「……やれやれ」
ドア抉じ開けて入り込んだその部屋は、どうやら雨漏りしていないようだった。
つまり、床にも壁にも家具にも埃が積もっているということだ。
外套を一打ち、水気を払う。
その動作に埃が舞い上がり、宙に飛び散った水滴は真っ黒な泥水になって床に跳ねる。
「しばらくすれば水が溜まるから、寝床廻りの掃除くらいは出来るわね」
レイリアの言葉に振りかえると、廃屋の踏みこみに転がっていたはずの壷が見当たらない。
雨水を受ける位置に置いてきたのだろう。
この派手な外見の美女があれこれと細かいところに気の廻る性分だというのは、行動を共にするまで思いもつかなかった。
とは言うものの、ハンター稼業である以上は探索に出ればその場しのぎでねぐらを探すしかないのはレイリアも俺も同じこと。
それには慣れている。いつまで経っても慣れないのは、この美女と一つ屋根の下で、それも互いの寝息を聞きながら眠ることだ。
あまり精神の健康にはよろしくない。
しかしレイリアは平然と寝てしまうのだが、そんなにも俺は安全・無害に見えるのだろうか?
灯りを掛ける場所を探して歩き回るレイリアを見ているとそんな考えが浮かんでしまう。
軽く頭を振り、踏みこみへ戻って外の水音に耳を傾ける。
「水受けは?」
「2つ置いたわ」
レイリアの言葉どおり、盛大な雨音には不協和音が混じっている。もう良いだろう、かつて玄関だったらしいその扉を開く。
とたんに頬にはぜる大粒の雨に顔をしかめる。素早く壷を引っ張り込む。
「水も滴るいい男、ってか」
「……」
壷を両手に今夜の寝室−−灯りが天井までは届かないが、それでも大雑把な形は見て取れる、どうやらホールのような場所だったらしい−−へと戻るとレイリアが腰に両手を当て、睨んだ。
「どうした?」
「……別に」
レイリアは仏頂面で壷をもぎとり、手早く寝場所の廻りを掃除しはじめる。猫のようにしなやかなその姿にしばらく見とれていたことに気づき、俺は慌てて掃除を始めた。
「……ねぇ」
「?!」
乾し肉を皮袋のワインで流し込む食事を終えかけたとき、唐突に声を掛けられて俺はむせた。
「……なんだよ」
「何だよって……味気ない食事でも、会話があれば美味しくなるって思わない?時間を無駄にせずに食べる主義ってわけでもないでしょ」
壁に吊られたランタンがゆれ、金の瞳を煌きが飾り俺の言葉を奪う。
「聞いてるの?」
聞いているとも。まっすぐに見据えられるとごまかしようがないが、さてどうしたものか。
いつかの図書館のときと同じく、俺はレイリアに見とれていた。まっすぐに通った鼻筋、形の良い唇、ちょっと気の強そうな−−実際はちょっとどころではない−−あご。
細い首筋はいつもどおり、しっかりと閉じた襟に隠されてほとんど見えない。
体にぴったりとした黒いシャツに強調された大きな胸……。
ああ、どうにもごまかすのは無理だ。率直に言ってしまおう、レイリアの方であしらってくれるさ。
「聞いてるよ、言葉もなくお前に見とれてるんだ」
瞬間、レイリアの頬に朱が差した。