あの……ミス・アナスタシア、ちょっとお話があるのですが……よろしいでしょうか?」  
控え室に続く廊下の一角で、アナスタシアは背後より声を掛けられた。  
「あら?あなたは確か……」  
振り返ると、赤い縁の眼鏡の奥に知的な瞳を輝かせるブロンドの女性が立っている。  
「ミス・スペンサー、私に何の御用かしら?」  
彼女、ミス・スペンサーは白いブラウスに赤いタイトスカートというそのいでたちからはおおよそ想像できないが、  
これでも「ランブルローズ」参加選手の一人である。  
学生時代にレスリング部のキャプテンを努めていた経歴のある彼女が繰り出す技の数々、  
特に3種類の投げ技を続けざまに繰り出す「トリコロール・スープレックス」は、彼女の異色とも言える本職と合わせて人気を博していた。  
だが、彼女がこの戦いに名乗りを挙げたのはある特殊な理由からであった。  
「私の生徒……ミス・レベッカ・ウェルシュのことなんですが……」  
「ミス・レベッカ……あぁ〜、キャンディちゃんのことね」  
レベッカ・ウェルシュ―――リングの上ではキャンディ・ケインと名乗っている赤い髪の少女こそ  
ミス・スペンサーの悩みの種であり、また彼女が「ランブルローズ」に参戦した理由でもあった。  
「彼女……ミス・ウェルシュを学校に戻すため、彼女がこの大会を辞退するのを認めていただきたいのです」  
本来ならこのような話は大会CEOであるレディーXに持ちかけるべきであるが、そのレディーX本人がなかなか姿を見せないこともあり、  
まずはその秘書であるアナスタシアにこうして声をかけたということを、ミス・スペンサーは説明した。  
 
「なるほど……それで、当の本人であるレベッカちゃんはなんと言ってるのかしら?」  
「ミス・ウェルシュはすでに説得済みで、本人も心を入れ換えて学校に戻ってくれると約束してくれました」  
「ふ〜ん……」  
アナスタシアは顎に手を掛け、少しの間何かを考えている仕草を見せた。  
「でも……レベッカちゃんが辞めるとなると、レスラーが一人、特にヒールが減っちゃうのは問題だわ……  
 ……そうだ!」  
アナスタシアは名案を思いついたように手を叩くと、そのままミス・スペンサーの両手を取って言った。  
「ミス・スペンサー、あなた、ヒールに転向してみる気はない?」  
「は?」  
思いもかけない唐突な提案に、ミス・スペンサーの顔に呆れと疑問が浮かぶ。  
「そんな……私はいち教師ですから……ヒールだなんてっ」  
僅かに顔を赤らめながら、両手をやや乱暴に振りほどくミス・スペンサーを見てアナスタシアは呟いた。  
「フフ……まぁいいわ……レベッカちゃんの件は私からレディーX様に報告しておきます。  
 でもミス・スペンサー……もう一つの件はあなたの気さえ変わったらいつでも言ってきてちょうだい。待ってるわ」  
「それでは……失礼します」  
唇に手をあてウインクとともに投げキッスをしてきたアナスタシアの仕草に、思わず背筋を震わせながらも  
ミス・スペンサーは深々と頭を下げると、振り返り廊下を歩いてゆく。  
その後姿を見つめながら、アナスタシアは薄笑いを浮かべたまま恐るべき計画を練り上げてゆくのだった。  
 
