『レルシェ―愛―』
―…この人にはどう映るのだろう…
―派手な女? 積極的な女性? 綺麗な人? それとも…
―…この人は私を仲間だと思ってくれているの…
―私はあなたの敵になるかもしれないのに…
―…この人はどうしてそんな目で私を見るの…
―違う… それはあなたの本当の心じゃないのに…
―私がそう仕向けた心なのに…
―…この人はどうしてその言葉を言うの…
―真っ直ぐに… 私の心を掻き乱すその言葉を…
―…やめて…やめて…やめて…
―違うの… あなたのその言葉は違うの…
―あなたの本心じゃないの… 私が操った心なの…
―だからそんな目で見ないで… そんな言葉を言わないで… そんな心を私に向けないで…
―私を掻き乱さないで… 私を狂わせないで…
―…私を… 愛さないで…
「愛してる」
―わたし…を…あい…し…て…
空に月が… 青と赤、人間を導く双子の月が優しく光を投げかける。
森に滲みる闇の中、
アンディとレルシェ。ガヤンの若き神官とアルリアナの踊り子。
優しい月の明かりの下、空に寄り添う月のように二人もその身体を重ね合う。
あたかも、語り継がれる英雄と待ち人の伝説のように…
「…レルシェ…」
アンディがどこか不器用に、レルシェの身体を抱き締める。
不器用に、だが優しく愛おしむようにかき抱き、唇を重ねていく。
「…ん…」
黒い瞳を閉じ、静かにそれを受け入れるレルシェ。
…チュッ…クチュッ…チュッ…
ごく自然に、互いの唇を貪りあう二人。
触れ、合わせ、舐め、絡み合う。
「…アンディ…」
唇を絡ませあいながら、目の前の男の名を呼ぶレルシェ。
森に、絡み合う音と名を呼ぶ声が木霊していく。
「あの… さ、触ってもいいかい?」
その言葉に、アンディの視線が自分のはだけた胸に注がれているのに気づく。
その視線に少し頬を赤くして微笑むと、アンディの右手を取り自分の少し露になった胸元へ誘う。
「…いいよ…」
アンディの手が自分の胸に触れる。自分の胸が彼の手によって形を変えて妖しく揺れる。
どこかぎこちなさげに動き続けるその手を、包み込むように、アンディの掌の上から自分の掌を重ね合わせる。
「つよく… うごいて…いいよ… こんなふうに…」
自分の手がが動く度、それに合わせて彼の手が動き微かに震える胸を揉みしだく。
最初はぎこちなかった彼の手が、次第に意思を持ち、強く、大きく自分の胸を這い回っていく。
「…んぁ……アンディの…手が…」
吐息が掠れるように漏れ出る。アンディの手で愛撫されている胸、そこに感じている快感が、
全身へと広がっていく感覚に、自然と声が出てしまう。
痺れにも似た感覚が、アンディ手から広がっていきレルシェの頭を蕩かしていく。
クリッ!
