈の滅多にお目にかかれない仕草だ。
「でも、よく見ると本当に可愛いよな」
健一は鏡をまじまじと覗いて呟く。別に日奈が可愛いということを否定していたわけでは
ないけれど、健一にとっては日奈のもう一つの人格、シーナこそが彼女の素顔だと
感じているので、日奈のことを可愛い女の子として見たことはこれまでなかった。
ツバメが言っていた絶望的なまでに可愛いという褒め言葉も、こうしてみるとなんとなく
分かる気がする。
健一は冷たい水で顔を洗い、口を濯ぐ。居間に戻ると日奈の母親の姿は消えていて、
代わりに台所から何か物音がしてくる。朝食を作る準備だろう。さっき聞こえたのは
ガスコンロを点火するときのカチカチという音だったようだ。
人に朝食を用意させておいて黙ってみているだけというのも悪いと思い、健一は何か
手伝おうか迷った。しかし、健一は躊躇する。
「日奈ちゃん、もうすぐ朝ごはんの準備ができるから佳奈ちゃんを起こして」
母親が振り向きもせず、話しかける。家族としての距離感が
しっかり定まっているからこそ、こうした会話のやりとりができるのだろう。
声の大きさがぴったりこの距離にはまっている、そんな感じだ。
健一は返事をして佳奈の部屋に向かうことにした。起こしてきてと言われた以上、
そうしなければならない。寝ている佳奈の部屋に入るなんて緊張するが、日奈も
同じなんだろうか。
ドアをノックし、返事がないことを確かめてから、健一はいよいよ
ドアノブに手をかける。ドアを押し開けると、なんだか違う匂いがする。
カーテンの隙間から陽のひかりが入り込み、その光に射られるようにして眠っている
佳奈の姿がある。学校で見るのとは違う、こぢんまりとした愛らしい寝姿。
心臓が痛いくらいにドキドキしている。
健一の頭は冷静なのに、体が我慢できないくらい熱くなっている。佳奈のベッドに一歩
近づくたびに、鼓動が高鳴り、居ても立ってもいられなくなる。
日奈の身体が条件反射しているのだ、と健一は思い至った。
日奈の手がすっと佳奈のベッドの中へ潜り込む。毛布の膨らみを下からそっと撫でていき、
優雅な曲線を描く佳奈の肢体を舐めるように手を這わせる。佳奈は左手を下にして横に
なって眠っているから、今は自分に背を向けている。肢のあいだに手を差し込み、
内腿を撫でて柔らかい尻に辿り着く。温もりが違った。薄いパジャマの布地に包まれた、
蒸れるような温かい感触。健一は我慢できなくなって毛布の中に頭を潜り込ませた。昨夜、
日奈の身体でオナニーをしてしまったことを激しく後悔したはずなのに、身体が
ちっとも言うことを聞いてくれない。日奈は本当に佳奈が好きなのだ。好きで好きで
堪らないから、いつかきっと襲ってしまう。だから日奈には1305が必要なんだ。
これが、これまで日奈が耐えてきた想い。
健一は佳奈の尻の匂いを嗅ぐ。甘酸っぱい肌の匂いがする。官能的な痺れが鼻腔から
全身へ伝わっていく。
健一はめいっぱい空気を吸い込むと、佳奈を力強く揺り起こした。
佳奈がゆっくりと薄目を開けて、身を起こすまで何度も。
「ふぁあぁぁ……おはよ、日奈ちゃん」
「早く起きないと遅刻しちゃうよ。先、下に降りてるから」
健一はそれだけ告げて素早く佳奈の部屋を退散し、トイレに駆け込んだ。鍵を閉め、
ズボンとショーツをまとめて膝まで降ろし、中指と薬指を折り曲げる。秘所に差し込むと
吸い込まれるように奥まで入った。膣が窄まって指を根元から挟みこむ。きゅうきゅうに
締め付けて動かすたびに吐息が漏れる。喉を震わせないように必死で声を留める。口が
半開きになり、擦れる度にハッハッと息が乱れる。
湿った空気がトイレの中に充満していき、口から垂れた涎が喉を伝っていく。
何度も何度も吸い込んだ佳奈の匂いを反芻する。踵が浮き、両膝が興奮で小刻みに
揺れている。
ぷしゃぁぁぁ―――
熱く濃い匂いが密室に漂う。
抑えた指の間から日奈のおしっこが溢れ出してくる。熱い尿の温もりを掌で受け止める。
