父の涙を見た第三公園のベンチに沙耶は一人で座っていた。あの頃のように、もう、誰かれかまわず声をかける必要はない。父と無愛想な父の友人が彼女を守ってくれたから。  
「あっ!」  
 公園前の通りを走るグレーのスーツを見つけ、沙耶は立ち上がる。早く追いかけないと足の速い彼は行ってしまう。だが、沙耶はすぐに足を止めた。  
「痛ぇな、オッサンよぉ」  
 絡んだ青年は、しかし三分後、呼び止めた『オッサン』の足元に倒れていた。堂島の龍と呼ばれる男――桐生一馬を呼び止めた彼の不運に苦笑いを浮かべながら、沙耶は傷一つない勝利者の腕をつかんだ。  
「桐生さん」  
「沙耶か。こんな時間にうろつくのは感心しねぇな」  
「もう、お父さんみたいなこと言わないでよ」  
「こういう奴らにとっちゃ女は格好の得物だ」  
 目を覚ました青年は見下ろす桐生の目に怯えつつも、少しずつ後退し、おかしな悲鳴をあげながら足早に逃げていった。  
「スマイルバーガーで食べ過ぎちゃったから休んでただけよ」  
「伊達さんに見つかるぞ」  
 沙耶を見下ろす桐生の目は優しい。ふと、友人に聞いた噂が脳裏に甦る。  
「ショーパブで桐生さんを見かけたって友達に聞いたんだけど……」  
「たまに、な」  
 うろたえるわけでもなく、桐生は当たり前のように返す。  
 桐生は大人の男だと沙耶にもわかってはいるが、気持ちがついていかない。大人と子供の差を見せ付けられたようで、複雑な心境になった。  
「ねぇ、桐生さん。女子高生、抱いてみたく、ない?」  
「……まだ、やってるのか?」  
 桐生は、お金を工面するためにやっていた援助交際のことを言っているのだ。  
 極道だということを思い出させる桐生の厳しい目に、さすがの沙耶も少しだけ怯える。  
「やってるわけないじゃん! もう、お金なんて欲しくないし……」  
 
「じゃあ、なぜ、俺にそんなことを?」  
 思えば桐生は、初めて沙耶が声をかけた時からこうだった。暗号のような誘い文句でも、今までのオジサンだったら簡単についてきた。だが、桐生は『どういう意味だ?』と言ったのだ。誘いにのらないことにも苛立ったが、それ以上に驚いたことを覚えている。  
「な、なぜって……わかってよ」  
 沙耶は、桐生になら抱かれてもいい、と思ってしまった自分に戸惑っていた。おじさんへの誘い文句は簡単に言えたのに、自分の気持ちには素直になれない。  
「わからないな」  
「本気? それとも、からかってるの?」  
「いや」  
 軽口を言うなどという器用なことが、この男にできると思えない。彼が本気で言っているのだということは、沙耶にも容易に想像がついた。  
「抱いてほしい……って思ったの」  
「大切にしろ、と伊達さんに言われたんじゃなかったのか?」  
「お父さんに言われたことは覚えてる。大切にしたいから」  
 桐生は黙っている。  
 女子高校生の沙耶には、この沈黙の中で桐生のような大人が何を考えいるのかは全くわからない。  
 あの時みたいに軽い気持ちで言ったわけではない。沙耶なりの覚悟を持って言った。それだけはわかってほしかった。そして、桐生なら受け止めてくれると信じている。  
 やがて、桐生が口を開いた。  
「気持ちはやれねぇ。それでもいいのか?」  
「……いい」  
「自分を安売りするな」  
「安くないよ。ホテル代は桐生さんだから」  
「行くか」  
「……うん」  
 グレーのスーツに包まれた腕が、そっと沙耶の肩を抱く。気持ちはやれない、と言った桐生なりの優しさだと沙耶は受け止めていた。  
「顔、隠しておけ」  
 サラリーマンには見えない男と、制服を着た女子高生。周りからどう見えるかはわからない。だが、沙耶にはどうでもよかった。  
 この男を好きだと自覚はしていないが、胸の高鳴りは確かに沙耶の胸を熱くしていた。  
 
