『にいちゃん、うちと一緒にいかへんか?』
一番言いたいのはこの言葉。
一番言えないのはこの言葉。
エルフの少女、カッツェは下唇を噛んだ。自分の実の兄――ヒッテルとはアデューたちと旅をしていなければ、今も会えなかっただろう。
その事を考えると、それはとても贅沢なことに思えた。
言ったところで、何ともないのかも知れない。
しかし、カッツェには抵抗があった。
(うちはそんな望んだらあかん…そんな資格、あらへんもん……。商売に生きるんやもん。他に何も望んだらあかん。)
いや、それ以上に。
(うちは――)
彼女が兄にその言葉を言えない理由。
ちらりと横目で兄を見やる。ヒッテルは帽子を目深に被り、木の幹にもたれかかっている。
―と、風が吹いた。この旅の間に多少伸びた、兄の髪がなびく。
切れ長の瞳がかいま見えた。
カッツェは、自分の胸がどくん、と鳴るのを感じた。
慌てて顔を背ける。
(兄ちゃん…っ)
きつく目を閉じ、カッツェはその場を離れた。
「なあ、ヒッテルはこれからどうするんだ?」
夕食時、アデューは魚を食べながら尋ねた。
邪竜族は退き、一応の平和はとり戻したものの、世界はまだ安定には程遠い。
他の仲間たちはそんな世界をまだ回るつもりのようだ。
「ああ…」
しかし普段から無口且つ無愛想なこの青年は、それきり黙りこくってしまった。
返事とは言えない返事を受けた少年は、少し困った顔をした。
「ヒッテル〜、お前もう少し喋れよー」
「ああ…」
「…」
駄目だこりゃ、とアデューは頭をふった。
「んっ…は、ぁ…ん、んぅっ、は、ん」
闇の中で、衣擦れの音が響いている。後はりーりー、と虫のつむぐささやかな音。
そして…妹の嬌声。
「は……ぁあん」
「…だらしない声を出すな」
そう言って、ヒッテルは乳首をつまんだ。
「!ひぁんっ!あんっぁんっ」
言葉に比例するように、兄の上にまたがり腰を振る。ブラジャーは半分ずり下ろされ、その為彼女が動く度に乳首が擦れる。
「にいちゃぁ…ん…」
普段とは全く違う声色で、妹は囁いた。
「うち、もぉ、おかしくなりそ…やっあ」
そもそも、妹とは仲がいいわけではなかった。
幼い頃ヒッテルは家を飛び出し、カッツェはその理由を理解できず家に残った。
なぜ武器を売るのがいけないのか?なぜ金儲けを優先できないのか?
兄と妹の溝は、ずっと埋まらなかった。
しかしその後再会し、共に旅をするようになると、他の誰よりもお互いを理解できるようになっていった。
彼には不思議な感覚だった。
それは恋に、似ているかもしれないと。そう思う。
そんなことをぼんやりと考えながら、彼はあえぐ妹の唇を塞いだ。