手がびしょ濡れになってしまったが、それでも自慰を留めることが出来ない。便器の中の
水が尿に攪拌されて泡沫が浮かび、黄色く濁る。発情した女の子の匂いが立ち込める。
長い放尿の勢いが弱まり、糸を引いて最後の雫が落ちる。くちゃくちゃに掻き回した
粘液混じりに尿がべっとりと手を濡れ光らせている。自分でも気付かぬ内に絶頂して
しまった。
「うぅ……」
数分後、健一はトイレの中で押し殺した泣き声をあげていた。本当に自分が情けない。
昨日の誓いをあっさりと破った上に他人の、しかも女の子の家のトイレで朝からナニを
してしまった。
その日の朝ごはんは濃厚な尿の臭いを吸い込んだせいか、ちっとも食欲が湧かなかった。
第二話 八雲刻也の事情
八雲刻也は1303のドアを叩いた。まだ早朝といってよい時間だ。
もしかしたら冴子はまだ寝ているかもしれないと思ったが、今の刻也は健一の身体を
借りている身だ。健一の制服でなければサイズが合わない。
ノックから間もなくドアノブが回り、中から冴子が姿を現した。
「起きていたのかね」
刻也の目から見た有馬冴子は青白い顔をしていて、あまり元気そうには見えなかった。
それでも冴子は明るく笑って刻也を部屋に招いてくれた。
「絹川君の部屋はこっちです」
冴子に案内され、刻也は1303の中に初めて足を踏み入れる。そこは平均的な
一般家庭らしい室内だった。そしてなんとなく心が落ち着く。とはいえ、それ以上の感想は
持てず、刻也は部屋を眺めるのもそこそこに、窓際のハンガーに掛けられた健一の制服を
手に取る。
「ふむ」
シャツを広げて無言になっている刻也を見て、不思議に思ったのだろう。冴子が尋ねる。
「どうかしましたか?」
「いや、大したことではないのだが……」
刻也はそれでもやはり気になる、といった表情で冴子に向き直った。
「この部屋にアイロンはあるかね?」
数分後、1303の居間でアイロンを掛けている刻也の姿があった。
小さいアイロン台の前に正座して、丁寧に皺を伸ばしている。そしてパリッと糊の利いた襟元を確かめると小さく頷いた。
「うむ」
右横で冴子がくすくすと笑う。
「なにかおかしいかね?」
刻也が困った表情で振り向くと、冴子は微笑を絶やさないまま、笑みの理由を説明する。
「そういうことではないんです。いつもと違う八雲さんの姿が見れたから、
なんだか可愛いと思って」
「か、可愛いのかね……」
思いがけない冴子の感想に刻也はすっかり面食らってしまう。
「ええ、可愛いですよ。そんな風に思われるのは嫌ですか?」
「私のことをどう思おうと君の自由だが、その、可愛いというのは止してくれたまえ」
「わかりました。でも、誰が見ても可愛いっていうと思いますよ」
「そんなことはないと思うが……」
刻也はそこで一旦言葉を切る。明るく楽しそうに笑っている冴子を見つめ、尋ねてみる。
「君は今、楽しいかね?」
「え?」
一瞬、冴子の目が大きく開かれ、一転して表情が頑なになる。視線は俯き、
細められた瞳はどこか遠くを見つめているようにも見える。
「私はただ……」
「君はもっと幸せになって良いと思う。そして、そのために君が誰かの力を必要とするなら
我々は躊躇なく君の力になろう。それとも君は、それすら望まないのかね?」
冴子からの返事はなかった。
「私は君に幸せになって欲しいと思っている。それだけは信じてもらいたい」
刻也は几帳面にアイロン掛けされたシャツとズボンを手に、1303を後にした。
扉を閉めた後で、刻也は思い返す。やはり、口に出すべきではなかっただろうか。
現状に満足していると言う言葉を口にする人間に、もっと幸せになって欲しいと
請うのは不適切だったのではないか。
まさか自分は彼女の相談役にでもなろうとしたのだろうか。刻也は自嘲気味に首を振る。
私は相談に乗るのが苦手だ、と。
制服に着替えた刻也は1301に足を踏み入れた。
今朝は健一が不在のため、代わりに自分が朝食を作ろうと思ってきたのだが、
