ちらちらと舞う雪の鳴る街道に、静寂をうちやぶる鋭い音が響きわたった。  
「はあッ!」  
一閃する気合いとともに獣の牙を模した短剣が飛び、いきおい  
激しさを増した吹雪に女剣士の赤い衣装がばたばたと音を立てた。  
 
 
――――白に広がる紅は、はたして布と血のいずれであったのか。  
 
 ***  
 
似ていると、ふとした時に感じることがある。  
それは斜めに肩を並べ、周囲を警戒しながら街道を歩く時でもあるし、  
他人と話す時、神経質そうに視線を泳がせる時でもある。  
そのたびに決まって、自分は彼の瞳を見た。  
深く純粋な青の目を見て、そのたび自分に言い聞かせてきた。  
 
『絶対に、ちがう』  
……絶対にパブロは、戻ってこないのだと。  
 
「ローラさん!」  
「っ、……あ……!」  
警告は、少しだけ遅かった。  
革の服がざっくりと右の肩口から裂け、深く敵の刃が肉をひとかたまり持っていく。  
…いつもならば意識して力を逸らし、鎧に滑らせるくらいはやってのけるというのに。  
苦痛に顔をゆがませながら、彼女はそれでも凄絶な自嘲の笑いを浮かべた。  
 
「このぉっ!」  
膝をついてしまった彼女に代わり、前に出た少年が精密な突きで敵に引導を渡す。  
それを目にした、まだ年端もゆかぬ風情の少女がローラに近づいて、両の手に  
はめた腕輪に意識を集中させはじめた。  
水行の象徴色である青が瞬き凝縮し、水滴となって彼女の肩にしたたる。  
「すまないね、ジュディ……」  
視線の高さを合わせてローラが言う間にも、傷はだんだんとふさがってゆく。  
ピュリファイ。水行術のなかでも最も重宝されるわざである。  
「ううん、平気だよ。わたしにまっかせて!」  
咲き誇る花の中瞳をきらめかせて、術使いの少女は口をあけて笑ってみせた。  
「大丈夫ですか、ローラさん?」  
豪奢なフォルムをした短剣の血を払い、少年が近づいてくる。  
深い青の瞳から目をそらして、ローラはただうなずいた。  
 
「術で傷が治っても、流れた血は戻らない」それが摂理というものである。  
それをジュディよりは、ローラや少年のほうがよく見知っていた。  
 
『でも、ヴァフト―ムへはもう三日もすれば到着するんだよ?』  
そう言って押し切ろうとしたローラの目を、少年の瞳は柔らかく射抜いた。  
『僕のことよりも、ローラさん自身のことを考えてください』  
 
「ほんとにアタシのことを気遣ってくれるなら、一刻も早く目的地に  
到着して、あんたと別れたほうがよっぽどいいんだけどね……」  
少年――エスカータ王国のアンリ王子の方を見やり、ローラは口のなかで毒づいた。  
ともあれ今晩は、街道を少し離れた名も無き村に宿をとることになったのである。  
 
ジュディがどうしても一緒に寝たいというので、ローラは床に敷いた毛布を  
手にして寝台の中にもぐりこんだ。たいした広くも大きくもないそこで、  
少女は「おかあさんと一緒にいるみたいだよ」とくすくす声をあげる。  
確かに、彼女ほどの娘がいてもおかしくない年齢ではあるローラ  
なのだが、「おかあさん」と呼ばれることにだけは抵抗をかくせない。  
そんな彼女が複雑な顔をしているうちに、隣からは軽い寝息が聞こえてきた。  
『幸せなもんだね、子供は……』  
ふっ、と、あの笑みともいえない自嘲がもれる。  
「! 誰だい!?」  
ノックの音であった。思わず身を起こしかけたが、規則的なリズムに思い当たる。  
『三回、一回、四回と鳴らすのは仲間の合図だ』  
律儀なその行為に苦笑しつつ、そっと寝台から離れる。無意識に腕を振る  
ジュディに、自分の枕をぬいぐるみのように抱かせてやった。  
 
 ***  
 
「どうしたの、アンリ。寝ておかないと、明日がきついよ」  
アンリに与えられた部屋に入って開口一番、ローラのつっけんどんな口調に、  
気の弱い少年は反射的に眉をしかめた。  
――――その顔がある一点で、彼にかさなる『…重ならない、』。  
その『彼』は短く横に首を振り、毅然とした王子そのものの顔で口を開いた。  
 
