※注意
シャイハン×カリエ。本編分岐の「if」もの。
原作では生きてる人が、さらっと普通に死んでます。その逆も有り。
ラハジル・ジィキの死の報せを伝えると、ディエーマは大きく目を見開いた。
「なんてこと…」
悲嘆に暮れる彼女を、シャイハンは痛ましげに見やる。
「いったい、どうしてラハジルは亡くなられたのでしょう。ご病気だったのでしょうか」
「…いいえ。新しく総督となった者が、ラハジルを望んだそうです」
「まさか、自害を?」
シャイハンは答えなかった。この事実を、彼女に伝えて良いものか。
「どうか教えてください、シャイハンさま。インダリを離れたとはいえ、わたしはマヤラータ。後宮の主として、知る義務があります」
「あなたは、ヒカイ将軍をご存知ですか?」
「ええ…。確かジィキさまとは、幼馴染だったとか」
「総督がラハジルを強く望んだと聞き、将軍はラハジルをさらって逃げたそうです。もちろんすぐさま追っ手がかかり、二人は刑死しましたが」
ディエーマは真っ青になる。
当然のことだろう。よく知る相手が首をはねられたと聞いて、平然としていられる人間は、そう多くはないのだから。
「では、では、スゥランさまは? まだ小さくていらっしゃるのに、お母様が亡くなられて。さぞ悲しんでおられるでしょう」
「本当に悲しむべきことです」
母の悲報を聞き、幼い姫君が心を失い寝付いたことを、シャイハンはあえて教えなかった。
スゥランは、食べ物はおろか水もほとんど口にせず、痩せ衰えていくばかりだという。遠からず、命を落とすだろうと言われていた。
そんな話を、この優しい女性に伝えるのは、しのびない。
「今日は、本当に悲しいことばかり。ジィキさまが亡くなられたうえに、シャイハンさま、あなたまでいなくなってしまうもの」
ディエーマはその大きな瞳に涙をいっぱいに溜め、露台にかかる満月を見上げた。
そう、今夜シャイハンは彼女に別れを告げるためにやって来たのだ。
「ディエーマ、私とて、どれほどあなたと別れがたいか」
「いいえ、わたしも分かっています。マヤライ・ヤガが、いつまでもこのヨギナにいらっしゃることはできませんものね」
殊勝な言葉とは裏腹に、ディエーマは後から後から涙をこぼし、雫がヴェールを濡らした。
その様を、シャイハンは美しいと思った。そして、そういう己にひどく驚いた。
女は、彼にとって醜く、また恐ろしいだけの存在だった。
異常な嫉妬心に狂った母、そして美しさを鼻にかけ、寵を争うことしか興味のない後宮の妃たち。
だが彼女は、ディエーマは違う。憎むことや媚びることを知らず、ただ素朴な好意を自分に向けてくる。
ディエーマのその性格は、悪鬼の住まう宮廷社会にあっては清々しく、また得難い。
「シャイハンさま、きっとまたいらしてください。わたし、お待ちしていますから」
健気に微笑むディエーマを、シャイハンは思わず抱きしめていた。
「会いに来ます。必ず。…ああ、あなたをリトラへ連れて行けたらどんなにいいか!」
「シャイハンさま…」
最初は驚きに身を強張らせていたディエーマだったが、シャイハンの背にそっと腕を回した。
長い間露台にいた二人の身体は、氷のように冷えきっていた。
まるで、あの冷たい月光と同化したようだった。
シャイハンは吸い寄せられるように唇を寄せ、目元を伝う涙を舐め取る。どういわけか、彼女の涙は甘い味がした。
ディエーマのヴェールを外し、素顔をさらけ出させる。
すると、一年前にルトヴィア皇帝の戴冠式で顔を合わせたときよりも大人びた表情が現れた。
どれほどの悲しみが、この尊い女性に翳りと憂いを与えたのだろう。彼女こそ、常に喜びに包まれていなければならないのに。
それを思うと、シャイハンは彼女を慰めなければという強い思いに囚われるのだった。
「ああ、いけません……こんなことをしていては」
か細い声は、彼を制止するのではなく、むしろ逆のことを望んでいる。望まれるとおり、彼は彼女の口を吸った。
「んっ…むぅ…んん…」
桃色の唇は飴玉のようで、シャイハンは夢中になってそれを貪る。
いつの間にか、冷たさは二人からすっかり去っていた。
彼らはその身を寝台へ運び、もつれあうように倒れこむ。
ディエーマの、なめらかな肌としなやかな体躯は、さながらシャイハンが好んだ少年たちを思い起こさせる。
しかしその体の豊かさ、そして底の知れない奥深さは、少年が決して持ち得ないものだった。
シャイハンは久しぶりに女を抱いた。そして義務感からではなく、悦楽をもって女を抱いたのは初めてのことだった。
「あっ、ああ…! あ、やああん!」
打ち込むごとに嬌声をあげるディエーマに没頭するうち、ふとシャイハンは冷や水を浴びせられる思いがした。
ディエーマは――穢れなき乙女などではない。
(…私は何を期待していたのか)
シャイハンは自嘲の笑みを浮かべた。当たり前だ。彼女は、弟であるバルアンのマヤラータ。
正式な婚礼を挙げていなかったとはいえ、既に外国にも公表された妻なのだ。
ましてあの女好きで知られる弟が、彼女に手をつけなかったとでも?