どうやら冴子に先を越されたようだった。
「ごきげんよう、有馬君」
「おはようございます。八雲さん」
冴子は学校で見せるのとは違う、普段どおりの笑顔で答えた。1301には冴子と自分の
ほかに誰も来ていない。
「窪塚君はまだ寝ているのかね。そろそろ起きなければいけない時間だが……」
「起こしたほうがいいんでしょうか?」
「どういう意味かね?」
「あんなことがあったばかりだから、学校にちゃんと行けるのかなあと思ったんですけど」
「行ってもらわないと困る。しかし余計なことをしないように釘を刺しておかなければ
ならないだろうな」
「でも、そうなると八雲さんも大変ですね。絹川君には彼女もいますし」
冴子が焼いていた目玉焼きをフライパンから皿に盛りつける。ちょうど四人分ある。
「二人を起こしてこよう」
刻也はそう言って席を立った。普段ならそんなことしないが、今の刻也は健一の役割も
兼ねている。間もなくして1301に健一以外の全員が顔をそろえたが人数の多さにも
関わらず、会話の弾まないどこか侘しさを感じさせる食卓だった。
学校の教室に辿り着くとなぜかスリーパーチョークホールドをかけられた。
自分は詳しく知らないのだが、鈴璃が以前そんな台詞を叫びながらレストランに来た客の
首を締め上げていたのを思い出す。
あの時は彼女曰く、客がいやらしい目で鈴璃を見ていたからだったと記憶しているが、
なぜ今自分がクラスメイトの鍵原ツバメに首を絞められているのか理解しかねる。
「ちょっとツバメ、健一さんが苦しそうだから放してあげてよ。
私はちょっと心配だっただけで、別に怒ってないんだから」
そろそろ止めたほうがいいと思ったのだろう。千夜子がツバメを宥めたことで
ようやく刻也は解放される。
「いきなり何をするのかね、鍵原君」
刻也は苦しげに咳きこみながら言った。口調が普段のものに戻っているがツバメは
気に留めていないようだった。
「トボける気? 昨日、千夜子はずっとアンタからの電話を待ってたのよ!
千夜子から掛けようとしてもちっとも繋がらなかったっていうし、昨晩はライブの後
どこに行ってたわけ?」
すぐには事情が呑み込めなかったが、どうやら健一は千夜子に電話をする約束を
していたらしい。それが昨日の騒ぎですっかり忘れられてしまったのだろうが、
自分がとばっちりを受ける羽目になるとは思っても見なかった。
「どうせファンの中に可愛い娘がいたから、誘われてホイホイついてったんでしょ」
「自分はそんなふしだらな男ではない!」
「な、なに逆ギレしてんのよ」
思わず激昂してしまってから、それが自分ではなく健一に向けて発せられた言葉だと
思い直す。それにしたって、健一もふしだらな人間とは思えなかったが。
「すまない。あんまりな評価だったのでついムキになってしまった。確かに電話をする
約束を一方的に破ったのは私に非がある。謝って済む問題ではないが、許して欲しい」
実際に約束を交わした覚えはないのだが、それでも今は健一として振舞わなければ
ならない。刻也は深く頭を下げて陳謝した。
「あ、いえ。怒ってるわけじゃなくて、ただ電話が繋がらないから心配だっただけなんです」
刻也が深刻な顔をして謝罪したので千夜子も慌ててしまったらしい。
ばたばた手を振って刻也の顔を上げようとする。
「それでも君に無用な心配をかけてしまったのは、良くないことだったと思っている」
「本当に気にしないで下さい。私が勝手に心配しただけですし、そんなに謝られると
かえって困っちゃいます」
千夜子がずいぶん恐縮しているようなので刻也もようやく顔を上げることにする。
それで事態は丸く収まったと思ったのだが。
「それにしてもさ、今日の絹川っていつもとキャラ変わってない」
突然、ツバメがそんなことを言い出した。
「そ、そんなことはないと思うが」
言葉では否定しつつも図星を指され刻也はうろたえる。
「絶対変だって。私のことを鍵原君なんて呼んでるし、千夜子に対しても妙に