「ミス・ウェルシュ!こんな問題もできないの!」  
黒板の前には、金髪をツインテールに結った少女を叱りつけている、本職を全うするミス・スペンサーの姿があった。  
そして、その前で頭をうつむかせて叱責を受けている少女こそ、この度晴れてハイスクールに復帰したベッキーことレベッカ・ウェルシュであった。  
「だって……しばらく学校に来てなかったんだもん……教わってないところなんて急に言われてもわかんないよ……」  
ぶつぶつと呟くレベッカの言葉遣いを、ミス・スペンサーはすかさず指摘した。  
「ミス・ウェルシュ!何ですかその口の利き方は?「わかりません」でしょ!」  
「……教わってないんで「わかりません」」  
ベッキーはしぶしぶと先ほどの言い訳を訂正した。  
「ミス・ウェルシュ……あなたがどんな理由で学校に来てなかったかは先生もよーく知ってます。  
 ですが……無断欠席は無断欠席。どんなことがあろうと特別扱いはしません。  
 あなた自身の責任であることを自覚して、しっかり反省なさい」  
「……はーい」  
「返事は短く!」  
「はい……」  
ミス・スペンサーは思わず持っていた指示棒で教壇を弾いた。  
その音は静まり返った教室の空気と、いつになく激昂している女教師の様子に縮こまっている生徒たちの身体を震わせる。  
ベッキーが学校へ復帰してからというもの、幾度となく繰り返されてきた光景であるが今日のミス・スペンサーは酷く荒れていた。  
「心を入れ換えて真面目になる」と約束したベッキーだったが、人の本性がそうそう簡単に変わるわけはなく、  
相変わらずの態度を取り続ける彼女にミス・スペンサーもほとほと手を焼いていたところだった。  
 
「……ミス・ウェルシュ、放課後つきっきりで補習を行います。よろしいですね?」  
「ええぇー……」  
「どうしました、ミス・ウェルシュ?」  
ありありと不満の色をその顔に浮かべたベッキーに、指示棒で掌を軽く叩きながらミス・スペンサーは問いかけた。  
「……だって……その……放課後はチアの練習があるし……」  
ハイスクールに復帰したベッキーは、同時にチアガール部への復帰も果たしていた。  
今日から練習に参加、と思っていたところに補習を言い渡されたのでは彼女でなくても不満を漏らしたくなるであろう。  
「言い訳は聞きません。放課後、補習に出席すること。いいわね、ミス・ウェルシュ?」  
「でも……」  
俯かせていた顔をチラリとあげたベッキーの視線が、彼女を冷たく見下ろしていた女教師の視線と交錯する。  
ベッキーの視線に僅かに宿っていた不満の光は、女教師の怒りの炎に油を注ぐには十分だった。  
「なんです、その目は……それが教師に対する態度ですか!」  
そう言い放ったミス・スペンサーは、無意識のうちに左手を高く振り上げていた。  
 
続いて、肉を打つ乾いた音が教室に一閃した。  
 
再び静まり返った教室の中で、ミス・スペンサーの顔にははっきりと困惑の色が浮かんでいた。  
ミス・スペンサーは、目の前で頬を押さえながらこちらを見ているベッキーの怯えたような視線と、  
彼女の頬を打った生々しい感触とじんじんとした痛みが残る左の掌を交互に見つめていた。  
「……先生?」  
ミス・スペンサーの機嫌を伺うように恐る恐る投げかけられたベッキーの声も、  
沈黙から一転してざわつき始めた教室の喧騒も耳に入ってないかのように、  
ミス・スペンサーはどんどん大きくなっていく自らの鼓動の音と、  
体の内から湧き上がってくる言い表しがたい感覚の波にただただ怯えるように身を震わせるばかりであった。  
 
「あら、どうしました?……ミス・スペンサー」  
数日後、ミス・スペンサーはアナスタシアの自室を訪ねていた。  
「もしかしてこの間の話、受け入れてくれる気になったのかしら?」  
診察室を訪れる患者用のものと思われる小さな丸椅子に、さすが教師と言うべき毅然とした態度で腰掛けるミス・スペンサーだったが  
その様子はどこか落ち着かないふうであり、眼鏡の奥の瞳には不安の色が隠せないでいる。  
「いえ、そうではないのですが……その……ミス・アナスタシアが、カウンセリングもやっておられるとお聞きしたもので……」  
「あら残念」  
肘を曲げ両掌を上に向けて心残りげなポーズをとりながら、アナスタシアは診察を行うそぶりを見せた。  
「それで、先生のお悩みは何かしら?」  
「ええ……昨日のことなんですが……その、私……初めて……生徒に手を上げてしまったんです……」  
ミス・スペンサーがやや俯いたまま悩みを打ち明けると、2人の間に沈黙が訪れた。  
その沈黙を不思議に思ってミス・スペンサーが顔を上げると、そこにはアナスタシアが目を丸くして固まっていた。  
そして彼女と目が合うと、彼女は唐突に声を上げて笑い始めた。  
「アッハハハハハハハ……ごめんなさいミス・スペンサー、ついおかしくって……」  
ようやく笑いを収めたアナスタシアは目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、呆れとふくれっ面を浮かべたミス・スペンサーに詫びをいれた。  
「ホントごめんなさい、先生。でも……出来の悪い生徒に手を上げるぐらい、教師として当然の行為ではなくて?」  
アナスタシアの態度に頬を膨らませていたミス・スペンサーだったが、再びうなだれると視線を床に落としながら告白を続けた。  
「でも……私は、私の信念として今までどんなことがあっても生徒には決して手を上げないように注意してきました……  
 言葉を尽くせばどんな生徒もわかってくれる……そう信じてやってきたつもりです。  
 それなのに昨日は……あぁ、私ったら何てことをしてしまったのかしら……」  
 
