ヨギナの夜は、金屑をうち散らしたような星空のもとにこそふさわしい。  
ひとり杯を傾けながら、ミューカレウスは美しいヨギナの姿を眺めている。  
今宵の月は満ちていた。街は明るく、そして静まり返っていた。  
砂漠に埋もれかかった星、東西の文化の交わる楽園。  
あの少女が生まれ、逃れ、そして還ってきた都。  
カデーレであの少女や兄たちとともに学び、競い、喧嘩を繰り返したことが、今はひどく遠く思えてくる。  
ひとりの兄は玉座に上り詰め、ひとりの兄は血塗れの死を選んだ。  
そして最後の兄、いや、その影武者であった少女は、今や隣国の王妃となり、王子まで生みあげている。  
何年かぶりに再会したカリエは、見違えるほど『女』になっていた。  
もともと愛嬌のある顔立ちをしていたが、少年と見紛うばかりだった以前に比べ、エティカヤの女の衣装が  
ぴったりとなじむほどに成熟していた。  
そうさせた人間がいったい誰なのか、そんなことは明らかだ。  
彼女自身がミューカレウスに告げたのだから。  
バルアン王子を愛している、と。  
 
エティカヤ王の髭面を思い出して、ミューカレウスはしょげた。  
あの男をカリエは愛している。  
そしてミューカレウスの手を擦り抜けて行ってしまう。  
おのれの中で最も時純粋で大切なものは、決して手には入らぬ定めなのだから。  
それが恋という名で呼ばれる感情だと、気づいたときにはもう失っていたのだから。  
ミューカレウスは頭を振った。  
中庭に続く扉を開き、外に出る。  
空気はすこし冷えていた。酔いを醒ますのにちょうどいい。  
木の陰に座り込む。少しばかり足下がふらつく。  
時刻はおそらく日付の変わった頃だろう。人影はひとつも見当たらない。  
そのまま萌えでた芝生のうえに寝転んだ。  
梢から覗く空は、やはり、満遍なく星を煌めかせて美しい。  
遠くに、芝生を踏み締める音がした。  
はっとして身を起こすと、そこにはひとりの女が立っていた。  
 
「カリエ」  
まさか、こんなところにいるはずがない。ミューカレウスは目を疑った。  
寝惚けて木を女と見間違えるくらい、自分は酒をすごしただろうか。  
「おまえ……」  
カリエはゆっくりとしゃがんで、ミューカレウスの顔をのぞき込む。金色の髪が肩に流れ落ちる。  
カリエの青い目は、ただミューカレウスの姿を映している。少年じみた輝きに満ちた目ではなかった。艶を  
 
含んだ潤いを帯びている。  
「おまえ、こんな時間に何してる。マヤラータが護衛もつけずに、こんなところに来て、いいはず……」  
衣装の袖から白い腕が伸びる。指先がミューカレウスの唇に触れた。声を出してはだめ。まるで子供にする  
 
ように。  
その仕種に、ミューカレウスは我を忘れた。  
頭の芯が熱い。脳裏が真っ白に染まる。  
気がついたら、カリエの体を芝生のうえに組み敷いていた。  
 
ミューカレウスは燃え立つような心を抑えて、カリエの貌を見下ろした。  
「……どうして……」  
押し殺した声で問いながら、ミューカレウスはカリエの首筋にくちびるをつけた。  
理性は、まるで大水に流される堰のようだった。  
誰かに見つかるとか、罰を受けるとか、そんなことがどうでもよくなった。  
白くなめらかな肌。今は僅かに、内側から透けるような赤みを帯びている。  
甘やかな花の香りを感じて、ミューカレウスは最後の理性を手放した。  
幾重にも重なる衣装を無我夢中で引き剥いで、あちこちにくちづけを落としていく。鎖骨に、乳房のうえに  
 
、脇腹に。そのあいだじゅう、カリエの両腕はやさしくミューカレウスの背中を撫でていた。  
彼女は受け入れてくれている。  
いや、拒まれていたってかまうものか。  
けものが蜜の滴る果実をむさぼり食うさまに、今の自分は似ているのかもしれない。  
 
「んっ……」  
ミューカレウスが足のあいだに顔を埋めたとき、はじめてカリエは小さな声をあげた。  
ミューカレウスにとって初めての行為だったが、ためらいも汚らわしさも感じなかった。  
舌が蠢くのにあわせて、カリエは身を震わせた。  
開かせた腿がミューカレウスの肩を締め付ける。  
指がミューカレウスの髪を弱々しく掴み、時折離し、耳から頬にそってなで下ろした。  
カリエの指の動きが誘うようで、ミューカレウスは眉を寄せた。  
あの男が同じことをしたのだろうか。  
そう思うと、首のしたのあたりが煮え立つような気がした。  
ミューカレウスは体を起こして、カリエの唇におのれのそれを重ねた。  
左手でカリエの手首を押さえ、右手を柔らかい裸身に這わせた。  
舌を絡めて甘い唾液を吸った。カリエの舌は微かに動いて反応した。  
「カリエ」  
恍惚とした瞳で、カリエは見上げてきた。  
誰が自分を抱いているのか、そんなことさえわかっていないような潤んだ瞳。  
「カリエ、僕だ」  
桃色に染まったこめかみにくちづける。  
「ミューカレウスだ。わかるだろ?」  
カリエは答えなかった。  
答えないまま、赤い唇に微笑みを浮かべ、くちづけを求めてきた。  
 
「名前を呼んでくれ……」  
ミューカレウスは唇を離し、またかぶりつくように重ねる。  
空いているほうの手で、カリエはミューカレウスの腰をなぞった。  
下穿きを脱がせようとしている。  
繰り返しては失敗する指に苛立ちにも似た欲望をおぼえて、ミューカレウスは自ら前立てを開いた。  
カリエの足を開かせてもちあげる。自身に手を添えながら、ゆっくりと重なった。  
「っく……」  
入り込んだ瞬間、濡れた熱さにミューカレウスは声を漏らした。カリエは半ば開いた目でミューカレウスを  
見つめている。濡れた唇が動いて、言葉にならぬ声をこぼした。  
やがてカリエは目をきつく閉じて、ミューカレウスに完全に身を委ねた。  
彼の首に腕をまわし、すがりつき、ゆさぶられるだけになった。  
カリエの内部は、いじらしくミューカレウスに応えている。  
震える腿がきつく彼の体を挟んだ。  
「カリエ……」  
低く、呻くように呼ぶ。奥歯を噛み締めて、ミューカレウスは達した。  
カリエのうえに覆い被さり、目を閉じる。  
最後まで、カリエは一度もミューカレウスを呼んでくれなかった。  
それでもこれは幸せな夢だと、眠りに落ちながら彼は思った。  
 

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