よそよそしいし」
「それは……」
刻也は言葉に詰まり、目を泳がせる。窓際の席には冴子がいたが、助け舟を
出してくれそうにはない。さて、どうしたものか。刻也はこうした状況に慣れていない
せいで対処の言葉が浮かんでこない。
「その、仮にそうだとしてだ。大海……いや、千夜子君には何か不都合があるかね?」
「えっ、私は別にいつもどおりの健一さんだと思いますけど」
「ムキー! なんで千夜子はそこで絹川を庇うの? いい、千夜子は経験が
足りてないんだから教えてあげるけど、男の態度がいつもと違ったら浮気していると見て
間違いないんだからね!」
洞察力が鋭いかと思えば、まるで見当違いなことを言っている。ツバメの思い込みの
激しさに刻也は嘆息とも安堵ともいえない吐息を漏らした。
「君の想像力もたいしたものだな」
「認めたわね!」
「呆れているのだよ」
そう言って刻也はさっさと話題を終わらせる。その後はなおも自説を曲げようとしない
ツバメとの押し問答が続いたが、千夜子がツバメの思い込みをさりげなく正す形でようやく
疑惑が晴れた。
第三話 シーナは意馬心猿
学校が終わり、佳奈と一緒に帰宅した健一は鞄を置いてすぐさま1301へ向かった。
入れ替わった三人の身体を元に戻す方法を皆で考えるためだ。
「すみません。遅くなりました」
健一は制服姿のまま、遅れたことを詫び1301に顔を出した。
ソファには刻也と自分の姿があるが、今は中身が入れ替わっている。健一が空いた席に
腰掛けると待ちかねていたように刻也が言った。
「ふむ、時間もないし早速本題から入るが、我々が入れ替わった原因はやはりあの階段が
関係しているんじゃないかと私は考えている」
「言われてみればそうですね。綾さんのときもそうでしたし」
刻也の推測を聞いて健一は一人でプリンを食べている綾に目を向けた。
「私、あのときのことはよく覚えてないから分かんないんだけど」
「階段が怪しいったって、具体的にはどうすりゃいいんだよ」とシーナ。
「う〜ん、もう一度あのときの状況を再現してみるとか?」
健一は思いつきで提案してみるが、刻也は眉間に皺を寄せ、難色を示す。。
「あの階段をもう一度落下してみるということかね? 危険過ぎないだろうか。
昨日は幸い軽症で済んだが、打ち所が悪ければ大怪我をするところだった。
解決を急ぐあまり無謀なことをするのは良くないことだと私は考えている」
「でも他に思い当たる原因なんてないんでしょ?」
綾に尋ねられて三人ともそれぞれ心当たりを探すが、あの日は階段から落ちた以外に
特別な出来事などなかった気がする。
「仕方がないな。気は進まないが、あのときの状況を再現してみるより他になさそうだ」
刻也がしぶしぶ頷いたことにより、三人はもう一度階段から落ちることに決めた。
1301を出て階段の前に立つ。健一は思わず息を呑んだ。ここから転落するとなると
身の危険を感じずにはいられない。
「やはり止したほうが良くないかね?」
目の前の階段を見下ろして刻也は二人に思い留まるよう進言する。
「なんだよ、怖気づいたのか。ここで引いたら男じゃねーぜ」
そういうシーナもちょっと腰が引けている。もちろん健一もいざとなると足が
竦んでしまってあと一歩が踏み出せずにいる。そこで健一は、後方で見物している綾に
声を掛けた。
「すみませんが、綾さん。僕は目を瞑ってますから思いっきり背中を押してくれませんか」
「健ちゃんっていうかシーナ君のの背中を押せばいいの?」
「はい、一思いにやっちゃってください」
「よーし、それじゃ行くね」
「はい」
健一は覚悟を決め、固く目を閉じる。三人一緒に落っこちるために右手を刻也が握り、
反対側の手はシーナと繋がれている。そろそろと気配が近づいてくる。
「えいっ」
日奈の背中が綾の手によって突き飛ばされる。瞬間、しっかりと握られていたはずの
両手が解放された。一人だけ転落していく健一は宙に浮きながら背後を振り返った。