ピンで纏め上げた金髪に手をやって頭を抱え込むミス・スペンサーを見ながら、アナスタシアはにっこりと微笑んでいた。  
「先生、懺悔は教会の方でしていただくとして……何を悩んでらっしゃるのかしら?よろしかったらお話してくださる?」  
「え、ええ……その……私、こんなことでこれから先も教師をやっていけかどうか不安で……」  
落ち着きを取り戻しおずおずと「悩み」を口にし始めた女教師の、眼鏡の奥の不安げな瞳を見ていたアナスタシアの目が妖しく輝いた。  
「……ウソ」  
「は?」  
アナスタシアの言葉に顔を上げたミス・スペンサーの肩に手をやり、アナスタシアは囁きかけた。  
「先生……あなたの「本当の」悩みはそんなことじゃないでしょう……?」  
その言葉に、ブラウスに包まれた肩が一瞬震えたのを見逃さず、アナスタシアは彼女に近づいていった。  
「あなたを悩ませているのは……生徒に手を上げたことじゃないわ……それよりも、その後の悶々とした感情……」  
「ちょ……ちょっと、ミス・アナスタシア。やめてください!」  
いつの間にかアナスタシアの両腕はミス・スペンサーの身体を抱きとめ、その唇が彼女の耳元でそっと囁く。  
「ハッキリ言ってホントは……「カ・イ・カ・ン」……だったんでしょう?」  
「!」  
その言葉にミス・スペンサーの身体が固くなるのを感じ取ると、アナスタシアはその耳元へそっと息を吹きかけてやる。  
「あぁん!」  
突然もたらされた予想もしない感覚に、ミス・スペンサーは艶を含んだ声を挙げながら身をよじる。  
「センセ……そんなに固くしないで……リラックスして……そして私の目をよーく見て……」  
背中を抱きとめていた両腕を解き正面に回ると、流れるような動きでミス・スペンサーのかけていた赤い縁の眼鏡を外し、  
困惑の色がはっきりと浮かぶその瞳を直接覗き込むアナスタシア。  
「あ……あ……あ……」  
耳元で囁かれた言葉に目を丸くしていたミス・スペンサーは、その目の前にあるアナスタシアの獣性さえ含んだ瞳に  
自分の意識も身体も、すべてが吸い込まれていくような感覚を起こしまともな言葉さえ発せなくなっていた。  
「私の目を見て……そして、自分の心に正直になりなさい……」  
「あぁ……ああぁ……」  
悪夢にうなされるようなか細い呻き声を上げながら、ミス・スペンサーは意識を失った。  
 
その日、ミス・スペンサーは「ランブルローズ」の一選手としてリングの上にいた。  
ベッキーを学校に連れ戻すという彼女の目的はとうに果たされていたが、生来の生真面目な性格が災いして  
すでに組まれていた試合を棄権することなどできなかったからだ。  
相手は日本から来た女子柔道金メダリスト・藍原誠。だが今、ミス・スペンサーの心中は複雑な思いに囚われていた。  
(おかしいですわ……ミス・アナスタシアの部屋を訪れてからの記憶がない……気がついたら彼女の部屋の外に……)  
(そういえば私、なんで彼女の部屋に……?いけない、今は試合に集中しなきゃ!)  
会場に響き渡るゴングの音が、彼女の意識をレスラーのものへと切り替えさせた。  
 