「あふんっ!」
動かされる指が、愛撫によって自己主張をし始めた桃色の突起に触れられる。
そこを摘まれた瞬間、電流が走るように全身に甘美な衝撃が走り抜けた。
予期せぬ衝撃に自分とは思えぬ程の甘い吐息が零れる。
それに反応したアンディが、そこを中心に胸を揉みしだく。
「んふっ! はぁ… …ンディ… くぅっ…」
既に自由となっていた口が、与えられる刺激に合わせて淫らな嬌声を上げていく。
(わたし… ん… こんな… つっ! 少女みた…いに… …でも… 気持ち…いい…のぉ…)
溶かされていく意識の中、聞こえてくる嬌声が己のモノとは思えなかった。
そんな自分の初心な声にレルシェが混乱していく中、アンディは目の前の女性をもっと悦ばしてあげたい
という気持ちが湧き出てくるのを抑えることが出来なかった。
ペロッ…
「ふぁっ! ひゃふぅ…」
不意に与えられる刺激。唇を離れたアンディが朱く染まった首筋に舌を伸ばしたのだ。
「だ…かんじ…ひゃうっ! ア…ディ…あうっ!」
唇から首筋へ、そして胸へ降りてきたアンディの唇が、愛撫と興奮で尖った乳首に口づける。
熱く尖った先端を熱い唇で塞がれたレルシェは、乳首を走る快感にその身を震わせる。
「…ぁ…ア…ディ…いい…かんじ…ちゃう…」
舐める。啄ばむ。噛む。目の前の敏感に揺れる突起を、赤ん坊のように優しく、そして赤ん坊よりも激しく愛撫する。
その情熱溢れる本能的な愛撫が、レルシェの官能をより高みに燃え上がらせていく。
背中に回されていた左手が、男の本能か自然にレルシェの秘所へと添えられる。
既にそこは、アンディから送られる快感で熱く淫らに潤っていた。
クチュ…
「…あん… くっ…」
「レルシェ… あつ…い…よ…」
チュプッ…
潤った秘裂は待ち焦がれていたかのように、アンディの指をその口に咥え込む。
クチュ… チュ… クチュ…
「くっ… あっ… ふぅん…ん…」
たどたどしい指の動きが、レルシェの身体に極上の快楽を与える。
秘裂を撫で、膣壁をなぞり、淫核を摘む。不器用ながらも心のこもったその動きが、
レルシェの官能をより激しく、より淫らに高ぶらせていく。
「アン…デ…ィ… いい… いいのぉ… はうんっ!」
右手が摘まれて震える右の乳首を、唇が唾液で妖しく輝く左の乳首を、左の手が潤い濡れる淫らな秘所を、
摘み、弄くり、舐め、噛み、なぞり、愛撫する。
まるで全身を一つの巨大な生物に飲み込まれて愛撫されている錯覚する覚えるほどに、
レルシェの意識は与えられる快感に翻弄されていく。
「レルシェ! レルシェ! レルシェ!」
「いい! もっと強くぅ! もっと激しく… 激しくしてぇ! わたしを狂わせてぇ!」
アンディの手が、唇が、指が自分の身体を支配する。
そして支配された身体に、休むことなく与えられる快感。
まるで、アンディの心の中の愛情が直に伝わってくるかのような快感に、レルシェの頭は真っ白になっていく。
「アンディ! アンディ! アンディ!」
最早、年上とか相手が未経験とかの考えは浮かばず、ひたすら相手の名を呼ぶ事だけしか出来ないレルシェ。
ただただ、うわ言のように愛しい彼の名を呼び続け、与えられる快楽に身を任せる、
レルシェに出来たのはそれだけであった。
ギリッ!!!
「ひっ! ひゃああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
アンディの歯が乳首を、指が淫核を押しつぶした瞬間、今まで以上の刺激がレルシェの身体を走る。
その刺激が、レルシェを絶頂へと押し上げる。
余韻に火照る身体の力を抜き、ぐったりと倒れこむレルシェ。
口は半開きに、瞳はぼやけ、四肢は震え、秘所は愛液を垂れ流す。
そんな絶頂の余韻に浸りながら、ぼんやりとした頭でひとりごちる。
(わたし… イっちゃったんだ…)
恐らく経験のないアンディにイかされた事を、靄がかかった頭で考える。
どこか心地よさを感じさせる今の状況に浸っていたレルシェの思考は、不意にかけられた声に遮られた。
「レ、レルシェ、ごめん。だ、大丈夫かい!」
絶頂の叫びと共にぐったりしたレルシェに驚き、慌てて覗き込んでくるアンディ。
自分がイかせた事も分からず、おろおろとこちらを見つめるアンディに、
何故かおかしさがこみ上げるレルシェ。
身体中に広がる心地よさとおかしさを感じながら、未だ余韻で震える身体を無理に起し、
尚も何か喋ろうとする目の前の口を己のそれで優しく塞いだ。
「レルシェ… いいかい…」
「…うん…」
草に敷いたマントの上に服を脱いで仰向けになり、同じように全裸になった最愛の男を見上げるレルシェ。
その肌は先程の絶頂によって朱に染まり、
伝説のアルリアナの乙女さながらの美しさを、月明かりの下に描き出す。
至高の芸術品の如き裸身に息を呑むと、アンディは震える手でその作品に手を伸ばす。
「大丈夫… きて…」
伸ばした手にそっと添えられる彼女の手。それに導かれるように身体を重ね、
自らの怒張をレルシェの秘所へと向ける。
既にそこは、アンディの愛撫とレルシェの期待で蕩けるほど熱く潤っていた。
ニチャ…
アンディがレルシェに触れると、愛液を溢れさせた秘唇がまるで生き物のように蠢く。
チュルッ!