三人で同時に落ちるはずだったのに、二人とも身の危険を感じて
咄嗟に踏み止まったらしい。スロー再生の映像を見ているように、気まずい面持ちで
目を逸らす刻也の姿が視界の片隅に映る。
そしてシーナも階段を落下していく自分の身体をたそがれた瞳で見つめている。
千分の一秒にも満たない刹那、健一の脳裏にあの言葉が過ぎる。
あの、うらぎりものめ
色んな意味で痛かった階段落ちの実演の後に日奈、こと健一が二人を見上げて言う。
「……ひどいですよ、二人とも。僕だけ突き落とすなんて」
「……悪かったよ」
「すまなかった。それで絹川君、なにか変化はあったかね?」
あれほど激しく転落したのに、見たところ変わったところは何もない。健一も自分の体を
眺め回してから結論を告げる。
「いえ、なにもないようです」
「そうか、やはり階段から落ちても何も起こらないということか。それが分かっただけでも
よしとしよう」
「なにげにひどい扱われようですね」
健一はかなり激しいショックに見舞われつつ、自分の落ちてきた階段を重い足取りで
上り始めた。
再び1301に戻って作戦会議。刻也が再び口火を切った。
「さて、今度の議題は『窪塚君の暴走をいかに食い止めるか』だが、なにか案はあるかね?」
「待て待て、なんで俺だけ危険人物みたいな扱いなんだよ」
「事の発端はそもそも君にある。バイト先で君が何かをやらかすと私の沽券に関わるのだ」
「なんか納得いかねえよな、そういうの!」
シーナが腕組みしたまま拗ねてそっぽを向く。
「う〜ん、一つだけ提案があるんですけど」
健一が控えめに手を挙げる。その仕草はどこからみても日奈そのものだ。
数分後。
「ど、どうですか?」
目の前に八雲刻也の姿をした日奈が立っていた。中身が日奈であれば真面目で
大人しいし、なにか騒ぎをやらかすといった心配はまずない。しかし、刻也は怒りに
喉を震わせながら言った。
「却下だな」
「……ですね」
スカートを履いた格好の八雲刻也(日奈)が、がっくり肩を落とす。健一の提案は
シーナから日奈に戻れば無茶はしないのではというものだったのだが、試行錯誤の結果、
スカートを履いたときだけシーナから日奈に変わるということが分かった。その辺の
線引きは結構アバウトだと思ったのだが、どうやら違ったらしい。
「無駄なことをやっているうちにだいぶ時間が経ってしまったようだ。絹川君は大海君との
約束があるんだったな。確か、待ち合わせは四時からだったと記憶しているが?」
刻也は時計を見上げて待ち合わせ時刻を確認する。健一は今日、千夜子とデートの約束が
あったのだが、今は日奈の身体に入れ替わってしまっているせいで代わりに健一の身体に
入っている刻也に身代わりを頼むことにしたのだ。デートの代役は依頼するほうも、
引き受けるほうも気まずいものがあるが、今回は事情が事情だけに仕方がない。
「場所はもう決まっているのかね」
「はい。一応お代場のテーマパークに行くことになっているんですが、もしそういう所が
苦手なら八雲さんの行きたいところで構いませんから」
本当なら刻也は試験勉強で忙しいはずだ。もともとは刻也がそうするべきだと
言ったのだが、やはりこんなことを頼んでよかったのかなあと健一は思ってしまう。
「私のことを気遣ってくれるのはありがたいが、君は大海君のことを一番に考えるべきだと
思うよ」
「ですかね。やっぱり」
「それでは時間がないようなのでこれで失礼する」
そう言うと刻也は部屋を出て行ってしまったので後に残された健一は1301を見渡す。
今、この場に残っているのはソファに寝そべった綾と日奈だけだ。
冴子はまだ帰ってきていない。
「えっと、とにかく窪塚さんも着替えようか。いつまでのその格好だと、
ちょっと不味いですし」
健一は日奈に着替えを勧める。なんせ外見は女装した刻也のままだから、
冴子が見たらきっとびっくりしてしまうんじゃないだろうか。
