戸神の家に三兄弟で行った日の夜の出来事で、泰シーです  
 
 
シュッというカーテンの布擦れの音と人の気配に静奈は思わずそちらを見た。  
兄妹が暮らすマンションのリビングは明かりが消されており  
辛うじて静奈のベッド脇にあるスタンドの電気だけがついている。  
お風呂上がりに髪を乾かしていた静奈は、カーテン越しに浮かび上がる人影を見てその手を止めた。  
カーテンを開けると、そこには壁にもたれかかって座っている泰輔がいた。  
 
「どうしたの?電気もつけないで…」  
少しだけ微笑むと泰輔の隣に同じ様にして座る。  
静奈の濡れ髪から漂う甘い匂いが泰輔の鼻孔をくすぐった。  
「ん…別に…。」  
泰輔は静奈の方を見ようともせずに、リビングの一点を見つめたままだ。  
いつもと違う様子の兄に、静奈も何となくその心情を読み取る。  
「そっか…。」  
しばらく沈黙が続いた後、ようやく静奈が口を開いた。  
「怖い…?」  
「ん?」  
「戸神さんのお父さんが犯人じゃなかったんだもんね。怖い?本当の犯人知るの。」  
泰輔は一瞬静奈の顔をまじまじと見た後、「別に…」とまた黙り込んでしまった。  
「お前こそどうなんだよ?真犯人知るの怖くねーのか?それに…」  
「何?」  
「少し安心したんじゃないのか?って。だってさ、戸神は敵じゃなかったって事だし。  
お前の好きな戸神行成はさ。」  
 
その言葉を聞いて、静奈は少し困った様に笑った。  
「やめてよ、もう終わった事だよ。初めからなかったのと一緒。  
戸神さんは高峰沙織を好きになった訳で、それは私じゃない。」  
「本当にそれでしぃは大丈夫なのか?」  
泰輔が心底心配そうに静奈の顔を覗きこむ。  
兄が自分を心配してくれたのを知り、静奈は少しだけ心が温かくなった。  
 
静奈は兄を心配させまいと精一杯の笑顔を作った。  
「本当の本当に大丈夫。私にとって戸神さんは…憧れの、初恋の人、みたいな感覚かな。」  
「ふう…ん?」  
泰輔はイマイチ納得出来ない様な表情をしたが、ひとまず大事な妹が大丈夫だと知り安心する。  
「それよかさ、泰にぃの方が心配だよ。いつもと全然様子違うし…」  
泰輔はふと、自分の手が柔らかいものに包まれている事に気付く。  
「怖かったらさ、素直に弱み見せても良いんだよ?私、ついてるから…」  
泰輔は、そこで初めて自分の手が静奈の柔らかな両手に包まれている事を知った。  
でも心なしか、その手は小刻みに震えている。  
静奈の顔を見ると涙を浮かべて今にも零れ落ちそうだ。  
「怖いのはお前も一緒じゃねぇか…」  
泰輔は堪らなくなって静奈を抱きしめた。  
色んな思いが胸を埋めつくして、自分まで泣きそうになっている。  
近い内、自分達はおぞましい事件の犯人を目の前にするだろう。それに堪えられるのだろうか?  
まだ充分に乾き切っていない静奈の髪からは、むせ返る様な甘い匂いがする。  
泰輔はそれを鼻いっぱいに吸い込んだ。  
 
自分の肩越しに、静奈の啜り泣く声が聞こえる。  
泰輔は静奈の髪を撫でながら口を開いた。  
 
「静奈、覚えてる?ガキの頃さ、施設で嫌な事があった時  
よく二人で先生に見付からない様に悪戯したよな」  
「ハハ…あったね。」  
肩越しの静奈が泣きやまない内に笑う。  
「兄貴は悪戯とかダメってタイプだったから、これは静奈と俺の二人だけの秘密だって…」  
「うん」  
静奈はまだ震えたままだったけど、懐かしそうに頷く。  
「またさ、」  
そこで泰輔の言葉が止まる。  
「泰にぃ?」  
静奈は不審に思って身体を離して顔を覗き込んだ。  
泰輔の瞳には涙が沢山溜まっていて、静奈はびっくりして動きが止まる。  
 
「また、二人で秘密作っちゃおうか…」  
「ひみつ……?」  
意味が解らず泰輔の言葉の音を口に出した静奈だったが  
兄の見た事のない表情に心臓が鷲掴みにされた気がした。  
怖くて怖くてどうしようもない様な、愛して止まない女を見る様な  
泰輔の瞳の奥にどんな複雑な感情があるのか、静奈には想像もつかなかった。  
 
まるで金縛りにあった様に動けなくなる。  
こんな風に兄を意識したことは、静奈は今まで一度もなかった。  
 
静奈は泰輔の言おうとしている意味を、薄々気付いてはいた。  
そうだ、泰にぃは私の事を妹ではなく、つまりは女として見ているって…  
それでも静奈はまだ信じられず、わざと見当違いの事を言ってしまう。  
震える声で、  
「秘密…って…、まさか子供の時みたいな悪戯とかそういうんじゃな−−」  
 
彼女の声は最後まで言葉にならず、泰輔によって飲み込まれる。  
びっくりして目を見開く。逃れようとしても逃れられなくて息が出来ない。  
こんなキス、知らない。  
こんな泰兄、知らない。  
静奈はそう思った。  
「…っん…」  
苦しいよ。そう思った時、あっさりと唇は離された。  
怖くて怖くて、静奈は泰輔にしがみついた。我慢していた涙が零れる。  
目の端に映った泰輔も、自分と同じく涙を流していた。  
「ごめんな、静奈。兄ちゃんバカで…弱い人間で。」  
しがみついている静奈はしゃくり上げながらも抗議する。  
「本当バカだよ泰にぃ。こんなことするなんて。  
きっとナーバスな気持ちになってるからだよ。雰囲気に流されてるだけだって。」  
 