「くっ! うう…」
「んっ…」
緊張しているのか、擦りつけるように滑らせてしまうアンディ。
「…ぁ… 慌てないで… そう… そのまままっすぐ… くぅっ!」
クチュッ!
「ぐっ… レ…ル…シェ…」
「…んっ…」
レルシェの導きで、ゆっくりと入れていくアンディ。
潤いによる愛液で、抵抗なく入っていくアンディの怒張。
ある程度入ったところで、アンディがレルシェの顔を覗き込む。
気遣わしげにこちらを見据える瞳に、大丈夫の意思を込めくちづける。
静かに動き始めるアンディの身体。
ぎこちなくも本能のように動き始めた身体に、レルシェも自分の動きを合わせていく。
ズッ… ズッ… ズブッ…
「…レルシェ…」
「…うん… アンディの好きな風に動いて…」
静かな律動が次第に速くなっていく。
ぎこちなかった動きが、まるで元から知っていたかのような動きに変わっていく。
ズブッ! ズッ! グズッ!
「レルシェ… レルシェ… レルシェ…」
「んっ… あっ… いいっ…」
「レルシェ!」
ズブッ!
言葉と共に突き出された怒張が、溢れる愛液を潤滑油にして奥へと滑り込む。
「はああぁぁぁぁ……あぅ………っあぁ…」
一気に奥底まで侵入され、嬌声を上げるレルシェ。
秘奥の奥の奥まで突かれるその甘美な衝撃に、激しく身体を仰け反らせる。
グチュッ! グチュッ! チュッ! チュグッ!
「あっ、あっ、あっ、あっ………」
アンディの動きとレルシェの声がリズムを刻む。
不器用な、それでいて真っ直ぐな一突き毎にレルシェの背が反り返り、赤の髪が燃え立つ炎のように輝き揺れる。
一心不乱に目の前の愛しい女性の姿態をかき抱きながら、荒い吐息を吐き出す唇に己のそれを重ね合わせていく。
「レル…シェ…レルシェっ…」
名を呼ぶ事でそれが己の物だと証立てるように、アンディは唇を重ねたまま目の前の女性を求め続ける。
「アンディ… アンディ… アンディ!」
それに答えるように、レルシェもまた目の前の男の名を呼び、初恋の少女のように求めていく。
「レルシェっ!!!」
グボッ!!!
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん…」
自分の名と共に今まで以上に深く突き立てられたアンディの怒張が、レルシェの最奥に届く。
突然の予想もしない快感に、レルシェは喉も涸れよと言わんばかりの嬌声を響かせた。
グブッ! グズッ! グチュッ!
「は、はぁぁぁ・・・ん・・ぁ・ああぁぁ・・・は、はげしっ・・すぎ・・・ッ!!」
全身が痺れるような快感の中、幼子のように自身を抱きしめる身体に身を寄せるレルシェ。
それに答えるように、アンディも身を寄せる身体を更に愛おしく狂おしげに抱き締める。
「アンディっ! アンディっ! アンディっ!」
「レルシェっ! レルシェっ! レルシェっ!」
互いに互いの名を叫び、姿態を絡ませあう。
互いの声しか聴こえず、顔しか見えず、鼓動しか感じない。
世界が閉じる。目の前の男、目の前の女しか居ない世界に二人は堕ちていく。
グチュッ! グボッ! グチュッ!