それは開幕から劣勢に追い込まれていたミス・スペンサーが、場外に設けられた客席とリングを隔てるフェンスに向かって投げつけられた直後に起こった。  
よろよろと立ち上がったミス・スペンサーの手に握られていたもの、それは長さ1メートルはあろうかという黒い皮の鞭であった。  
ミス・スペンサーの容貌とその本職を知る者には、その姿はまさに教鞭を手にした女教師に見えたことであろう。  
追撃をかけるべく彼女に接近していた誠だったが、震えながら鞭を握り締める自らの手を  
信じられないと言った目で見つめているミス・スペンサーの様子を警戒しながら、じりじりと間合いを測る。  
しばしのにらみ合いの後、一瞬の隙を読んだ誠が素早いショートダッシュで掴みかかろうと動いた。  
 
「痛っ!」  
 
会場に響き渡る乾いた音と少女の短い悲鳴に、歓声を上げていた客席がより一層湧き上がる。  
ミス・スペンサーが無我夢中で振り上げた黒皮の鞭が誠の頬にヒットしたのだ。  
「あ……あ……あぁ……」  
目の前で頬を押さえながら痛みに目を潤ませている少女の顔が―――  
まだ手の内に残る鞭を通して肉を打った感触が―――  
そして体の中から沸き起こる奇妙な感覚が―――  
そのすべてが教壇の上で愛すべき生徒の頬を打った時とオーバーラップし、ミス・スペンサーはただただ身体を震わせているしかなかった。  
その間にも観客席からは次の展開を求めるコールがさざ波のように繰り返し沸き起こる。  
やがて観客のコールとどんどん高鳴っていく自らの鼓動の音とともに、ミス・スペンサーの意識は螺旋の渦に巻き込まれていき、  
鞭を持った彼女の右手はゆっくり、そして高々と天井に向けて上がっていく。  
「あ……あ……あ……あぁあぁあぁ〜〜〜〜」  
悲鳴にも似た叫び声とともに、彼女の頭上に掲げられた鞭が空気を切り裂く小気味のよい音を立てて振り下ろされた。  
 
時間切れ引き分けの裁定を受けリングを下りたミス・スペンサーは、嫌な感じのする汗に包まれた体を洗い流すため控え室内のシャワールームにいた。  
降り注ぐ水流に汗は流され息遣いもようやく収まりかけたところで、彼女は先ほどの試合での自らの行動を振り返っていた。  
(いったい私……どうしちゃったっていうの……?まるで……私が私じゃなかった……みたい……)  
観衆の叫び、少女の悲鳴、空気を切る鞭の音、そして鞭が肉を打つ音……そのすべてが熱に浮かされたようにボーっとなった頭の中で  
鐘の音のように反射を繰り返しながらノイズとなって再生され、思わず彼女は両耳を塞いだ。  
しかし一切の音を遮断したはずのミス・スペンサーの耳に、いや微かに火照る全身に響く音がする。  
彼女にその音を止める術は無く、やがてそれは大きさとリズムを増していく。  
それは、感情が昂ぶっていく証拠―――すなわち彼女自身の心臓の音だった。  
「イヤッ!」  
声を上げながら、体の内から響いてくる音を振り払うかのようにミス・スペンサーは頭を振った。  
(……?)  
その時、彼女の左側に備え付けられていた姿身の鏡に映し出される自分の全身が視界に入った。  
(なにかしら……これ?……アザ?)  
腰骨よりやや下、尻の肉が豊かさを増していくあたりの肌の上に、彼女は見覚えの無い黒い痕跡を発見した。  
やや体を捻りその黒い痕跡がよく鏡に映るように移動すると、それはアルファベットのYのような形をした黒いマークだということがわかる。  
 
