近道しようと中道通りから細い路地に入ったのはまずかった。一人の男に手をつかまれながら、沙耶は軽い気持ちでこの路地に踏み入ったことを後悔していた。  
周りの人は見て見ぬふりを決め込み、かかわりたくないとばかりに早足で沙耶たちの横を通り過ぎていく。  
「あんたのことは知ってるぜ、沙耶ちゃん」  
「どういうこと?」  
「翔太って元ホスト、知ってんだろ?」  
 下卑た笑いを浮かべながら、沙耶を囲んでいた男がさらに手をつかむ。両手を封じられてしまった。  
「翔太とは、もう関係ない」  
 振り払おうとしたが、男たちの力は強く、沙耶の手はわずかに動いただけだ。翔太の起こした事件のおかげで沙耶はたいていのことでは怯えなくなっていた。今も、どうやって抜け出そうかと考えながら、辺りを見回している。  
 沙耶の視界――ピンク通りと中道通りを挟む路地に桐生の姿が見えた。  
「きりゅ……っ!」  
 叫ぼうと開いた沙耶の口に何かが押し付けられた。  
「はーい、残念。あのオッサンには注意しろって言われてんだよね、俺たち」  
 少年の一人が頭に巻いていたバンダナを外し、猿ぐつわの要領で沙耶の口を塞いだのだ。  
 桐生は女性と一緒に華やかなピンク通りへと去っていった。無様な格好で後姿を見送りながら、沙耶はバンダナを強く噛む。  
 手に加えて、声まで封じられてしまった。だが、まだ足が残っている。蹴り上げようとした沙耶の太腿に冷たいものがあたった。見下ろすと、そこにはナイフの刃先が鈍く光っている。  
「いい加減にしてもらおうか、沙耶ちゃんよぉ」  
 後ろから低く囁かれ、沙耶は抵抗をやめた。足首が縛られた。  
(お父さん、警察ならこういう時こそ駆けつけてよ。守るって言ったくせに……)  
 くたびれたコートに身を包んだ父の姿が浮かぶ。大切にしろ、と泣きながら言ってくれた父の言葉も守れそうにない。悔しくなった。なんとしてでも逃げようと思った。だが、少年たちの手はどやっても振りほどけそうにない。  
 
「ここじゃ目立つ。さっさと行くぜ」  
 リーダーらしき男の声に少年たちが頷く。沙耶は第三公園のトイレへ運ばれた。  
 男の手によって、沙耶のジャケットのボタンと、中のシャツのボタンが外される。待ちきれないといった様子で、男が沙耶の胸を両手で包んだ。感触を確かめるようにゆっくりと揉む。  
「下も剥いてやろうぜ」  
 左手をつかんでいる少年が、余った片手で沙耶の胸をつかむ。それを見て、右の少年も同じように胸をつかんだ。  
 胸を下っ端に任せ、男がスカートの中へ手を入れ、沙耶の下着を膝までおろした。  
 何も感じていない秘所に指が入ってくる。これ以上進入されてしまわないように、と沙耶はきつく足を閉じたのだが、かえって男を喜ばせてしまったらしい。  
「お、沙耶ちゃんどうしたの? ここ、いい? もっと?」  
 笑いながら、男が乱暴に指を動かす。秘所をどれだけかきまわされても、今の沙耶には何の快感も湧いてこない。濡れるはずもなかった。それでも、男の指は止まらない。  
 沙耶の胸も、少年たちに揉まれている。だが、秘所と同じく快感などあるわけがなかった。  
「おもしろくねぇな」  
 秘所から指を抜いた男が、沙耶を睨む。  
「入れちまえば?」  
「乱暴なのが好きなのかもよ、沙耶ちゃん」  
 胸を触っている少年たちの案に、男が嬉しそうな笑みを浮かべる。  
「悦ばせてやる義理もねぇしな。そうすっか」  
 男が、ベルトのバックルを外し、ファスナーへと指をかける。これが完全に下りた後、男のものが入ってくるのだろう。桐生以外を受け入れたことがない、沙耶の秘所に――。  
 やがて出てきたグロテスクなものから沙耶は目を背けた。その瞬間である。  
「ぐっ!」  
 男が奇妙な声をあげて膝を折った。傍に大きな石が転がっている。  
 