「好きぃっ! 好きぃっ! 大好きぃ! アンディ! わたしっ! わたしのぉっ!」
高まり続ける心と身体の快感が、レルシェの頭を蕩かせていく。
少女のように、幼子のように、今そこにある温もりを逃がさないかのように、
きつくきつく腕を回し、泣きじゃくる子供のように愛しい人の名を叫ぶレルシェ。
崩れそうになる上半身は胸を弄る手によって支えられている。
「ふあぁぁ・・ひぃぁ・・・んっ・・はぁ・・・あんッ・・・・」
二人の奏でる淫靡な音が森の闇に響き、喘ぎ声と呼吸が彩りをそえる。
「あぁっ、あっ、もっ、もうだめぇっ!! …イく… イッちゃう…」
感極まったような声をあげるレルシェ。
その膣が独立した器官のようにアンディのモノを締め付ける。
「うっ…ぼくも…レル…シェ…」
「きてぇっ! なかに、なかにだしてぇっ! わたしをあなたでいっぱいにしてぇっ!」
「くっ…でる…」
ドクッ!!!
アンディのモノが奥深くまで潜り込み、怒張の先から白濁液を放つ。
同時にレルシェの中を熱いものが満たしていき、レルシェを絶頂まで駆けあがらせる。
「あっ… …ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
あらん限りの嬌声を迸らせながら、その身を震わすレルシェ。
アンディから放たれたモノが自分の身体を満たしていく。
自分が、アンディでいっぱいになっていく衝撃が、レルシェの意識を真っ白にさせていく。
自分の全てを染めていくその甘美な快感に身を任せながら、
レルシェは力を失って倒れこむアンディの身体を抱きとめる。
ともすれば快感に霞んでしまう意識の中、まるでこれは自分のモノだと世界に見せつけるかのように…
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
月が照らす闇の中、アンディとレルシェは荒い息をしたまま崩れ落ちるように重なり合う。
アンディの熱い汗が滴り落ち、レルシェの先程の激しさの余韻を漂わせるような
赤く朱く染まった肌に浮かんだ玉のような汗と混じりあい、下に敷いたマントを汚していく。
「…レル…シェ…」
「…アン…ディ…」
自然と重なり合った唇が、絡み合い、蕩け合い、そしてまた重なり合う。
「あい…して…る… …レル…シェ…」
青い瞳と赤い髪が交じり合う月光の中、静かに呟かれた青の言葉が闇に吸い込まれていく。
「…わたしも…あいしてる… …アンディ…」
それに対する赤の言葉もまた、月の闇に吸い込まれていった。
アンディ達が寝ている場所から少し離れた丘に立ち、そよ吹く風に髪を梳かせながら
レルシェは艶に酔っていた。
―熱い
先程の情事で火照り続ける身体を、抑えつけるかのように自らの両腕で抱きしめる。
―熱い
アンディの言葉が、視線が、体温が、静まろうとする身体を更に燃え上がらせる。
―熱い
感触が消えない。目を閉じれば、まだ続いているかのような錯覚さえ覚える程に…
燃え続ける官能の火が、火照る続ける身体を、融かされきった心を熱く熱く
「アンディ…クルツ…」
…ジュク…
林の向こうで熟睡しているガヤンの神官。その名を口にするだけで身体が反応してしまう。
「本当に… 本気になっちゃった…か…な…」
最初は命令だった。『母』ではなく『姉』に服従した自分への。
『読心』 『性的魅力』 『感情操作』
彼に近づく為、彼に信頼される為、呪文を使い、技能を使い、霊薬を使い、彼の心を少しずつ操作してきた。
それは必要な事だった。自分に課せられた使命、それを果たす為には…
ずっと繰り返したきた事だ。『母』に、そして今は『姉』に言われるままにずっとそうしてきた。
それは何の感情もない必要な『作業』だった筈だった。
…彼に、アンディ・クルツに会うまでは…
―あたしの兄貴
妹に抱かれ、苦しげにだそれでも真っ直ぐ前を向いていたあの人
―お前はっ!?
震える声でこちらを睨みつけた驚愕の瞳
―ええ、大丈夫です
困ったように恥ずかしそうに俯いた顔
―どいてくれっ!