(……こんなもの、いつの間に……?)  
鏡を覗き込みながら自分の左手でその黒いマークの位置を探り当て、指がその位置に触れた瞬間  
彼女の背筋に弱い電流にも似た、痛みに至る一歩手前の快感が走った。  
「アッ……ン」  
思わず声、というよりは溜め息が口元から漏れ出した。  
ミス・スペンサーの意識は突然の感覚に戸惑っていたが、それより深いところにある意識、いわば本能が再びその感覚を求めるかのように  
左手の指が、肌の上に施された黒い模様の上を這う。  
「は……うッ!」  
先ほどの溜め息よりも、今度ははっきりと艶を含む形になって声が現れた。  
幸いなことに今シャワールームを使用しているのは彼女一人だったが、その声は自分の耳にも「大きな」ものとして認識されるほどのものだったため、  
ミス・スペンサーは恥ずかしさに自らの頭に血が上り顔が熱くなっていくのを感じた。  
しかし、熱くなっていったのは彼女の顔だけでなかった。  
シャワーのおかげで収まりかけていた全身の火照りが枯れ野に火を放ったように急速に広がっていき、それに合わせるかのようにして息遣いと鼓動も荒ぶっていく。  
「はぁ……はぁ……はぁ……ふぅ……」  
左手はなおも腰の辺りに当てられ、今では肌を撫でると言うよりもむしろ肉を摘むように激しく動いていた。  
一方、空いていた右手も、体の中心でもっとも熱くなっている部分  
―――貞淑な生活を心がけていたミス・スペンサーにとってはある意味禁忌とさえ思っていた部分へと、ごく自然に近づいていこうとした。  
 
「センセ〜、いっらっしゃるかしら〜」  
その時、不意にシャワールーム内に入ってきた声。それはあのアナスタシアのものだ。  
「ミ……ミス・アナスタシア!……あ……あなたもシャワーですか?」  
口から心臓が飛び出しそうになるのをこらえて、ふと我に返ったミス・スペンサーは個室の扉の向こうに声をかけた。  
「ウフフ……違うわ……」  
「……えっ?」  
アナスタシアの声が、ミス・スペンサーの入った個室の前で止まった。  
「あなたを迎えにきてあげたのよ!」  
「キャッ!」  
その声とともに背後の扉が開かれる音がすると、見かけとは裏腹にキュートな声をあげミス・スペンサーは身をすくませた。  
「ちょ……ちょっと、ミス・アナスタシア、私がまだ使用ちゅ……んんっ」  
声を上げようとしたミス・スペンサーの口を、アナスタシアの唇が塞いだ。  
突然のことでわからなかったが、同時に押し付けられた肌の感触からアナスタシアもその体に何も纏っていないことが伝わってくる。  
いきなり体重を預けられ、ミス・スペンサーの体はシャワールームの壁にもたれかかる。  
「ん……ん……んんっ」  
しばしの濃厚なくちづけを交わしながらアナスタシアの褐色の右手がミス・スペンサーの白い肌を伝い、彼女のバストと同じくらいに豊満な臀部へともたらされる。  
 
やがてアナスタシアの手が、先ほどまでミス・スペンサーが指で弄んでいた黒い模様の位置を探りあてると、おもむろにその部分を揉みしだいた。  
「あぁ……っん」  
2人の唇の間で交わされる舌と舌の絡み合いと、尻の肉を揉み始めた指からもたらされる感覚に、  
知的で冷静な女教師の口から普段は到底出ることのない切なげな声が漏れる。  
「ふふ……こっちもすっかりトロトロじゃないの……」  
アナスタシアはもう一方の手で、ミス・スペンサーの手が至る寸前だったシャワーの水滴や汗とは別の液体が溢れるその場所へ触れる。  
「あ……はぁん」  
「あらあら、すっかり興奮しちゃって……あなたはここがイチバン、感じるのよね?ね……『ミストレス』?」  
背後へ回した左手の動きを保ったまま耳元へあてられたアナスタシアの唇が囁く、「女王様」を意味するその名を聞いた瞬間、  
快感の波間に漂うように虚空にさ迷わされていた女教師の目つきが、呻き声とともに虚ろさを増していく。  
「あ……あ……あ……あぁあぁ……」  
その様子を確かめてアナスタシアが両腕を放すと、拘束を解かれたミス・スペンサーの体は支える力を失い壁伝いにシャワールームの床にへたり込んでいく。  
「ミストレス……あなたに相応しい衣装を用意しておいたわ……それを着て私の部屋までいらっしゃい……ウフフフ」  
「ハイ……ミス・アナスタシア……」  
女教師の半開きになった口から紡ぎ出される声を聞きながら、アナスタシアはシャワールームを後にした。  
 