「……明日宿をでたら、貴方達は私と逆の方向に向かってください」  
 
「どういうことだい!?」  
さすがに激昂をかくせないローラに、アンリはこう言った。  
「ヴァフト―ムには、エスカータの重臣がいます。けれど、  
……同時に、危険も待ち受けている。」  
貴方達の性分だと、ほぼ確実に協力を申し出るだろう。重臣の懐剣も、今は数少ない。  
「申し出られたら、私も断れないでしょう。だからそうなる前に、  
――――エスカータから、離れて欲しいのです」  
普段自分たちを前にするよりも、彼は雄弁であり、また頼もしげに見えた。  
しかしその目は、言葉ほどには強くない。  
無理をして微笑む彼はますます――――  
「わ、……っ」  
「馬鹿……、見捨てられるわけが、ないじゃないか」  
豊満な胸でアンリを抱きしめ、ローラは慈母のごとき面持ちでつづける。  
「アタシはアンタやジュディのためなら、何だってできるよ。そりゃあ、  
面倒だと思うときもあるけどね、……あの子は大切な、仲間なんだ。  
だけどね、アンリ……アンタは、別だよ」  
 
アンタは似てるんだ。悲しいくらい、あの人に。  
「でも、違う」  
今まで剣を振るってきた、骨ばってごつごつとした指を少年の頬に滑らせる。  
「アタシはアンタが、……アンリが、好きだ」  
猛々しいほどに燃え立っているはずの瞳が、いつになく優しい。  
 
 
「あんたのためならアタシは、何だってできるよ――――」  
 
寝る時も着たままにしている革の服を、ローラは殊にゆっくりとした動作で  
はだけていった。揺れるランタンの炎に、いまだ衰えを見せない肌がひかる。  
均整の取れた肢体に、並はずれた大きさの乳房が緊張をたもった姿で厳然と鎮座し、  
やや浅い呼吸に合わせてかすかに上下していた。  
目を見開いたままこちらを見つめるアンリの手をとって、乳房へといざなってやる。  
ぴたりと手をつけて、彼は生真面目な表情のままそれを動かしはじめた。  
 
「あたたかい、」  
「アタシがスノーメイデンだとでも、思ってたのかい?」  
撫でるような手つきを繰り返すばかりだった彼が、ぎゅっと乳房を握りしめた。  
「っ、痛いじゃないか!……女の体ってのは、もう少し丁重に扱うもんだよ」  
手を離してしまった彼にぎこちなく微笑みかけ、ふたたび手を取って動かす。  
「こう、もうすこし優しくするのよ」  
「はい、……」  
そう言いながらも、彼は茫洋としたままだった。乳首辺りに触れる指は  
おっかなびっくりといった様子で、まるで落ち着きを無くしている。  
「アンタはほんとに、王子様なんだね」  
からかわないで下さいと言いながら、アンリははずかしげに苦笑した。  
 
「ほら、アンタも脱ぎな……」  
アンリの首筋にくちづけを落としながら、アンリが返事をする前に  
衣服を脱がせてゆく。年頃の少年としては華奢であることはいなめない  
体を寝台へ倒しながら、ベルトに手をかけた。  
 
体と似たような状態の陰茎を、ローラはおもむろにくわえ込んだ。  
「あっ、う……ローラさんっ」  
「だいじょうぶ、痛くはしないさ」  
慣れた手つきで根元の部分を愛撫しつつ、先端に近い部分を尖らせた舌で舐め上げる。  
荒い息をアンリは無理に抑え、ローラの舌技にときおりびくりと体を震わせていた。  
はぁはぁと弾む息が数瞬のあいだ途切れをみせて、  
「ぅっ……」  
ぴくんと、ローラの口中で陰茎が脈動した。アンリは反射的に腰をひいてしまい、  
彼女の髪に、鼻先に、白濁した液体が飛びちる。  
「す、すみませっ……あ、あっ」  
「動かないで、綺麗にしてあげるから」  
汚れた顔にもかまわず、ローラはもう一度アンリ自身をとらえて白濁を最後の  
一滴まで吸い出した。丁寧に茎を清め先端部を舐めとった頃には、アンリの  
ものはふたたび勢いを取りもどしていた。そこでローラははじめて顔を上げ、  
顔にとんだ液体をすくいとり、その指を扇情的なしぐさで舐めあげる。  
「さ、今度はアタシを満足させてもらおうかな……」  
組み敷いたままのアンリを見つめつつ、ローラは下半身にまとった衣服を脱ぎ去った。  
そのままの姿勢で彼の手を、今度は下腹部へと誘う。  
「触ってみな……」  
どろどろにとろけたそこに、冷たい指がわずかに触れる。  
「ローラさんのここは、熱い……」  
「女は誰だってそうさ……」  
襞の部分、とがった芽の部分を少しだけ逸れて指が動いている。しかしながら  
そんなことが気にならなくなるほどローラは寛大に、かつ敏感になっていた。  
「ローラさん、」  
「なんだい?」  
響きのいいその声に流されるように、アンリの台詞がつむがれる。  
 
