「それも占い?」  
「いいえ、――女の勘です。」  
そう言って彼女は、ヴェールの奥の瞳をゆらめかせた。  
長い睫毛が伏せられて、風雅な空気をまとわせる。  
一見すると華奢だがところどころ女性らしさを見せている  
風貌の占い師は、息を吐くような仕草で微笑んでみせた。  
 
――――その光景をのぞく影がふたつ。  
「なぁルビィ……こんなことやってる暇があるなら、  
少しは占いの技でも覚え、」  
「うるさいわよヒロユキ!静かにしなさい」  
どこか世を達観したかのような目をした少年が、先の女性と  
同じような――彼女のそれは、いささか装飾的に過ぎるもの  
であるのだが――服装をした少女に、文字どおり一蹴される。  
「っつぅ……ルビィ、また蹴打術の腕を上げただろ」  
もしかするとそれは達観ではなく諦観、なのかもしれない。  
 
「姉さんはなんで、あんなに綺麗なのかなあ……」  
「ルビィも十分に、綺麗だと思うけどね……」  
姉を通してどこか遠くを見つめているかのような彼女に  
追従はいらないと一蹴されるのを見越して、ヒロユキは  
そんな台詞を口の中だけでつぶやくにとどめておいた。  
 
昔から自分は、姉の存在にやりきれないものを感じていた。  
何でも完璧にできる姉と、いつもどこかでつまづく自分。  
自分の立ち直りが早いこともあってか、他人はそれほど気には  
しなかった。けれど、それでもやっぱり……やりきれなかった。  
「どうしたの、ルビィ?」  
「いっ? いや別にっ、……何でもないけど……」  
――もうひとつの要因は、当の姉が憎らしいほど自分に優しい、ということだった。  
いっそこんな自分をうとましく思ってくれれば、お荷物だと思って  
くれていれば、自分もこんな風に悩むことは無かったのかもしれないのに。  
 
……けれども今テーブルに向かい合わせになっている彼女は、  
控えめな笑みをたたえた顔で自分の入れたお茶を啜っている。  
 
「明日からしばらく家を空けることになるけど、だいじょうぶ?  
料理をした後の後片付けとか、その都度きちんとするのよ」  
「うん、分かってる」  
「あんまり、ヒロユキ君を使わないようにね。いくら彼が幼なじみだからって」  
「……分かってるっ」  
思ったよりも強い、声がでた。姉はおどろきを隠せない表情をしてこちらを見る。  
占いのせいか、理性的だがふわふわとしている眼が、はっきりと均衡を取り戻していた。  
ふっと力を抜いて、ルビィは姉にいつもの笑みを浮かべてみせる。  
水辺の水仙のような、根拠ない自信に満ちた満面の笑みを。  
「……もう寝ちゃえば、姉さん。明日――早いんでしょ」  
「え、ええ、――そうするわ」  
夢から醒めたように席を立つ姉の姿を、ルビィはどこか遠い目で見つめる。  
その手には小さな、硝子の瓶がおさまっていた。  
 
真夜中にしては随分と、明るい夜であった。  
階上へ続くスロープを、ルビィは大胆な足取りでのぼってゆく。  
『「あれ」を見つけたのが、確か半年前』  
他ならぬ姉の部屋で、見つけたものだった。青玉の色をした  
細かな粒子を瓶の中でゆらして、姉はこう教えてくれた。  
『どうしてもはずせない占いに使う薬よ……。けれど使いように  
よっては、特殊な効果を生み出すことができるの』  
その「効果」を探してみたのは、ただの好奇心からだった。  
必要とあらばヒロユキを引っぱりまわし、いつまでも慣れぬ空気を持つ  
古文書たちをひもときすらもした。今から考えれば、あのころの自分が  
それほどまでに「あれ」に魅せられていたのかは定かでないのだが、  
……今ならはっきりと分かるような気がした。  
 
『世の中にはそうそう、都合のいいことなんてないと思ってたけど』  
その「効果」とは、強力な睡眠薬といったようなものであった。  
『旅に出るなんて、絶対に嫌よ……あたしは、あたしは……』  
泣き笑いのようなルビィの顔が、ひくつくように細かくふるえている。  
その顔に浮かんでいるのは妬みとも思慕とも、言いがたかった。  
 
 ***  
 
薄いカーテンの生地を、突き抜けるような月光が部屋に満ちていた。  
部屋の隅に据えられた寝台の上では、大切な姉がしどけない姿で眠っている。  
そこに近づき、ルビィは姉の耳もとでこう囁いた。「姉さん……あたしに抱かれて」  
 
――――あたしが、好きなら。  
 
前開きのうすものを、震えをかくせない指先で脱がせようとする。  
帯に手を掛けられないままくつろげた布から上半身があらわになり、  
律儀にさらしを巻いている胸を、布越しに触れてみた。  
……柔らかさの奥にある弾力に、同じ女ながら涙が出そうになる。  
 