強い意志を秘めた声と瞳
―またあなたに負けたくはありませんからね
優しく、限りなく優しくこちらを見つめる瞳
―いいですか、レルシェさん
難しい顔で、でもどこか嬉しそうに言葉を綴る彼
―レルシェさん
恥ずかしそうに笑う顔
―レルシェさん?
気遣わしげに自分を呼ぶ声
―レルシェッ!
抱きしめる腕、いっぱいに広がった彼の必死な顔
見てしまった。触れてしまった。感じてしまった。
彼の瞳を、心を、アンディ・クルツという一人の人間を…
―言えるかもしれないな、あなたになら…
「…アンディ…」
―レルシェ… 愛してる…
「…アンディ…クルツ…」
…ズクン…
身体が… 否、身体よりも心が震える。
名を呼ぶ毎に、顔を見る毎に、傍に居る毎に心が彼で満たされていくのを感じる。
それは今までなかった事だった。『母』の、『姉』の命令に従い、踊り子として、時には娼婦として、
そして『結社』の暗殺者として生きてきた今までの彼女の道には。
「これが…本気の…恋…なのか…な…」
自分の胸を押さえぽつりと呟く。
彼の愛撫に答えていた身体が、痺れるような甘い、どこまでも甘い快感の残滓に包まれる。
先程の情事が思い出される。恐らく彼は初めてだったのだろう。真っ赤な顔をして激しく求めてきた。
それはいい。それが普通。だけど自分は…
暗闇だったから気づかれなかったかもしれない。彼と同じように赤くなった顔をしていた自分の顔を…
自分は初めてではない。何人の男に抱かれたかも覚えていない。
先程よりも激しい情事も優しい情事も幾度もあった。
でも、何処かで自分は冷めていた。行為をしている自分を冷静に見つめる自分がいた。
それは必要な事だったから。そう教えられたから。そうしなければ生きてこれなかったのだから。
生きる為には、命令の為には、溺れてはいけない。愛してはいけない。本気になってはいけない。
そう… 刻み込まれたのだから…
…そうだった筈なのに… いつの間にか溺れてしまった。愛してしまった。本気になってしまった。
激しく彼を愛した先程の情事。彼しか見えず、彼しか聞こえず、彼しか感じない。
世界の中に自分達二人しか存在しないかのような、そう、まるで初恋同士の恋人達のように…
「でも… それも明日まで…か。」
もう目的の神殿に近くに来ている事は分かる。
そもそも昨日のトラブルがなければ、急げば昨日にでも着いていたのだから。
…そう明日になれば全て分かってしまう。見つからなかった『母』の一人、『大教母』が
まだあの神殿に潜伏しているらしいとの情報も得ている。
恐らく、『大教母』は彼を待っているのだろう。
気の遠くなる程の計画によって産み出された彼、アンディ・クルツの来訪を。
彼女と逢えば、言葉を交わせば、彼は理解するだろう。自らに押された英雄の烙印が。
そして彼は逃げないだろう。平穏な、全てを忘れて暮らす道よりも、運命に立ち向かう道を選んで。
そういう人なのだ。そんな人だから愛してしまった。惹かれてしまった。傍にいたいと思った。
「…でも… わたし… わたしは… 彼の敵になるかもしれない…」
『大教母』の導くように『四姉妹』と戦うか、『大教母』を否定し『四姉妹』に共感するか…
もしくは…
どの道にせよ、彼は『四姉妹』と出会う。あの人知を超えた『姉』達に…
「あれに… あの方々に… アンディが…」
自分に命令を下した『姉』達を思い浮かべる。
―あの方々に会ったら… 惹かれるのだろうか? 人知を超えたあの『姉』達に…
「………い…………や………」
―白金の導きに… 鉄の誘惑に… 青銅の矜持に…
「…い………や……」」
―黄金の輝きに…
「いや… いや… いやっ!!!」
―渡さない… この人は…渡さない… …私の… …私だけを…
「レルシェ?」
「!!!」
魔法の淡い明かりの中、金髪の青年が静かに歩いてくる。