健一は日奈を伴って1305へ場所を移動する。
「えっと、着替えるので申し訳ないですけど」
「あ、そうですね。じゃあ、僕は部屋の外で待っているんで着替えが終わったら声を
掛けて下さい」
他人の身体であっても着替えを見られるのは恥ずかしいらしい。もっともそれは健一も
同じ気持ちだ。健一は1305を出て、廊下でシーナを待つことにする。程なくして、
部屋のドアが開き刻也の姿をしたシーナが顔を出す。
「待たせたな、健一。入っていいぜ」
1305は相変わらず、だった。まるでヤクザの事務所にあるような黒革のソファが部屋の
中央に陣取っていて、置物代わりの模造刀が壁に掛かっている。
「健一、実は折り入って頼みがあるんだ」
突然、シーナが改まって頭を下げる。人に聞かれたくない話なのか、わざわざ鍵を
閉めるために立ち上がり、錠の落ちる音を響かせた後、もう一度ソファに腰を降ろす。
「それで、話って何?」
健一はいつになく真剣そうなシーナにあわせて、自分の表情も固く張り詰める。
「実は昨日、一人Hしてみたんだ」
直後の爆弾発言に健一は慌てた。
「ちょ、ちょっと待ったっ」
「なんだよ、どうせ健一だってやったんだろ。それとも健一はセックスマッスィーンだから
2Pの方か。膣出しは止めとけよ、本当」
「いや、そんなことやってないし」
一応、否定はするが半分図星なので後ろめたい。
「まあ、それで俺は目覚めたわけだ。男の身体になった以上、やんなきゃ損だ」
「えっと、つまり何がしたいわけ」
「ぶっちゃけるとセックスがしたい」
なんだかもう、シーナは色々なところが壊れてしまったらしかった。しかも外見上は
刻也が真顔で喋っているように見えるので笑うに笑えない。
「う〜ん、そうは言ってもすぐには無理じゃないかな。相手の娘だって八雲さんとは
親しくないはずだし」
シーナが好きなのは佳奈のはずだが、残念ながら刻也と佳奈には接点がない。
今から仲良くなったとしてもさすがに恋仲にまで発展するとは思えないし、
この入れ替わり現象がいつまで続くのかも分からない。でも、ひょっとするとこの現状は
シーナが望んだとおりのものなのかもしれない。佳奈と両想いになるためには二重の
ハードル、つまり姉妹という関係と、同性という問題を双方克服しなければいけないのだ。
シーナが刻也の身体に入った今、そのハードルはなくなり、シーナの努力次第で佳奈と
恋人同士になることだってできる。でも、シーナは所詮シーナだった。
「もっとぶっちゃけると相手は女なら誰でもいいんだ。とにかく俺はセックスを
経験してみたい」
「本命の娘じゃなくても?」
「この際、贅沢は言わない」
「贅沢とかそういう問題じゃないと思うけどなあ」
刻也の彼女となら、どうにかなるのかもしれないが、刻也に知れたら
かなりヤバイんじゃないかと思う。
「さらにぶっちゃけると相手にはもう狙いをつけてる」
「えっ、そうなの?」
まさか綾さんを狙っているんだろうか。それとも冴子だろうか。
健一があれこれ考えてるうちにシーナが身を乗り出してきた。というかもう、
目つきがかなり怪しいし、息も荒い。
「シーナ、なんか目つきがヤバイんだけど」
「健一、頼む。一発ヤラせてくれ!」
「そんなバカな!」
「お願い、先っぽだけでいいから」
「無理、絶対無理!」
叫んだときにはシーナに唇をふさがれていた。
第四章 それぞれのセックス
制服のスカーフが解かれ、日奈の両手が拘束される。太腿の間にシーナの膝が割って
入ってきてスカートの裾が捲り上げられる。
「シーナ、待っ……」
制止の言葉さえ届かず、胸が激しく揉みしだかれる。指が食い込んで乳房に鋭い痛みが
走る。息苦しいまでに口腔が蹂躙され、嚥下しつつも飲みきれない口移しされた唾液が
口元から零れ落ち、喉を伝う。
自由を奪われた身体はただ震えるばかりだった。健一の理性は働いているが、
日奈の身体は怯えるばかりでなにもしてくれない。シーナも相手の抵抗がないのを