 バッティングセンター前のホテルの一室。沙耶は入り口に立ったまま、そして桐生はベッドへと座っていた。  
 桐生の部屋のとり方は手慣れていた。過去に彼が誰かと来たことがあったとしても、それはおかしいことではない。桐生は大人なのだから。  
 沙耶はホテルなど来たことがない。おじさんを誘ったことはあったが、言葉巧みにカラオケや食事で済むようにしていたのだ。  
 桐生が立ち上がる。  
「汗を流してくる」  
 彼はそう言って、風呂と部屋をかろうじて隔てているすりガラスの向こうへ歩いていった。  
 沙耶は大きく息を吐く。  
「緊張するに……決まってんじゃん」  
 ソファに座り、背にかけられたジャケットに頭をつける。あの日抱きついた父のコートと似たような匂いがした。  
 予想以上に早く桐生が風呂から出てきた。着ていたものをソファに放り投げた彼は、下半身をタオル一枚で覆っているだけである。喧嘩だけでこれほどに鍛えられるものだろうか、と思うほど逞しい体を桐生はもっていた。  
 男子高校生やおじさんでは見られない彼の体躯にしばし沙耶は見惚れていた。  
「どうした? 帰りたくなったか?」  
 口の端で桐生が笑う。  
 沙耶は制服のジャケットを脱ぎ、  
「女子高生抱けるんだから感謝してよ、おじさん」  
 桐生に投げつけた。  
 沙耶のジャケットを受け取り、ソファへと投げた桐生が近付いてくる。  
 先ほどの威勢はどこへやら、沙耶は思わず後ずさる。  
「初めてか?」  
「初めてじゃ、悪い?」  
「後悔しねえんだな?」  
「しつこい」  
「……わかった」  
 目の前に立った桐生の手が沙耶の髪を撫でるように梳く。  
 視線をどこへやればいいのかわからず、沙耶はきつく目を閉じた。  
 胸のリボンが外される。シャツのボタンへとかかった桐生の手をつかんだ。  
「桐生さん、ワタシ、怖いの」  
「優しく、してやるさ」  
 桐生の腕が軽々と沙耶を抱き上げる。ベッドへと横たえられた。  
 沙耶の傍へ座り、首筋に唇を落としながら、桐生はボタンを外していく。  
 胸元をそっと広げ、桐生がかすかに声を出して笑った。  
「なに?」  
「制服を脱がすってのは……罪悪感がこみあげるもんだ」  
「言わないで。こっちが恥ずかしくなるじゃない」  
 桐生の手が沙耶の背に回る。胸が束縛から解放され、ゆるやかに揺れた。  
 
 胸の先端を桐生が口に含む。突然すぎる刺激に沙耶はびくりと震えてしまった。  
 かがんだ桐生の背に彫られた龍の目が、彼の肩越しに沙耶を睨んでいる。刺青など見たことがない沙耶は、そっと指を伸ばして龍の牙に触れた。  
「……怖えか?」  
「大丈夫」  
 桐生が大きな手で、沙耶の胸を包む。喧嘩のしすぎだろうか。彼の手はがさりと荒れた感触を沙耶の胸に与えてきた。  
 優しく揉みながら、時折、桐生は先端を噛む。そのたびに、沙耶の口からは小さいながらも喘ぎの声が洩れる。  
 桐生の優しさとは対照的な雄々しさを持つ背中の龍。怖くはない。龍と共に桐生の体を抱きしめた。  
「ん、んん……」  
 龍に触れれば触れるほど、桐生が与えてくる刺激も激しさを増す。見下ろせば、胸の先端は桐生の唾液で濡れている。舐める彼の舌も見える。甘く淫靡な光景――。  
「はっ、あ……あっ」  
 抑えきれないほどの快感と声が体の奥から這い上がってくる。  
 胸を揉んでいた桐生の手が下へおりた。沙耶のスカートがめくられ、下着の中へ指が入ってくる。確かめるように中を探った後、指はすぐに抜かれた。  
「気持ちいいんだな、沙耶?」  
「うっ、んん、んっ」  
 渋みのある低い声で囁かれ、沙耶は喘ぎの中から頷いた。  
「腰、上げろ」  
 言われた通りに腰を上げると、スカートと下着を足から抜き取られた。  
 沙耶の秘所へ入ってきたのは、桐生の太い指。たった一本ではあったが、異物を入れたことのない秘所は胸以上の快感を沙耶の体へもたらした。  
「やっ! あっ、あ、あ……」  
 桐生が動かさずとも、沙耶が達するには十分な刺激だった。  
 何が起こったのかわからず、沙耶は呆然と体を震わせている。我慢しようと、止めようと思っているのだが、下半身に力が入らない。胸を撫でていた桐生の手を必死につかむ。  
 沙耶の震えもやがて収まってきた。  
 するりと秘所から指を抜いた桐生は離れ、ベッドの隅へと移動する。  
 沙耶からは、彼が何をしているのかは見えない。ただ、背中の龍をじっと見つめていた。  
 やがて、沙耶の体へ覆い被さってきた桐生の股間には、コンドームがつけられていた。桐生には不似合いなどの甘い香りも漂ってくる。  
「いちご?」  
「……らしいな」  
 苦笑いを浮かべながら、沙耶の膝の裏に手を入れた桐生が、両足を持ち上げる。硬いものが秘所へとあたった。それが何なのかはわかっている。不安を唾液と共に嚥下した。  
 両手を握り締め、桐生のものを受け止める。卑猥な水音をたてながら、徐々にそれは入ってきた。  
 だが、途中で動きを止めた桐生が、沙耶を抱きしめてきた。  
「我慢できなければ、爪でも歯でも立てればいい」  
「えっ?」  
 桐生がグッと腰を落とす。直後、強烈な破瓜の痛みが沙耶を襲った。  
 