背中で縛ってあるそれをなんとか解いて、もはや耐えられないかの  
ように姉の体を抱きしめた。首筋にかかる髪を慈しむように梳きながら  
淡い紅色をした乳首を吸い、唇ではさみ、舌で転がす。彼女の胸は  
何年か前、最後に見たときよりも確実に大きく、柔らかくなっていた。  
心なしか速くなってきた姉の呼吸を感じながら、硬く色づきはじめた  
そこをもてあそび続ける。底に青みを埋めこんだような肌が  
なまめかしいぬめりを帯びた独特の輝きを放ちはじめ――、  
かすかに、彼女の眉がゆがめられる。  
「綺麗だよ、姉さん……」  
物言わぬ相手に向けて、ルビィは無意識につぶやきをもらしていた。  
 
――透けるような布を左右に分けて、下帯の紐をほどけば彼女のすべてがあらわになる。  
濡れ光りながらも色素の薄いそこは、あきらかに経験がないことを示しているようだった。  
「姉さん、すごく乱れてる。薬のせいなのかな……?」  
まぁ好都合なんだけどねと薄く笑って、ルビィは彼女のそこに手を伸ばした。  
 
くちゅくちゅと音をたてつつ、ルビィの繊指は休まずに動きつづけていた。  
姉の秘所は十分に潤い、既に敷布にしみを作るほどになっている。  
「気持ちいいんだね、姉さん……、そうなんだよね?」  
充血した陰核を剥きあげ、頭を撫でるようにして愛撫すれば、それだけで  
透明な体液がもったいないほどに湧き出てくる。ひくつく襞とともに、  
おそらくは痛みを伴なわなかったのであろう少量の血液が流れ出す。  
 
けれど彼女の顔はただゆがめられるばかりで、経験が乏しいこともあって  
ルビィには姉が本当は何を思っているのかを推し測ることができない。  
苦痛をあらわす表情とは紙一重の面持ちに、胸が締め付けられそうになる。  
――――そんな自分が、滑稽だとすら思えた。  
そしてそんな自分に醒めてしまえば、あとはもう一直線に堕ちてゆくばかりだ。  
 
がっくりと、糸の切れた人形のようにルビィは脱力した。  
じわり、堰を切ったように涙があふれでてくる。  
止まらない……止まらない。  
「姉さん、姉さん……、ねぇさん、サファイア姉さん!」  
がくがくと彼女の体を揺さぶりながら、激しく泣きじゃくる。  
 
月光に彩られたその肌はますます輝きを増してゆくようでとても――――、  
 
 
      とてもじゃないが、耐えられなかった。  
 
 
何かに呼ばれたような気がして、サファイアは濃い霧の渦巻くなかを  
ひたすらに走っていた。この感覚は、占いで水晶を覗いたときのものに  
酷似している。……先の見えない宿命の渦から欠片ほどの輝きを引き当てて、  
『サファイア姉さん!』  
彼女は、覚醒した。  
 
「何? 一体……どうしたの」  
「あ……あぁ……」  
体に触れたのは、ひやりとした空気の感触。感じたのは、べとついた布の  
不快とルビィの泣き顔。くしゃくしゃに顔をゆがませて、妹が泣いている。  
見れば自分の衣服は剥がされ、下腹部が痛みと快感の余韻にうずいていた。  
「どうして、こんなことをしたの?」  
明らかな状況を前に、怒るよりも嘆くよりも、ただそれが知りたいと思った。  
ルビィはそんな姉の視線――姉自身からのがれるように目をそらす。  
ただ後ろめたい、つよい罪悪感が彼女の胸を占めていた。  
「ルビィ……答えて」姉の言葉が、つづいている。  
「私はなにも、あなたを貶めようなんて考えていないわ」  
 
――――優しかった。やさしかった。  
どこにも非難をするようなところなど無かった。  
それだけにずっと――――怖かった。  
幼いころに悪戯を叱ったあのころと、姉はまったく変わっていない。  
ゆえに、だからこそ。わたしはそんな姉さんが「……好きだったの」  
「好き?」  
「好きなのよ!」  
 
……オウム返しにされた言葉は、何時も反復されるほどに強くなってゆく。  
 
サファイアは無言で、ふるえる妹の肩を抱いた。  
「え……っ」  
信じられないとでも言いたげに、ルビィがこちらをかえりみる。  
「私のことが好きだと言ったでしょう?」  
「姉さん、」  
「私も、あなたのことが『好き』よ……」  
独特の抑揚で、サファイアはその単語を口にした。それはルビィの想う  
『好き』でもなければ、普通の意味合いで使われる『好き』ですらない。  
それはある意味で、絶対的であった庇護者の持つたぐいの情だった。  
「そんなあなたをこのまま置いてゆくのは、心もとないから。  
こういうことは初めてだけど、――こんなことはこれで最後よ」  
どこかできっぱりと線を引いた言葉とともに、ルビィの着衣を脱がせてゆく。  
 
