幕間  
 
 
…コツ…コツ…コツ…  
 
 
規則正しい靴音が、嬌声の途絶えた地下牢に響く。  
やがて、部屋の中央に立つ黒翼鳥の隣にまで行くと、靴音は止んだ。  
「…どう?」  
「…お前か…」  
隣に立つサーナの顔を横目で見ながら、黒翼鳥の口が静かに開く。  
「…精神操作系の呪文と身体操作系の霊薬を組み合わせて狂わせてみたが、  
まだ完全には堕ちてはいないだろう。」  
「…まだ…?」  
優しく、それこそ母が子を見るように、友が親友を見るように  
崩れ落ちたリアラを見つめながら、応えてくるサーナの声を聞きながら、  
冷静に、だがどこか楽しげに言葉を続ける。  
「この女には理由がある。ここにいなければ、我々に従わなければならない理由が。  
そういう『覚悟』をした者は、一度堕ちたくらいでは完全に屈服はしない。  
むしろ、こういう者達はそうなってからがしぶとい。」  
「…失うモノがなくなるから?」  
「そういうことだ。だが、逆にある意味簡単になるのさ、完全に堕ちる事は。」  
「…?」  
それまで、じっと愛おしげにリアラを見つめていたサーナが、  
訝しげに黒翼鳥に振り向く。  
「失うモノがない… それはある意味正解である意味違う。  
まだ持ってるのさ、失うモノを。…そう、ここにいる『理由』をね。」  
そう言い放つと、黒翼鳥はすっと体の向きを変える。  
魔法によって灯された灯りさえ届かぬ暗闇へと。  
そこには、リアラによって造られた、暗闇へと流れる欲望の川があった。  
未だに、隅の暗闇に流れ続ける愛液によって造られた欲望の川が、  
静かに、だが止め処なく欲望の川を形作る。  
 
 
…ピチャ… …ピチャ… …ピチャ…  
 
 
「…ぅ…ん…ふぅ…ぅ…」  
会話が途切れ、静寂の戻った牢内に小さい水音が聞こえる。  
川の流れによって自然に聞こえる音とは違った、何かが水に触れる音。  
そして、その音に混じって微かに聞こえる荒い息遣い。  
隅の暗闇から聞こえるそれらの音が聞こえたのか、満足そうに微笑むと  
黒翼鳥は再度サーナに語りかける。  
「従わなければならぬ『理由』を消し去り、  
新たな堕ちる『理由』を与えてやれば、確実に堕ちる。  
お前の望んでいた通りにな。」  
「…なるほど…」  
黒翼鳥の言葉に笑みで返すと、足元に横たわるリアラの傍らに膝をつく。  
そして、汗と涙に濡れたリアラの顔を、  
慈母の如くな眼差しと表情で労わるかのように  
静かに撫でながら、囁くように口を開いた。  
「リアラ… 貴方の目的を叶えさせてあげる… 勿論…」  
そこで言葉を切ったサーナは、ちらりと隅の暗闇へ視線を走らせる。  
すっと目を細めたサーナは、再びリアラへ視線を戻し、  
ぐしゃぐしゃになったリアラの髪を、優しく梳きながら言葉を続けた。  
「…勿論、貴方の愛しい愛しいメノアと一緒にねぇ…」  
言葉を終えたサーナは、すっとリアラから体を離すと静かに立ち去っていく。  
「…感動の再会… と、いったところかな…」  
それを見送った黒翼鳥もまた、二度程手を動かすと、  
愉しげな瞳の輝きをその場に残しその場から消える。  
それと時を同じくして、部屋を照らしていた魔法の灯りが一つ、また一つと消えていく。  
「…メ…ノ…ァ…」  
か細い吐息の中、うわ言の様に漏れた娘の名と共に、  
リアラもまた闇の中に沈んでいった。  
 

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