「誠……今日の試合はよかったわよ……おかげで新しいペットを増やすことが出来そうだわ……」  
「ありがとうございます……アナスタシアさまぁ……」  
「そのためとはいえ……あなたには痛い思いをさせちゃって、ごめんなさいね」  
「あぁっ……」  
誠の顔を引き寄せ、アナスタシアは彼女の赤く腫れあがった頬を優しく舐め上げてやると、誠の口が艶を含んだ声をあげる。  
「そろそろ、その新しいペットが来るころだわね……アイグル、準備してちょうだい」  
「はい、アナスタシアさま」  
アナスタシアに抱き上げられた誠の様子を羨ましそうに見ていたアイグルが頭を下げて部屋の奥へと消えるとほぼ同時に、  
部屋の扉をノックする音がした。  
「どうぞ、入ってらっしゃい……」  
導く声に部屋に入ってきたのは、ミス・スペンサーその人であった。  
だが、今の彼女が身につけているのは、教壇やリングの上で纏っている白いブラウスと赤のタイトスカートではなく、  
下着姿と見紛うほど露出度の高い赤と白を基調としたビスチェとショーツ、肘まである黒のロンググローブ、  
脚には同じく黒いガーターの網タイツとレッグガード、そしてピンヒールのブーツ。  
その姿を見て人が思い浮かべるのは、高潔な女教師ではなく冷徹でサディスティックな女王様であろう。  
顔には彼女のトレードマークでもある赤い縁の眼鏡はなく、兎のマークが入った眼帯が右目を覆っている。  
紅潮した肌はじっとりと汗ばみ、荒い息づかいとともに時折体を震わすたびに雫となって流れ落ちる。  
眼帯で覆われていない左目には異常なまでの淫欲の炎が満ちており、もはや教師としての知性の光は残っていない。  
「いらっしゃ〜い、センセ。いえ……ミストレス」  
椅子から立ち上がり、ミス・スペンサー―――いやミストレスと呼んだ女性を迎えるアナスタシア。  
だが、ミストレスはそれに答えることなく、荒い息を混ぜながらブツブツと同じ言葉を繰り返すばかりだった。  
「ハァ……ハァ……どこ……どこなの……ハァ……言いつけを守らない悪い子は……どこ?」  
「ウフフフフ……ちゃんと用意してあるわよ……」  
アナスタシアが薄笑いを浮かべながら指を鳴らすと、部屋の奥からグレート・カーンへと変貌したアイグルが金髪の少女を連れて現れた。  
 
その少女の様子は明らかに普通ではなかった。  
両手は後ろで縛られ、顔には目と口の部分に布が巻かれている。  
首には一回り太目の赤い皮の首輪が巻かれ、そこから伸びた紐の先を顔を白塗りにした少女が握っている。  
前が見えないことへの不安なのか、少女の全身は終始小刻みに震えている。  
「こい!」  
グレート・カーンが首輪に繋がれた紐をやや強引に引くと、少女はやや心もとない足取りで一歩前に出る。  
「……さぁ、ミストレス……この娘が今日の悪い子ちゃんよ……この娘がね、私の言うことをちーっとも聞いてくれないの。  
 あなたの手でお仕置きしてくれないかしら?」  
「ハァ……ハァ……承知しました……ミス・アナスタシア……」  
乱れた呼吸とともに発せられたミストレスの声に、金髪の少女はハッとした様子で顔を上げた。  
「ムーッ……ムグーッ!」  
そして何事かを口にしようとしたが、布で塞がれた口からは声にならない声しか出なかった。  
その様子を見ていたアナスタシアが目で合図を送ると、グレート・カーンは少女の背後に回り口に巻かれた布をほどいてやる。  
 