「……私がこの行為を望むこと。これで少しでもあなたが楽に  
なるのなら、私はどんなことでもしてあげる」  
 
「んっ……あ……っは、ぁんっ!」  
さらされた肌は、姉のものとは違って健康的な色をしていた。  
いまだ成熟しきっていないその体を、サファイアは慣れないことを  
悟らせない仕草で愛撫する。しなる白い指がルビィをまさぐり、  
乳房に触れた手が脇腹に移され、自然にゆるやかに下腹へと向かう。  
「やだっ……なんか……」  
少しづつ股間に近づく手、サファイアの眼から、ルビィは目を離せない。  
「恥ずかしいよっ……」  
続く言葉を途中ですりかえて、彼女は強引にまぶたを閉じた。  
 
さら、と、太股の内側に細い髪の毛がこすれる。二人揃ってくせの  
ある髪質なのだが、自分と比べると姉の髪はまだ柔らかかった。  
そして秘められた場所には、指とともにあたたかいものが触れている。  
優しく丁寧な――まるで彼女自身を形どっているかのような動きで  
襞が舐めあげられた。技巧の不足を時間で補うような彼女の仕草に、  
ルビィは今にも泣き出してしまいそうだった。  
「あ、ああっんっ……姉さんっ……」  
快感が少しづつ鋭角的になって、彼女を侵食しはじめる。  
けれど今、完全に追いやられてしまうわけにはいかなかった。  
 
「ねぇ、さ……い…やぁっ、あたし、あたしだけっ、置いていかないで……」  
『いってしまう、のは、自分のほうでしょうが……』  
ちぐはぐな言葉に、冷静さを残した部分は頭を抱えてしまいそうだった。  
 
けれどそんな自分に、姉は頭を上げて応えようとする。そっと自分の  
体を抱きしめ、下半身を持ち上げる。姉の顔の上に覆い被さるような  
格好で、ルビィは獣のような姿勢をとっていた。恥ずかしがることも  
なく顔を伏せ、サファイアのそこを舐める。少しだけ血の混じった  
愛液を舐め取って「綺麗に」しようとするが、サファイア自身が  
許してくれない。同じ女性なだけに、感覚的な部分で快感のツボが  
分かっているのであろう。「あぁっ、もぉ、だめぇ、っ……」  
恍惚とした表情で、ルビィは何もできずにただうめいた。  
 
――波が引き、また打ちつけるように、快感とせつなさが彼女を侵してゆく。  
月の光がさやかに、ふたりを包んでいた。  
 
 
翌朝、ラークバーンの占い屋では姉妹が忙しげに動き回っていた。  
褐色の肌をもつ青年の前で、ルビィは仕上げとばかりに姉に革の袋を持たせる。  
「コレで終わりだけど…ごめんね、姉さん。お弁当とか作れなくてさ」  
「かまわないわ、途中で保存食を買い込むから。きっと、『何とかなるわよ』」  
反射的に顔をあげるルビィを横目で見つつ、彼女は眠たげな顔に微笑みを浮かべて  
「そうですよね、……マイスさん」と、言葉をつづけた。  
「ごめんなさいね、マイスさん。このとおりっ!」  
ルビィの矛先を向けられた青年は、同じようにあくびを噛み殺しながら  
ふんと鼻先で笑ってみせる。双方ともに不機嫌さを隠し切れない様子で、  
ルビィの方の鬱憤はいつもどおり、見送りに来ていたヒロユキに向かう。  
向うずねを蹴りつけた妹と、蹴りつけられたその友人を平等に見つめて、  
サファイアはもう一度笑みを浮かべた。  
「それじゃあ、行って来るわね」  
 
 
「……気をつけて、ね」  
ぽつりとつぶやいたのは、彼女の姿が人の波に隠されたころだった。  
耳ざとく聞きつけたヒロユキが、いぶかしげな顔でこちらの方を見る。  
「ルビィ……泣いてるのか?」  
「はぁ? まっさか、そんなわきゃないでしょうが。さあ、ぼやぼや  
してないであたしの為に何か食べるものを作りなさい!」  
それを聞いていかにも面倒そうな、だがしかしルビィの関心を得るため  
には仕方がないといったような態度で、ヒロユキが占い屋へときびすを返す。  
 
「……あたしもどっか、旅にでようかな……」  
澄んだ空に白い花びらが舞うのを目にして、ルビィは心中でそうひとりごちる。  
そんな彼女の眼にはもう――――迷いなどなかった。  
 
 +end.+  
 

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