ミレニアムタワー広場にある植え込みの縁に座っていた沙耶は、かわいいリボンのついたものを手にバンタムへと入っていく桐生を見つけた。
彼のメールアドレスも携帯の電話番号も知らされていない沙耶が桐生に会うには、こうした偶然を確実にモノにしていくしかないのだ。それでも沙耶は惚れているのだから始末が悪い。
打っている途中だったメールをそのまま保存して桐生を追い、制服であるにもかかわらず沙耶はバンタムへとためらうことなく入った。
「開店準備中なのでもう少し後で……」
黒い服のマスターらしき男性はそこまで言い、ぎょっとした顔で言葉を切った。制服という未成年の看板を背負っている者が堂々と入ってくるなど、そう出遭うことではない。
「沙耶……?」
スツールに腰かけていた桐生が、グラスを片手に顔だけ沙耶へと向ける。
「ああ、桐生さんのお知り合いですか?」
桐生の言葉にマスターが安堵の息をもらす。
ああ、と頷いた桐生だったが、
「女子高生の来るところじゃねえ。……帰るんだ」
沙耶へと冷たく言い放つ。
それですんなり帰るほど聞き分けのよい子ではないことは、沙耶自身も父の伊達も、そして桐生もよく知っているはずだ。
高いスツールへ上るように座り、沙耶は桐生と目を合わせる。
「イヤ。こうでもしないと会えないじゃん。お父さんに聞いても絶対に教えてくれないし」
伊達さんか――。桐生が呟いた。
彼の手の動きに合わせてグラスの中で氷が揺れる。
「……事件が終わったから、な」
沙耶の脳裏にある父の顔と重なった。
「お父さんも、そう言ってた」
カウンターへと鞄を置き、沙耶は携帯電話を取り出し、電話帳から父の携帯の番号を画面に表示させた。
「ねえ、お父さんの連絡先、知りたい?」
「いや、俺には必要ない」
だが、沙耶の携帯電話を見て桐生はかすかに笑っただけだった。
沙耶の中で重なる二人の表情。父と桐生は、極道と警察でありながら、携帯電話などいらない何かで通じ合っているのだろう。
羨ましくもあったが父だからこそできたことだろう、とも思っていた。自分はこんな風にわがままを通すことしかできない。彼らのように、悲しげな微笑だけで欲望を抑えつけることなどできない。
「じゃあ、私の連絡先は?」
桐生が眉根を寄せる。
沙耶は慌てて手を振った。
「言わなくてもいいの。わかってるから……」