「そんなんじゃねーよ!」  
泰輔はいきなり声をあげると静奈を押し倒した。  
「俺、本気で静奈の事好きだよ。人としてもそうだし家族としても、そんで何より…女として。」  
静奈はその体制のまま優しく諭す様にして泰輔の顔を撫でる。  
「ありがとう、泰にぃ。私も好きだよ。でも兄妹でこんな事、今更許されないよ。」  
 
「愛してる。」  
 
泰輔は間髪入れずに答えた。何を言われても自分の気持ちが本物だと静奈に解って貰いたかった。  
「泰兄…」  
静奈は泰輔の気持ちが嬉しくて、そっと彼に抱き着いた。  
どんな形であろうとも、自分達には何よりも深い、強烈な結び付きがあるのだ。  
 
「秘密、私達だけの秘密、作っちゃおうか。」  
今度は静奈がそう言って微笑んだ。  
…何て顔をするんだ。静奈の癖に。口は悪いしガサツだし。  
悪い部分もダメな部分も全て見ているはずの女なのに。  
それなのに、こんなに切ないくらい愛しくて綺麗だ、と泰輔は思う。  
 
もう一度、二人は挨拶するみたいにキスをする。  
快楽を貪るというよりは、色んな事、二人にしかわからない気持ちや寂しさを埋め合う様に舌を絡め合う。  
 
今度はどんなに深くなっても苦しくなっても静奈は怖くなくなっていた。  
気持ちも身体も、全てを通して繋がりたい。泰兄を暖めてあげたいと思っていた。  
 
それでもスエットの中に手が入ると、思わず体を硬直させてしまう。  
胸を包み込む大きな手は、お兄ちゃんの手じゃないんだ。  
慣れ親しんだ、下らない事で喧嘩したりした泰輔の手じゃなくて「男」の手だ。  
と静奈は漠然と思っていた。  
 
「はぁ…っあん…ん」  
息が上がって、ちょっとしたことでバカみたいに感じてしまう。  
快楽と感動が入り交じった感情が沸き上がる。  
 
「ひゃ…あぁ…んっ…!」  
先端を吸われたり泰輔の直接の体温を肌で感じる度に身体がのけ反っておかしくなる。  
「セックスって…こんな…」  
涙目の静奈が息を弾ませながら泰輔に訴える。  
他人と交わるのは初めてじゃないけど、自分がこんな風になるなんて静奈は知らなかった。  
 
「黙って。」  
泰輔は人差し指を静奈の唇に宛がうと  
「まだこれからだから。何があってもしぃの事離さないから大丈夫。」  
そう言うと、その人差し指を静奈の口内にゆっくりと進めていく。  
自然とその指を舐めて、まるで壊れ物を扱う様に舌で何度も撫でさすった。  
泰輔の瞳を潤んだ瞳で見つめ、弾んでうまく息が出来ない。  
フェラをする様に唇で包み込んで上目使いで見詰める。  
 
「この…天然小悪魔。」  
泰輔は苦笑いすると再び口付けた。  
 
泰輔が唇を離そうとしても、静奈は首に手を回して離そうとしてくれない。  
「静奈?」  
泰輔がやっとの思いで静奈の手をほどく。  
「欲しいよ。」  
静奈の表情はさっきまでの熱に浮かされた様な表情ではなく、少し哀しみの混じった顔だった。  
「私今まで泰にぃの事知らなかったから。誰よりも近くに居て  
全てを知ってるつもりでいたのに。一心同体な位知ってるつもりでいたのに」  
「静奈?」  
「でも実は何も知らなかった。こんなに大事な人なのに何も。  
だから教えて。泰にぃが欲しい。全てをぶつけてよ。」  
泰輔は健気な妹が愛しくて堪らなくなった。  
何かの鏨が外れたみたいに文字通り静奈に全てをぶつけた。  
妹の愛声が、滴る汗が冷たいフローリングの床を熱気で充たしていく。  
激しいけれど、何とも言えない幸福感が二人を包んでいた。  
 
「いや…いやぁ…泰輔…何か変だよ…ィク…っ」  
静奈の締め付けに泰輔も限界を感じて彼女の腹や胸の辺りに全てを放った。  
 
 
「あ〜あ…」  
静奈は弾んだ息を治まると、上目使いで泰輔を見やる。  
「今拭く物取ってくるよ。」  
気まずそうに兄が立ち去るのを見ると、静奈はニコッと笑って液体を指で掬う。  
ティッシュとタオルを持って帰ってきた泰輔は、その光景を見てギョッとした。  
「おまっ!汚ねぇぞ、何やって」  
静奈は指に付いたそれをペロリと舐めてみる。  
「まず!!!」  
途端にびっくりした表情の静奈にティッシュを差し出してやる。  
でも静奈はゴクンと喉を鳴らすと飲み込んでしまった。  
「…信じらんねぇ、お前…」  
そう言いながらも彼女の体を綺麗に拭いてやる。  
呆れた顔の泰輔に、静奈は切り出した。  
「これからどうなると思う?」  
 
「さあね〜」  
 
泰輔は窓から見える星を見上げた。  
「でも、これから先何が起こっても俺にはお前がいる」  
「うん。」  
つられて静奈も窓の外を見上げた。  
「それに、俺達は兄貴がついてるだろ。」  
「うん…」  
いつの間にか服を着た静奈が泰輔を後ろから抱きしめた。  
 
深夜の空は星が数えきれない程輝いていて、二人の怖さと不安な気持ちはいつしか無くなっていた。  
 
【終わり】  
 
 

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