「レルシェ… あの… その… だ、大丈夫かい?」
僅かに頬を赤らめながらこちらを見つめてくる彼の顔に、心配そうな表情が宿る。
「…大丈夫、少し… 眠れないだけ…」
さりげなく視線を逸らしながら、心の動揺を隠し言葉を返す。
「あ、ああ… そうなんだ。」
「私がどっかに行っちゃうとでも思ったの?」
こちらの返事に反応するアンディをからかうように、下から覗き込む格好で悪戯っぽく微笑む。
「あっ、いや、レルシェが何処か行きたいなら僕は別は構わないというか…
で、でも、それは嫌いとかそうじゃなくて大人だから責任ある行動というか…」
意地悪なからかいに、大げさな反応を示すアンディ。
次第に支離滅裂になっていくアンディに、困ったような微笑を浮かべると
未だ言葉を続けるアンディの言葉を自身の唇で終わらせる。
「…大丈夫、私はあなたの傍にいるわ。あなたが愛してくれる限り、いつまでも…」
「レルシェ…」
抱きつかれた瞬間、これ以上ないほど顔を紅潮させたアンディだったが、
不器用ながらも腕を回し目の前の女性を抱きしめる。
自分を抱きしめ返してくる男を全身に感じながら、レルシェは目の前の胸に顔を埋める。
まるで、心の中の叫びを閉じこめるかの如く…
―私は… あなたと… 一緒に… ずっと… 一緒に…
上に突き上げられたソードブレイカーの刃が自分を貫いていく。
刃は容赦なく身体に食い込み、柄までがその身に埋まる。
死。その一文字しか形容しようがないほどに、赤い血が自分の身体から
目の前の愛する男の顔に、胸に落ちていく。
「…くっ… ごほっ…」
流れる血が開こうとした目と口に入る。
赤く染まった世界の中で、愛する男が自分を見つめて叫んでいるのが見える。
男の顔を潰す筈だったシールドバトンが、男の顔の横に突き刺さっている。
男の顔から外れて突き刺さっている己の凶器を目にした時、
心の中に渦巻いていた黒いモノが抜けていくのを感じた。
次第に消えていく世界の音の中に、一人の男の言葉が聞こえる。
自分の心が躍る声。幸せが、愛が、昔、ずっと昔に無くなってしまったモノが心の中に満たされる声。
身体の中にあった赤いモノが、心に巣食っていた黒いモノと共に抜けていく中、
昨日の夜に心の中を満たしたモノが再び心の中を満たしていく。
「…レルシェ!… …レルシェ!…」
愛する人の声が全身に伝わる。青い瞳からとめどなく涙が流れ、
胸から流れた自分の血で汚れた彼の顔を洗い流していく。
彼が何かを叫んでいる。自分が答えていく。
赤い血と共に身体の力が抜ける中、手を伸ばす。
ずっと欲しかったモノ、ずっと憧れていたモノ、ずっと心の中で求めていたモノ、
震える身体、震える腕、震える指、全てを振り絞り本当の自分が求めた彼に手を伸ばしていく。
―ああ… 駄目よ… 涙はあなたに似合わないわ…
―…泣かないで… 私は大丈夫だから…
―でも… できるなら、憶えていてほしい… たとえこの出会いが仕組まれた事だとしても…
―この気持ちは… あなたを思うこの想いは… 私の本当の心…
―あなたの胸を濡らすこの涙も… 私の選んだ涙なのだから…
身体が、最後の理性を彼に伝えていく。
心が、最後の愛を彼に伝えていく。
紡がれる言葉と触れる手で、自分の全てを伝えるかのように…
―だから、あなたも歩んでほしい…
―心のままに… あなたの選んだあなたの道を…
自分の身体が温かい温もりに包まれる。
ずっと求めていた温もり、その温もりに理性が溶けていく。
身体と心が偽りない自分の本当の愛を、自分を包んでくれる温もりに伝えていく。
―そして…もし許してくれるのならば、憶えていてほしい。
―あなたの歩むその道に、レルシェという名の一つの花が咲いていたことを…
あ…い……し……て………る…… …ア……ン………デ…………ィ………