「小便は女に向かってするもんじゃねえなぁ」  
 顔を見なくてもわかる。沙耶の背後から、独特の低さと凄みをもって放たれるのは、聞き慣れた愛しい人の声。  
(……桐生さん!)  
 沙耶を拘束していた全ての手は離され、少年たちは桐生へと向かっていった。  
 残された沙耶は慌てて下着を戻し、腕から落ちようとする服を胸元で握り締める。  
 拳を振り、蹴りを入れながら、桐生は器用に少年たちをトイレの外へと誘い出していた。場数が違いすぎる。素人の沙耶から見ても力の差は歴然だった。  
「なんで、このオッサンにバレたんだよぉ」  
「オッサン、縛り付けてどうしようってんだよ」  
 情けない少年の声が外から聞こえてくる。  
「後を頼む……」  
「へい、桐生の旦那」  
 桐生の声に答えたのは、第三公園によくいるホームレス。賽の河原の住人であり、街に潜んでいる情報屋でもある。沙耶を助けられないと瞬時に判断した男は花屋へと報告した。そして、報告を受けた花屋が桐生へと連絡したのだ。  
 桐生がトイレへと戻ってきた。  
「沙耶、大丈夫か?」  
「いうっ」  
 答えようとした沙耶の声は言葉にならなかった。猿ぐつわを外していない。  
 沙耶の前にかがみこんだ桐生がそっとバンダナを外す。  
 大きく深呼吸をした後、沙耶は、大丈夫、とゆっくり頷いた。  
 わきの下に手を入れ、桐生が沙耶を立たせる。  
 足元がふらついた沙耶は桐生の胸へと倒れこんだ。そんな沙耶の肩を桐生の手が抱く。  
「俺は……間に合ったか?」  
「うん」  
「痛むか?」  
「どこも、痛くない」  
「そうか……」  
 桐生の手が沙耶の肩を押す。  
 二人の体温が離れる。桐生の温もりもなくなった。  
「桐生さん……舐めて」  
「なに?」  
 沙耶の鞄についた砂などをはらっていた桐生の手が止まる。  
 男たちの手の感触を桐生のものと取り替えてしまいたかった。  
「あいつらに触られたとこが気持ち悪いの」  
 正気か、とでも言いたげな桐生の目が沙耶を見つめる。  
 沙耶も負けじと目を合わし続けた。引く気はない。  
「仕方ねぇな。今日だけだ」  
 
 ため息をつき、洗面所へ鞄を置いた桐生が、沙耶の胸へと顔を近づける。指でブラジャーをずらし、期待に膨らんだ小さな先端に触れた。  
「あっ、舐めて、って」  
 だが、桐生は指で膨らみを撫でたりつまんだりするだけで、一向に舌を近づけてはくれない。指の感触はもう十分すぎた。  
 沙耶は桐生の顔を両手で挟み、胸へと無理やり近づける。  
「ねえ、桐生さん、もう我慢……」  
「できねぇのか」  
「さっきから、そう、言ってるし」  
 桐生の舌が突端に触れただけで、沙耶の体は歓喜と快感に震えた。  
 手で胸を持ち上げながら、桐生は舌でつついたり、舐めたりを繰り返す。無骨な男が無表情で赤ん坊のように胸を舐めているのを見て、沙耶の中で言い知れぬ愛しさがこみあげる。  
「胸、おいしい?」  
「うまくは……ねえなぁ」  
 桐生が笑うことで、沙耶の胸に息がかかる。だが、今はくすぐったささえも甘い刺激となる。  
 スカートをまくりあげ、桐生の手が内ももに触れる。  
「そこも、指、入れられた」  
「つかまっていろ」  
 頷いた沙耶は桐生の肩にしがみつく。  
 下着の隙間から太い指が潜り込んできた。胸への愛撫のおかげで流れ出た液が、桐生の指にからみついて淫猥な水音をたてる。  
「あっ……」  
 男の指が入った時のような気持ち悪さも違和感もない。  
 桐生の指が入ってきた。ただ、それだけのことなのに沙耶の秘所と心は満たされる。  
「えっ? あっ、やっ、う、そ……うっ」  
 桐生が指を激しく動かし始めたのだ。  
 引きずり出されるように訪れた快感に、沙耶は驚きながらも喘ぎの声をあげていた。  
 快感と戸惑いと混乱が渦巻くなか、沙耶は夢中で桐生の顔に頬を寄せ、彼の温もりと匂いに包まれて果てた。  
 
 
「……すまん」  
 沙耶の呼吸が落ち着いてきた頃、桐生が耳元で呟いた。  
 絶頂と共に脱力した沙耶の体は、桐生が抱きしめるように支えている。  
「なんで謝るの?」  
 桐生は何も言わず、ポケットから取り出したティッシュで指と沙耶の秘所を拭う。  
「こんなことしたから?」  
「そうじゃねえ」  
「もう、いいよ」  
 桐生からティッシュを取り上げ、自分で拭き、下着をはいた。洗面所から水が出ることを確認し、濡らしたハンカチで桐生の手を拭く。大きな手を両手で握った。  
「ワタシは気持ちよかった。こうしてもらえて嬉しかった。ねえ桐生さん、それじゃ、だめなの? 罪悪感ある?」  
 桐生の口の端が少し上がった。笑ったらしい。  
「いや……」  
「じゃあ、謝らないでよ。悪い事してる気分になるから」  
 沙耶の両手の中から、桐生が手を引いた。  
「何かあったら呼べ。一応、携帯も持ってる」  
 桐生が取り出した携帯電話は見覚えがあった。父が昔使っていた携帯電話である。桐生に渡して支障はないのだろうか。  
「呼ぼうとしたんだけど、桐生さん、女の人と一緒だったし」  
「……ん? あ、ああ」  
 日頃、無表情な男が動揺するとこんなにわかりやすいのか、と妙な発見をしてしまった。同時に、普段見られない桐生の表情に嬉しくなる。  
「他の女の人を抱くなら私にして、桐生さん」  
 だから、普段は言えないようなことも口に出せた。  
「程々にするさ」  
 ふっ、と笑んで桐生がトイレを出て行く。  
 桐生の手を拭ったハンカチを握り締め、沙耶もトイレを出た。  
 トイレでの出来事の余韻に浸っていた沙耶の鞄の中で携帯電話が震えている。今は電話に出る気分ではない。無視することにした。  
 
 沙耶の鞄の中、携帯電話の画面には『父』と表示されていた――。  
 
 
 ◇終◇  
 

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