「ローラさんの、体が見たい」  
 
「あっ、アンリっ」  
ローラの体を、彼は有無を言わさずに押し倒した。先刻までと体勢が逆に  
なっただけでしかないのに、かっと顔が熱くなる。  
「だいじょうぶ、だと思います」  
いまひとつ自信のなさげな言葉とともに、アンリは彼女の両足に手をやった。  
そっと力を入れて、開かせたそこに自分の膝を割り込ませる。  
「どうして、そんなことを知ってるのさ」  
「え?いえ、何となく……」  
そんな会話を交わしつつ、アンリはローラの秘められた場所を注視した。  
「そんなに、見つめるんじゃないよ」  
「すごいですね……女の人って」  
無知のなせるわざか、無雑作に顔を近づけて指で襞に触れる。かすかにねばる  
体液を全体に伸ばすようにして愛撫すると、それだけでローラは声をあげた。  
「もっ、と、上のほうも……触って……」  
受け身になったローラは、いつのまにか甘えたような声音になっていた。  
「ここ、ですか?」  
うわずった声を返しつつ、アンリは尖りきった彼女の芽を撫であげる。  
『そっと、……つねに優しく』  
今までの経験からおぼろげに理解した定石を頭に入れながら、アンリは  
その行為をつづけた。ローラの息はますますあがり、愛液はとどまることを  
知らないかのようにあふれでてくる。  
 
その光景を見た瞬間、アンリは自然に彼女の股間に顔を伏せた。  
「あっ……あうっ、っは、ぁあんっ!」  
せりあがるような快感が、突然にローラをおそう。硬いがどこかで柔らかい  
舌が、クリトリスを中心にあたたかく躍っていた。  
「いやっ、アンリっ……くるっ!」  
性愛を交わすことに慣れた彼女のそこから、絶頂とともに愛液が噴出する。  
どろりとしたそれを、アンリは迷わずに口で受け止めた。  
 
「いきますよ、ローラさん」  
ぐっと力を入れるまでも無く、アンリは彼女の中に根元までもぐりこんだ。  
「んんっ……ぁ、っ」  
熱い内部で脈打つ、熱い少年自身を感じてローラはあえぐ。アンリのほうも、  
初めて経験する女性の内部の感触にとまどいを隠せないようだった。  
『熱い、それに……あたたかい』  
内部で動くということを思いつかないでいるうちにも、不定期に襞が彼を  
しめつける。時間がたつごとに、その頻度は増していった。  
「まったく……仕方ないね」  
その間に落ち着いてきたらしいローラがため息をついて、アンリの体を寝台へ  
ころがす。すかさず上に馬乗りになって、首もとに顔を近づけた。  
「ぅわっ!ああっ……」  
「ほら、動くよ……」  
濡れた音をたてて、互いの粘膜がゆっくりとしたペースで擦れあう。  
前後不覚ともいえる状態のなかで、アンリはただあえぐことしかできない。  
きついしめつけと手馴れた腰の動きに、今にも暴発してしまいそうだった。  
けれどただ彼女の動きに任せてしまえるほどには、彼は幼くなくなっていた。  
「んっ、アンリっ……激しすぎるっ……駄目ぇぇっ」  
「ローラさんっ、ローラさんっ……」  
アンリの後先を考えないような動きに引き込まれるように、ローラもまた  
激しく腰を動かした。――――限界が、一寸ごとに近づいてくる。  
瞬間、パブロの顔が……アンリと重なった。  
 
『ローラ、……感じてるのかい?』  
「アンタよりは、元気がいいよ」  
口の中でそう返事をすると、脳裏に浮かぶ彼は困ったような笑みを浮かべた。  
そして終わりが、すぐそこに迫っていた。  
「あ、……っ!アンリっ……一緒に、いこうっ」  
「ローラさぁん……ん、うぅっ!!」  
どくんどくんと、彼女のなかで生命の証が脈をうつ。  
その流れに乗って、彼女もまた限界を突き抜ける。  
がくりと力を抜いたアンリの横に、同じように疲弊した様子で横たわりながら、  
ローラはどこか満ち足りたような顔で目を閉じた彼の髪を撫でていた。  
 
 ***  
 
薔薇の咲き誇る街道を、ジュディは頬をふくらませて一人先へと向かっていた。  
罠があったらどうするんだというローラの制止も聞かず、逆に宝箱を見つける始末だ。  
「もうっ、ローラさんってば!起きてみたらわたし一人で、さびしかったんだよっ」  
「すまなかったね、ジュディ。こんどは一緒に、お風呂に入ってあげるから」  
困り果てたようなローラの台詞に帽子が揺れ、ゆっくりと歩調がゆるやかになる  
……どころか、振り返ってローラの隣に並んだ。  
「また一緒に、寝てくれるよね?」  
にこにこと顔をほころばせながら、上目づかいにこう言ってのける。  
「ああ、約束するよ」  
「やったあ!」  
その会話を後ろから聞いていたのか、くすりと笑い声がひびいた。  
そちらに振り向いて、ローラは器用に片方の眉を吊り上げた。  
「アンリ、……笑ったね?」 「アンリぃ、わたしは真剣なんだよ〜?」  
右に習ったジュディも、まねをしようとして滑稽な顔になる。  
「いえ、仲良きことは美しきかな、ですよ」  
……青い空、淡い風に、今日も真紅の薔薇が映えていた。  
 
-- end. --  
 

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