「シャイハンさま…」
組み敷いた女の声が、シャイハンを我に返らせた。
生娘ではないとシャイハンに気付かれたことを悟ったのだ。恐怖に震える表情がそれを物語っている。
安心させようと口づけ、そして優しく抱きしめた。するとディエーマはすぐに柔らかく身を委ねてくる。
「ああディエーマ…。あなたは素晴らしい女性だ。あなたは、私を喜ばせるために生まれたのですか?」
口々にディエーマを讃えながら、シャイハンはどす黒い嫉妬に身を焦がしていた。
弟の前で、彼女はどのように身体を開いたのか。
愛する男に抱かれる喜びに乱れたのだろうか。
それとも破瓜の痛みにうち震えながら、それを己の運命と甘んじて受け入れたのか。
知りたい。
「は、はぁっ、はぁっ、はぁっ。あん! あっ、ああーーっ!!!」
一度達し、がくがくと痙攣させるディエーマは、しかし情事の余韻に身を浸すことを許されなかった。
身体をうつぶせに引っくり返される。
「シャイハンさま? …やっ、だめ! そこ、だめぇ!」
「申し訳ありません。あなたの怒りは受けましょう。ですが、ですが――」
憎しみを鎮める、そのやり方をシャイハンは知っている。即ち、弟の知らない場所を自分が踏みにじるのだ。
「シャイハンさまっ、やめて、おやめください!」
「怖がらないで…。あなたは力を抜いていればいいんです」
「嫌っ! い、いやぁ……いやあああーっ!」
シャイハンは、彼にとって一番慣れたやり方でディエーマを愛撫した。
ディエーマが、どれほど泣き叫び、哀願しようともやめなかった。
(彼女は私のものだ。誰にも渡しはしない。永遠に、私だけのものだ!)
やがてシャイハンは背後から深々とディエーマを刺し貫いた。
入念に解きほぐされ、ディエーマはもうすっかりシャイハンを受け入れきってしまい、未知の快楽に身体を震わせるばかりだった。
「う…、うぅ…。あ、シャイハンさまぁ…」
ひたすら彼の名を呼ぶディエーマを、大きな幸福を感じながら抱きしめる。
ディエーマの元で一夜を過ごした後、シャイハンはリトラへ戻らず、逆に毎晩彼女の元へ通いはじめた。
表向きは、重い病に寝付いたディエーマを見舞うためだったが、本当の理由など都の誰もが知っていた。
そして数ヵ月後、一つの知らせがエティカヤ全土を揺るがす。
シャイハンは、本格的にヨギナ遷都を決定したのだ。
もちろん大臣たちは猛反対したが、どういうわけかいつになく強気のシャイハンはそれらを押し切り遷都を実行してしまった。
ディエーマをマヤラータとして正式に迎えたときは、遷都よりも反対は少なかったものの多くの導師たちの怒りを買った。
だがシャイハンは意に介さない。マヤライ・ヤガを止められるものなど、どこにもいないのだ。
もはや繊細な青年はそこにはおらず、代わりに数々の法や前例を曲げ、意思を貫き通す強大な帝国の王がいた。
ある日、後宮でイウナと仲睦まじく語らうマヤラータを目にし、、シャイハンは幸福そうな笑みを浮かべた。
はじめ、なかなかディエーマに心を開かなかったイウナも、今では本物の家族のようだ。
きっと、間もなく生まれる赤子のよき姉になってくれるだろう――
「嘘、こんなの嘘よ…」
出口のない闇の中でカリエはうめいた。今見せられた光景が信じられない。
「嘘? そうね。そうかもしれない。もしあなたがシャイハン父さまを選んでいたら、わたしは死ななかった」
短剣を刺したまま、イウナが嘲る口調で言った。
「でも、わたしは死んでるんだもの。そりゃあ嘘よねえ」
そう、本当のことではない。嘘だ。イウナは、カリエが殺したのだから。
「ついでに教えてあげましょうか。この未来では、バルアン父さまがどうなっていたのかを」
もう一度、闇の中にまぼろしが広がる。今度は大海原がカリエの前に現れた。
その中に小さな点を見つけ、カリエは悲鳴を上げた。見間違えようがない背中が、小さな舟に乗っている。
誰に言われなくても分かっている。彼は、死にに行くつもりで舟を漕いでいるのだ!
「かわいそうな父さまはね、たった一人きりで海に出るの。それから」
「やめてやめて、やめてよぅ……」
何度も後悔したことだ。だが、こうして実際に目にするとカリエの心はまたもや引き裂かれる。
自分の選択が、シャイハンを殺した。あるいはバルアンを殺していた。どちらの命も救うことはできない。
一体、誰がそんなひどいことを決めたというのだろう。
「言ったでしょう? あなたがバルアンを選んだのは、あなたの意思なんかじゃない。無意味なことなのよ」
慰めるように言うのは、血まみれになったヤンガの母。
「バルアンとシャイハン、どちらの手を取っても未来は変わらないの。あなたはエティカヤ王の子を生み、そしてザカールにさらわれる」
「マヤラータ失踪に絶望した王は、やがて深い怒りのままルトヴィア征服を始める…。ああ、また戦争になるのね」
黒く焼け焦げたエジュレナが後を引き取って続けた。カリエを見下ろす目は、娘を突き放す冷たいもの。
「お前は戦争でわたしたち両親を失ったのに…また戦争を起こすきっかけを作ってしまうの?」
実母の視線が、カリエを打ちのめす。違う、と言いたいのに唇が震えて言葉が出てこない。
「なあに? 全部自分のせいだなんて、また思い上がったこと考えているのね」
後ろから聞こえてくる、新しい声。これは、サジェだ。
「あたしたちが必死に生きようとしてやったことを、自分の責任みたいに勘違いしないでほしいわ。何様のつもり?」
カリエは耳をふさいだ。それでも声は遮られることはない。
「ああ、さっきのあんたの顔、なかなか良かったわよ。ああいう顔で、男を誘ったのね。そうそう、一つ聞きたいんだけど」
サジェの腕が、うずくまったカリエにねっとりと絡みつき、抱きしめた。
「どっちの男が、具合が良かった?」