「いっ! たっ!」  
 綺麗に伸ばしている爪を、無意識に桐生の背に食い込ませる。痛みに耐え切れず、自然と落ちた涙が頬を伝う。  
 桐生の腰の動きが止まった。  
「お、おわっ……た?」  
「ああ」  
 相変わらず下半身は痛かったが、桐生と繋がっているという充足感が、痛みを軽減してくれていた。彼のものが大きければ痛みも大きい、と聞いたことがある。  
「桐生さんって」  
「痛むのか?」  
「おっきいほう?」  
 桐生には通じたらしい。  
「さあな」  
 桐生がわずかに腰を動かした。  
「……んっ」  
 痛みの中から、熱いものが押し寄せてくる。  
「静かにしてろ」  
 桐生が動けば、沙耶の中にある彼のものも動く。  
 沙耶だけでなく、桐生も快感を味わっているのか、時々、彼の顔がゆがむ。嬉しかった。  
 徐々に桐生の腰の動きが激しくなってきた。  
「あっ、ふっ、うっ、うう、んっ」  
 桐生の動きに合わせて声をあげるだけで、沙耶には笑う余裕も我慢する余裕もない。  
「き、りゅ……う、さっ……あっ、ああ!」  
「沙耶……」  
 背に広がる力強い龍の牙を桐生の肩口に見ながら、沙耶は悲鳴のような声をあげて果てた。  
 
 
 
 目を覚ました沙耶の視界にまず飛び込んできたのは、龍――そして、桐生の横顔。  
「体……どうだ?」  
 体を起こすと、下半身に疼痛がはしった。  
「ちょっと」  
「痛いか」  
「……うん」  
 桐生の背に馴染んだ刺青の色の上に、小さな点を見つけた。沙耶の爪が食い込んだところだ。  
 小さな傷に指を這わせると、桐生の背中がぴくりと動いた。  
「痛む?」  
「いや」  
 桐生が立ち上がる。ソファに置かれた沙耶の制服を取り、ベッドの上へ投げてきた。  
「早く着な」  
 ベッドから下りて、沙耶はまず下着をつける。カッターシャツを羽織ってボタンを留めながら、彼女の着替えを気遣って背を向けている桐生の前へとまわった。  
「桐生さん、ワタシの体、子供じゃなかった?」  
「ああ、女だったぜ」  
 残りのボタンは桐生が留めた。  
 ジャケットを着て、スカートも履き、沙耶は大きな鏡で身だしなみを確認する。  
 鏡ごしに桐生を見る。  
「キスも、キスマークもなし、なんだ」  
「俺がつけるもんじゃねえ」  
「つけてくれなきゃお父さんに言う、って言ったら?」  
 鏡に映る桐生は呆れたように首を振っている。  
「冗談、だから、大丈夫」  
 テーブルに置かれた鞄を取る。  
 沙耶の前に携帯電話が差し出された。桐生のものではない。  
「伊達さんには麗奈から連絡がいっている。セレナに泊まらせるってな。お前の母親にも……」  
 沙耶の携帯電話から自宅の電話番号を探したのだろう。  
 携帯電話を受け取り、沙耶は鞄のポケットへと入れる。  
「ねえ、桐生さん。お父さんをよろしく。あの人、たぶんこれからも無茶すると思う」  
「この街を、お前を守るために、な」  
「桐生さんも、ワタシを守ってくれるの?」  
「ああ、伊達さんと一緒にな。お前は自分自身を守っていけ」  
「わかった」  
 沙耶の手がドアにかかる。  
「ありがとう、桐生さん」  
 桐生は軽く手を振っただけだった。  
 ドアを閉め、沙耶は爪を見る。  
 彼と共には行けないが、あの傷はしばらく桐生と共にある。  
 桐生の温もりを包むように、沙耶はそっと手を握り締めた。  
 
 
 ◇終◇  
 

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