感じ取ったのか、一旦唇を離し、細められた眼差しで怯える日奈の姿を視姦する。
不安げに寄せられた眉、熱っぽく潤む瞳、濡れて光る唇、タイの解かれた胸元から
真っ白な乳房の膨らみがシーナの瞳に映し出される。
「やめ……」
膝裏を手で抱え込まれ、M字に膝を立てさせられる。きわどい部分を隠していた
スカートは今やショーツに覆われた股間を露わにし、シーナの滾った視線がその一箇所に
注がれる。匂いさえ貪欲にむさぼるかのように、シーナが肢の狭間に顔を埋め、
息を吸い込む。柔らかい布地で包まれた小高い膨らみが鼻先で撫でられ、吸われる度に
ぞくぞくと悪寒が背筋を駆け上る。
シーナは顔を上げるとまるでショーツを見透かすかのように、もっとも敏感な小さく
勃起した箇所を指で啄ばみ、執拗に下着の上からこねくり回す。
「やっ……んはぁ、くっ……やめろぉ」
日奈のかかとで精一杯シーナの背を叩く。
健一も必死に抗おうとするが、身体は意思に反して勝手な反応を示す。
シーナが指を引き戻せば、それにつられるように腰が浮き、秘唇の真下から
指を突き立てればそれを咥え込もうとするかのように腰が落ち、下着越しにずぶずぶ
指先が沈んでいく。最早、下着の内側はしとどに濡れそぼっており、股布の両端から
愛液が溢れそうなまでに快感が高まっていた。シーナは興奮に身を任せた手つきで
荒い息を吐きながらズボンのベルトを緩めると、手に余るほどの大きすぎる肉棒を
日奈の眼の前にさらけ出した。
むっとした臭気と見慣れたはずの形状に、健一は生理的嫌悪を隠せなかった。
背けた日奈の顔をシーナが強引に振り向かせ、唇に触れそうなほど間近に肉棒を
引き寄せる。健一は唇を引き結び、息さえも吸うまいとした。
その抵抗をシーナはむしろ楽しむように、下着の内側に溜まった愛液を指で掬い取り、
己の肉棒の先端に塗りたくり日奈の唇に亀頭を押し付けた。
「んっ、むっー……くはぁっ、ぁおごっ……むぁぉぇ……」
引き結んだ口元などお構いなしにシーナは無理やり、日奈の口腔に亀頭を押し込める。
強引に侵入してくる醜悪な剛直に抗いきれず、わずかに開いた唇から一気に喉奥まで
押し込み、日奈は声にならない悲鳴を上げる。
息苦しさで涙が滲み、友人のひどい裏切りによるショックで瞳孔が力を失う。
日奈の口腔は小さく、膨張した先端を呑みこむには代わりのものを吐き出さねば
ならなかった。唇の端から唾液が溢れ出し、涙と共に伝い落ちる。喉もとは激しく上下し、
必死に押し込まれた肉棒を吐き戻そうとするが、こみ上げてくるのは嗚咽とお腹の中の
濁流だけで、それすらも喉を塞ぐ亀頭でせき止められてしまっている。
「ぅぅひぃ……ふぁ、ひぃっぐ……ぉぇぇ」
日奈の身体は涙を流して懇願するが、本来の持ち主であったシーナは理性を失ったまま
腰を突き上げる。口腔を犯すように浅く引いては奥深くまで侵入し、苦しんで吐き出そうと
すると再び奥まで戻される。喉奥を蹂躙する勃起物を必死に押し出そうと舌を絡ませるが、
それが口唇愛撫となって鈴口から薄味の粘液が滲み出てくる。
「はぁっ……―――はぁっ……―――うっ」
口を塞がれ、呼吸は狭い穴を通ってしか行き来できない。しかし鼻腔から吸い込むのは
新鮮な空気ではなく蒸れて発酵したような精液の淫臭。それでも仕方なく吸い込むが、
だんだん思考は痺れてきて、抵抗よりも服従の意志が勝ってくる。
健一はシーナに奉仕をしながら、引き抜いてくれることを懇願する。
シーナの手が健一の頭の上に置かれ、根元まで一気に突き出された。
陰茎が脈打ち、熱いゼリーの塊が噴出する兆候を健一は舌で感じる。
「んんっむっ、んふぃっ!」
精液特有の粘っこい塊が喉に絡みつく。甘苦い味が舌の上で躍り、口から溢れ出す。
舌の上だけでなく下にも横にも精子が溜まり、それらを嚥下しつつ吐き戻しては何度も
精液の反芻を行い、身体の内側から白濁されていく悪寒を覚える。ドロドロに汚された
口元を拭うと精液が糸を引いて垂れ下がった。
続く