少女はしばらくむせた後、再び顔を上げて目の前の人物に助けを求めた。  
「先生!その声……スペンサー先生でしょ!……助けて!」  
少女の口からその声は、ミス・スペンサーの教え子であるレベッカ・ウェルシュのものであった。  
「先生……!お願いっ、助けてっ!」  
ベッキーはなおも声を振り絞り呼びかけたが、その前に立つミストレスはその声がまったく耳に入らないのか、  
高まりきった興奮を鎮めるかのように誠の持ってきた黒い鞭を弄んでいる。  
アナスタシアはそんな彼女につつと近づき、ベッキーを指差してミストレスに問いかけた。  
「ミストレス……あなたはこの娘をよく知っているわよね?この娘は、誰?」  
「はい、ミス・アナスタシア……彼女はミス・レベッカ・ウェルシュ……私の生徒です」  
「そう……では、ミストレス……ミス・ウェルシュはいい子?それとも悪い子?」  
「はい……ミス・ウェルシュは……悪い子です」  
「悪い子には何が一番必要なのかしら?」  
「はい……悪い子には……悪い子にはおしおきが必要です……」  
アナスタシアとのやりとりを続けるうち、それまで続いていたミストレスの体の震えは収まり肌に浮かんだ汗も引いていく。  
そして興奮気味に大きく見開かれていた瞼はゆっくりと閉じ、冷酷な光を宿したすわった目つきへと変わる。  
「先生!先生……いったいどうしちゃったの!?ねぇ助けてよ、先生!」  
微かにそばかすの残る頬に涙を伝わせながら、なおもベッキーは必死の声で呼びかけていた。  
 
「ウフフフフ……あなたの先生はね、この度教育方針を変えられる決心をなさったの。  
 私はそのお手伝いを……といっても、ちょっと暗示を与えてあげただけなんだけどね」  
「あ……暗示?」  
「そうよ……「試合中に鞭を手にしたら、迷わずそれを使いなさい。そうしたらあなたにはもっともっと気持ちのいい世界が待ってるわ」ってね。  
 もっとも……それ以外の暗示もかけてあったんだけど。……あとは、私のペットに命じて試合中に鞭を手渡したり、  
 鞭で叩いた時の快感を増幅させてあげればいいだけ……」  
「そ、それじゃ、さっきの試合は……」  
ベッキーはこの部屋で目を覚ます前まで見ていたミス・スペンサーの試合の様子を思い出していた。  
最初は混乱していたようだったが、相手の体に鞭を叩き込むたびに嬉しそうな笑みさえ浮かべ始めた恩師の姿にいたたまれなくなり、  
彼女を止めようと会場内に飛び込もうとした瞬間、背後から布のようなもので口を押さえられそのまま薬品の匂いに気を失ってしまったのだった。  
「そう……すべて私が仕組んだこと。大会CEOの秘書ならこれくらい当たり前のことよ。  
 まぁ今回は……それ以上に私のペットが頑張ってくれたんだけどね」  
その言葉に誠とアイグルは顔を赤らめてはにかむ様子を見せた。  
 
「さて……レベッカちゃん。あなたも私のペットに……と思ったけど、あなたはミストレスのペットにしてあげるわ。  
 どう?嬉しいでしょ、ミストレス」  
「はい……ありがとうございます、ミス・アナスタシア……」  
「こ……この変態看護婦め、先生をよくも!先生を元に戻しやがれ!今すぐ!」  
それまでレベッカ・ウェルシュとして通してきたベッキーの口調が、ヒールレスラーであるキャンディ・ケインだったころのそれへと変わった。  
「あらあら、乱暴な言葉遣いだこと。これではますますしつけが必要なようね、ミストレス」  
「はい、ミス・アナスタシア……悪い子にはおしおきを……悪い子にはおしおきをしなくちゃ……ウフ……ウフフフフ……」  
その顔に薄笑いを浮かべ、ブツブツとうわごとのように繰り返しながらミストレスがベッキーに近づいていく。  
グレート・カーンはミストレスに首輪の紐を手渡すと、再びベッキーの後ろに回り用意してあったギャグボールで彼女の口を塞いだ。  
再度先生の名を呼ぼうとしたベッキーの声は、もう二度とミス・スペンサーの―――冷徹なる女王と化したミストレスの耳に届くことはなかった。  
「ムグッ!」  
ミストレスが強引な力で紐を引くと、ベッキーの体はくぐもった叫びを上げてあっけなく前のめりに倒れこんでしまう。  
倒れたベッキーが最後の助けを求めるかのように布で覆われた目でミストレスを見上げたが、  
ミストレスはそれに微塵も気づかない様子で手にした鞭を、自らの意思に従いベッキーの体目掛けて振り下ろした。  
「さぁ―――お仕置きの時間よ」  
 
(了)  
 

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