「ただいまー」
俺のちょっと変わった妹、静奈が帰ってきた。
いつもと変わらない日常。
時々何でもない毎日に、ふと父ちゃんと母ちゃんが殺された
という現実離れした残酷な過去が頭がよぎる事があるけれど
俺は残された家族の兄貴と静奈のお陰でそれなりに幸せな毎日を送っている。
まあ、シーにいたっては本当の妹ではないんだけれど。
「あ゛〜!ムカつく!疲れた!」
台所から冷蔵庫を乱暴に開けるバタンッという音と、シーのオッサンの様な叫び声が聞こえる。
「おい、シーどうしたんだよ?冷蔵庫開けっぱにするなっていつも言ってんだろ?
それと牛乳!パックのまま飲むなって。コップにあけてから飲めって−−」
部屋で雑誌を読んでいた俺は、台所で牛乳を飲んでいるらしい妹に近づく。
が、途中でシーの異変に気付いた。
帰って来たシーの格好がケバいのだ。
この前化粧品会社で施されたネタみたいなケバいメイクではなく、彼女の良さを生かした美しいメイク。
それに何といっても、男の目を引くセクシー過ぎる衣裳。
よく帰り道に襲われなかったものだと不思議になる。
「どしたの、お前。就職活動しに行ってたんじゃないの?」
俺がシーのヒラヒラのスケスケの
ミニスカートから伸びる白いふとももを凝視しながら尋ねると、彼女は
「泰兄、聞いて?今日すっごくムカつくことがあったんだ!」
と、そのままの格好でテーブルの側にあぐらをかき語り始めた。
話の経緯はこうだ。
シーは今朝、就職活動をするために出かける→
上手くいかず、何社か会社をまわっている途中に学生時代の友人と偶然出会う→
ストレスの溜まっていた彼女は友人と久しぶりに食事をしながら最近の出来事や愚痴を言い始める→
ポストイット高山にパワハラを受けて会社を辞めたこと、再就職が上手くいかない事などだ→
すると、かつての友人から良い会社があるので紹介したいと言われる→
シーは二つ返事で快諾し、さっそく夜(!?)にその会社の面接を受けることとなる→
だが、そこはキャバクラだった。
静奈は更に語り続ける。
「それでね、面接の時にはただニコニコしてお客さんの隣に座ってれば良いって言われたのに…」
そこまで言ってシーは黙り込む。
「どうしたの?それだけじゃなかったのか?」
俺は読んでいた雑誌を置いて、シーの方に向き直った。
するとシーは目に涙をいっぱい溜め、いつもの膨れっ面で正面を睨みつける。
「それだけじゃないも何も…いきなりチューしようって迫ってきたり
スカートの中に手を入れてこようとする人もいたし、とにかくいかがわしい雰囲気のお店だったの!!」
「え゛…」
俺がギョッとして静奈を見ると彼女は目尻の涙を拭い、話を続けた。
「あ、でもね、私は平気だった。何もされてないよ?される前にお客さん殴って逃げてきたから。」
「ああ…それで、その格好なんだ…。っていうかお前強ぇな…」
とりあえず俺は大事な妹が無事だったことにホッとする。
まさか静奈が騙されて風俗まがいの店に売られそうになるなんて…。
「あ〜あ、泰兄に話したら何かスッキリして安心しちゃった♪お風呂入ってくるね!」
さっきまで泣いていたのにシーはもうスッキリした表情をしている。
「お、おう」
俺は怖い思いをした静奈を気遣い、抱きしめてやろうとしたのだが、全く気付かれずにスルーされてしまった。
「伊達に女と付き合ってきてないのになー…。」
浴室に向かう静奈の後ろ姿を見送りながら、自分のタイミングの悪さを呪った。
そして夜中−−
バイク雑誌を読んでいて、まだ起きている俺の部屋のドアを叩く遠慮がちのノックの音。
「泰輔、まだ起きてる?」
「ああ。何?入れよ。」
ゆっくりとドアが開き、振り返るとパジャマ姿にクッションを抱えたシーがいた。
「何だよ、お前。何か小さい子みてー」
俺が笑ってからかってもシーは俯いたまま動かない。
「あの…さ。お願いがあるんだけど…」
言いにくそうに口ごもっているシーに、俺はなるべく優しく話しかける。
「いいよ。何でも言って?」
「泰兄…私と一緒に寝てくれない?」
「−−−………っ!?」
一瞬頭がフリーズする。
寝るって!?俺が?シーと?待てよ、相手は妹だぞ。
いや、でも血は繋がってないから良いのか。…でもそれでも一応兄妹だし親近相姦ってことに−−
「あ、あのね、嫌だったら私が床で寝てもいいよ?だってベッド狭いでしょ?
今日はあんな事があったばかりだから一人では心細くて…」
俺が勘違いをして兄貴ばりにテンパッて慌てていると、静奈が不安そうな声をあげた。
「え…ああ!寝るってそういう意味!」
「??そうだよ?他にどういう意味があるの?」
首を傾げて不思議そうにしているシーに俺は
「いや、こっちの話。」
とごまかすと、いつも寝ているベッドをポンポンッと叩いた。
「俺は床で寝るからさ、シーはこっちで寝なよ。俺の体臭付きのベッドで良かったら。」
俺としては冗談のつもりで言ったのだが、シーは一瞬考え込み
「わかった。ちょっと嫌だけどこっちで寝る。」
と恐る恐るベッドに入って行った。
「嫌なのかよ…」
俺は軽く傷付きながら、自分が寝るために床に敷く毛布を用意する。
「でもやっぱ泰兄の匂いって安心するね♪」
無邪気に布団にくるまる妹を見ながら
「フォローになってねーよ」
といつもみたいにシーの発言にツッコむと、彼女は既にあっという間に眠りに入ったようだ。
俺は照明を枕元のスタンドだけにして、静奈の寝姿を見てみる。
シーは7歳の子供の時のまま無邪気に、無防備に寝入っている。
「俺のそばだと安心するのかな…」
彼女を起こさぬよう小さな声で呟くと、不意にイタズラ心が芽生えてきた。
寝ているシーの鼻先を軽くつまんでみる。シーはフガッという色気のない声を出した。
「プッ!おもしれー」
声を殺してクククッと笑うと、ふと、ある感情が沸き上がってくる。
「…お前は大事な家族だよ。かけがえのない大切な妹だ。」
でも…。もし静奈が俺だけのものになってくれたら。俺だけのことを見てくれたら…。
いつも頭の中の片隅にあっただけで忘れているはずなのに−−
「静奈…」
俺は静奈に覆いかぶさる様にして顔を近付ける。
気付かれない様にそっと。
唇が離れるとき、彼女の頬に一粒の雫が落っこちた。
「おやすみ、シー。」
俺は今度はシーの額に軽くキスすると、自分も毛布にくるまって眠りについた。
近くて遠い、俺の妹。
一瞬感情が高ぶっただけ。
明日になればまた、俺達の毎日が始まる。
【終わり】